2010年8月20日金曜日

佐野先生

佐野先生は毎日朝礼の時に俺に西城秀樹の曲を歌わせた。
佐野先生は西城秀樹の大ファンだったのだ。
たまたま俺が同じ名前だからという理由で歌わせた。
俺はそれがすごく嫌でオカンに「学校行くんいやや」とよく愚痴った記憶がある。

佐野先生は俺の小学1年と2年の時の担任で、50歳ぐらいのオバチャン。
喋ってる時に口の右脇に白く唾がたまってくるのが特徴で、よく物真似をした。
俺は佐野先生から完全に依怙贔屓されてたように思う。
なんやいうと俺にやらせた。
子供なりに自分が気に入られている事が理解できていたのだ。
6年生が卒業する時、1年生の代表で俺に作文を読ませたのも佐野先生だった。
作文は1年生全員が書いたものを集約して一つにまとめたもの。それを俺が卒業生の前で朗読するのだ。
予行演習のとき、俺は初めてその作文を渡され、そして卒業生を前にして読み上げる事に。
前半は俺が書いた作文そのままだった。
ところが途中からはみんなが書いた作文で「あの時はこんな事をしてくれたね、お兄ちゃんありがとう」的な内容がほとんど。
「俺こんなんされてへん、俺ちゃうやん」
そう思いながら読み上げる事が物凄く苦痛になってきて、途中で放棄してしまった。
「こんなん嘘やもん、俺が書いたんちゃうもん」
説得する佐野先生。
泣く俺。
今思えば何故そこまで拒否したのか不思議だけれど、自分が経験してないことをあたかも経験したように朗読することに罪悪感を抱いていたように思う。
嘘がつけない真っ直ぐな子だったのだ。
結局俺はかたくなに拒否し続け、誰かが代わりに朗読することとなった。

その後、朝礼の西城秀樹もオカンが学校へかけ合ってくれて歌わされる事はなくなった。

3年生になった時、佐野先生は退職した。
それから32年、先生とは合ってない。
もしまだ元気でおられるなら会って謝りたい。
歌と朗読を拒否した事を。

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