2010年10月19日火曜日

交通事故

高校三年生の秋、毎日のように授業を抜け出して教習所に通い免許を取った。
それまで車の運転なんてしたこと無かったけれど、何故か「運転初めてちゃうやろ!」と教官に言われるほど運転が上手かったらしくすぐに免許が取れた。
あんまり嬉しいので、学校が終わったら毎日友人の車を運転して遠出したことを覚えている。
もちろん信号待ちで前にクラス担任が停まってたり、警察に捕まって学校にバレそうになったりというピンチもあった。

 学校へはバイトして買った原付で通った。
自転車で30分もかかる距離を毎日通ってたので、しんどくてしんどくて。
当然バレたらやばいのですが、そのスリルが楽しい時期だったのかも知れません。
毎日学校の向かいにある行きつけの中華料理店「來々軒」に停めさせてもらってました。

 そんなとある冬の朝の出来事。
いつものように裏道(狭い)を原付で通学してますと、前方に自転車に乗ったオバチャンが・・・。
しかもフラフラと危なっかしい運転をしています。
当然ココは右側から追い越しをかけます。
するとオバチャン、何を思ったのか1回も振り返らずに右側へ寄って来たのです。

 ガシャーン!

オバチャンの自転車に思いっきり激突しました。
オバチャンと自転車はふっとび、俺は更にオバチャンの上をもっと吹っ飛びました。
そして落ちたところがまずかった。
古い住宅街だったので、玄関先に置いてある石製の植木鉢に頭から落下したのです。

 ボコッ

鈍い音とともに一瞬目の前が真っ白になりました。
ほんの一瞬ですが「死んだ」と思いました。
「俺は死んだんかな、オバチャンも死んだんかな」
と考えてふと我に返り、起き上がってオバチャンの方を見ると、オバチャンは軽傷だったらしく起き上がってこちらを心配そうに見ていました。
俺は頭から大量に流血、顔も真っ赤な状態でオバチャンの連絡先を聞き、そのまま病院へ。
もちろん学校にバレるとまずいので警察にも言わず、救急車も呼べず、曲がったハンドルの原付を運転して自力で病院へ行ったのでした。
病院に着いて、先生の手が離せないという理由で、流血のまま1時間弱待たされた後、頭部を8針、膝を4針縫われました。
その時、当時「あったかいから」という理由で男子の間で流行っていたパンストを穿いてた事が看護婦にバレて、もの凄く恥ずかしかった事を強烈に覚えています。

なんとか入院もなく、普通に包帯を巻いて通学できたので問題なかったのですが、その後、学校が免許取得者の一斉検挙を実施(警察へ出向き調査)し、卒業までの1ヶ月間停学をくらったのでした。
最後の最後でバレてるやーん!とツッコミたくなるような出来事でした。

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