2010年12月30日木曜日

マヨラー

マヨラーとは、マヨネーズを好物とする人を指す新語。マヨネーズを大量にかけて食べたり、あらゆる食品にマヨネーズを使用する人に対して用いられる。また、ゲテモノ食い、味おんちの意味が込められることもある。俗語。『現代用語の基礎知識1998年版』に若者用語として掲載された。既製品のマヨネーズの風味や味はマヨネーズメーカーによって異なる。そのため、キユーピー派やピュアセレクト派など、マヨラーを細分化することもある。  
マヨラーは野菜が見えなくなるほど大量にマヨネーズをかける。「脳と味覚」の著者山本隆の説によると、マヨネーズに含まれる大量の油分がもととなって快楽物質であるβ-エンドルフィンが出るため、マヨラーが生まれるとのこと。

俺はマヨラーなのか。
ちょっとしたきっかけでそう思った。つい先日のことである。
生の食パンにマヨネーズとクレイジーソルトをふりかけて食べたらめためた美味かった。
あんまし美味いので3枚食べた。
千切りキャベツには醤油のみ、とずっと思って生きてきたけれど、醤油とマヨネーズをかけたらめためた美味いと最近思うようになった。
白ご飯にマヨネーズとクレイジーソルトをふりかけて食べたらめためた美味かった。
これだけでご飯3杯食べれるやんと真剣に思った。
さらに海老にも合う、魚にも合う、卵料理にも合う。あらゆるものにマヨネーズは合う。
今まで何も思ったことはないけれど、実は俺はマヨラーなんじゃないかとつくづく思うようになったのだ。

前述のように、Wikipediaではマヨラーは味音痴的な事が書いてある。
確かにかけすぎは良くないけれど、美味いもんは美味い。
さすがに粉もん、特にたこ焼や焼そばにはマヨネーズはかけたくはない。(お好み焼は可)
ソースの風味を楽しみたい。マヨネーズが完全にソースに勝ってしまうからだ。

そういえば幼少期、もう殆どなくなったマヨネーズの容器をハサミで切り開いて、残ったマヨネーズを指ですくって舐めていた。
ポテトチップス等のお菓子にそれをつけて食べていた。
するめにもつけた。たくあんにもつけた。
やはり俺はきっとマヨラーなのだ。
この歳になってやっと自覚した。

2010年12月28日火曜日

オカンのクリームシチュー

死んだオカンのクリームシチューが食べたくてアチコチ探し歩いたことがある。
オカンのクリームシチューは少し変わっていて、通常の白いものではなく、半透明なクリームシチューだった。
俺は幼少期からそれで育っていたので(逆に白いクリームシチューは食べたことがなかった)何も疑わずにその半透明なクリームシチューが好きだった。
大人になって白いクリームシチューを食べる機会が何度となくあったけれど、これとあれとは全く別物だと思っていた。

2年前の1月31日、オカンの誕生日だったその日、俺はあの半透明のクリームシチューが無性に食べたくなり、アチコチの洋食店に電話し、クリームシチューをやってるお店を訪問し食べ歩いた。けれど、どこも白いクリームシチューばかりで、オカンの半透明なクリームシチューは存在しなかった。
どこで聞いてもそんな半透明なクリームシチューなんて聞いたことないと言われた。
 夜22時頃になって、もう今日中にオカンのそのクリームシチューは食べられないと諦めかけた時、友人で居酒屋を経営している宮代が「作ったるから材料買って店に来い」と行ってくれた。
俺は近所のスーパーで買出しし、彼のお店へ向かったのだ。

その時の模様→ 殿のblog 2008年2月1日 とり料理 宮代

実は結局この時もやはり白いクリームシチューだった。
オカンの半透明なクリームシチューは食べることができなかった。
しかし、完食後に宮代がこんな事を言った
「せやけどこれひょっとしたらお前のオカンのことやから牛乳じゃなくて水で作っとったんちゃーうんか」
「えっっ!!」「ええーーーっっ!!」
絶対にそうだと思った。目からウロコが落ちた。
典型的なO型のオカンの事や、間違いなくそうだと確信した。
手抜きなのか、節約なのか、いずれにしろ牛乳を使わずに水で作っていたのなら納得がいく。
しかもあのオカンのやりそうな事である。

結局この件は解決したかのように思われたが、実はまだ牛乳を使わずにクリームシチューを作ってみた事がない。
あくまでも想像だけで、試作・試食はしていないのだから、本当にそうなのかという確証はないのだ。
先日、12月10日はオカンの命日だった。
来年1月31日のオカンの誕生日までには実践してみようと思っている。

2010年12月25日土曜日

三角食べ

三角食べは、和食を食べる時に飯と味噌汁とおかずを順序よく食べる方法。
例) おかず→ご飯→味噌汁、おかず→パン→牛乳
もともと、1970年代頃に日本の一部の学校で給食の指導として広められた言葉だという。
「和食をおいしく味わうため」として指導が行われたけれど、一部の学校では、本来の三角食べの趣旨を逸脱し、児童・生徒を管理するための手段として利用されたり、生徒間で給食の食べ方を監視しあったり、三角食べに従わない者には教員が体罰を行ったりするなど、三角食べそのものが一人歩きし、指導がエスカレートしていったという。
また、子供がご飯に牛乳をかけて食べるなどの弊害も現れたらしい。
1970年代生まれの世代が他の世代に比べ極端に給食嫌いが多いのはこのためだというデータもある。
これらの行為は学校・教師の教育権の範囲を逸脱して公務員職権濫用罪(刑法193条)に該当し違法であるとして、三角食べの指導は行なわれなくなっている。
また、汁や飲み物でご飯などを押し流す形になりかねず、咀嚼がおろそかになったり、唾液の分泌に異常が生じ、口腔乾燥症になる可能性があると主張する歯科医いるという。
そのため、近年では、ご飯とおかずを順序良く食べることは指導されるものの、「三角食べ」として指導されることはほとんどないらしい。

というかご飯に牛乳をかけて食べるという行為は、三角食べのせいでは無い気がしますが。
本来の三角食べの意味がずれてしまっているのでしょうか。
俺は三角食べを推奨しているが、実際実践しているかというと、若干ズレもある。
俺の場合は、おかず→ご飯→おかず→ご飯と来て、ラストに味噌汁等の水分を一気に取る。
正確な三角食べではないけれど、このときのおかずの食べ終わるタイミングとご飯の食べ終わるタイミングがピッタリとなるように食べないとストレスが溜まる。
なのでおかずが多い場合は必然的にご飯も多くし、ちょうど終わるように自然と調整しているようだ。

しかし、もっと変わった人も存在する。
例えば最初にご飯から口に運ぶ人。俺にはその意味が理解できない。
本来ご飯の役割は、味のあるおかずを薄める(表現が変かもしれないが)又はやわらげるような存在、パンとカレーと同様に、パンがご飯でカレーがおかずだ。カレーを食ってからすぐパンを食べる。
なのに最初にご飯を口に入れてしまっては、ご飯の味しかしない。
おかずばっかりでご飯を食べない人もいる。もちろんその逆も少なからずある。
人それぞれ食べ方なんて自由かも知れないが、俺は絶対に譲れない。

以前、両手に大火傷をおって入院したときの事、知人の紹介でやって来たヘルパーさんが、俺と、この食べ方(順序)が全く合わず困った経験がある。
当然両手に大火傷をおっているので、食事は完全にそのヘルパーさんが食べさせてくれる。
しかしそのヘルパーさんは、こちらが指示しないと最初にご飯を口に運んでくるのだ。
次に味噌汁、そしておかずという順で口に運んで来るのである。
「おかしいやろ!」
思わず文句を言ってしまった記憶がある。
きっと彼女はそういう順番で食事をとっていたのだ。
しかもおかずも数種類あるので、その順番も人によっては大きく異なる。
その後俺は一口食べるたびに次何を食べるかを指示した。もちろん申し訳ないという思いもあるので、入院中の食事の時間は、ものすごくストレスの溜まる時間となった。

むかし欽ちゃんの番組で、タレントがどの順番に食べたかを当てるというものがあって、好んで見ていた。
人それぞれ食べたい順番なんて異なるので、それがクイズとなりうる。
自分と順番が同じタレントにはやはり好意をもったものだ。

よくラーメン店で、最初にスープ、そして麺という順番が語られるけれど、俺はあくまでも上記の通り水分は最後に一気にとりたい。
麺を完食してスープを飲む。もちろん途中でも多少はスープも飲むけれど、最初は麺を食べたいのだ。
九州のどこかのラーメン店で、最初にスープを飲まない客に、店主がキレて罵倒し追い出すというお店があるらしいけれど、人それぞれ食べたい順番があるのだから、押し付けるのはよくないと思う。
もちろん俺がその店に行ったら追い出される事になるので行かない。

酒を飲む場合は、酒→肴→酒→肴→締めにご飯→味噌汁となる。
この場合は完全に酒を主体に構成するので順番が多少変わる。
蕎麦の場合は、酒→肴→蕎麦→薬味→蕎麦→そば湯である。(薬味の葱や山葵は蕎麦とは別に口に運ぶ)
しかしこれも押し付けるのではなく、自由に食べていいと思う。
イタリアンなら、ワイン→前菜→パスタ→主菜→パン→ドルチェ。
これも三角食べの考えからすると、前菜とパン、パスタとパン、主菜とパンという風に(ご飯をパンとして)常にパンを食べておきたいところ。なので俺は何回もパンのお替りをする。

こういった意味で考えると、三角食べという食べ方の指導が消滅した事もうなずける。
人それぞれ食べる順序の好みもあるし、異文化も入ってきて昨今の食事情も大きく変化している。

俺の知人に、こういう事が大幅に狂っている人がいる。
彼は、おにぎり→ロールケーキ→パン→ラーメン
という異常な食べ方をする。
これは順番がどうのこうの言う前に、組み合わせもおかしい。
何故おにぎりの後にロールケーキを食べるのか、何故ロールケーキの後にパンなのか、何故その後ラーメンなのか。
全く理解できないのでそっと見守っている。

2010年12月17日金曜日

ストレス解消法

ストレス解消法は人それぞれあって、酒を飲んだり温泉行ったりカラオケ行ったり。
体内から何かを出すことがストレス解消に物凄く良いらしいので、大声で歌うカラオケ等は本当に良いのかもしれない。
最近は、部屋で大声を出しても近所迷惑にならない”壷”(壷の中に大声で文句言う)が通販サイトで人気だというから面白い。
俺自身のストレス解消法は何なのか考えてみた。

・田舎の人の少ない温泉地でボーっと過ごす。
・ホースで水を撒き、水圧で道路を完璧に掃除する。
・車で暴走する。
・美味しいものを食べ美味しい酒を飲む。
・好きな人に甘える。
・むだ毛や爪の処理、美容。

これを見ると、体内から排出するものが無い。
一体どういうことなのでしょうか。

2010年12月13日月曜日

乗り物酔い

乗り物酔い
航空機・列車・自動車・船舶・遊園地の遊具など、各種の乗り物が発する振動が原因で、体の内耳にある三半規管が体のバランスを取れなくなって引き起こす身体の諸症状。

子供の頃から車やバス移動では必ずといっていいほど車酔いした。
幼少期、親父の車で30分ほどの距離の瀬戸内海へ、潮干狩りに行ったとき、これが人生初の車酔いだった。
到着してもずっと嘔吐でまともに潮干狩りもでなかったことを克明に覚えている。
小学校へ入学し、毎年あるバス旅行でも毎年嘔吐した。
今でも鮮明に覚えているのは小学3年のときの京都・奈良旅行。
かなり我慢したけれど耐え切れなくなってバス車内で通路に嘔吐。朝食べたラーメンをぶちまけて反感をかった。
22のときに当時の担任の藤本先生を名古屋に訪ねた時に、開口一番にその思い出を語られたことを記憶している。
それほど俺を含めて周囲の人間にもショッキングな絵図らだったのだろう。
へそに梅干を貼ればいいとかノリクラという乗り物酔いの薬を飲めばいいとか、いろいろとオカンに言われて試したけれど、何をやっても効果は得られず、そのまま月日は流れた。
中学の修学旅行は九州までバスで行くというので真剣に焦った。
前述にあるように、三半規管が体のバランスを取れなくなって引き起こすということから、逆にその訓練をすればよいのではないかという情報を頼りに、旅行の3ヶ月前から毎日前転運動を実施。
くる日もくる日もクルクルクルクル回り続けて、三半規管を麻痺させようと懸命に努力したのだ。
風の便りで誰かがビスケットを食べたらいいと言うので、ビスケットも持参した。
その結果、あの長時間のバス移動にも1回も気分悪くならず、ちょっとヤバイなと思ったらビスケットをかじり、無事に乗り切ったのだ。
それからは1度だけ23のときに船酔いをしただけで乗り物酔いは無い。
しかもその船酔いはずっとゲームボーイをやっていたからであって、普通にしていれば酔わなかったはず。
見事、乗り物酔いを克服したのである。
今でも車酔いする人と出会うと、うつむいて何かをしないという事(できれば車なら運転しているつもりで前方を見るようにススメている)とビスケット療法をオススメしている。
実際ビスケットに関しては皆半信半疑で実施したということも聞いたことないけれど。

調べてみると以下の事をやれば良いと書いてある。

1,脂肪分の多い食事をとらない
2,空腹はだめ。食べ過ぎず、適度な食事を
3,乗る前に排便を済ませる。便秘は要注意
4,厚着をしない
5,寝不足は大敵。前日は十分に睡眠をとる
6,きついネクタイやベルト、体を圧迫する下着は避ける
7,乗り物内で読書しない。なるべく遠くの景色を眺める
8,後ろ向きの座席を避け、進行方向が見える前の方に座る
9,気分をリラックスさせ、呼吸は深くゆっくりと
10,不安が強い人は、事前に酔い止めの薬を服用する
11,乗り物内では、頭をぐらぐら揺らさない
12,気分が悪くなったら、早めにシートを倒すか横になる
13,窓を開けて風を浴びる。船なら甲板に出て空気を吸う

しゃーけど逆におもっきし寝不足で行って、ずっと爆睡してたらええような気もする。

2010年12月12日日曜日

サンタクロース

あるお店の常連客である保育園の保母さん達から、保育園のクリスマス会のサンタクロース役がいなくて困ってると相談を受けた。
男性スタッフがいない上に、子供達の親から選出するとしたら、その子供の夢を壊してしまうということで、毎年全くの他人に頼んでいるらしい。
正直まったく誰も知らない場所で、しかもうまくサンタクロースが演じきれるのか迷いはあったが、引き受けることとした。



早速午後から保育園の担当保母さんとの打合せ。
衣装も試着した。
サイズは全く合わなかったが、数時間のことなので我慢することにした。
夢を壊すようなことはできないので、くれぐれもサンタクロースになりきってほしいとのこと。
スケジュールとセリフなどの打合せが終わり、ますます不安になった。
全く知り合いがいない状態で、ディズニーランドのスタッフのように演じきらなければならない。
しかもカメラマンもいない。監督もいない。マネージャーもいない。
そんなことが果たしてできるのだろうか・・・。

「サーセン、トナカイは?トナカイもいるんちゃいますん?」
「トナカイですか?確かに毎年子供達にトナカイさんは?と聞かれるんですよね」
「でしょ?ほならトナカイもやりましょーよ、衣装あるんですか?」
「いや衣装は売ってると思うんで探してみます」

なんとかうまくもう1役追加できるかもしれない。
早速クージーに言うと、「トナカイやります!やります!」と軽く返事してくれたので
トナカイの衣装さえ揃えば2人で行くこととなった。
よかった。
2人やったら演じきれそうな気がする。

2010年12月7日火曜日

甲府とりもつ煮

今年のB級ご当地グルメ「B-1グランプリ」で見事チャンピオンとなった甲府とりもつ煮が話題の街だ。



戦後まもない昭和25年(1950年)頃に、「鳥のもつが捨てられていてもったいない。なにか安くて美味しいものができないものか」と甲府市内の蕎麦屋で考案。その後、蕎麦屋から飲食店に広がっていき、今では、ほうとう、煮貝と並ぶ甲府独自の食文化となった鳥もつ煮。



汁気のある一般的な鳥の肝煮とは違い甲府鳥もつ煮は少量のタレを使い強火で短時間のうちに照り煮する。
水気が飛んで飴状になったタレで鳥のもつをコーティングし旨味をぎゅっと閉じ込めて照りを出す。
発祥のお蕎麦屋さんは交通の便が悪く行けなかったけれど、市内のアチコチでいただけるので早速食べてみました。
上の写真のスタイルが一般的ですが、このように肝だけを出すお店もあって、あちこちで個性ある鳥もつがいただける。



価格は均一化しているのか、どこも1人前525円だった。



甲府駅前の大衆中華料理店でもつ煮というメニューがあったので、鳥もつを期待してオーダーすると牛もつ煮だった。



これは「桜もつ煮」という馬のもつ煮。
実は本来は甲府のご当地グルメはこの桜もつ煮だったという。
お店のオバチャンがゆーとった。
しかもこの桜もつ煮が一番美味しかった。
鳥もつ煮はフツーの鳥の肝煮だった。

2010年12月3日金曜日

カキノモト

初めて訪れた街、新潟市。(政令指定都市)
上越市を中心とする上越地方、長岡市を中心とする中越地方、新潟市を中心とする下越地方、佐渡市からなる佐渡地方の4地方からなる新潟県の県庁所在地である。

新潟駅前


万代シティ・レインボータワー

信濃川の萬代橋近くにある万代シティのシンボルとも言えるレインボータワー。回転式の展望台で地上100mまで360度回転しながらゆっくり上昇。約10分間の空中散歩が楽しめる。大人450円
レインボータワーから見た風景→http://www.niigata-u.com/files/ngtphoto/r_tower01.html

新潟特有の食文化といえば、魚沼産コシヒカリや、醤油だれカツ丼(タレカツ)・洋風カツ丼・醤油赤飯・のっぺ・わっぱ飯・ひこぜん・イタリアン・笹団子・ぽっぽ焼き(蒸気パン)・もも太郎(氷菓)・へぎそば・新潟ラーメン・燕三条系ラーメン・栃尾の油揚げ・ヤスダヨーグルト・かんずり・かきのもと(食用菊)などがある。


新潟駅周辺よりも、萬代橋の向こう側の本町や古町の方が人もお店も多く賑やかである。
但し向こう側には駅はない。この寂れた商店街は橋の手前側、万代の古びた商店街。

古町の商店街を歩いていて見つけたカキノモト。

カキノモト(食用菊)とは菊の一種で、特に食用として栽培されている菊を指す。食菊とも。
料理のつまに使われるつま菊などの小輪種の他、花びらのみを食用とする大輪種がある。
菊の花は、中国では不老長寿の薬草として珍重される。夏の疲れを取ったり高血圧を改善したりする効能もあるという。かつては家々の垣根の元に植えられていたから「カキノモト」と名付けられたという説もある。


これがまたみずみずしくてシャキシャキで美味い!
ほんまにクセになるとはこのことで、食べ始めると止まらないほど美味しいのだ。

その他にも美味しいものが沢山あるうえに、何といっても人が温かい。
本当に良い街だという印象を受けた。

なんと新潟は神社の数が約5000もあって全国1位だという。
知らんかった。(ちなみに2位は兵庫県の約4000社)。
また新潟行ってみたい。

2010年12月2日木曜日

晩秋の播州赤穂

播州赤穂で打合せが入ったので電車ででかけてみる事にした。
車でも1時間かかるので、電車ならほんとうに小旅行のような錯覚を覚える。
駅からトボトボ45分の距離を歩く。
バスなら15分ほどで着けるけれど、なんとなく小旅行の気分をもう少し味わいたくて、寒いけれど歩きながら町並みを感じようと思ったのだ。

赤穂城


打合せが終わり、空腹である上にあまりにも寒いのとで帰りはバスに乗ることにした。



バスに揺られながらふと大昔の記憶が蘇る
そういえば幼少期に何度もこの赤穂の地を訪れていた。
オカンの母親、お婆さんがこの赤穂の病院に長い間入院していて、何度も2人で電車に揺られバスに揺られて赤穂へ来ていた。実家からだと片道2時間以上はかかる。
お婆さんは何年もこの赤穂の病院に入院し、亡くなったのだ。
7人も兄弟がいるのに何故かお婆さんの世話はオカンだけがしていたように記憶している。
週に1回ぐらいのペースで俺はオカンに連れられてこの赤穂の地を訪れていたのだ。
停留所でオカンが缶ジュースを買い、自分が一口飲んでから俺に差し出した事、俺がその缶ジュースを飲もうと思ったらべったりと口紅がついていて物凄く抵抗を感じた事。
さらにその時の缶についた口紅の匂いなどが鮮明に蘇った。
あれは何歳ぐらいだったのだろうか、小学校低学年か、弟を連れていなかったのでひょっとしたら幼稚園かもしくはそれ以下だったのかもしれない。

病院前からバスに乗ってきた人たち。なんとなく当時のオカンとかぶる。


播州赤穂駅


駅から赤穂城まで直線に伸びるストリートは、歩道が広く大きく整備されていて、風情ある建築で揃えられた土産店や飲食店などが立ち並ぶ。
これまで何も考えずに目的地まで1直線に車で訪れていたので、こういう町並みさえ知らずにいた事がもったいないと思えた。
さらに懐かしい記憶まで思い出さしてくれたので、電車移動して良かったと思う。
また電車で訪れようと思った。

2010年11月28日日曜日

悪夢

幼少期、発熱すると必ずといっていいほど同じ夢を見た。
その夢は、言葉では言い表しようのない実体のない感覚だけの夢で、俺は毎回魘された。
そしてその夢から目覚めたい一心で、叫んだり、親に助けを求めたり、夢遊病のように部屋中の物を投げつけたり、壁に貼ってあるポスターなどを引き裂いたりした。
オカンは毎回そんな俺に「洗面所行って顔洗ってこい!」と怒鳴りつけた。
俺はその度に洗面所へ行き、水を飲んで目を覚ました。
昔から扁桃腺が弱かったので、年に何度も発熱し、その度にこの悪夢に魘され続けたのだ。
まだ小学校低学年の俺が、この夢について何度説明しても親は理解してくれなかった。
いや、今現在でも人に説明しようのない本当に感覚だけの夢なのだ。
俺は当時、自分で頭がおかしいのではないかと真剣に悩んでいた。
生まれてすぐに大病にかかったという事を聞いていたので余計にそう思ったのだと思う。
親も「おまえは頭おかしいねや」と言った。
誰にも理解してもらえない自分だけの悩み、俺はそれ以来誰にも言わずにその夢のことは封印したのだ。
そして大人になり、そんな夢のことなんてすっかり記憶から消えていた。
ところが先日、完璧にこの記憶が蘇ったのだ。
しかも寝ている時ではなく、仕事中にである。
仕事中にふとその夢の感覚が記憶から蘇り、それを何度も何度も脳裏で描くうちにだんだんと鮮明な記憶となって蘇ったのだ。
「こ、これ、これや!」
言葉で言い表すと、だんだんと遠くから音が迫ってくるような、だんだんと音が大きく、近づいてくるような感じ。
物体はない、音に似たそんな何かが迫ってくる、そんな感覚。
色は黒、暗闇だ。
正直怖い、怖い夢、何かはわからないけれど、なんせ怖い夢。
一体なぜ今になって、しかも起きている時にその感覚が蘇ったのかはわからない。
ここ最近のとてつもない大きなストレスが原因なのか、老化なのか。
別に熱があるわけでもないし。

悪夢を検索するとほとんどがPTSDやストレス、薬物が原因と書いてある。
ただ幼少期は別に珍しい事ではないとも書いてあるので、今更ながら悩む必要もなかったのかとも思う。
いずれにしろ、誰に言えずに封印していた悪夢のことを、30年が経過して初めて人に話せたいい機会になったと思う事で納得する事にする。

2010年11月19日金曜日

車的感覚

免許を取得して25年
圧倒的に車移動の割合が多いことが原因と思われる
とある事実に最近になって気付きました

毎朝出社時にオフィスから100mほど離れた駐車場へ車を停める
その駐車場からオフィスまで歩く途中、近隣他社の駐車場敷地内を斜め移動、いわゆる近道をすれば15mほど短縮できるのです。
でも自身はその発想は全く無かった。
いつも道路を100m歩いて出社していたんです。
ある朝、スタッフが少し早く駐車場に車を停め歩いている姿を目にしたんです
彼は他社の駐車場敷地を斜めに横断し歩いていました。
一瞬目からうろこが落ちました。
「そっか!そーやわな。そらそーやわな」
毎朝、近道もせずわざわざ律儀に道路を歩いていた自分が恥ずかしくなったのです。
確か免許を取るまではフツーにそういうとこ歩いてたと思うのですが、車移動ばかり25年もやってると、車に乗ってる感覚で移動してしまっていたのです。
「道以外は歩いてはいけない」という妙な感覚が無意識のうちに植えつけられていたのです。
感覚ってふしぎですね

2010年11月17日水曜日

囲炉裏

温泉もいいけれど囲炉裏もいい。
っていうか囲炉裏のあるような茅葺きの古民宿になんて泊まったことあれへん。



だから余計にあこがれる。
土の上に放し飼いにした地鶏のすき焼きや、周りの畑で採れた有機野菜を使った昔ながらの田舎料理がいただけるという
かやぶきの里 民宿 『 またべ 』



何かをするためでなく何もしないために行く里
茅ぶき・囲炉裏・桧風呂 美山の自然に抱かれてきた一軒宿
『 木むら 』



囲炉裏の炎に癒しと安らぎが見えてくる宿
『 旬季庵 』



ほんまにええなこういうとこ。
ホゲーっとしたい。
こういうとこでホゲーっとしたい。
きっと愛情いっぱいのオッチャンやオバチャンが出迎えてくれると思ふ。

2010年11月4日木曜日

くしゃみ

くしゃみ(嚏)(英 sneeze, 俗 snart)とは、鼻など上気道に付着するなどしたウイルスや埃といった異物を激しい呼気とともに体外に排出しようとして起こる呼吸器における反射的な反応である。風邪や花粉症などのアレルギー性鼻炎における一般的かつ必発な症状である。下気道における同様な反射は咳となる。

最近もっすごクシャミが出る
風邪か、花粉症なのか原因は全くわからず。
先日、ピロとクシャミの話題になった。
クシャミが出る時の条件の話題だ。
俺がクシャミが出る条件を挙げた

1,花粉
2,埃
3,風邪
4,太陽を見た時(光くしゃみ反射という)
5,朝
6,トイレ
7,満腹時

ピロは4番以下について意見があるという
1~3は理解できるけれど、4以降については信じられないといった表情を見せる。
しかし朝もトイレも満腹時もクシャミが出るのだから仕方ない
トイレはおそらくトイレットペーパーの粉塵が作用しているのだと思う
朝、そして満腹時については俺自身も理由が見つからない
でも出るものは仕方ないんです。

2010年11月2日火曜日

やたがらす

吉野で明治元年より酒造りを営んでいる老舗酒店
北岡本店
盆地ならではの厳しい寒さと、吉野川の豊かでやわらかい水を用い、森林労働の疲れをいやす酒として、また、桜を愛でる花見酒として、古くから地元で愛飲されてきた北岡本店の商標である やたがらす



やたがらすとは、神話にも登場する3本足の大きな鳥のことをいう。
神武天皇が熊野から大和に入る吉野の山中で道に迷い、その時に天の神が、道案内の為につかわせた3本足の大きな鳥が「やたがらす」であったといわれている。
日本サッカー協会のエンブレムマークにも使われている事で有名な鳥だ。

北岡本店の「やたがらす」は全国新酒鑑評会で通算9回の金賞を受賞しているほど美味いと評判のお酒。

「ニーチャン!やたがらすの焼酎ないん?焼酎」
「ありますよ、粕焼酎なんですけど」
「粕?なにそれ?美味いん?」
「美味いちゅうか珍しい不思議な味ですわ」

北岡本店のイケメンのニーチャンが正直に説明してくれた。
「不思議な味なん?ほなそれちょうだい」
決して美味いとは言わず正直に答えてくれたニーチャンに購買意欲が増した事は言うまでもありません。
早速購入し飲んでみた。
ゴクッ メタクタウンモァァ―――――(゚д゚;)――――――――――ッ!
コラうまいわ!コッラうっまいわ!コッラうっまいわ!
さすがやたがらすの焼酎やもん!
さすがやたがらすの粕焼酎やもん!
また吉野が好きになった。
ええとこです吉野。
正直な街です吉野。
吉野吉野吉野、楢菊吉野。茶粥吉野。鮎も吉野。
吉野吉野吉野、吉野に行きたい。

2010年11月1日月曜日

ニックネーム

ニックネーム
とくに親しみを込めて対象を呼ぶために用いられる本名以外の名前の一種。
あだな、愛称、ニックネーム、ペットネーム、タックネームともいう。

ニックネームのつけ方
* 本名からつける
* 身体の特徴からつける
* 対象に関係する事柄からつける
* 対象が関係したエピソードからつける
* (対象が生物の場合)性格・気質からつける

英語やフランス語、スペイン語、ドイツ語、ロシア語などのヨーロッパの言語では、ほとんどの伝統的な正式名にはそれぞれの短縮型が決まっており、その多くが本名として使用されている。
英語圏で伝統的に人名として使われている名前、たとえばロバート(Robert)やマイケル(Michael)などには、それぞれボブ(Bob)、ボビー(Bobby)、バート(Bart)や、マイク(Mike)、ミッキー(Micky)、マイキー(Mikey)といった短縮形が決まっており、日常的にはこの短縮形で呼び合うことが多いという。
日本では○ーやん、○○っち、○○たん、○○しー、○っさん、などが多く見受けられる。
○○っちに関しては、昔あったロボダッチの影響が強いと思う。
ロボットの友達なのでロボダッチ、その「ッチ」の部分を用いて「山っち」や「うえっち」などが使われるようになった。
○っち、○ーやん、○っさん等の○の中に入る文字は苗字を略すケースが最も多い。
その原因として、小学生や中学生時代に苗字で呼んでいる流れからニックネームとなった場合はこれにあてはまる。
日本でも短縮形は存在する。
中学校時代の友人で「まか」という人がいたが、彼は「まさたか」を短縮して「まか」と呼ばれた。
また変形バージョンとして「かつひこ」君は「かいっこ」と呼ばれていたし、「井口としお」君は「いぐお」と呼ばれていた。
その他、音読み訓読み形なども存在する。

俺のこれまでのニックネーム一覧(順不同)

・おでき
・でき
・メッキ
・アイドル
・ひでぽん
・ひでちゃん
・ひーくん
・ローラ
・殿
・やまちゃん
・ひでち
・でっくん
・えいき
・その他、本名(氏名共にいずれも)

上記の呼び方をしていた人達は、いまだに会うと、この呼び方をするのだから恥ずかしい。
しかし逆にどの呼び方をされても違和感無く返事できる。

2010年10月29日金曜日

千代の湯

以前から行きたい行きたいと言いつづけてきたせいもあって
ター坊が島根で仕事を入れてくれました。
もちろん近くの温泉地「玉造温泉」へ行きたかったからです。

お昼の打合せ終了後、車移動で30分の玉造温泉に向かいました。
到着後、源泉100%の宿を2軒まわりましたが、いずれも営業時間が15時までだったらしく、丁重にお断りされてしまったのです。
諦めきれない私は、言いました
「源泉100%ってあんましないですよね?」
「そーですね」
「どっかこの時間でもあいてるところないっすか?」
「そーですね、確かではありませんがあの角を曲がったところに千代の湯さんてあるんです。」
「ほぉ」
「そこ確か開いてたと思うんですが」
「イクッ」



「すませーん!やってますか!!」
「はい~!どーぞどーぞ」
「え!!いけるんですか!」
「はいはいどーぞどーぞいらっしゃいいらっしゃいおつかれさまおつかれさま」



ふっわあああああああああああああああああああああああああああ



きもっちぇーーーーーーーーーーーわーーーーーーーーーーーー



露天風呂もめっさええええええええええわあああああああああああ
お湯ぬるぬるだでーーーーーー!
お肌つるつるだでーーーーーー!



最後は飲泉させていただきました。
めーーーーーっさよかった!!!

2010年10月28日木曜日

勝ちぐせ

面接を行う時に、必ず聞く事がある。
「あなたがこれまでで一番成功(または達成)した事と、一番失敗したを教えてください」
これは過去に何かに本気で打ち込んだ事があるか否かを聞き出すために質問してみるのだ。
何かに本気で打ち込んで達成できた経験のある人は自分に自信がある。
だいたいは聞かなくても見たらわかる話だけれど、突然質問する事でその対応も見てみたい。
失敗の方は、その内容にもよるけれど、その後の対応をどーしたのかに興味がある。
大きな失敗の経験がある人は、それだけ大きな事にチャレンジした確率も高いしポイントも高い。
まぁほとんどの人が大した成功も失敗も経験ないのだけれど…。
何か一つでも自信がある事があって経験豊富(仕事の経験だけでなく)な人が、望ましい人物像といえる。

では自分に自信のない人に、自信をつけさせる為にはどうすれば良いか。
それは『勝ちぐせ』をつけさせてあげる事が最も簡単なやり方であると思う。
初めは簡単な課題から与えてそれを達成させる。達成を繰り返すうちに段々と勝ちぐせがついてきて、自分に自信がついてくるのだ。
逆に「負けぐせ」はよくない。自信がどんどんなくなってしまうからだ。
上司は部下に方向性を与える事と、負けぐせがつかないように見ていてあげる事が大切なような気がする。そして勝ちぐせをつけさせてあげたら完璧。

2010年10月27日水曜日

たばこ

たばこやめた
たばこ買うのをやめた
今月入ってから完全にたばこ買うのをやめた
吸うのはまだやめてない
毎日80本近くも吸ってきて、いきなりゼロにするのはギャップが大きすぎるので、とりあえずは買うことをやめました。

誰かと居るときは、たばこもらいます。
みんな嫌がりますけど仕方ないんです、買うのをやめたんですから。
でも一人の時間はひたすら我慢するしか仕方ありません。



今日はスルメをかじって吸いたいという欲求を克服いたしました。
スルメかじりすぎて顎いたなった。
でもおかげでタバコ我慢できた。

本日吸ったタバコ、10本。
いずれも人からもらったもの。
クージーに言うた
「今日はいっきにタバコの量減ったわ」
クージーが言うた
「おかげでいっきに僕のタバコの減りましたやん」



スルメはカロリーが高そうなので、明日から煮干をかじることにします

2010年10月26日火曜日

YouTubeの動画をiPodで見る

世の中便利な時代です。
YouTubeの動画や音楽をダウンロードして自分のiPodにいれて携帯できるんですもん。
しかもYouTubeのビデオ再生ページURL(アドレス)に「fire」を追加するだけ。
再生画面のURLhttp://www.youtube.com/watch・・・の
http://www.youtubeのあとに「fire」と入力してジャンプしたページで
動画なら・・・MP4
音楽なら・・・MP3
をチョイスして、あとはダウンロード開始→承認する→無料ダウンロードとクリックするだけ。
こらほんまに便利です。

ニコ動にも対応してます。
ニコ動はwww.nicovideoのあとに「fire」

2010年10月25日月曜日

遅刻

Kが毎日のように遅刻する。

「朝起きられへんのんか?」
「はい」
「目覚まししてるんか」
「いいえ」
「なんでせーへんねん」
「朝は目覚ましなしで起きるんです」
「起きてへんから遅刻してるんちゃーうんか」
「そーなんです」
「ほなら目覚ましかけときーや」
「いや~、目覚まししてもどうせ起きれませんからね、なのでしません」
「はぁ?」

目覚まししてもどうせ起きれないので、それならはなっから目覚ましなんてしない方が良い
というのが彼の見解のようです。
しかし目覚ましセットしてた方が、偶然でも起きる可能性が高いのではないでしょうか?
イマイチその部分に断固としてこだわる意味が理解できません。
何度説得しても折り合わないので、私の中では彼は「変わっとんな」という分類に仕分け致しました。

2010年10月24日日曜日

おばちゃん

一昨日のお昼、とあるラーメン屋へいった。
フレンチ出身のシェフが作る無添加のラーメンは美味しい上にヘルシーで斬新だとメディアなどでもよく取り上げられる有名店だ。
たまたまその近所で友人がリサイクル店を営んでいて、頼んでおいたテレビデオが入荷したというので取りに行った帰りである。
もうかれこれ10年以上ぶりとなる再来店ですが、すっかり有名店になってしまって、多くのお客さんで賑わっている。
客層はまさに老若男女、ターゲットが偏ることなく、いかなる客層にも広く受け入れられている理想的なお店といえよう。
5分ほど待ちカウンターへ通された。
右隣はサラリーマン風の40代男性、左側は60歳前後のおばちゃんである。
席へついて顧客からの数件の電話対応を終え携帯電話を置くと、左のおばちゃんが声をかけてきた



「かっこええなあニイチャン!仕事できる男はかっこええわあ」
「え?」
「ええんやでええんやで、な、な、な」
どーやら一人で食べに来ている模様。そして喋りたーて喋りたーてたまらなかったのであろう。
ただ単に電話してただけで仕事ができるなんておばちゃんらしい褒め言葉である。
その後もなんやゆーては話しかけてきた。
ま、おばちゃんってそういう感じやしな。

2010年10月23日土曜日

食べても太らない体にできる酵素

脂肪のコントロールをする役割を持つ酵素が発見され、肥満や糖尿病、心臓病などを防ぐ鍵になるのではないかと考えられているそうです。この酵素を操作すると、食べても食べても太らないという、一部の人間からは非常にうらやましがられるタイプの体になれる可能性もあるようです。

ウエスト付近の皮膚下にエネルギーを溜め込むかどうか決定する酵素「MGAT2」を失ったマウスが、高脂肪の食事をしても体重過多にならないことが科学者によって発見されたそうです。また、MGAT2のないマウスは耐糖能異常にならず、肝細胞に脂肪がつかなかったとのこと。MGAT2はマウスと人間に共通してある酵素MGATのひとつで、薬によって行動を抑えて肥満に対処できるのではないかと考えられているそうです。
カリフォルニア大学のRobert Farese博士たちの研究では、MGAT2を操作したマウスは16週間後に通常のマウスより40%少ない体重となり、運ばれる脂肪の量は50%以上少なくなっていました。また心臓病の原因にもなる血中の有害コレステロールも減少したそうです。さらに長期間の実験で、MGAT2のないマウスはインシュリンが少なく、グルコース不耐性が良くなるという結果が出たとのこと。
現代の人間が肥満になるのは、人類が豊かな食事にありつけなかった何千年も昔のころの機能が働いているためと考えられており、MGAT酵素はエネルギー貯蔵装置としては重要な役割を担っているそうですが、食事に困らず肥満が気になる人は治療のためこの酵素の機能を停止するということがこれから行われるのかもしれません。


「ウーロン茶を飲んでいると肥満にならない」は本当だった

これはサントリーの健康科学研究所による研究結果で、要するに「ウーロン茶を飲んでいると肥満にならない」ということです。
ウーロン茶重合ポリフェノールの抗肥満作用について
日本栄養・食糧学会大会で発表
http://www.suntory.co.jp/news/2006/9466.html
ウーロン茶重合ポリフェノールというのが肥満防止の原因。ウーロン茶ポリフェノールとは、茶葉を半発酵する過程でカテキン類が結合(=重合)してできるウーロン茶特有の成分で、複数の成分の総称。
一体どういう仕組みなのかというと、ウーロン茶重合ポリフェノールによってリパーゼが阻害され、脂肪吸収抑制になっている可能性があるため。わかりやすくいうと、リパーゼによって脂肪が分解されないため、吸収されないらしい。分解されて初めて吸収されるわけです。

2010年10月22日金曜日

超能力者

明治時代、長南年恵(おさなみとしえ)という有名な超能力者がいました。
彼女の能力は、物品引き寄せ、つまりその場にいながら、何らかの物質を引き寄せてくる能力なのです。
中でも最も得意としていたものが、空のビンに一瞬のうちに空中から水分を集めて、そのビンを水でいっぱいにするというもの。
しかもこの集められた水は「霊水」と呼ばれ、様々な病気を治癒するという効能があるというので、彼女の元には連日、その「霊水」を求めて大勢の人達が集まり、実際多くの人々が自分の病気を直すことに成功したといいます。
しかしこのようなことを続けていれば、ある心無い人達からいつしか「詐欺だ、インチキだ。」との評判が立つようになり、当時の警察も当然のごとくそう考え、彼女は警察の捜査を受けることとなりました。そしてその結果彼女は、人の心を惑わす詐欺師ということになり、警察に逮捕されて監獄に入れられてしまったのです。
そして後日、彼女の裁判が行われることとなりました。
当然裁判の焦点は、逮捕されるきっかけにもなった、「空のビンを一瞬にして霊水で満たす」という能力。はたしてこの能力が本物なのかどうか。
裁判は神戸地方裁判所で行われ、当日は裁判長みずからフタをした50本の空ビンを使って彼女の能力の実験が行われました。
大勢の人の見守る中、実験は始まり・・そしてその結果、ものの見事にカラ瓶は一瞬のうちに水で満たされたのでした!
誰にも文句のつけようのない形で彼女の超能力が本物であることが証明され、そしてその日のうちに彼女の無罪が言い渡されたそうです。
この事件はきちんとした記録にも残っているといいます。



上の写真は先日三宮のパイ山のところで偶然見かけた超能力者。
奇怪な声を発しながら両手を掲げ念を送っています。
どうやら赤信号なのに渡ろうとする人たちを静止させようとしているようです。
なんという素晴らしい活動でしょう。


脅威の超能力者

2010年10月21日木曜日

ベジタブル

飲食業界の旬なキーワード
・有機野菜
・ベジタブル
・無農薬野菜
・オーガニック

過去最高の不景気といわれる昨今において、唯一景気に左右されていない20代後半からアラフォー世代の女性をターゲットとした旬なキーワードである。

そんなキーワードを完全に網羅するお店、北新地の八百屋「山辻」の直営店
ベジキッチンやまつじ
http://blog.livedoor.jp/h8739/archives/50769678.html


全国の旬な野菜の販売と旬なオーガニック野菜のイタリアンバールを併設する。
まさにど真ん中、味・価格・コンセプト・ターゲット・店作り全てがど真ん中であった。
スタッフ教育も素晴らしい、オープンして数ヶ月しか経過していなかったけれど、素晴らしい接客をする。
もちろん全員が完璧ではないけれど、ポイントとなるスタッフは素晴らしかった。

しかし、何かが足りない。
何が足りないのか、じっくりと考えてみた。

答えは簡単だった。
俺自身がターゲットとなる20代後半からアラフォー世代の女性ではないというのがその答え。
アラフォーのおっさんである。
おっさんは更にここに「癒し」や「愛」を求める。
上記のキーワードに更に「癒し」や「愛」が加わるとおっさんにも通用するお店になるということ。


例えば、深山、清流を望む地でゆっくり温泉に入って、オバチャンが山で採ってきた山菜などを使用した手作り料理をいただく。
こういうところでいただく旬なオーガニック野菜料理は我々おっさん世代にとって最高の逸品であると思う。

2010年10月20日水曜日

ネギる

物を購入する際に、値切るという行為はごく一般的な購入方法といえる。
ただ、とりあえず値切ってみて駄目ならそのまま買うという気持ちが大事だと思う。
なんせもし値引きしてくれたらラッキーやんと軽く考えるべきではないだろうか。
通常物販店での物品の仕入額は30%~50%までだと思うので、人件費率30%、家賃10%としたら10000円の品物なら最低でも1品1000円~3000円はお店に利益が残る。ここから値引きするとしてもせいぜい300円~1000円までだろう。
ただおそらく確率は低い。
前述のように安くなったらラッキー程度の考えは別として、どーしても値引きして欲しい時、値引きの確率を100%へもっていきたい時は、この部分を理解して、10000円のものを2品、20000円買うので値引きを2000円してほしいと言う方が、お店には6000円の利益が出るので確率が上がる。
要はお店側の利益も考慮しながら値切るというのが、値切りの確率を上げるもっとも簡単な方法といえる。
もしくは、常連になるという方法もある。
月間取引額が多ければ多いほど上客になるので値引き幅も増えてくる。
その場合は、常連と認められるまでの期間が必要なので簡単ではないけれど。
ま、ゲーム感覚で一応「なんぼになるん?」と値切ってみるのが駄目もとで楽しいのかも。

※くれぐれもしつこいのは嫌われるので注意。
  いさぎよさも大事である。

2010年10月19日火曜日

交通事故

高校三年生の秋、毎日のように授業を抜け出して教習所に通い免許を取った。
それまで車の運転なんてしたこと無かったけれど、何故か「運転初めてちゃうやろ!」と教官に言われるほど運転が上手かったらしくすぐに免許が取れた。
あんまり嬉しいので、学校が終わったら毎日友人の車を運転して遠出したことを覚えている。
もちろん信号待ちで前にクラス担任が停まってたり、警察に捕まって学校にバレそうになったりというピンチもあった。

 学校へはバイトして買った原付で通った。
自転車で30分もかかる距離を毎日通ってたので、しんどくてしんどくて。
当然バレたらやばいのですが、そのスリルが楽しい時期だったのかも知れません。
毎日学校の向かいにある行きつけの中華料理店「來々軒」に停めさせてもらってました。

 そんなとある冬の朝の出来事。
いつものように裏道(狭い)を原付で通学してますと、前方に自転車に乗ったオバチャンが・・・。
しかもフラフラと危なっかしい運転をしています。
当然ココは右側から追い越しをかけます。
するとオバチャン、何を思ったのか1回も振り返らずに右側へ寄って来たのです。

 ガシャーン!

オバチャンの自転車に思いっきり激突しました。
オバチャンと自転車はふっとび、俺は更にオバチャンの上をもっと吹っ飛びました。
そして落ちたところがまずかった。
古い住宅街だったので、玄関先に置いてある石製の植木鉢に頭から落下したのです。

 ボコッ

鈍い音とともに一瞬目の前が真っ白になりました。
ほんの一瞬ですが「死んだ」と思いました。
「俺は死んだんかな、オバチャンも死んだんかな」
と考えてふと我に返り、起き上がってオバチャンの方を見ると、オバチャンは軽傷だったらしく起き上がってこちらを心配そうに見ていました。
俺は頭から大量に流血、顔も真っ赤な状態でオバチャンの連絡先を聞き、そのまま病院へ。
もちろん学校にバレるとまずいので警察にも言わず、救急車も呼べず、曲がったハンドルの原付を運転して自力で病院へ行ったのでした。
病院に着いて、先生の手が離せないという理由で、流血のまま1時間弱待たされた後、頭部を8針、膝を4針縫われました。
その時、当時「あったかいから」という理由で男子の間で流行っていたパンストを穿いてた事が看護婦にバレて、もの凄く恥ずかしかった事を強烈に覚えています。

なんとか入院もなく、普通に包帯を巻いて通学できたので問題なかったのですが、その後、学校が免許取得者の一斉検挙を実施(警察へ出向き調査)し、卒業までの1ヶ月間停学をくらったのでした。
最後の最後でバレてるやーん!とツッコミたくなるような出来事でした。

2010年10月18日月曜日

ホテルフロント

名古屋のホテルにチェックインする際に起きた出来事。
受付カウンターの手前には必ず荷物を置く台が設置してある。
受付が4つあれば、ソレは4つあるものである。
俺がチェックインしようとした際、受付の3つは埋まっていたので1番左の空いたスペースにて手続きをする事に。
しかし荷物台は右の人が荷物を置いていて空いてなかったのである。
見ると彼の右側の荷物台は空いている。
どーやら彼(40代後半)は物凄く狭い視野でしか物事を見ることの出来ない無能な人間か、もしくは無知な人なのだろう。
普通、パッと見れば判断できる事なのに。
一事が万事、こんな事さえ判断できないのだから、何やらしてもしょーもない男なのだ。
おかげで俺は床に荷物を置く事となった。
いや、いいんすよ別に。
こんな事でムカついてるようなら器の小さい人間だと思われてしまいます。
しかし、あんなアホな大人にだけはなりたくないと思った。

2010年10月16日土曜日

パチンコ玉

俺が通っていた保育園は「円休寺」という小さなお寺で、俺は近所でも一番早い2歳から預けられていた。
2歳といえばまだ赤ちゃんである。
よく園長先生におぶられていたのを覚えている。

以前『タバコ事件』に登場したバレー部のキャプテン「いぐお」も同じ保育園に通っていた。
ある日、みんなで教室でテレビ(おばけのQ太郎)を見ていた時に、後ろの席から何やらカチャカチャと音が聞こえてきたのです。
後ろの席はいぐおだ。
そういえばさっき砂場でいぐおとパチンコ玉で遊んだばかり。
きっとそのパチンコ玉でいぐおがカチャカチャ音を立てているのだろう。
しかもパチンコ玉を口に含んでカチャカチャと歯に当ててるように聞こえた。
「俺もやってみよ」
俺は迷わずパチンコ玉を口に含み、カチャカチャとやってみたのだ。
「カチャッカチャッ」
いい音がする。
「カチャッカチャッ」
なんか嬉しかった。
「カチャッカチャッ」
「ゴクッ」
「!」
し、しまった!
飲み込んでしまった!
俺はめちゃくちゃ焦った。
さらに振り返えると、何といぐおは口には含んでおらず、パチンコ玉をイスに当ててカチャカチャと音を立てていたのだ。
ダブルショックやん。
それから何十年以上も経過したけれど、トイレでパチンコ玉が出た記憶はない。
一体あのパチンコ玉はどーなってしまったのだろう。

2010年10月15日金曜日

オービス

自動速度監視装置、オービス。

阪神高速には嫌っちゅうほどオービスが設置されている。
環状線4台、堺線3台、守口線3台、東大阪線1台、神戸線13台、松原線8台、池田線2台、湾岸線3台、大阪港線2台、とそれぞれ設置されている。
ある一定以上のスピードでオービスの前を通過すると、赤外線の真っ赤なフラッシュとともにシャッターがきられバッチリ撮影されてしまうのだ。
何度か撮影された事があるので、その度に写真を見せられたが、運転手はおろか後部席にいる者まで恐ろしいほど鮮明に映っているから凄い。
一定以上の速度とは、阪神高速の場合で110km/h(実験済み)、名神や山陽、中国など高速道路で120km/h(それ以上は未実験)。
実はこの前、阪神高速神戸線で120km/hで通過したのに光りませんでした。
しかし過去に115km/hで光った経験があるので、たまたまだったのかは不明。
実験には大きなリスクが伴うので、阪神高速のオービス前では110km/h以上は出さないようにしているんです。

※但し覆面パトは100km/hでも捕まえてくれるので注意。

たまにイキがって150~160km/hで走ってるくせに、カメラが近付いてくると90km/hぐらいまでスピード落とすヤツがいるけれど、あれは格好悪いね。
用心深いのか知識がなさすぎるのか。
そこまで減速するのなら左側へ車線変更して道を譲って欲しい。迷惑なんです、邪魔なんです、追い越し車線をトロトロ走られたら。

あと、光ってから急に減速してトロトロ走る人も惨め。
だいたいもう光った後なのでゆっくり行ってもしゃーないのにね。
諦めが肝心です。
という俺も初めて光った時は、その後ものすご安全運転しましたけど。
1回でいいので240km/hで通過しても映るのか試してみたい。
誰か試して!

2010年10月14日木曜日

マイケルジャクソン

近所にマイケルジャクソンというニックネームのオバチャンがいる。
近所の小学生達が、たまたま通りかかった時にそう呼んでた。

少しウエーブがかかった白髪交じりの髪はいつもボサボサで、洗った気配も感じられず。
いつも黒い大きなサングラスをかけている。
体はやせ細り、自転車で毎日ここらへんをウロウロしている。
以前は、自転車の前後に子供を乗せていた。
子供はいつも靴をはいておらず、明らかに顔を洗った形跡も感じられなかった。
が、最近は子供を連れている事もなくなった。
働いているのか、家はあるのか、子供はどうしたのか、毎日見かけるけれど、何も知らない。

今日たまたまコンビニへ行った時に、マイケルジャクソンとすれ違った。
もう今は自転車にも乗っていないようだ。
空き缶が大量に入ったビニール袋を持っていた。
最近は空き缶集めをしているようだ。
空き缶はリサイクル業者に1kg(約60個)売って80~90円になるという。
1,000円稼ぐには600個分の空き缶、3,000円なら1,800個分の空き缶を集めなくてはならない。
なかなか大変な仕事である。
さすがに話しかけたことは1度もないけれど、ほぼ毎日見かけるだけに、気になることは気になる。

2010年10月13日水曜日

遺失物

自分ではあまり落とし物や忘れ物はしない方だと思っていたけれど、振り返ってみたら結構ある事に気づきました。

何年か前の秋、スタッフを1人連れて台湾へ出張した時のこと。
出国前に関空で買ったデジカメ(イクシィ)は、台湾の帰りのタクシーの中に、思い出や仕事の画像をいっぱい詰め込んだまま忘れてきました。
レシートももらってないし連絡も取れないし、諦めました。

携帯電話は何度となくタクシーに忘れています。
梅田で、白金で、博多で、名古屋で…もう何回忘れたことか。
でも、いずれもレシートを貰ってたので数時間後には手元に戻っていたけれど。
最近はタクシー降りる時に(いくらベロンベロンでも)必ずシートの上をチェックしています。

免許証の入ったカードケースを落とした時は、数日後に免許証を拾ったと届けてくれた人がいました。

大事に大事にしていたwengerのライターも、絶対に失くさないと決めておきながら失くしてしまいました。

お気に入りのメガネさえも最近めっきり見ません。

遺失物。
落としても手元に戻ってくる物と戻って来ない物がある。
それは戻って欲しいという強い気持ちが関係していると思う時がある。
でも戻った1番の理由は、それを善意で拾って届けてくれた人がいるから。
俺も絶対に善意で届けよう。
それは今まで届けてくれた善意ある人達への恩返しと、今後も善意のある人達と出会えるようにという願いを込めて。

2010年10月12日火曜日

トイレット

昔からJR駅のトイレには備え付けのトイレットペーパーが存在せず、予めトイレに入ったところの変な自動販売機で紙を購入する。
それはずっとわかってました。
ところが昨今のトイレったらトイレットペーパーなんて当たり前、もう何年も紙なしのトイレになんて入ったことありませんでした。

先日、京都駅。
急に便をもよおしたので、何も考えず1階近鉄改札近くのトイレに駆け込みました。
そして用をたし、ふとトイレ内を見渡すと・・・

 な、ない!ペーパーがない!トイレットペーパーがない!

そう、久しぶりに紙なしのトイレにインしてしまっていたのでした。
しかもキレーなトイレだったのでなおさらそんな事思わずに入ったのです。
全身の血の気が引きましたね、マジで。
でもたいがい誰かが買った紙の余りを置いてたりするもんなんですが、それも見当たらず・・・。
必死になって代替を探しましたよ。
そしたらGATSBYのフェイシャルペーパーがありました。 ホッ
でもアルコールがきいててむっさヒリヒリしたがな。

2010年10月11日月曜日

タンコブ

むかしむかし、まだ幼稚園児だった頃の話。
とにかく高いところに登って遊ぶのが好きだった俺。
お気に入りの場所は親父の車の屋根の上でした。
飛び跳ねるとバコンバコンなって楽しい。
落ちそうで落ちないスリルが当時の俺の心を揺さぶらせたのだ。

 ごぉらあああああ!

いつもオカンがそんな俺を見つけて叫ぶ。
慌てて飛び降りる俺。
もう毎度の事で、飛び降りるのもベテラン級だった。
その日もサッと飛び降りて逃げ出す予定だったんです。

 ボコッ!

飛び降りた瞬間、車のドアノブに足がひっかかって、頭から地面に叩きつけられたのです。
ちょうどドアノブに引っかかった足を中心にして、キレーな円を描くように頭から落ちたのです。

 ぶべらっ!

声にならない悲痛な叫び声を出した事をハッキリと覚えています。
目の前が真っ白になって、何が起きたのか理解できない俺。
さらに足はノブに引っかかったままなので全く動けませんし、死んだと思いました。
その状態の俺にまだ説教するオカン。
今度は死にたいと思いました。
泣いて泣いて泣きまくってるのに、そのまま1.58分説教し続けたオカンも凄いと思います。
結局厚さ2cmほどの大きなタンコブができたにもかかわらず、病院へも連れてってもらえず自然治癒いたしました。
もう2度と車の屋根には登らないと決断した日の出来事でした。

2010年10月9日土曜日

槍投げ

高校の頃、体育の授業で槍投げがあった。
槍の投げ方を覚えて、2人でキャッチボールのようにして練習するのだ。
いわゆるキャッチ槍。
キャッチという言葉を使っているけれど、実際は槍をキャッチするわけではない。
実際は、相手の投げる槍の到達地点よりも少し後方で構えて危険を防止する。
刺さったら大変ですもん。

俺は仲良しのわーくんとキャッチ槍していた。
彼は中学の頃から同じバレー部だったクラスメイト。

 ビュッ

彼が思いっきり槍を投げる。
槍は弧を描いて俺の立ってる地点の10m手前の地面に刺さる。
俺はその槍を抜いて10m戻り、投げ返す。

 ビュッ

また彼が槍を投げる。
が、この時の槍は弧を描かずに低空飛行だった。

 シュルシュル・・・

なんとその槍は地面に突き刺さらずに、地面を滑るようにこちらへ向かってきたのだ。
このままだと俺の立ってるところまで滑ってくる。
通常こんな場合はとりあえず槍の進行方向から逃げるのかもしれない。
でも俺は足で槍を踏んで止めてやろうと待ち構えていたのだ。

 ブスッ 「なんて!」

しまった。タイミングを間違えた。
なんと槍は俺の靴を貫通し親指に突き刺さっていたのだ。
「あうぅぅぅぅ!」
靴から槍を抜いて、恐る恐る靴を脱いで見ると真っ赤に染まった靴下。
この靴下の中は一体どーなっているのか。
俺は怖くて靴下を脱ぐ事は出来なかった。

2010年10月8日金曜日

子供の頃からボーッと雲を見るのが好き。
曇って色んな表情があって不思議で面白い。

積雲・層雲・積乱雲・・・
小学3年生の時には『 雲の観察日記 』もつけていた。
毎日見た雲を絵に描いて、後で百科事典で調べて画用紙の裏に雲の名前や特徴を記す。
別に学校に提出するわけでもないけれど、それが面白くて仕方なかったのだ。
たまに犬みたいなカタチの雲を見つけたり、食べ物に見えたりして、それも楽しみの一つ。

初めて飛行機に乗って、初めて雲の上を飛んだ時の衝撃もすごかった。
ある程度知識として知っていた雲によって高さ(高度)が違うという事を目で見て確認できたのだ。

先日、高速を走ってて、ずっと昔から知りたかった
「地平線に見える雲の位置は一体ココからどれぐらい離れた場所にあるのか」
という事を調べてみた。
道路が一直線ではない、という事と、雲のカタチが変る、雲が風で流れる、という問題があるので正確ではないけれど、時速158kmで必死に走って調べたんです。
結果は10kmぐらい。意外と近かった。

曇って波のように流れてるんですよね。
空中の波、雲。
今でも変ったカタチの雲を見つけると嬉しくなります。

2010年10月7日木曜日

弱点

俺の弱点は鼻です。
鼻を触られるだけでクシャミが出そうになる。
自分で鼻をつまむだけでクシャミが出そうになるんです。

おそらく原因は、過去に鼻に強烈な衝撃を受けた事があるからだと思います。

22歳の頃、当時デザイン事務所だけでは食えず、シーリング業のアルバイトをしていました。
いわゆる防水屋で、建築現場でコーキングを打つ職人です。
ある現場が終わって、車に乗り込んでから現場に忘れ物をした事に気付き、走って現場へ戻った時の事。
夕方まで降り続いた雨の影響で、地面にはそこらじゅうに水溜りがあったんです。
俺はその水溜りを飛び越えながら軽快に走ってました。
大きな水溜りを思いっきりジャンプして飛び越えた瞬間、足場板(歩み板)に顔面から激突!
なんと足場から1mほど歩み板がはみ出しており、下を向いて走ってた俺はそれに気付かず顔面、正確には鼻を思いっきりぶつけてしまったのです。
俺の身体は弧を描いて宙を舞い、頭から水溜りに落下しました。
血はとめどなく流れ落ちるし、鼻は完全に曲がってるし、痛くて痛くて泣きそうになるし、もうこの世の終わりぐらいに絶望を感じました。
その後、1ヶ月ほどはずーっと痛かった思い出があります。

さらに23歳を過ぎた頃、一緒に宇宙人を見た友人アッチャンと横浜へ行った時の事。
俺は彼の運転する車の助手席で、完全に熟睡していました。
すると顔面にもの凄い衝撃を受けて目が覚めたのです。
なんとアッチャンも同じく熟睡していたようで、前方で信号待ちする車に激突。
いわゆる「オカマ」です。
俺はシートベルトもせずに寝ていたせいで、その衝撃でダッシュボードに顔面を殴打。
正確には鼻です。
その時も血がずーっと止まらず、鼻が曲がってました。
おかげで前回の激突で曲がった鼻が戻ったという説もありますが。

そんなこんなで鼻が弱いんです俺。
なので誰も触らないよーに。

2010年10月6日水曜日

サンデードライバー

サンデードライバーって酷い運転するね。
嫌いです。
普段電車ばかりで週末にしか運転しないので、運転技術や常識に疎く、他のドライバーに迷惑がられている存在、サンデードライバー。

突拍子もない運転をするので予測不能、大事故にもなりかねない危険な人たちだ。
車社会では、卓上で学ぶ交通ルール以外にも、暗黙の了解で成り立つ交通ルールがある。
それはドライバー同士のある種の信頼関係の元に成立しているのだ。
この暗黙のルールは、経験でしか培われない。
なので運転を職業としてる人など、運転経験が長ければ長いほど理解も深まるものである。
となると週末しか運転しないサンデードライバーが、こういった知識に欠けている事も理解できる。
もちろん性格的なものもある。
いくら経験豊かでもB型的思考の人なら例外もある。
自分は自分、人は人という人である。
高速道路でも平気で追い越し車線をとろとろ走る。
いくら後ろから急いでる車が来ても決して道は譲らない。
バックミラーなんて見ない。興味が無いのだ。

昔友人の助手席に乗っている時の事。
高速道路でミラー越しに後方からもの凄いスピードで迫ってくる車が見えた。
けれど友人は道を譲ろうとしないんです。
「なんで?なんで譲らへんの?」
「だって俺が譲っても前に車おるやん」
こんなこと言うのでビックリした事がある。
後ろの車は何か凄く急いでいる理由があるはず、家族が急病なのかもしれないし、トイレかもしれない、商談に間に合わないのかも、急ぐにはそれなりの理由があるはず。
それをそんな理由で邪魔する意味なんてあるんでしょうか?
俺がしつこく文句言うので、友人はしぶしぶ道を譲った。
そして前にいた車もすぐに道を譲っていた。

以前、阪神高速で、もの凄く急いでる時にこういう車に出くわした。
走行車線(左)は車でいっぱい、そしてそれと同じスピードで追い越し車線をとろとろと走っている。
いくらパッシングしてもクラクションを鳴らしてもガンとして道を譲ろうとはしない。
俺の後ろのトラックも同じく急いでるようでパッシングしている。
何分が経過しただろう、だいぶ時間が経ってからやっと道を譲ってくれたのだ。
俺が通り過ぎざまにその車を見ると、若い女の子が数人乗っている。
そして俺のほうを向いて「あほー!」と言ったのだ。
な、なんちゅうヤツやねん!
腹が立ったので幅寄せしてイジメてあげた。
俺が追い越すと、後ろのトラックも幅寄せしてイジメていた。しかも長時間。
なんかすう~~っとした。

休日ともなるとこういう車がメチャメチャ増える。
追い越しても追い越してもゾンビのように次から次へと出現する。
運転中は、他人の気持ちになって考える事が出来ないと本当に迷惑をかけます。

2010年10月5日火曜日

自転車ってええな

自転車ってええな。
歩くよりも早く進む。
自転車があれば30分かかって歩いてたところも半分以下の時間で着いてしまう。

小学4年生の頃の話。
友人のイグオともう一人(誰だったか思い出せない)と俺とで自転車3人乗りをやってみようということになった。
イグオが運転、もう一人が後部荷台、そして身体の1番小さかった俺は前輪に足をかけてハンドルの中央を手で掴むスタイルで乗ることに。
やってみると意外とイケるもので、15分以上走り続けたのだ。
イグオはその時既に大男だったので力も強く、3人乗っていても平気で自転車を前へ進ませた。
スピードに乗って走る3人乗りの自転車。
ちょうど大屋橋の中央に差し掛かったところで事件は起きた。
前輪にかけていた俺の足が前輪スポークの中にイン!

 うぐぁぐ!いだっ!

もちろん前輪は俺の足で回転は急停止する。
その瞬間、俺たちは自転車と一緒に、ちょうど弧を描くように前のめりで半回転し、地面に叩きつけられたのだ。
当然先頭に乗っていた俺は、真っ先にコンクリートに頭から落下する。

 ゴギッ!!

一瞬何が起きたのか理解できなかった。
目の前が真っ白になって何も見えない。
次の瞬間全身に痛みが走る。

 うぎゃぁ!いっだぁぁあ!

痛い、ごっつ痛い、頭が割れそうに(割れたかも)痛い。
両腕も痛い、一瞬だったけれどやっぱり両手を先について頭部を守ったのか。
小4なのに人間ってすごいな。
お腹も痛い、ハンドルに打ち付けたのか。
足はもっと痛い、前輪に突っ込んだのだから。折れたかも。
1番後ろに乗ってたヤツは、一瞬の判断で飛び降りたらしく無傷。
イグオはどーなったのか知らない。でもたぶん軽傷で済んだはず。
俺は足の爪は剥がれるし、両腕にヒビが入るし、おでこはタンコブできて痛い痛いし散々だった。

もう3人乗りなんてしません。

2010年10月4日月曜日

自責と他責

全て、何もかも自分の責任にした方がどんなに楽なのに。
何でも自分の責任。
どんな事でも自分の責任にした方がめさめさ楽なのに、みんな人のせいにしたがります。
それは自分を正当化したいだけのワガママ。
自分が1番正しいと思いたい。
でも実は「人は人を変える事が1番難しい」事に気付いていない愚かな人がやる典型的な行動といえる。
何でも自分の責任と考えれば、自分を正せばいいだけの問題となる。
解決は早いし単純だ。
なのに人の責任にしたがる。
それは自分で反省するのが相当嫌なんでしょうね。
ある意味「自信家」なのか。
158%地獄へ落ちる人やね。
人のせいにしてる時点で成長は止まります。
そんな人を見るたびに思う
「俺は人のせいにしてないか」

写真は自信家でヨーロピアンだった当時の俺(23歳)とSAABカブリオレ

2010年10月3日日曜日

王子の貝そば焼き

神戸のお好み焼き屋さんでよく見かける“大貝”を使った名物
『 貝そば焼き 』

その昔、そう今から20年ぐらい前に、神戸の王子動物園下に
「王子」というお好み焼屋さんがありました。
そのお店は唇の分厚いオバチャンが1人でお好み焼を焼いていて、むさむさ美味かったんです。
日本全国から熱いファンがやってきて、とにかくすごいお店でした。
俳優の清水善次郎(?)や有名人も多数。
小さなお店の周辺にはフェラーリやポルシェがいつも横付けされてて、ホンマにすごい人気だったのです。
オバチャンはフェラーリテスタロッサをいつもヤッサモッサと呼んでいました。

中でもめっさめさ美味かったのが貝そば焼き。
貝の汁とソースが絡んで何とも絶品!
友人から口コミで聞いて食べて以来、もう毎日でも食べたくなる焼そばだったのです。
「テレビの取材は一切お断りやねん」
といつも取材の依頼電話を断ってました。
なのに俺は100人以上は連れて行ったと思ふ。
「ええねんええねん、ニイチャンらはええねん」
口コミは大歓迎だったのです。
ところが震災後、お店はあるのですがいつも閉まってて、神戸の友人に聞くと
「何かあったんちゃう?閉まってるやろ」という返事。
あれ以来、もう何年も貝そば焼は食べてません。
あのホンマに美味い貝そば焼き、もう1回食べたい!

と思ってたら兵庫区にありました!今度絶対イクッ!

2010年10月2日土曜日

好き嫌い

俺は食べ物の好き嫌いはありません。
なので「あれ嫌いこれ嫌い」言う人が理解できないんです。

好き嫌い言う人が居る事は認めてはいるのですが、その理由は理解できないのです。

●食物アレルギー
 これは理解できます。食べたくても体が受け付けないんですから仕方ありません。

●食べれるけれど好んでは食べたくない
 これも理解できます。それは俺にも存在します。

●意味も無く「絶対に食べない」と決めてる人や「食わず嫌い」
 これは全く理解できません。
 聞くと印象だけで嫌いと判断してる人が多いですね。
 「見た目が嫌なので」
 「絶対に不味いはずだから」
 など意味不明。
 世の中の大多数の人が美味いと言ってるものでも「いや、不味いはず」と
 決めつけていたり。

以前、後輩で食わず嫌いのハードな奴に数人で説得を試みたことがある。
彼の言う食べない理由はまさに前述通りで全く理解ができなかった。
「食べた事もないのに何で不味いと決め付けんねん!」
「いや、見た目がダメなんですわ」
その時思ったことは、俺が生きた幼虫やウンコを「食べたくない」と思う感情と同じなんだなと思った。
世の中のほとんどの人が幼虫やウンコを美味いと言っても俺は食べたくない。
たぶんそんな感じなんでしょ、きっと。
知らんけど。

2010年10月1日金曜日

UFO

UFO、未確認飛行物体。
「そんなもんは架空のものか見間違いで、実際は存在しない」
と言いきる友人がいる。
でも俺は存在すると思う。
幼少の頃、何回かそれらしい物体が飛んでるのを見た。
でもそれは子供の頃なので自信はないけれど、小学5年生の春にUFOが存在すると確信できる出来事があった。
夕飯を食べる前なので夕方18時~19時頃だったか。
近所へ回覧板を持って行ってたオカンが血相変えて帰ってきたのだ。
「ゆ、ゆ、ゆーほー!ゆーほー見た!ゆーほー見た!」
「な、な、なんてぇ!」
家中大騒ぎである。
オカンが言うには、回覧板を持って行った帰り道、何気なく空を見上げると、肉眼でミカンぐらいのサイズの真ん丸なオレンジ色の物体が、ゆっくりと西から東へ飛んでいたのだとか。
肉眼でミカンのサイズといえば結構でかいし飛行機とも思えない。
「それ!ぜったいUFOやで!」
「そや!それぜったいUFOや!」
その日の夕食はめっさ盛り上がった。

2010年9月30日木曜日

一日一善

4車線ある結構広めの道路を横断していた時のこと。
交差点を曲がろうとしていた4tトラックの荷台から「ガシャガシャガシャーン」っと荷物が崩れ落ちた。
どーやらオフィスの引越しの途中らしき男性が車を停めてオロオロしている。
道路には一面に名刺やらステーショナリーグッズが散乱していた。
信号がかわり4車線の道路を車が走り始める。
必死で散乱した荷物を片付けようと焦っている男性。
クラクションを鳴らし、散乱した荷物を踏みつけて走り去る車たち。
思わず駆け寄って、一緒に拾ってあげた。
「すみません、すみません、ありがとうございました」
「ええねんええねん」
すごく感謝された。
一緒に拾っただけでたいしたことはしてないけれど、困ってる時ってこういうの嬉しいもの。
俺も不思議と困った時には必ず助けてくれる誰かがいるから、絶対に困ってる人を見たらほっとけない。

2010年9月29日水曜日

グレー星人

23歳の春その事件は起きました。
当時よく遊んでいたアッチャンが友人のT子を連れてうちから帰ったのは深夜1時。
T子は赤穂駅近くに車を停めて、アッチャンの車でうちに遊びに来ていました。
アッチャンはT子を赤穂駅まで送り届けて帰る予定だったのです。
深夜2時、アッチャンからのコール
「もしもし、T子が車のキー忘れたみたいやねん」
俺は風邪気味だったけれど、忘れもののキーを持って待ち合わせの赤穂まで行く事にしました。
それは買ったばかりのルノーに乗りたいという気持ちがあったからです。

相生市から赤穂市に抜ける道中にタカトリ峠という峠があります。
もちろん深夜3時前という事もあってすれ違う対向車なんて皆無。
俺は順調に車を走らせていました。
峠の山頂を過ぎ、下りに差し掛かかり大きなカーブを抜けたところで事件は起きました。
な、なんと目の前を人が走ってるのです。
しかも子供か老人!
全身グレーの人?いや、頭が人の倍以上の大きさの得体の知れない何か・・
なんじゃこりゃ!なんなんじゃこりゃ!

しかも道の真ん中をスキップしてるやん!

俺はその得体の知れない人か何かを撥ねそうになって思いっきりハンドルを左にきりました。

 ドドーン!

俺は買ったばかりのルノーと一緒に1.5m下へ崖を転落しました。
何が起きたのか理解できないまま俺は反転した車内で硬直。
漏れ出したガソリンの臭いが俺を正気に戻し、慌てて車外へ出る。
そして崖を這いずり上ったところにT子を乗せたアッチャンの車が停車したのです。
「何か嫌な予感がして来てみたんや」とアッチャン。

何か嘘みたいですが、これ全部実話なんです。
その後、アッチャンの車に乗せてもらいT子を送り届けたのでした。
帰りの車内
「アッチャン、実はな、俺宇宙人見てん」
「あはは!宇宙人?夢でも見てたんちゃう?」
当然ですがアッチャンは信じてくれませんでした。
「そか、夢かも・・・」そう思った瞬間でした。
俺たち2人の目の前をさっきの得体の知れない何か(頭が人の倍以上の大きさで全身グレー、耳も無い)が走って(スキップのように)いたのです!

「あ!あれやアッチャン!あれや!」
「うげっ!何じゃありゃ!」

俺たちは全身から汗が噴出し、血相を変えて逃げ帰ったのでした。
怖くて怖くて仕方ありませんでした。
あれはどう考えても人じゃない。
いや、100歩譲って人だとしても深夜3時にあそこを人が走ってることなんて信じられない。
あまりの恐怖に2人で朝まで友人宅数軒へ行き、見たこと全てを話し倒したのです。
でも誰も信じてはくれませんでした。

その1ヶ月後、あの日に訪れてバカにした友人が電話してこう言うのです。
「お、俺も見た!俺も見たんや!宇宙人見たんや!さっきあそこで!」

どうやらあれは本当に宇宙人だったのかも知れません。

2010年9月28日火曜日

チマチマ小銭を出す男

以前コンビニでバイトしている友人(女子)から聞いた話。
「男のくせにチマチマ小銭を出す客が一番腹が立つ」らしい。

俺は仕事以外では極力バッグや財布は持ちたくない派で、ポケットに札を何枚か入れて出掛ける事が多いからか、ポケットに小銭が結構たまる。
もちろん帰ったら財布に移すので、財布の小銭入れはいつもパンパンになってしまう。
だから嫌われてもコンビニ等で使わないと重くてしょうがないのだ。

今朝コンビニでタバコや珈琲や雑誌を買ったら1184円だった。
見るとちょうど財布が小銭でパンパンだったので
「これで出してもいい?」と小銭を指差して聞くと
「いいですよ(笑顔)」という気持ちいい返事。
早速小銭を数えてみると、100円玉が7枚、50円玉が5枚、10円玉が19枚、5円玉が5枚、1円玉が18枚…
「た、足らん…。1円足らんし(涙)」
結構時間かかって結局1円足りなかったのだ。
結局札を出した。
「そら嫌われるわ」と思った。

2010年9月27日月曜日

タバコ事件

中学2年の春、その日珍しく練習に遅れてきたヨボが体育館に入るなり一言
「全員職員室に来いって…」
ヨボは体は細いのにお腹だけがポッコリ出ていて、ヨボヨボ歩くのでヨボと呼ばれていたバレー部の同期部員。
放課後、バレー部の練習に来る途中で、先生の持ち物検査に合い、ポケットの中の煙草が見つかってしまったと言うのだ。
しかも部室でバレー部の同期数人で吸った事を自供してしまったらしい。
そう、ヨボは体型だけでなく性格的にも少しヤボったいところがある、皆そんなヨボにキレながらも、これから起こるであろう職員室での尋問に対する打合せを始めた。

キャプテンはイグオ。イグオは俺と同じ小学校出身で、小学校時代から身長が165㎝もあって、当時県大会でもベスト3に入ってた我が中学バレー部からの猛烈なラブコールで入部したエリート。
そんなイグオと小学校時代から親友だった俺は彼に誘われるままバレー部へ入部したのだ。
 イグオの案で全員がシラをきる事となった。
今思えば既にヨボが自供した後なので、かなり無理のある作戦だったけれど皆イグオの案に合意した。
 職員室に着いて、ヨボだけが隣室の校長室に入ったっきり我々は30分ほど待たされる事に。

バキッ!ドドン!

何か鈍い音が聞こえてくる。
いったい隣の校長室で何が起こっているのか、残された我々4人は誰も何も喋ろうとせず、ジッと時間が経過するのを待っていた。

当時の我が中学校は荒れ放題という言葉がピッタリで、新聞沙汰なんて日常茶飯事、あちこちのガラスも割れてるし暴力事件が耐えなかった。
ちょうどその頃から何とか学校のイメージを立て直そうと先生達がやっきになっていたのだ。
入学式で私語をしていた同級生が、ステージで先生にボコボコに殴られていたのが強烈に印象に残っている。

「次!おまえ入れ!」

職員室に入って35分が経過した頃、いよいよヨボ以外の部員が校長室へ呼ばれたのだ。
しかも俺を指差している。
「俺?」と言うと
「おまえだけや」
その言い方は自信に満ち溢れていた。
何か確信を掴んだようなそんな印象だった。
恐る恐る校長室へ入ってみると、先生が10人、中央に置いてある尋問用の椅子を囲んで座っている。尋問用の椅子の正面には保険体育の先生が少し笑みを浮かべながらムキムキの腕を見せびらかすように腕まくりをして座っている。
ふと脇に目をやると顔をボコボコに腫らしたヨボが座っていた。
俺はその痛々しいヨボの顔を見た瞬間、全身から戦意が失せていくのを感じた。

「煙草吸うたんか?」
俺を尋問用の椅子に座らせるなりムキムキの保険体育の先生が質問してきた。
「いえ吸ってません」
バキッ ボコッ
こめかみと鼻に拳が飛んできた。
鼻への一発はモロにヒットし俺は椅子から吹っ飛び、床に倒れ込んだ。
床一面に鼻血が噴出し、血まみれで倒れ込む俺に
「吸うたんやろ!」
容赦なく質問を浴びせてくる。
「はい」
この状況でシラをきるなんてナンセンスである。
おそらく認めるまで殴られ続けるだろう。
俺は2発殴られただけでアッサリと認める事にした。
それに血の量が尋常じゃなかったので、先生達も少したじろいだのだと思う。
それはこの後呼ばれる部員達への対応を見た時に確信する事になる。

次に呼ばれたのはわーくん、彼がドアを開けると左手には顔をボコボコに腫らしたヨボ、右手床には血まみれの俺が倒れ込んでいる。床一面に飛び散った血。
彼は俺よりも早く戦意を失ったはずである。
ところが顔面2発、倒れ込んだところへ顔面蹴り上げ1発、計3発もらうまで認めなかった。

次呼ばれたのはツーちゃん。
ツーちゃんは中学生とは思えないほどムキムキで、先輩30人に集団リンチを受けたのに全員を倒してしまったという武勇伝を持つ男。
なのにロマンチストでアニメ好きという一面も持ち合わせている。
「お前も吸うたんやろ」
「いいえ」
バシッ ボコッ
「吸うたんやろ!わかっとんねんど」
「吸ってません」
バキッ ボカッ
やっぱツーちゃんは凄かった。
何発殴られても微動だにしないのだ。
それどころか先生達の手が痛そう。
その後も何人かで交代で殴り続け、10発目あたりでついにツーちゃんも観念して認めたのだった。

最後はキャプテンのイグオだ。
彼もこの無惨な光景を目の当たりにすればすぐに認めるだろう。誰もがそう思っていたし、これを見てまだシラをきるなんてバカげている。
ところがイグオは認めなかった。
何10発も殴られ続けても認めなかったのだ。
さすがキャプテン、しかし往生際が悪すぎひんか?キャプテン。
もう全員がキミも共犯だと自供済みである。
「もうええから認めろ!認めとけ!」
おそらくこの部屋にいるイグオ以外の全員がそう思ったであろう。

30分程してイグオが認めると、今度は全員の親が校長室に入ってきた。
俺がこの部屋に呼ばれる前に全員の親に連絡し、別室に呼んでおいたのだとか。
親父が来ていた。
その後、今回のメンバー全員が1週間の停学処分と告げられ、ヨロヨロと校長室を後にした。

帰り道、運転しながら親父が初めて口を開いた。
「まぁ俺もおまえぐらいの時に煙草吸うとったからな、えらそうな事は言えんけどな、警察沙汰になるようなことだけはすんな。」

俺は助手席で小さくうなずく事しか出来なかった。

2010年9月26日日曜日

火事

火事って怖いですね。
一瞬にして全てが燃えてなくなってしまう。
仮に途中で消す事が出来たとしても、全てが水浸しになってしまう。
もし自分の責任で火事なんて起こしたら大変です。

高校の夏休み、俺の部屋は離れになっていて、食事や風呂以外は基本的に自分の部屋で過ごしていました。
その日は、お昼頃に起き出してきて、母屋でランチを食べ、部屋に戻ると、一面真っ白!
「なななな、なんじゃこりゃ!」
そう、ドアを開けると部屋は煙で真っ白だったんです。
かすかに奥のほうでメラメラと何かが燃えてる音が聞こえてきます。
俺は一瞬にして何が何で燃えているのかを考えました。
「しまった!」
さっき部屋を出る前に一服した煙草の灰皿を、火が消えてるのを確認しないままゴミ箱に捨てたのを思い出したのです。
メラメラと聞こえる方向にゴミ箱があったので間違いありません。
100%自分の責任で火事を起こしかけているのです。
迷ってる暇はありませんでした。
「何とか親にもばれずに解決したい。」
「いや絶対に解決する!」
そう心に決め、ゴミ箱の位置、ちょうどドアからは1番奥のところまで息を止めて全力で突入しました。
ゴミ箱からは1.5mほどの火柱が立っていて、ブリキの側面は熱く、爪を立てて持ち上げるのがやっと、でも今は熱いなんて言ってられません。
「おりゃゃああああああ!」
根性でゴミ箱を室外へ持ち出し、何とか火事を未然に防ぐ事に成功したのです。
さらにこの後が大変です。
親はすぐ隣の素麺工場にいます。
早く中の煙を外へ追い出さないと親にバレてしまいます。
「もし見られたら、バルサンやってると言おう」
言い訳も一応考えました。
俺の部屋には窓がなかったので、扇風機を2台持ち出してきて、必死で煙を外へ追い出したのでした。
煙が消えるまで親が工場から出て来ない事を祈りつつ、なんとか1時間ほどで無事に煙も消えました。
部屋に入ると、ゴミ箱のあった箇所の壁が黒く焦げていました。
そこには何故かクリスタルキングの「セシル」という曲の大きなポスターを貼って隠す事に成功。
事なきを得たのでした。

2010年9月25日土曜日

サンシャイン牧場

オフィスの喫煙ルームの窓の下に、我々が勝手にサンシャイン牧場と名づけた畑が見える。
毎日オッチャンが朝から畑仕事をしているのを眺めならがタバコを吸う。
たまに上からオッチャンに声をかけて、イチゴやらタマネギの育て方をあーだこーだと聞く事もある。
オッチャンはええ人で、いつも快く答えてくれる。
たまにイチゴなどをいただいた事もあった。
住宅地にポツンと1つだけあるこの畑は、きっと昔から農家の家に代々続くオッチャンの仕事なんだろうと思っていた。

ある日のこと、喫煙ルームからKが俺を呼ぶ。
「来てください!はよこっち来てください!大変です!」
行くといつも軽トラのオッチャンが畑にベンツで乗り付けるのが見えた。

「なんやねん道楽かいっ!」
「なんかボクがっかりですわ」
Kがつぶやく。
俺もなんとなくがっかりした。
オッチャンは田舎の農家の人で、どちらかというとビンボーであってほしかった。

2010年9月21日火曜日

ひとこと

ひとこと文句を言ってからしか仕事を引き受けない人がいます。
どうせ最終的に引き受けるのであれば、最初から気持ちよく引き受ければいいのに。
いつも思います。

基本的に雇われの身、すなわちサラリーマンという立場に多く見受けられます。
専門的部所であるがゆえに、慢心し、仕事が来る事の感謝の気持ちを忘れ、逆に文句を言うのです。
技術者や専門職に多い現象と言えます。
完全歩合制であればそうはならないでしょうが、やってもやらなくても同じサラリーである彼らにとって、手間な仕事は極力引き受けたくない、そんな風に取れる行動であると思います。

もちろん仕事を依頼する側は、毎回嫌な思いをします。
できればその人に頼みたくないと思うようになります。
そのうち仕事だけでなく、人としても嫌いになってしまいます。

社内で、営業と技術が仲が悪いという原因の殆どは、このことが原因といえます。
当然、受ける側だけが悪いわけではありません。
依頼者側の依頼の方法が悪い場合も多いのも事実です。
お互いの気持ちがわからないという事が、大きな要因ではないでしょうか。
技術者上がりの営業マンと、営業経験のある技術者の場合では、こういう例は極端に少ないといえます。
お互いにお互いの仕事をよく理解しているので、相手にとって嫌な事はわかります。
営業側はひとこと文句を言わさないような依頼ができます。
仕事を受ける技術者側も、文句を言う事のナンセンスさを理解して引き受けられます。

2010年9月18日土曜日

2010年9月17日金曜日

表示形式の変更

Bの表示形式について、誰でもが簡単に判断できるよう、以下のように変更いたします。

0B:水のB
1B:水に近いB
2B:かなり柔らかいB
3B:柔らかいB
4B:柔らかめなB
5B:適度なB
6B:硬めなB
7B:硬いB
8B:かなり硬いB
9B:すごく硬いB
10B:カチンカチンのB

このように0~10の11段階の表示形式にすることで、これまでのようにGBやSGBなどのわかりにくい表示から誰でもがBの状態を簡単に理解できるという利点があります。
そして量に関しては、SS、S、M、L、LLの表示を前につけるということで統一したいと思います。

2010年9月15日水曜日

骨盤ダイエット

森光子や黒柳徹子の若さの秘訣が、スクワットを毎日継続してやっているおかげだと言うのを聞いて、なんとなくはじめたスクワット。
継続させるために1日2回の歯磨きと同時に行うと決めて、1回130回、1日2回実施、早いもので1年が経過した。
結果的にウエスト10cm減、体重8kg減したわけですが、会う人会う人に「痩せたな痩せたな」と言われるので、すっかり気を良くして、スクワット普及に従事する日々。
たまたま検索したところ、どーも骨盤スクワットなるネーミングで、ダイエットに効果があるといろんな人が書いている。

「最近話題になっている骨盤スクワットですが、以前からこの骨盤矯正によるダイエット効果は色んなダイエット、エクササイズ関係の書籍、また雑誌などでも取り上げられていました。色々な骨盤スクワットの方法(やり方)がありますが、ダイエット効果で体が引き締まる箇所はほとんど同じです。この骨盤スクワットでダイエットを行うという根本的な意味は、骨盤の歪みを矯正することにより、骨盤全体のバランスをとり、しいては体全体のバランスをよくして全身の筋肉を無駄なく使えるようにするということです。骨盤が歪んでいると、体の中で、使わない筋肉と使う筋肉がでてきて、使わない箇所にはどんどんと無駄なお肉がついてしまします。運動しても痩せないと言う方が多いのはこういったところからきてる可能性があります。骨盤スクワットで骨盤の矯正をすれば、ダイエットに成功する可能性も大きく変わってくると言えるでしょう。」

なるほど、筋肉トレーニング効果や有酸素運動効果ではなくて、骨盤の矯正で痩せたらしい。
写真のように足を閉じずに開いて行うのが骨盤に良いのだとか。
今後も継続しようと思った。
そしてもっと普及活動に力を注ごうと思った。
なんなら本書こうかとも思った。

2010年9月14日火曜日

運搬

お婆さんを運搬するお爺さん














台車にお婆さんを乗せてセブンイレブンに入っていった
気になったので出てくるまで待ってみた

8分後
そのまんまのポージングで出てきました














俺はその姿が見えなくなるまで無心でシャッターを切り続けた














バイバーイ、バイバーイ

2010年9月13日月曜日

身長

先日とある場所で、江戸時代の日本人のレプリカに触れた。
江戸時代の日本人はこんなに小さかったのだという衝撃を受けた。
143cm、まるで子供のような大人なのだ。
300年ほどで30cm弱も大きくなっている。
100年で10cm、この計算でいくと3000年には2m69cm!
でっかああっっ!!
3309年にはついに3mの大台にのることになる。
3mともなると現代の建築では対応不可能、天井が低すぎて家の中ではまともに立てないし、車だって車高が低すぎて首が痛くなるだろう。
布団もベッドも、エレベーターも、電車も飛行機も、観覧車も、とにかく何もかも作り直さないと使えない。
バスケットゴールもバレーボールネットも今のままでは競技にならない。


確かに昔の建築を見るとめちゃくちゃ扉が小さかったりする。
少し気になったので調べてみた。















すると図のように徐々に大きくなってきたのではなく、江戸時代が一番低い。

縄文時代 147.4cm
弥生時代 151.3cm
古墳時代 151.5cm
鎌倉時代 144.9cm
室町時代 146.6cm
江戸時代 143.0cm
明治33年 147.9cm
昭和14年 152.7cm
昭和35年 154.7cm
平成15年 157.8cm

上記は縄文時代から現代までの日本人女性の身長の変化だ。
一旦江戸時代に縮んでまたそこから大きくなっているのがわかる。
そして平均身長は1940年代生まれの世代で急激に伸び、1970年代以後に生まれた日本人では止まりつつあるという。
今後伸び続けることはないというのだ。
世界一高い平均身長の国であるオランダ(男性は180.4cm、女性は167.6cm)では、現在すでに身長の時代変化が止まっているのだそうだ。
でもこれはあくまでも予測であって、本当のところは100年200年経過しないとわからない。

2010年9月12日日曜日

シケモク愛

ずっとシケモクは「ハシタナイ行為」と思いこんで生きてきた。

「そんなハシタナイ事したらアカン!」

実際に言われた事はないけれど、なんとなくオカンにそう言われそうな気になる。

ロングサイズとショートサイズが同価格であるにも関わらず、ポケットに入れた時に小さい方が良いという理由だけでショートサイズを選んできたけれど、それでも1本の3/4も吸えば一般的に捨ててきたタバコ。
単純計算してタバコ1箱に対して75円は捨ててきた事になる。
1日に換算すると4箱吸っていたので1箱分丸々捨てていたことになるのだ。
1/4残さずに100%吸いきっていれば、3箱で良かったのだ。
そう考えるとかなり経済的に損をしてきたような気になる。

では健康面で考えてみるとどうか?
調べてみると、シケモクはやはり身体には良くない(タバコ自体が良くないのですが)という事がわかった。
解説すると、タバコの半分以降に関しては、それまでの部分のフィルター的な役割も果たしていた葉の部分には強烈にニコチンが含まれているので、半分以降は吸わない方が良いらしい。
当然シケモクは後半の半分以降なのでニコチン含有量が多く、身体にも悪いというわけである。

しかしシケモクには愛がある。

自身ももちろん他人の吸殻をシケモクしようとした場合、思った以上に長い吸殻(半分以上)が残されていたときに、ものすごく得した感じがする。
長い吸殻を残してくれた自身もしくは他人に対して愛を感じるのだ。

本日、車の灰皿から半部以上の長いマルボロライトメンソールを3本発見した時、愛を感じた。
シケモク愛。

2010年9月11日土曜日

レギンス人

去年、ある先輩からレギンス率なるものの調査結果をうかがった。

当時、先輩はこう言いました。
「50人に30人はレギンスやな」
私は思わずこう答えたのです。
「5人中3人でええんちゃん」

実際のところ先輩の言う50人中30人ならば、100人中60人、すなわち60%の人がレギンスであるということになります。
ところがその後の私の独自の調査によりますと、50人中40人、すなわち80%がレギンス人だったのです。(黒タイツも含め)
わずか数ヶ月でレギンス人が20%も増加したということがわかります。
さらに東京よりも関西のほうがレギンス人が多いとの報告も入ってきています。
「足を露出するのは恥ずかしいけれど、ミニスカートは穿きたい」
という女子がレギンスを愛用するという事らしいのですが、理由はどうであれ、これだけみんながレギンスを愛用するようになると、流行のファッションという理由だけで今後もレギンス人は益々増加の傾向にあると推測されます。
最近はレギンス男子というのも増加傾向にあるというから恐ろしいです。

2010年9月10日金曜日

年齢

スタッフの大学生が、親戚のおばさんをアルバイトとして紹介したいという。
ちょうど人がいる時期でもある。

「へぇ!ええやん!ありがとう!何歳の人?」
「32歳です」
「えええええ!!!!わっか!わっか!」

彼女からすれば32歳主婦は完全におばさんなのだ。
今の俺から見ると32歳は全然ピチピチやのに。
ちょっとショックだったので他のスタッフ23歳にも聞いてみた。

「なー、おばさんて何歳?」
「んー32歳ぐらいですかね」
「ええーーー!ほなオッサンは?」
「んー人によりますけど36歳ぐらい?」
「ええーーーー」

まぁ確かに俺も20歳そこそこの時は30歳すぎた主婦の人をオバチャンと呼んでいたような記憶もある。
以前、渋谷でオヤジ狩りにあった男性の年齢が30歳だったというニュースをみてショックを受けた事もある。
スタッフの親が俺よりも年下だという事を聞いてショックを受けた事もある。

こういう積み重ねが自身をオッサンと自覚していくきっかけになっているのだと思う。
いややわ!ほんまいややわ

2010年9月8日水曜日

お菓子

実はつい最近まで、お菓子を食べるという習慣がありませんでした。
お菓子を食べる人の感覚が正直理解できなかったのです。
いやそれは今も同じかも知れません。
3度の食事をとっているのに、何故お菓子が食べたくなるいのかがわからないのです。
「小腹がすくから」
よく耳にしますが、小腹がすく感覚がわかりません。
「別腹よ別腹」
別腹という感覚がまったく理解できません。
食事と食事の間に何か食べたりしたら、次の食事がまともに食べられないじゃないですか。
そんな理由で子供の頃からあまり好んでお菓子は食べませんでした。
母親からすすめられても断る方が多かったように記憶しています。
食事は食事、食事意外は必要ないというのが私の考え方なのです。

ところが最近の私はお菓子を食べます。しかも結構食べます。
しかし先ほど述べたように理解できないままに食べているのです。
食事の代わりに食べたり、長時間の運転などでの眠気防止に食べます。
運転中、眠いときに何かを食べると目が覚めるという事がわかって以来、車にお菓子を常備するようになりました。
ただこの方法は、お菓子を完食した後、満腹感でよけいに眠くなるというリスクがあるのですが。
なので食べ続ける事でそれを克服しています。

食事をとる時間が無いとき、そのお菓子を食事として食べることもしばしば、あくまでもおやつとしてではなく、食事としてお菓子を食べる。
もしくは眠気防止のためにお菓子を食べるのです。
あくまでもそういう理由なので、前述のように小腹がすいたからとか別腹という感覚ではないのです。
満腹時はもちろんお菓子なんて食べたいとも思いませんし、眠くないのに車内でお菓子なんて食べようとも思いません。
ただ正直に言うと、どんな理由であれお菓子を食べる習慣がついてしまった以上、お菓子に対する抵抗はなくなったと言ってもいいのではないかと感じてきています。

よく食べるお菓子
・オールレーズン
・ベビースターラーメン
・ポテトチップス
・バターサブレ
・黒ごまスティック

今後食べたいお菓子
・森永チョコフレーク
・リッツクラッカー
・ガーナチョコレート
・アポロ
・LOOK
・カプリコ

2010年9月7日火曜日

播州弁

ふとした時に思い出し書き留めた播州弁

せんど=長い間
らっか?=大丈夫か?
らっきゃ=大丈夫や
なみちょのへ=楽勝
いぬ=帰る
べっちょない=大丈夫
だま=ゴミ捨て場
あるこー=あるか?
うっとこ=うちの家
づつない=お腹いっぱいで苦しい
まんがわるい=運が悪い
どーどこぞ=なんとか
いしこい=せこい
かじく=耕す
めぐ=壊す
へてから=それから
ごじゃ=むちゃくちゃ
ほたら=ほんなら
なんどいや=なんやねん
いぬ=帰る
がいだ=カメムシ
でぼちん=おでこ
いちびる=調子にのる
ちょろまかす=ごまかす
ごーわく=腹が立つ
ちょびっと=ちょっと
あいさに=たまに
ちんまい=小さい
あっかいや=あかんがな
ちゃっそ=泣かすぞ

ほとんど使わんなしかし。

2010年9月6日月曜日

お礼文

毎朝のメールチェック時、ある一通のメールに目が止まった。

はじめまして、先日から当店のアクセス数が異常に増えていましたので調べてみますと、殿様のブログの影響であることがわかりました。
当店の記事を書いていただきましてありがとうございます。
今後ともよろしくお願い致します。

以前、殿のBlogで紹介したお蕎麦屋さんからのお礼のメールだった。
5年間で2500軒以上のお店を紹介したけれど、ごくまれにこうしたお礼文が届くことがある。
ただ単に食べたものを記しているだけのワンパターンなブログだけれど、おかげさまで最近はコンスタントに1日2000人ぐらいの方に見ていただけるようになった。
そのせいもあって、記事内にリンクを貼っていると今回のように急にアクセス数が増えるという現象が起こる。
また実際に投稿した翌日からお店に予約電話が何件もかかり、不思議に思って確認すると「ブログを見て」という返事が返ってくる事からこちらにお礼文が届くというパターンもある。
中にはお礼をしたいと言われる方もいて、その場合は丁重にお断りしている。
しかしいずれにしても喜んでもらえると嬉しいものだ。
それにお礼を言われたお店は印象に残る。
店の運営をしっかりとされているんだなぁと感心する。
自店の事をネットで調べたり、評判を気にしたりという事自体が基本でありながらなかなかできているお店は少ないと思う。

こういうお店には、今度はばれないように写真も撮らずにコソッと食べに行こうと思う。

2010年9月5日日曜日

内股と外股

いつのころからか、男を意識し始めた頃、同時に外股を意識しはじめた。
それまで内股だったのかというと、別にそういうわけではないのだけれど。
ただ、ふと気がついた時に、内股になっているという事が何度かあった。
そのせいで、男が内股であってはいけないみたいな意識が働き、外股を意識しはじめたのだ。

そして月日が過ぎ、最近また同様の意識が働くようになった。
ふと気がついたとき、自身が内股で立っている気がする。
気の緩みか、はたまた歳のせいか。
ずっとではないにしろ、ごくまれに内股の自身が存在する。
それは男としてどうなのか。
女子の内股は大歓迎、可愛らしいと思える、だからこそ余計に男の内股は恥ずかしいと思うのだ。
シャワーを浴びている時、タバコを吸っている時、足元を見なくても
「あ、いま俺内股ちゃうん」
と感じ、すぐ足元を見る。すると実際は内股ではなく左右の足が平行に並んでいる。
すなわち内股ではなくても外股でない事を感じるようなのだ。
しかも非常に気の抜けたリラックスした状態での事。
これまでの人生で、物心付いた頃からずっと外股を意識し続けてきて、でも実際は外股が自身の本来の姿ではなく、左右並行というのが俺の本来なんだろうと思う瞬間。

女子の内股にも様々な意見がある。
骨盤の歪みやO脚も指摘されている。しかしその殆どは、可愛く見せるための演出であるように思う。
あちらこちら、特に海外から日本の女子の内股を批判する声があるけれど、俺はあれでいいと思う。
可愛らしい。外股は色気が無い。
わざと内股にして可愛く見せるという意識は、ファッションの一部として非常に良い事であると思う。
そして彼女らもいつか俺と同様に、気の抜けたときに本来の自身の立ち方を知るだろう。

2010年9月4日土曜日

ICOCA

JR大阪駅でICOCAに5000円チャージしよ思てお札入れてたら
ビィィィィィィィィィって警報なった。

結構うるさくって周囲の人が変な目で見ながら通り過ぎていく。
入れたお金は3000円、取り消し押しても警報は鳴りっぱなし、お金も戻ってこない。
その場を離れるわけにもいかず、けたたましい警報音を聞きながら立ちすくむ俺。
5分経過。
機械を蹴ったり叩いたりしてみた。
変化なし。
10分経過。
やっとこさ駅員が来た。
来たけど何も言わん。黙って何か作業にとりかかる駅員。
ほんで何するんかと思たら、機械を開けて、お金を全部出してデータも消去してる。
「ちょ、ちょっと!消したらあかんやん!俺がなんぼ入れてるかわかってるん?」
すると駅員
「ちょっと待っててください。データ見てきます」
と言って駅員室に消えた。
いちいちそっち行かんでもさっきデータ残ってたやん!
また3分ほど待たされて返金された。
「こっちの機械でもチャージできますからこっちでしてください!」
まるであっちの機械でチャージしてた俺が悪かったかのように指示を受ける。
「しゃーけどこっちやったら5000円チャージでけへんやん」
「いや、3000円して次2000円したら5000円できます」
結局そうしたけれど、なんとなく残尿感の残る出来事であった。

2010年9月3日金曜日

江戸しぐさ

人混みを歩いていて、いつも気になる事がある。
自分の事しか考えずに歩いている人
前方から人が来ても、よけずに(かわさずに)真っ直ぐ突き進む人がいる。
イキリやヤカラという人種ではなく、ごく一般的な人での話。

統計をとってみてわかったのは、20代の女子に非常に多いという事がわかった。
続いて30代女子、10代女子と続く。
(男子は年齢に関係なく非常に少ない。イキリやヤカラを除く)
彼女らは基本的に、何故自分がよけなければならないのかという考え方である。
たまたま知り合いで、これまで全くよけた事がないという女子がいたので、聞いてみた事がある。
「え?なんであたしがよけなあかんのん?向こうがよけてくれるもん」
と堂々と言うのだ。
決してこの女性はヤンキーでもポン中でもない。
鬼のような形相をしているわけでもない。
ごく一般的なOLである。

昔、江戸時代に生まれたというマナー哲学「江戸しぐさ」のすれ違い時のマナー「肩引き」は、人の多い江戸の町を、肩がぶつからないようにと、左肩を路肩に寄せて歩くというお互いに気を使いながら歩く方法である。
本来日本人は(勿論、今もそういう人が多いけれど)実に謙虚で思いやりの心があった。
ところがこういう意見を聞くと情けなくなる。

さらに前方だけでなく、後方も全く気にしていないようだ。
意味も無くだらだらだらだらと歩いている女子。
後方からいかにも急いでいる感じの人が来たのなら、スッと身をかわして先に行かせてあげればいいと思うけれど
「そんなん急いでる人の勝手やん、急いでるんやったらちゃう道行ったらええねん」
と全く聞き入れない。
女子の後ろを歩いていて、イライラした経験をお持ちの方も多いはず。
彼女らは、実にマイペースであり、後方の事なんて全く眼中にはないのだ。

さらに後方を全く気にせず急に立ち止まる。
自分が急に立ち止まる事で、後方を歩いている人がぶつかるかもしれないなどと考えた事もない。
俺も大きなダンボール箱を肩に担いで歩いているときに、前の女子が急に立ち止まってぶつかった経験がある。バランスを崩してダンボールは落としてしまった。
箱の中のワイングラスは粉々に割れた。

確かに車社会でも、週末になるとこういう運転する人が増加するとお嘆きの人も多いけれど、歩行者間でも同様の事が起きているのだ。
勿論、前述の女性へ社会のルールや一般常識として、それがいかに人として良くない事かを説いたけれど、全く受け入れる気持ちなど持ち合わせていない様だった。

2010年9月2日木曜日

水虫菌

水虫菌ってどこにでもおんねんてね。
床にもいっぱいいてるからすぐに人の足に取り付く。
なので素足になる時は注意が必要なのだとか。
実際問題、俺はしょちゅう素足になる。
まず飲んだらどこでも靴下脱ぎます。
全部じゃなくても半分は絶対に脱いでる。(半分ずらしてる)
これがまた気持ちええんですわ。
ホテルの床にも水虫菌は存在します。
スリッパだって消毒してるかどーかわかりませんし。
なのでいつ感染するかわからんとです。

でもね、実は感染するまでに少々時間がかかるのだとか。
いくら酔っ払ってシャワーせずに寝てしまう時でも、俺は絶対に帰宅したら手と足を洗うようにしてるんです。
そーすることで付着してる水虫菌も死滅するというから正解でした。
もちろんシャワーやお風呂で洗えば問題ないのですが、それをせずに寝てしまう時に、繁殖して水虫になるんですって。
なので絶対の絶対に手と足は1日1回洗いましょう。
だからこんだけ何処ででも素足になる俺でも水虫にはなった事ないんです。

2010年9月1日水曜日

サカムケ

サカムケキライ
サカムケなったら痛いモン
なんや知らんけどサカムケしょっちゅうなんねん
イタイイタイねん
しょっちゅうイタイイタイねん
ソフトなサカムケならいつも爪切りでカットする
でも今回のサカムケはハードなサカムケ。爪の付け根のとこが半分に割れて血でとんねん
普通にしとったらなんともないねん
しゃーけどポケットに手入れる時いっつもそこがポケットの入口のとこに当たって激痛が走る。
シャンプーしとったら髪の毛がそこの間をこすって激痛が走る。

なので昨日バンドエイドを貼った。
ほなら数人から「指どーしたん?」と聞かれました。
「ん?サカムケ」
「サカムケ?あはははは」
サカムケごときで大げさだと皆笑う。
しゃーけどポケットやシャンプー痛いねんもん

2010年8月31日火曜日

コンビニ店員

その日停めたパーキングが1,000円札しか使えない事は以前から理解していたので、コンビニへ寄って両替する事に。
黒烏龍茶と雑誌、煙草を買って1,328円だった。
財布を見ると小銭がちょうど328円あったので、1万円札と小銭328円を店員に渡す。
すると「まずは大きい方から」と8000円を手渡したのだ。
「ん?」と思いながら見ていると、小銭をジャラジャラ672円渡そうとしている。
「ちょ、ちょい、今10,328円渡したやん」
「は、はい」と浮かない返事の店員。
後ろを見ると3人ほどお客さんが並んでいる。
「だから後1,000円くれたらえーねんて」
「は、はぁ」
まだ店員は計算が出来てないようだ。俺の言ってる事を理解してない。
ここで足し算・引き算を教えてる暇もないし、ここでそんな野暮な事をして、並んでる客に恥ずかしいところを見られるのも彼のプライドが許せないだろうと思い
「あと1,000円くれたらえーねん」
と言い放ち、1,000円をふんだくって店を後にした。

 10,328円-1,328円=9,000円

なんでこんな単純な計算が出来ない彼が雇われているのか。
それとも出来るけれど焦ってて勘違いしたのか。
そんなことよりも、ちょうど財布に328円あった事にもっと感動したかったのに。
感動するチャンスを逃してしまった。

2010年8月30日月曜日

友人

オランダのある学者が1000人以上を対象にデータを取り研究した結果
友人は7年で7割以上が入れ替わるんやてね

確かに環境の変化とともに周囲の人間関係も変化し、会う頻度によって友人関係は変化していると思う。
いくら気が合う人でも疎遠にもなるし、そんなに気が合わなくても毎日顔を合わせることで情もわく。
そして7年以上経過しても残る3割の友人関係、ここに本物の友好な人間関係が存在するのだ。
しゃーけど長い人生生きてきたけど、なかなかストレスなく気の許し合える人って少ないですよね。

2010年8月29日日曜日

半ズボン

最近の小学生は半ズボンって少ないんですってね。
ドラえもんののび太のような小学生はめっきり減ったのだとか。
だいたい半ズボンという言葉さえ衰退してしまった。













俺は小学生の卒業式の日、特別な賞をもらった。
それは『 6年間、半袖半ズボンですごした賞 』
1年生の入学式から6年の卒業までずーーーっと半袖半ズボンだったんです。
真冬のむっさ寒い日も半袖半ズボン。
ずーっとずーっとそれで通しました。
別に意味もなく。
でもそれを意識し始めたのは小学4年生の頃。
先生に褒められて卒業まで通すと決めた。
達成して表彰される時ホンマにすう~~っとした。

写真は小学生時代の俺(手前)。運動会のショット。
この後、初めて敗北し泣いた。

2010年8月28日土曜日

セックス

世界で最もセックスの回数が少ないのは日本人なんですってね。
シドニーで開かれた「世界性の健康会議」で、日本を筆頭にアジア各国の国民は他の大陸の国民よりセックスへの関心が薄いとの世論調査結果が公表されたのだとか。
コンドーム大手デュレックスが26カ国・地域の2万6000人以上を対象に実施した調査によると、セックスの年平均回数は106回。最高はギリシャの164回、日本は48回で最低だったという。
48回といえば月4回。週1回の計算になる。多っ!
ギリシャ・・・月13.6回すか!週3.5回・・・。2日に1回してるんかいっ!
やりすぎやん!痛いやろ!
「セックスは刺激的だと思うか」との質問で「思う」と回答したのが平均49%なのに対し、日本は10%で最低だとか。
日本人はセックスに興味がないのでしょうか。
確かに週1回は多いと思うけれど、刺激的ですよセックスは。
セックスにかける時間の平均は18.3分。
これも日本は平均を大きく下回ったらしい。
短くないですか?これ。
また「常に絶頂に達するか」との質問に対し「達する」と回答した日本人は27%。
「セックスは自分にとってとても大切」と考えている人は、平均で59%、日本は下から2番目の39%だったのだとか。
確かに週1回も勿論してないけれど、でも大切だと思ってます。
1番幸せな時間でしょ普通。

2010年8月27日金曜日

大衆食堂

昔から大衆食堂が好きだった。
オッサンになったから好きなのではなく、若いころから好んで大衆食堂に通った。

子供のころから和食中心で育ったせいか、10年ほど前までは、基本的に洋食は好んで食べなかったのだ。
実際こんなに好きなラーメンだって、お店で食べるようになったのは25才をこえてから。

大衆食堂には愛がある。
ぜったいにオッチャンかオバチャンがおる。
ほんでたいがい感じいい。
そして30年以上続いている食堂なら完璧。
椅子やテーブルは、昔から変わらず同じものを使っているお店。
そんな食堂が一番癒される。

ソーセージエッグスに筍とちくわと若布の炊いたん、おから、汁と中メシ。

「おばちゃん、ここ何年やってるん」
「昭和41年からやから43年やわ」
「へえ!俺が生まれた年やん」
「ほーかほーか、ニイチャンもっとわか見えるで」
「わはは!ありがとオバチャン!オバチャンも俺と同い年ぐらいちゃん」
「ははははははあああ!あたしはまだ25歳やで!」
「わはははははははははは!」
「ごはんお替りゆうてや」

こんなたあいもない会話こそが大衆食堂ならではの副産物といえる。
そしてたいがいホンマに美味いと感じる。

2010年8月26日木曜日

くじ運

毎日2回は行くローソンにて。
いつものホット珈琲とタバコ3箱買ってレジを済ますと
店員がくじを引けという。
「ハワイ旅行当たるん?」
「いえハワイはありませんが・・・」
箱に手をつっこんで1枚を引いて店員に渡す。
「あ!当たりですやん!」
「え?ハワイ?」
「ちゃいますけど当たりです!」

そしてゴソゴソとグリコマイルドカフェオーレを出してきて俺に手渡す。
こんなんわざわざ買うことなんてありえへんけれど、当たったとなるとそれはそれで嬉しいもの。
カフェオーレが嬉しいんじゃなくって、自分のくじ運に嬉しくなる。

そーいえば俺はくじ運が良い。
よく当たる。そしてくじ運に自信もある。
俺はくじ運が良いと自分で思っている、だからよく当たるのだと思ふ。
思い込むことは時として良い結果を生むことになるのだと思ふ。

2010年8月25日水曜日

対面時間

電車に乗るときは、基本的に立つようにしている。
車内がガラガラの場合は別として、基本的に立っている。座らない。
隣の見ず知らずの人の体温を感じながら、お行儀よくジッと座っているほど苦痛なものはない。
それなら多少足は疲れるけれど、立っている方がマシと思うからだ。

先日、御堂筋線に乗ったときの事。
普段は四ツ橋線のチープ感が好きなので、あまり好んで御堂筋線には乗らないのだけれど、新大阪へ行くためにやむなく乗車したのだ。

ドア付近のドアのすぐ前ではなく、それより1歩後ろ(内側)に外向き(ドア向き)に立っていると、心斎橋で推定20歳~23歳ぐらいの女性が乗ってきた。
その女性は俺とドアの間、ちょうど1人立てる位置に場所を確保。ところが予想外に、こちら向きに立っているではないか。
普通は、俺もその後ろの人もみんな外向きに立っているのだから、同じように外向きに立つだろう。ところが何故か彼女は内向きに立っている。
俺との距離は約20cm、か、顔が、ち、ちかい・・。
さっきから何度と無く目が合う。
ちょ、ちょー、恥ずかしいやないかい!
これはひょっとして俺を誘惑しているのだろうか?
様々な憶測が脳裏をよぎる。
様々な妄想も脳裏をよぎる。
実際問題、俺が恥ずかしいからと、彼女と同様に内側を向くと、今度はすぐ後ろの彼女と恥ずかしい事になってしまう。
俺には彼女のその行動の意味が全く理解できなかった。

それから何日かして、また御堂筋線に乗ったときの事、同じようにドアより1歩内側の位置に立っていると、今度は20歳前後の男子が、前回同様、俺とドアの間に内向きに乗ってきた。
その男子との距離約25cm、何回も目が合った。
また物凄く居心地の悪い時間を過ごした。
彼は目が合うたびに居心地悪そうに目をそらす。
居心地悪いなら外向きに立てばええがな、なんでこっちむいとんねん!
全く理解不能であった。
痴漢防止説が囁かれているが、ではこの男子が痴漢を警戒しているとは思えない。
窓の外を見ていると乗り物酔いでもするのか。
人に背後に立たれる事が許せないゴルゴ13のような人物なのか。
それとも何かの罰ゲームなのか。
はたまた社会実験の一環なのか。
もしくは自身の恥ずかしがり症を克服するために強化トレーニングでもやっているのか。
例えば、乗車するのが彼らの方が先の場合ならまだ理解できる。
しかし、いずれも後から乗ってきて、その方向に立つのは明らかにおかしい。

世の中には、我々の常識では理解できない様々な種類の人類が存在している事をあらためて知った。
勉強になります御堂筋線。

2010年8月24日火曜日

方言

とある宿に泊まった時の話。
お風呂に入ろうとすると壁に張り紙が貼ってあった。

「お風呂は22時まぜ」

22時に混ぜないといけないのだろうか??
地元の人に聞いてみるとこの地方では「で」を「ぜ」と言うのだとか。
しかもご丁寧に「22時まで」と書いたのをわざわざ消して「22時まぜ」と記してある。
普通喋る時は方言でも書くときは標準語で書くはず。
さらに聞くと「ぜ」と「で」がごっちゃになって「ぜ」と「で」どっちがどっちかわからない人が多いのだという。

例えば「でんでんむし」は「ぜんぜんむし」
「混ぜる」は「までる」となる。
それなら「おでこ」は「おぜこ」なのだろうか。
「税務署」は「でいむしょ」なのだろうか。
「感電」は「かんぜん」
「完全」は「かんでん」
「ゼロ」は「でろ」
「出ろ」は「ゼロ」
「ゼブラ」は「デブラ」
「デブら」は「ゼブラ」

方言って不思議でおもろいなあ
なんか癒された。

2010年8月23日月曜日

ガソリンシール

高速道路のサービスエリアにガソリンを入れようと立ち寄った時のこと

車を停め「レギュラー満タン」と告げてボーっとしていると別の店員が近寄ってきてこういう
「すみません、給油口にガソリンなのか軽油なのかの表示がないんですが」
「はあ?だから?」
「いやここは高速道路なのでガソリンなのか軽油なのかをハッキリしてもらわないと困るんです」
「はあ?最初にレギュラー満タンゆーとるやん」
「一応車検証見せていただいてもよろしいでしょうか」
「はああああ?レギュラーやゆーとんねん!レギュラーガソリンや!レギュラー知らんのか?」
「いえ、わかりますが。本当にガソリンで間違いないですね?」
「なんで嘘つくねん」
「では今後のために給油口にガソリンというシール貼っといてもよろしいでしょうか?」
「今後て意味わからんし、まあえーわ、勝手に貼りーや」

こんなやりとりがありました。
正直疲れました。
おそらくガソリンやと言われて素直にガソリン入れて、実は軽油仕様の車だっという過去があったのでしょう。
それで車が壊れたとイチャモンつけられ損害賠償させられたか。
もしくは法律で決まったのか。
車の所有者がガソリン仕様か軽油仕様かわからないというなら理解できますが、明らかにわかってるのにイチイチこんなんしつこく何回も聞かれてたらたまりません。
なるほどこんな事を毎回繰り返すのがじゃーくさいから今後のためのシールなのか。
今思えばシールを貼ってくれて助かったような気がします。
ありがとう感謝します。

2010年8月22日日曜日

子供郵便

寅さんの夕焼け小焼け観て田舎を思い出した。

俺の田舎はホンマに田舎。
その田舎の小学校では「子供郵便」なるものが存在した。
その学校だけなのか他の地域にも存在したのかはわからない。
そして今でもそれは存在してるのかさえも知らない。
でも当時は確実にあったんです子供郵便。
システムは、各地域で当番になった6年生が、学校に設置された子供郵便専用のポストに入れられた葉書を配達する仕組み。
要するに同じ学校内の生徒に出す手紙や葉書は、通常の郵便を使わずに子供郵便でタダで送れるシステムなのだ。
これ、配達すんのも結構楽しい。
年賀状を31日の夜に数人で配達すんのがめさ好きでした。
夜に友達と配達する楽しさの他に、なんか人の役に立ってるような気がして嬉しかった。
今もあったらええのにな子供郵便。

2010年8月21日土曜日

強い店

以前とあるブログで見て、いつか近くまで行ったら食べてみようとチェックしていたラーメン店。
たまたま近くを通ったので入った時のこと。

カウンター8席のこじんまりとした店内は満席。ウェイティングこそかかってなかったものの11:30で満席なのだから、その人気がうかがえる。
食券を買って席につくと
「撮影禁止!」
とあっちこっちに貼ってある。
まわりを見渡すと確かに誰も撮影していない。
でも俺がみたブログは写真がいっぱい貼ってあった。もう1年近く前に見たブログだったので事情がかわったのか、それとも許可を得て撮影したか、はたまた勝手に載せてるのか。
いずれにせよ、いつものようにパシャパシャ撮るのはやめた方がよさそうである。
すると隣のサラリーマンが食べ終えて席を立った。
ご丁寧にどんぶりやコップをカウンターの上に上げて更に布巾でカウンターを拭いている。
見ると『すみませんが食後のどんぶりはカウンターの上に上げていただくと助かります』
という張り紙があった。
他に席を立つ客みーんなそうしている。
みんなとても礼儀正しい。
「ごちそうさま」
食べ終えた客は全員が大きな声でそう言って店を出る。
でも店員は毎回無視、ごちそうさまには何の反応も示さなかった。

そうこうしているうちに俺のオーダーしたラーメンが来た。
「うわっ!ごっつ!」
真っ黒なスープに極太麺、大量の野菜が乗っている。
「うっわ!絵になりそう」
「パシャ」
毎回食べる前に撮影するクセがついてしまっているので、ついうっかり撮影してしまった。
まぁ文句言われたら言い返したらええわ。
結局文句は言われなかったのでそのまま食すことに。
「う!うわっ!うまっ!結構うまっ」
こら美味い!真っ黒なスープはとてもアッサリしててコクも深みもあって美味い!
もの凄い量が多いので食べても食べても減らなかったけれど、でも美味しいのであっという間に完食してしまった。

3人で入ってきたサラリーマンのおっちゃんが、3人一緒に食べたいからと途中席をかわりたいと言った。
「すみません、あっち移動していいですか」
「え、はい」
「そうですか、すみません。ほんとすみません」
本来、3人で入ってきて空席の都合でバラバラに座ってもらった客に対して、席が空いたのなら店員から客に言ってあげるべきだと思う。
でもここは逆、店員より客の方がみんな気を使っているように見える。
撮影禁止も含めてなんとなくココはお店の方が強いのかもしれない。
客には媚びない、そんな印象を受けた。
逆に客が媚びとる。なんかおかしい
「ごっそーさん!」
やはり店員は無視している、何の返事も無い。
腹立つのでカウンターを拭かずに、どんぶりも上げずに店を出た。
外には行列ができていた。

しゃーけど俺はこんな店はイラン
お金はろて気い使う店なんかイラン
しんどいし
しかもそこまで美味いわけでもない。
2度とイカン!
ブログにも書かん!

その後、風の便りでそのお店が閉店した事を聞いた。
なんとなくすう~っとした。

2010年8月20日金曜日

佐野先生

佐野先生は毎日朝礼の時に俺に西城秀樹の曲を歌わせた。
佐野先生は西城秀樹の大ファンだったのだ。
たまたま俺が同じ名前だからという理由で歌わせた。
俺はそれがすごく嫌でオカンに「学校行くんいやや」とよく愚痴った記憶がある。

佐野先生は俺の小学1年と2年の時の担任で、50歳ぐらいのオバチャン。
喋ってる時に口の右脇に白く唾がたまってくるのが特徴で、よく物真似をした。
俺は佐野先生から完全に依怙贔屓されてたように思う。
なんやいうと俺にやらせた。
子供なりに自分が気に入られている事が理解できていたのだ。
6年生が卒業する時、1年生の代表で俺に作文を読ませたのも佐野先生だった。
作文は1年生全員が書いたものを集約して一つにまとめたもの。それを俺が卒業生の前で朗読するのだ。
予行演習のとき、俺は初めてその作文を渡され、そして卒業生を前にして読み上げる事に。
前半は俺が書いた作文そのままだった。
ところが途中からはみんなが書いた作文で「あの時はこんな事をしてくれたね、お兄ちゃんありがとう」的な内容がほとんど。
「俺こんなんされてへん、俺ちゃうやん」
そう思いながら読み上げる事が物凄く苦痛になってきて、途中で放棄してしまった。
「こんなん嘘やもん、俺が書いたんちゃうもん」
説得する佐野先生。
泣く俺。
今思えば何故そこまで拒否したのか不思議だけれど、自分が経験してないことをあたかも経験したように朗読することに罪悪感を抱いていたように思う。
嘘がつけない真っ直ぐな子だったのだ。
結局俺はかたくなに拒否し続け、誰かが代わりに朗読することとなった。

その後、朝礼の西城秀樹もオカンが学校へかけ合ってくれて歌わされる事はなくなった。

3年生になった時、佐野先生は退職した。
それから32年、先生とは合ってない。
もしまだ元気でおられるなら会って謝りたい。
歌と朗読を拒否した事を。

2010年8月19日木曜日

小指の爪

小指の爪だけ異常に伸ばしてる男がいる。

あれ何なんでしょうね。
「何で小指だけ伸ばしてんねん」
聞くと皆決まってこう答える。
「シール剥がす時便利やから」
おまえ1日に何枚シール剥がすねん!!
これまでにアンケートを取った女性158人中158人が「キモい」と答えたこの
『小指の爪だけ伸ばしてる男』
誰に何と思われようが、年に数枚剥がすかどうかのシールの為に爪を切らないという1本筋の通った芯のある男なのかも知れません。

○こんな記事もあります↓
なぜ小指の爪を伸ばしているの?
○さらにこんな説もある↓
小指の爪は切りましょう。
○アンケート↓
コトノハ(小指の爪だけ長い)

調べてみると、アジアでは土俗的に高齢男性が手の小指の爪を伸ばす事があるという。
また、ギター奏者もギターの弦に合わせて爪を伸ばす。
シールをキレイに剥がしたいこだわりの男、はたまたギター奏者、みんなどちらかに属するのかもしれません。

2010年8月18日水曜日

歯医者

今日、いつもの高麗橋にある歯医者行って椅子に座ったら前歯が半分折れた。
いや正確に言うとセンセが前歯を折った。

「んん?これグラグラしてるねぇ~」
ポキッ
「ちょ、ちょー、ちょー、センセちょー待ってーや」

実際最近の治療は無理矢理治療する場所を探してやってる感がある。
前回は「歯並びを揃えましょう」言うて削ったりもったりして15分で終わったし。
治療よりも衛生士の方に重点を置かれている事は確か。
「今日は上の奥歯をブリッジしましょか」言うてる間に起きた出来事。
もう1年ほど通って卒業間近の歯医者なのだ。

「センセ、ブリッジはええからコレ治してくださいよ」
「そーしましょう!」

この前歯は2年前に博多のホテルで目覚めたら折れてた箇所。
どこでどーやって折れたのかは、酔っ払ってたので記憶に無いけれど、詰めてよく2年ももったと思ふ。

最近、新人の歯科助手も入って、新人への研修も兼ねてモルモットのように利用されている感のある歯医者。
さらにセンセは俺が口を開けて動けない状態なのをいいことに

先生 「ここはこうするとちゃんと出来るんだよ」
助手 「私もそれやらしてくださいよ」
先生 「ああ?ダメダメ、まだダメだよ」

会話が顔の上を飛び交う。

先生 「そんなにしたら田中さんが可哀想だよ」
助手 「田中さんちゃいますやん(笑)」
先生 「山川さんが可哀想だよ」
助手 「それもちゃうし(笑)」

勝手に名前変わってるしな。

もっすご会話に入りたーて入りたーて、ストレスたまるわ~

2010年8月17日火曜日

イエス・バット話法

相手に嫌な印象を与えずに上手に断る方法。
営業の世界や水商売などで、お客様から食事や飲みに誘われることは物凄くありがたい事で、大きなビジネスチャンスでもある。
けれど体調が悪かったり、先約があったり、はたまた気分が乗らなかったりと、断らなければならない又は断りたい時、相手に好印象を与えて且つ上手く断る方法。
それがこの「イエス・バット話法」
実は最近になってこういう名前があることを知った。
でもこの話法は20代の前半に、水商売の女性が客からの誘いを上手く断っているのを見て、学んだ方法である。
誘われたらまず第一段階は「いいですねえ!」と良い返事をする。
で第二段階で「あ!しまった!今日は親の誕生日で俺が料理を作ってあげる日だった!」と思い出したかのように言う。
この時のキーワードは親がベスト。親思いのいい人に見える上に、親と言われればごり押しもしにくい。
第三段階は、「すみません、せっかく誘っていただいたのに。すごく嬉しかったです。また絶対に誘ってください」とお誘いが嬉しかったことをアピールする。
この一旦相手の誘いに乗ってから断る方法を使用すると、まず間違いなく相手は嫌な気はしない。
逆に断られたのに気持ちよくなるから不思議だ。
これを20歳そこそこの時に、水商売やってた友人から聞いたとき、こいつは凄いやっちゃなと思った。

2010年8月16日月曜日

憎い、肉屋、いい肉

夕方、名神高速の関ヶ原インター付近を走っていると、目の前を走ってるトラックのナンバーが291(ニクイ)だった。
「291…憎いんかいっ!」

俺はよく車のナンバーを見てこういう事を考える。
というかこういうのが好きなのだ。
すると横から298(ニクヤ)というナンバーのライトバンが通過、さらにその後ろから1129(イイニク)というナンバーの乗用車が…。
「憎い、肉屋、いい肉ってどないやねん」
とツッコミを入れた瞬間、2929(ニクニク)というナンバーのトレーラーが…。
「肉肉で締めかいっ!」
こんなに肉肉肉肉肉肉と続いたのは初めてだったし、なんか嬉しかったのでここに書いてみた。
今夜は肉を食べろという暗示なのでしょうか。

そしてその後来たトラック・・・
「2919(肉イクッ)」
やて。

俺は迷わず焼肉店に向かった。

2010年8月15日日曜日

散髪屋

先日、田舎の近所の散髪屋が死んだという
57歳、ワイルドなオッチャンだった。
俺はものすごくショックを受けた。

オヤジが真っ白な白髪で坊主頭になっていて小朝みたいになっていたこともいい意味でショックだったけれど、散髪屋が死んだことは大きなショックだった。

この散髪屋はもっすごワイルドで気の荒いオッチャンだった。
18歳までずっと通っていた。
でもその後とあることで大喧嘩し、一切行ってなかった。
俺はあの喧嘩のことがいつも気がかりだったのだ。
仲直りしないままにオッチャンは死んでしまった。
オヤジに言うとそんな喧嘩のことなんて一切知らなかったという
オッチャンは気にしてなかったのか
ひょっとしたら全く気にも留めていなかったのかもしれない
でも俺の中ではずうーっと引っかかったまま、この24年間を生きてきたのだ。
いつか仲直りする日が来るだろう
そう思っていた。
いつか「ひさしぶりやん」と散髪しに行ったらええやんと思っていた。
オヤジが先日坊主頭にしてもらいに行ってから数日後に亡くなったという。
その時はオヤジが入院するかもしれないという理由で坊主にしに行って、オッチャンに励まされたという。
結果的にオヤジは入院せず、オッチャンが逆に死んでしまったらしい。
オヤジもショックを受けていた。

24年前のあの件、を謝りたかった。
オッチャンゴメン

2010年8月14日土曜日

イライラ

だんだんと歳を重ねるにつれて、あまり日常生活の中でイライラする事はなくなってきたように思う。
20代の頃までは、自分では自覚してはなかったけれど、よく人から指摘された。
イライラが態度にも出ていたのだと思う。

でも歳をとった事が原因なのかどうかは定かではないけれど、確実にイライラする事は減ったように思う。
そんな事考えもしなかったけれど、今朝何年ぶりかでイライラきたので考えてみたのだ。
ここ最近こんな気分になることなんて滅多になかったのに、何故今日はこんな気分なのか、少しそれを分析することでイライラを解消してみよう、そう思ったのだ。

今朝オフィスへ行き、すぐに一つの小さな出来事でイラッときた。
その後、また別の案件で少しだけイラッときた。
そのすぐ後、また別の案件でイラッときた。
そして最後、イライラきてるあるスタッフにやつあたりされ、イライラッときた。
そして俺のイライラは最高潮に達したのだ。
どーやら人は、ちょっとしたイラッが度重なることでイライラッとくるのだと思った。
なかなか早々は度重なることなんでないので、本当に久しぶりのように思ったのだろう。
でも考えながら、イライラきてる自分が情けなくも思う、そして小さいとも思う。
少し考えたらイライラもましになった。
その後、面白い蜂の話を聞いたらイライラは消えた。
人は笑うことでイライラ解消になるということを知った。

2010年8月13日金曜日

サンシャイン給湯室

自分が入れたコーヒーが、出来上がった頃に給湯室に行ってみると
既に誰かに先に飲まれていて量が減っているのを見たとき

サンシャイン牧場で収穫時に、既に誰かに盗まれていて収穫量が30ぐらいに減っていた時の
あの感覚に似た気分になる。

2010年8月12日木曜日

親父

親戚のオッチャンから電話があって親父が倒れて救急車で運ばれたという
聞くとたいしたことなくて入院もせずに既に家に帰ったのだとか。
でもオッチャン曰く、近所の人から聞いた話、「最近家から一歩も出てないらしい」とか「俺はガンやからもう死ぬんや言いまくってる」とか、なんか俺の知ってる親父とは別人のような話を延々聞かされた。
気になるので時間をおいて親父の携帯に電話してみた。

電話で話すと、オッチャンから聞いてたような感じもなく、いつものようにベラベラとよく喋る親父。
相変わらず近所の誰が死んだという話は多いけれど、元気そうに感じた。
「運動せなアカンで運動」
「いや半年ほど前は俺かてそう思て歩いとったんや」
「なんでやめんねん」
「足がいたなってやめたんや、それに人と会うのんがイヤでイヤでな」
「なんてえ?」
「会うたら喋らなアカンやろ、それがじゃーくさーてじゃーくさーて、腹も立つしな」
「腹も立つてなんで腹立つねんな」
「知らんけど腹立つねん、〇〇さんとも言い合いしてもう話もせん仲になっとるし」
「はああ?めっさ仲良かったやん〇〇さんと」
「なんでかわからんけどな、歳のせいかなあ」
俺にはこんなに普通に喋ってるのに、人と会うことがイヤで極力人と会わないような時間帯に歩いてたという親父の話を聞いて、こら病気ちゃうかと思った。
でもその気持ちなんとなくわかる。
俺もそんな気持ちなったことある。
でもそれはあえて言わなかった。
俺もそれわかるて今度言うてみたろかな、ほな少しは楽になるんかな

「どーせ後5~10年以内には死ぬしな俺も。運動せんでもええやろ」
「あほ!運動して体力つけとかなあかんがな!余命を元気に生きるか病気で生きるかの違いやで」
「そん時は自殺するわ」
「あほなこといいなや!自殺なんかされたら後片付けが大変やがな」
「心配せんでもどっか山行って睡眠薬のんで死ぬやん」
「睡眠薬は体がアツーアツーなってめっさ苦しいらしいで、楽な自殺なんかあるかい!」
「まあこんなこと言うててもこわなってでけへんやろけどな」
「当たり前じゃ!ポックリ楽に死ぬためにも運動して体力つけて元気に生きとかなアカンねや!」
おそらく誰とも口を聞かずにひきこもっているせいか、いろいろイランことを考えてしまうようになったのだと思う。
数ヶ月前、心臓のところに小さな影が映ってて、ひょっとしたらそれが癌かもわからんと病院で言われてからというもの、色々自分で考えて考えて、妄想して妄想して、精神的に相当しんどなってるんやと思う。
かといって温泉でもつれていったるわ等言っても絶対に行くとは言わないのもわかってる。
なので今度、一人で温泉行っておいでと言ってみようと思う。
一人で源泉入ってみたら気が晴れるかもしれん。
電話を切って、何故か「疾走」を思い出した。
なんでか全くわからんけど疾走のあの彼の精神的にしんどい部分が頭に浮かんだ。

2010年8月11日水曜日

返事

誰かにお願いや提案をされた時、その事案に対して自身が乗り気ならば、その場でいい返事をすれば良い。
逆にイマイチ乗り気でないなら、その場で断れば良い。
ところが相手が本気でお願いしてる場合や、その場で断りにくいような話し方をしてきた場合は、その場では悩んでるような対応をし、後日回答すると伝えれば良いと思う。そしてゆっくり考えてから返事をすれば良い。
ただそれだけ。
これが誠意ある対応であり、相手にも誤解を与える事もないのだ。
その場ではノリノリな対応をしておいて、後になってから悩んだり断ったりする事はマナー違反である。
相手に変に誤解を与えてしまうばかりか、判断を誤らせてしまう。
判断を誤らせて、大きな損失を与えてしまう可能性も否めない。
一旦良い返事をしたのなら、その自分が発した言葉に責任を持たなければならない。
たとえあとからヨクヨク考えてやっぱり無理やと思っても、一旦良い返事をしてしまってる以上、簡単に無理とは言えないと考えるのが普通である。
ところが最近、こういう事など全く考えてない人々が意外と多い事に気づいた。
物凄くノリノリで盛り上がっておいて、後日まったく違う、まるで別人からの返事のような回答が来たりする。
おれ自身の常識では考えられないので耳を疑ってしまう。
あの時のあれは何やったんや??
そう思ってしまう
本人もそう思わないのでしょうか?
それとも完全に忘れているのか
とりあえず悩んでいるけれど雰囲気で盛り上がってみせたのでしょうか
はたまたその時は盛り上がったけれど、後でもっといい話が迷い込んできて、天秤にかけているのでしょうか
わからないです。
さっぱりわからないです。

2010年8月10日火曜日

じんべえ

長い長い打合せが終わって、ター坊がメシいこゆーて
2人で純喫茶へ出かけた時のこと。
ター坊の携帯が鳴って、話してるター坊の横顔をふと見ると
泣いとった。
どないしたんやゆーて聞いたら、じんべえが死んだゆーねん。

じんべえはター坊の家におった黒い犬。
この前からじんべえがチョーシ悪いゆーて聞いとったけど、まさか死ぬとは思わんかったから、正直ショックやった。
じんべえとはそれなりに思い出もある。
ター坊の家に行ったら、いっつも玄関前におって、いっつも周りにウンコしとって、くっさいくっさい犬やった。
じんべえは身体もでっかいし、当然ウンコもでっかいんや。
だからくっさいくっさいんや。
ター坊と釣った魚食わしたり、海老みたいな形の奇妙な生物を食わした事もあった。
一回ゴンズイいうナマズみたいな魚食わしたことあって、後でわかった事やけどゴンズイには猛毒があってむっさ危険な魚やったゆーのがわかって、でもじんべえは死なんかった。
じんべえは不死身やでゆーとった。

そんな不死身のじんべえが死んだ。
原因は蚊からウイルス感染したのだという。
純喫茶でボロボロ涙流してター坊が泣いた。
そんなん見とったら俺かて涙でてきた。
ター坊がゆーた
「天国でじんべえがウチに飼われて良かったとおもてくれたらええねんけどな」
そんなん言いながらボロボロ泣いとった。
そーいえば、以前じんべえの写真を撮った記憶があったので探してみたけれど、見つからんかった。

2010年8月9日月曜日

ウサギ

小学校の頃、飼育部部長だった俺は、夏休みも毎日学校へ通っては、ウサギたちの世話をした。
当時うさぎ小屋に、ニワトリも1羽一緒に飼っていた事もあって、まだピンク色のウサギの赤ちゃんをニワトリが食べてしまって、大泣きしたことが記憶に新しい。
そんな甘酸っぱい記憶、ウサギが可愛くて仕方なかった記憶を思い出し、オヤジに懐かしそうに話した。

すると
「そらおまえらが通った学校は”うさぎ学校”呼ばれとってんもん」
と言う。
終戦後、食糧難だったので小学校で大量のウサギを飼育し、食っていたのだという。
「ええええーーー!」
せっかく甘酸っぱい記憶に浸ってんのに、また食ってたいう話かいっ!
確かにウサギはペニスが腫れるまで生殖行為を行うなど、多産だから食うには良かったのかもしれん。
昔、カナダでは子供のころからウサギを捕まえ捌き方を教えられるというテレビも見たことがある。
しゃーけど、俺が大事に育ててたウサギ達がその当時の名残だとは知らんかった。
さすがにあのつぶらな瞳で罪のない顔したウサギを捌いて食うなんていうことは想像もできん。

2010年8月8日日曜日

バス

バスなんてずいぶん乗る機会がなかった。
昨日、かれこれ15年ぶりにバスに乗る機会があった。

バスってなんか緊張すんねん。
何が緊張するって、お金払うときに財布に小銭が無くって、両替せなあかんかったらむっさ時間かかってしもて、他の乗客に迷惑かけるやん。
そんなん嫌やねんもん。
なので乗った時からすぐに支払いできるように財布から小銭(ピッタシの金額)を手のひらに握り締めます。
ほんで「ありがとう!」言いながら速攻支払いして降りたい。
それがカッコエエと思ふ。
それこそが大人流やと思ふ。
昔、右手に小銭を握り締めてる時に偶然友人が乗ってきて
「子供かいっ!」
とむさむさ笑われた事がある。
しゃーけど迷惑かけたないねん、そんな性格やねん。

昨日のバスは先払いだった。
先払いの場合は、バスを待っているバス停で小銭を握り締めとかなアカン。
しかも一体いくら握り締めれば良いかわからないので、それらしい小銭を予め予測して、多めに握り締めなアカン。
それはそれで大変と思う。

2010年8月7日土曜日

スイカ

夏といえば・・・
蝉の声、風鈴、網戸、虫
そして忘れてはならないのがスイカだ。

水分がたっぷりの西瓜。
西瓜・スイカ・Suika
昔、近所の畑からよくスイカをパクって、夜中に友人宅に行く手土産に持って行った。
それがオカンにバレてえらい怒られた。

半分に切ってスプーンでくりぬいて食べる。
塩かけて食ったら158倍甘い。
タネを出すもどかしさが更に美味しさを増す。
カニを食べるあのもどかしさと同じ効果があると思ふ。
スイカを食べる時のドリンクはカルピスが良い。
カルピスを水で割らずに牛乳で割って飲むのも好き。
スイカとよく合う。

スイカをどこまで皮に近く食べれるかという競争もよくやった。
そして俺はいつも勝利した。
白いとこも食って皮2mm程度まで食う。
カブトムシと変わらんぐらい食う。

スイカ割りは1回してやめた。あんなんしたらバチ当たる。
スイカの中に砂入って食えんし。
オカンが黄色いスイカや種無しスイカを買ってきては、皆を驚かせていた事が懐かしい。

顔をスイカの汁でベチャベチャにして食うのが正しいスイカの食べ方。
お上品に食べる必要なんてない。
なるべく大きく切って一気にかぶりつく。
タネは2~3個バキッって噛んでも良い。
なんならタネも食っても良い。
ワイルドに食いたい。
それがスイカ。

2010年8月6日金曜日

かけっこ

小学5年生といえば成長真っ盛りの年頃である。
俺は相変わらず小さくて身長130cmそこそこ。
でも成長著しいヤツは165cm以上あるヤツもいて生徒によって差が激しかった。
俺は小さい頃からすばしっこくて走るのもいつも学年で一番だった。
運動会などは毎回余裕で、走ってる途中に客席にポケットから紙テープを投げてみたり、変な顔して笑わせたりパフォーマンスするほど。それでも毎回1番だったのだ。
ところが、小学5年生の運動会の予選、成長著しいヤツ2人にアッサリと負ける事になる。
去年まで相手にもしてなかったのに、全く歯が立たなかったのだ。
結局2回走って2回とも惨敗、3位に終わった。
涙が溢れて止まらなかった。
6年生の先輩に「泣いてんか?」と聞かれ「いや目にゴミが入ったから」と答えた。
悔しかった。

2010年8月5日木曜日

コロ

子供のころ、コロという柴犬を拾ってきた。
でも急に居なくなった。
この歳になるまでずうっとコロは病気でコロッと死んだと思っていた。

ところが、実際は違っていた。
ショックや・・。ホンマにショックや・・・。こんなん書くと正直誰でもヒクと思ふ。
ホンマにショックでショックで・・・。
今日、田舎で親父にものすごくショックな話を聞かされた。

当時、うちの実家は製麺業を営んでいて、仕事柄毎日21時に消灯、朝3時起床というのが当たり前になっていた。(もちろん俺や弟は通常通り24時頃寝て朝 7時起床でしたが)
なので近所に居た飼い犬が夜中にワンワン吠える事に対して物凄くナーバスになっていた時期があったのだとか。
23時や24時に犬の鳴き声で起こされた日には
「殺したろかゴラアァァァ!」
とオカンが窓開けて叫ぶ事もシバシバだったという。
(初耳でした。おそろしやおそろしや。ナンマイダブナンマイダブ)
そんな近所の犬たちが次々と原因不明の死を遂げた事で、近隣ではうちのオカンとオトンの怨念やと噂が流れたという。(ナンマイダーナンマイダー)
そんな恐ろしい話を聞いている時にふと昔飼っていたコロの事を思い出した。
親父にコロの事を聞くと、信じられないような出来事を聞かされたのだ。

実はコロも近所のうるさい犬と同様に夜中にずっと吠えていたという。
オカンやオトンは毎日その泣き声で夜中に起こされ、半分ノイローゼ状態だったのだとか。
あんましうるさいので、同じ町内に存在した朝鮮部落の人に電話してコロを引き取ってもらったらしい。
当時、朝鮮の人は(今もか知らんけど)普通に犬を食っていたのだとか。
コロはそんな人達に食われたという。
「エエエエーーーーーーーーッ!!!!」
耳を疑った。
「しゃーけどそんなもんオマエ保健所に引き取ってもろても動物園で餌になんねんで」
親父が言う。
「動物に食われるより人に食われた方がええがな」
どんな理屈やねーん!
ショックだった。もっすごショックだった。
「はあああ?むちゃくちゃしょんな!最低やな!人として最低やな!」
散々非難していると、その後に俺が拾ってきた犬のイヌ(という名前)や猫のネコ(という名前)の末路まで告白された。
どーやら俺はしょっちゅう犬や猫を拾ってきていた小学生だったらしい。
イヌは近所の老人ホームへ捨てに行ったけれど、家に帰ると先に戻ってきてたという出来事。なのでもっと遠くへ捨てに行ったこと。
ネコも10km先の神社に捨てに行ったけれど、1週間後に戻ってきたので20km先に再度捨てにいったこと。
イヌはワンワンうるさいし、ネコは乾燥してる素麺を食い散らかして商売の妨害を度々繰り返していたらしい。
それを聞くと確かにしゃーないといえばしゃーないのかも知れないけれど、今日までその事実を知らなかった事にショックを受けた。
でもコロの時に自身がショックだったので、その後のイヌやネコは朝鮮部落や保険所じゃなく捨てに行ったという事を聞いて少しホッとした。
しゃーけどそら殺生やで、子供の俺にも相談して欲しかったわ。
俺が悲しまないようにとの親の配慮だったのかも知れませんが。

2010年8月4日水曜日

釣り

ター坊が釣りにはまっていて、よく色んなものを釣ってきては自慢する。
アジ、鯛、アナゴ、太刀魚、ガシラなどこれまで色んな魚を釣ってきた。

「組長!この前ナマズが釣れたんすよ」
「なんて?ナマズ?そらないやろ!」
「ほんまやもん!ほんまに釣れたんやもん」
「なんで海にナマズがおんねん!」
「ほんまやって!嘘や思うんやったら今夜行って確かめたらええやん」
「ほないこか」

釣りは実際そんな経験があるわけでもないけれど、興味あったので行ってみることにした。
海に着く前に釣具屋でエサを買う。
エサはミミズみたいなんに足が100本ほどある気持ち悪い生き物ゴカイ

「うわあああああああ!きもちわるううううう!!!」
「こわいん!?組長こわいん?!」
「こんなんようつけへん!」
「つけたげるやん、な、な、つけたげるから」

ター坊は優しいのでエサも全部つけてくれる。
港について、前回アナゴやナマズが釣れたというスポットへ。
防波堤を何度も乗り越えてやっと到着するような穴場的スポットだ。
周囲は真っ暗、静かに波の音だけが聞こえてくる。

釣りを開始して5分、俺の竿に何か引っかかった。
あまり引いた感触はなかったけれど、確かに何か釣れていた。

「うわあ!なんやこれ!ター坊なんやこれ!」
懐中電灯で魚を照らす。
「組長!ナマズです!これナマズです!」

「うわあ!ホンマにナマズちゃーん!」
「せやろ?ホンマにナマズおるゆーたやろ?」
「これ食えるんか?前どないしたん?」
「前は煮込んで犬に食わせた」

その後何度となくこのナマズが釣れた。
だけど本能的に釣っては捨てていた。こんなん食べたくないし。
アナゴが1匹釣れたのでそれだけはクーラーボックスに入れた。

何ヶ所か場所を変え、最終灯台の近くの防波堤へ。
ここにも誰もいなかったけれど、オッチャンが1人近寄ってきて話しかけてきた。

「なんか釣れまっか?」
「アナゴとナマズしか釣れてません」
「ナマズ?ナマズがおりまんの?海に」
「はい、今日はナマズばっかり釣ってます」
「それナマズちゃいまっせ!ゴンズイちゃいますん」
「ゴンズイ?」
「そーですわそれゴンズイですわ、触ったら死にまっせ」
「え?なんで?」
「毒ありまんねん毒、刺されたら死ぬんですわ」
「!?」

顔を見合す俺ら二人
さっきから何度もゴンズイを触っている。(ター坊が)
二人とも顔が青くなってきた。
前回は、釣って持って帰ったゴンズイを、ター坊のおばあちゃんが煮込んで犬のジンベイに食わせたのだとか。
ゴンズイの毒は死んでも残っているのでホンマに怖いらしい

「おばあも俺もいジンベイも偶然今生きてるんやな」
ター坊が悲しそうにつぶやく

オッチャンが帰ってからは無言の二人。
その後も何回かそのゴンズイがかかったがそのたびに捨てた。
結局アナゴも捨てて帰った。
「俺もうここで釣りすんのやめる。ちゃう場所いくわ」
ター坊がつぶやいた。

2010年8月3日火曜日

デザイン

デザインの良し悪しは誰が決めるのか。
A:発注者、B:デザイナー、C:Aの顧客
というABCで分類すると、やはり良し悪しを決定するのは最終的にCの顧客と考えるのが自然である。
ところが、顧客の目に触れるのは最終段階であって、やはりAの発注者が決定するという現実が存在する。
Bのデザイナーは基本的にビジネスなので、Aには滅法弱い。
Aに採用されなければビジネスチャンスもない。
なのでAの意見が最終的に最も影響したデザインが採用されるという仕組みになっている。

デザイナーは、発注者であるAよりも市場調査や顧客分析力がないといけない。
そして決して自分がやりたいというだけの自己満足的なデザインをしてはいけない。
あくまでもCの消費者の立場に立って、第3者的な目で客観的にそのデザインを見る目がないといけない。
そこさえしっかりと持っていれば、例え発注者であるAにでもキチンと説明し、理解させることが可能であろう。
逆にそれがない場合には、やはり自信が持てない分、Aの意見に流されたデザインとなってしまう。
デザイナーは、根拠のあるデザインをしないと納得してもらえないのだ。
そしてそのデザインで結果を出さないといけないのである。
ところが結果が出たとしても、その理由がデザインであると考える発注者は非常に少ない。
デザインよりも他の部分が作用した結果だと判断されてしまう。
それぐらい軽視されているのが現状なのだ。

先日、とある飲食チェーンでとったアンケートの項目
「来店理由」の1位は、「通りすがり」で20%であった。
味でもなく接客でもなく口コミでもなく、1位は見た目、通りすがりに入ってみようと思った人が最も多かったという結果がでている。
ということは、飲食店は外観や看板や雰囲気が結構重要だという事が言えるのではないだろうか。
(再来店動機ではなくこの場合は新規来店の場合)
なのにそのデザインは軽視されていて、味や接客、立地ばかりが注目される。
それぐらいジレンマを感じる仕事、それがデザイナーなのだ。
ストレスがむたくた溜まる仕事なのかもしれない。
だから便秘になるのかもしれない。

今回のデザインは10人に見せて1人だけが理解してくれた。
残り9人はウンチクをあーだこーだ説明して洗脳した。
しんどかった。
あーだこーだ説明しないと理解してもらえない状況となった時に、ものすごくガックリとくる。
この人も感度が鈍い人か、この人もか。この人もやん。
デザイナーには説得力も必要なのだ。

2010年8月2日月曜日

仕事できる人、できない人

仕事ができる人とできない人との違い
それはズバリ、視野の違いだと思ふ。

視野の違い、視界の広さの違い。
仕事ができる人は、視界が広い。
大きな全体像を把握した上で、自分の立場を理解している。
仕事ができる人は、どんな時でも全体像を把握しようとしている。
全体像を把握しないと、本当の自分の立ち位置がわからないからである。
逆にできない人は目先しか見えない。
大きな全体像を把握しようとしない。
なので目の前のことしか見えない。
すなわち自分の事しか見えない上に、今自分が何をすべきかがわからないのだ。
これは経験値の少ない子供と、ある程度経験豊富な大人ほどの違いがある。
子供は世間というものを知らないので、自分が経験してきた数少ない視点でしか物事を見ることができない。
なので必然的に大人と比べると小さな視野でしか判断ができない。
シャベリバを見てたらよくそう思った。
仕事ができない人はそれによく似ている。
これは相当大きなショックや失敗や衝撃的な出来事でも降りかからないと、変わることはないと思う。
降りかかっても逃げてたら絶対に変わらない。
フツーに生きてたらまずそんな経験もしないはずなので、なかなか変化は望めない。

2010年8月1日日曜日

世の中捨てたもんじゃない

これまでマラソンを見に行くなんて考えた事もなかったし、テレビでもあんまし見たことなかった。
ところが仕事の絡みで大阪長居公園の世界陸上に応援に行く事となった時の事。

あさ6時起床。
長居公園に7時到着。
これだけでも自分で凄いと思ふ。
しゃーけどこんな朝早くからみんな起きてるんやね、御堂筋線も長居駅も人で溢れてるやん。
1つ凄いなと思ったのは、マラソン選手が通過する時に、どこの国の選手とか関係なく、オバチャンらが熱狂的に声援を送っていたこと。
「がんばりやー!もうちょっとやで!がんばってー!」
汗だくだくでどう見ても本気で応援しているように見える。
心からみんな応援しているのだ。
選手も嬉しいはず。感動した、オバチャンら凄い!
選手たちが7時にスタートして大阪市内を走り、会場のゴールまで戻ってくるまでの間、近くの和洋定食屋さん『喜久屋』で朝食をとることにした。

このお店は普段は11時からの営業だけど、サッカーや今日のような大きなイベントの日は早朝から開けているのだとか。
オッチャンが料理作って腰の曲がったオバチャンがお店を切り盛りしている。
マラソンを見送った人が我々と同様に次々とお店にイン。
「今日は焼きそばとオニギリとカラアゲしかないねんけどええか?」
「うん!それ全部ちょうだい!」
あっという間にお店は満席となった。
「オバチャンビールちょうだい」
「オバチャンつまみないの?」
みんな思うがままにオバチャンに注文する。
オバチャンが1人でバタバタと忙しそうに対応に追われている。
すると、後ろの席に座っていた20歳ぐらいの2人組の女の子たちが
「オバチャン、何か手伝いましょうか?」
なんと、忙しそうなオバチャンを見て応援をかってでたのだ。
す、すごいなキミら。
俺たちよりも先にオーダーしていた焼きそばを俺たちのもとへ運んできた。
そればかりかオニギリを握ったり、後から入ってきた何も知らないお客さんの注文を聞いたり。
「ネイチャンビールちょうだいや」
「キリンとアサヒどっちしましょ?」
す、すごいなキミら・・・。
しかも手馴れたもんでサッサと注文を聞き運ぶ、知らないお客さんは100%お店の子だと思ったであろう。
感動した。
世の中捨てたもんじゃないと真剣に思った。

その子たちが焼きそばを食べ店を出る時に、オバチャンが一言
「オネイチャン今日はありがとうね、また手伝ってな」
やて。
このオバチャンもすごいわ。

2010年7月31日土曜日

親切な人

人が自分に施してくれた恩恵は忘れてはならないが、自分が他人に施した恩恵は忘れなくてはならない。

困っている人を見かけたら助けてあげる。
人に親切にする。
自分を犠牲にしてでも人に親切にする。
その人よりもよっぽどこっちの方が大変なのにそれでも人を助ける。
それは何故か?
人からええ人や言われたいからか
人から感謝されたいからか
人から尊敬されたいからか
ちゃう
見返りはイラン。見返りを期待したらアカン。
期待してる時ほどなーんもない。
そんな事よりもいつでも人に親切にしていると、人から親切にされる。
見返りを期待せずに人に親切にしていると、自分が困った時に誰かに助けてもらえる。

だから人には親切にする。

2010年7月30日金曜日

美容院

幼少期、近所に2軒ある理髪店のうち、いつもキレーなおねいさんがやってた方に通ってた。
けれどなんらかの理由で閉店となり、それ以降はもっと近所にあったガラの悪いニーチャンがやってる理髪店に通った。

実家から徒歩5分。毎月一回いく。18歳まで通った。実に13年ほど。
しゃーけどちょっとした事でモメて、それ以降は1回も行ってない。1回も顔を合わせてないし。
その後は姫路市内の大型の美容院へ通った。18歳~1年ほど。
そして担当のオニーサンが独立し、ちっちゃな美容室をオープン、そこに2年ほど通った。
でもだんだんと人気が出てきたのか、待ち時間が長くなってきて行かなくなった。
だいたい切りたい時にすぐ切りたいので、切りたいと思って予約電話して、数日後に行ったとしても、もうその時には切りたい気持ちが半減してるかもしれへん。
だいたい予約した当日に限って、ヘアーがばっちり決まったりするものだ。
さらにシャンプーは地肌ボロボロになるし、2年も通っててもセンスがイマイチ合わなくて何回もクレームつけた。そして向こうもプロなので自分のセンスを押し付けてきたり。

その後、何軒か口コミで良いと聞く美容院を渡り歩いてみた。
どこもピンと来なかった。だいたい技術なんて大差ないけれど、会話がしんどいお店が多い。
やはり美容師の人柄やコミュニケーション能力も重要なポイントである。

そんな様々な要因が重なって、もう美容院に行くのは辞めたのだ。
そして自分で切るようになった。
もうかれこれ20年以上、自分でカットもパーマも毛染めもやっている。
自分でやるので切りたい時にいつでも切れる。毎日でも切れる。
プロ用ハサミで、合せ鏡で。まったくストレスがない。
さらに何人か友人のヘアーも手がけている。勿論無料だ。

20代の後半の頃、職場に元理髪店経営の部下がいて、職場で皆のヘアーをカットしていた。
俺も数回カットしてもらった記憶がある。
彼はハサミ捌きが素晴らしく早くて、まさにプロという感じがした。
でもセンスがイマイチで、俺とは合わなかった。
技術なんかイラン、それよりセンス。ヘアーのセンス。それと聞き取りのセンス。
「ここをこうカットしてここはこう、全体的にこんなイメージに仕上げて欲しい。」
色々詳しく伝えてさらに参考写真まで見せても、出来上がりが全然違う。
なのでお客様がこんなヘアーにしてほしいと抱いている願望を、瞬時に現実化できるセンス。
瞬時にお客様の髪質や生え方を理解・把握して、少しでも要望に近づけることができる。
そういうセンスが必要と思う。
そんな人はホンマ滅多におらんし、おったとしても予約でいっぱいと思う。
しかもセンスが良くても、人柄やコミュニケーション能力が高いとは限らない。
なのでやっぱし自分で切る。
それがいっちゃんストレスがないし。

2010年7月29日木曜日

人は褒められたい生き物

人は褒められたい生き物。
褒められると嬉しい。
人から褒められたい。
褒められると嬉しくて、もっと頑張ろうとおもう。
褒めてくれる人が好きだ。

植物でも毎日「キレイやなあ」「可愛いなあ」と褒めてるとキレイに花が咲く、キレイな実をつける。
逆に毎日「アホ」「ボケ」「死ね」「臭い」などとけなしていると、やがて枯れてしまうというのだ。
植物も褒められたいのだ。

氷の結晶も同じだという。
2つのグラスに水を入れ、1つには「キレイな水、美しい」と貼紙をする。
もう1つには「汚い水、臭い」と貼る。
そして両方凍らせた時の氷の結晶は、全く別物になるのだとか。
前者の方は結晶らしい芸術作品のようにきれいな結晶、後者は汚いバランスの悪いガタガタの結晶ができる。
なんとも不思議な話だけれど本当の話である。

「こいつは、けなして伸びるタイプやねん」
こういう事を言う上司をよく見かけるけれど、人の細胞も水の分子と同様に、褒めることでキレイなカタチを形成するのではないか。
例えば、人は1日に12人から「キミ病気ちゃう?」と言われるだけで簡単に病気になる。細胞が病気を作り出してしまうのと同様に「おまえはアカン」「おまえには無理」と言われれば言われるほど出来ない人になってしまうと思う。
やっぱり褒めて伸びるというのが正しいはず。
けなして伸びると思ってるのは上司の勝手な思い込みで、実際は逆効果だと信じる。
俺は少なくともけなされると自信をなくすし、ハングリー精神なんてわいてこない。(多少は例外もあるけれど)
やっぱり褒められたい、褒められたら自信もつくし、やる気も湧いてくる。
それが正しいと思う。
人も花も水も物も鳩も、何でも褒めてあげようと思う。

何事もマイナスな部分ばかりに目をむけてないで、良い部分を見ることが大切だと思う。
どんな物でもどんな生き物でも、良い所がいっぱいある。

2010年7月28日水曜日

人は死ぬからね。

昔、お世話になったお客さまのお母様が亡くなられたのだとか。
そのお客さまとは最近は遠縁になっていたけれど、俺の時も葬儀に来てもらえただけで物凄く嬉しかったので、スケジュールを調整し、お通夜に参列してきた。

お経を聞きながら「これまで何人の葬儀に出席してきたのだろう」とふと思った。
祖父、祖母、友人、先輩、後輩、お客さま・・・そして11年前の12月10日に亡くなった母親。

人は死ぬからね。めっさ簡単に死ぬからね。

普段から健康には注意してた母親が、発病後1ヶ月で亡くなった時に痛烈に思ったことは
人はいつ死ぬかわからない』ということ。
まさか死ぬとは思ってなかったので、一切優しい言葉をかけてあげれなかった。
もの凄く後悔した。
死んだら何も言えないし伝えられないという事実を痛烈に感じた。
せめて一言「大丈夫か」とだけでも言ってやれば良かった。
労わりの言葉や優しい言葉なんて、生きてきて1回も言った記憶が無い。
サイテーの息子やと思う。
今でも悔やまれて悔やまれて仕方がない。

なのでそれ以降は、常に周囲の人には言ってます。
人はいつ死ぬかわからんから、親には嘘でもいいので優しい言葉をかけてあげなさい」と。

昨夜の喪主は亡くなったお母様が生きておられるうちに優しい言葉をかけてあげただろうか。
それが無性に気になった。

2010年7月27日火曜日

話を聞いて欲しい

人は誰かに話を聞いてほしいものです。
「今日こんな事があった、こんな風に思った、あんな事があった」
誰かに話を聞いてほしい。
「へぇ~」と言って欲しいのです。
それが特別たいした出来事ではなくても、なんせあった事、起こった事を聞いてもらいたいのです。

聞いてくれる人が存在する人は、何か出来事があった時にその聞いてくれる人の顔が浮かぶのです。
そしておもしろおかしくその人に喋ってる自分をイメージしてほくそ笑むのです。

聞いてくれる人が存在しない人は、ストレスが溜まります。
でも最近はツイッターやブログに書き綴って読者に聞いてもらったり、mixiの日記に書いたり。さらにピグで会ったこともない人に聞いてもらったりと「聞いて欲しいのに言う人がいない」とストレスを溜め込んできた人達も減ってきたのではないでしょうか。

しかしブログやツイッターでは、ある程度の文章力も必要となりますので、なかなかスッキリ伝わらなかったり、思ったようなコメントが得られなくて逆にストレスが溜まるとお嘆きの方も多いといいます。
やはりお互いの信頼関係が築かれた人との直接のコミュニケーションが一番スッキリするのでしょうか。

いずれにしても聞いてくれる人がいるということは、とても恵まれていることです。
聞いてくれる友人もいない(死んだ)、パソコンも携帯も触れない、実はこんなご老人は沢山います。
彼(彼女)らはきっと我々と同様に自分の話を聞いて欲しいはずです。
それを充分に理解した上で、彼(彼女)らに話しかけてみてはいかがでしょうか?
私は積極的に話しかけています。
わざわざ歩いてるご老人に声をかけたりはしませんが、信号待ちや、エレベーターホール、喫煙所などで居合わせた時などに話しかけます。
「暑いですね~」
こんな一言でいいのです。ちょっとした会話が嬉しいはずです。
殆どのご老人は思いっきりここぞとばかりに喋り始めます。
先日は垂水駅前で、たまたま迎えの車待ちの時間に話しかけたお婆さんの、家庭の相談に乗りました。ほんのちょっとの時間でしたが、去り際にお婆さんは「有難うございました有難うございました」と深々と頭を下げられたのです。
別に感謝されたくて話を聞いたわけではありません。
しかも相談に乗るために声をかけたわけじゃありません、単に「暑いですね~」と声をかけただけなのです。
でもほんのちょっとの会話でしたが、あのお婆さんのストレス発散に貢献できたのなら良かったのではないかと思います。
偶然に街で出会っただけの関係ですから、時間がくればサッと立ち去ってもいいのです。
ちょっとした会話でいいのです。
そのちょっとした会話が大切なんだと思います。

あなたの周りにも彼(彼女)らと同様に喋りたくてうずうずしてる人が沢山いるかもわかりません。

2010年7月26日月曜日

予知能力

幼少期から自分には予知能力があるという事は気付いていましたし、そればかりか透視能力があったり、いわゆる直感力が人並み以上に鋭いということは知っていました。
もちろんそれを実証するような出来事が多々あったからであって、テキトーに言うてるわけでもなかったのです。

ところが、大人になってもう何年もそんな能力を使ってなかったせいで、すっかりそんな能力もなくなってしまったのだと自分自身思っていたのです。
しかし、今日、そんな私に久しぶりに
「キターーーーッ超能力!」
と思えるような出来事がありました。
さすがに嬉しかったのでここで書かせていただきたくて、ペンをとりました。

スタッフKとある店舗へ打合せに出かけました。
Kも私もその後のスケジュールが合わなかったので、車2台ででかけたのです。
あまり道を知らないKは、私の真後ろを走行し、ついてきました。
その店舗へは、過去に何回も行っていますが、今日に限っていつもと違うインターで下車しました。
実際今日下車したインターは、少し遠回りになるせいもあって、これまでに1回も利用したことはありませんでした。
なのに何故か私は、今日に限って初めてであるそのインターを下車したのでした。
理由なんてありません、ただなんとなくそこのインターで下車しようと思っただけなんです。
もちろんKは後ろをついてきます。
インターを降りて国道に差し掛かる交差点で、赤信号により停車しました。
すると停車してすぐにKが車から降りてこっちへ走ってくるんです。
「なに?どーしたん?」
「大変です大変です!!車が止まっちゃいました!!」
「なんやてえ??」
信号が青に変わり、後続車からクラクションを鳴らされます。
「えらいこっちゃ!とりあえず押すわ!」
「はい!すみません!」
私は車を少し端に寄せて停め、とりあえず交差点から回避しようと、Kの車を後ろから押します。
押しながらどこへ移動しようかと周りを見渡すと、すぐ横に車のバッテリー屋さんがあったんです。
「そこや!そこへ寄せるで!」
「は、はい!」

バッテリー屋さんの駐車場まで5m車を押し、そこのスタッフの方に事情を話します。
「すみません、ここバッテリー屋さんですよね」
「はい、そうですけど」
「実は偶然この目の前でバッテリーがあがったんです」
「ええー??」

結局、そのバッテリー屋さんの方にバッテリーの充電をしてもらい、すぐに車は動きました。
停車してから5分も経っていません。
まるでKの車のバッテリーがあがることをわかっていたかのように、今日私はこの道を通ったような気がします。
しかもバッテリー屋さんなんてそう滅多にあるわけじゃないし、まさかその目の前で車が止まるなんて・・・
これには驚かされました。

「すごいんちゃん俺!」 Kに言うと、
「ただの偶然じゃないですか!」 とK。
イマイチ解ってもらえないので、解ってくれるであろう知人にメールしました。
すると・・・
「ぶっ 悪霊や悪霊」 との返事。
もっと意味がわかりません。