先日、突然警察から電話がかかってきました。
聞くと、どーやら私に対して被害届が出ていると言うのです。
「な、なんやてぇ!逮捕!?」
詳しく聞くと、先週末に私がとあるガソリンスタンドで窃盗をしたというのです。
一体何の事なのかサッパリわからず、「はぁ?はぁ?はぁ?」と連呼していたのですが、警察官はスルーです。
真剣に捜査している様子が伝わってきましたので、こちらも真面目に向き合う事にしました。
私の犯行の様子がキッチリ防犯ビデオにも写っているというのですから驚きます。
ひょっとして夢遊病のように知らない間に忍び込んだのでしょうか。
それとも俺って実は多重人格者?
様々な疑いが脳裏をよぎります。
するとその警察官が、窃盗したのはガソリンだと言います。
警察が言うその日、確かにそのガソリンスタンドで給油した記憶が蘇ってきました。
そしてそのまま支払いをせずに私が立ち去ったと言うのです。
私は、そんなはずはないとレシートを探してみましたが、見つかりません。
どうやら本当にガソリンを窃盗してしまったようです。
しかしそのガソリンスタンドにも問題はあります。
通常は先に機会にて支払いを済ませ、そして給油というのが一般的なセルフガソリンスタンドのスタイルですが、ここは後払いなのです。
これまでにも何度か、支払いを忘れかけて戻った事があります。
考えていると無性に腹が立ってきたので、早速ガソリンスタンドに電話してみました。
私 「なんですぐに追いかけてくれなかったんすか?」
GS 「追いかけましたが追いつけなかったんです」
私 「こんなんしょっちゅうあるでしょ」
GC 「はい」
私 「こっちも故意じゃないねんから今すぐ支払いに行きますわ」
GS 「いや警察に出頭してもらわないと困ります」
私 「いやいや、故意じゃないゆーてるやん」
GC 「警察へ行ってください」
既に被害届を出してしまっているので、警察へ行って罪を償って下さい。と言わんばかりの対応でした。
正直、私を犯人というカテゴリーに入れているのがヒシヒシと伝わってきます。
警察署へ出頭し、担当の管轄派出所の人が来るまでの間、代わりの警察官と時間を過ごします。
この警察官も私を疑っているのがわかります。
確かに支払いを忘れた私が悪いのですが、それは故意ではありませんし、スタンド側にも絶対に落ち度があるはずです。
しかもスタンド側も「しょっちゅうある」と認めています。
10分程して、管轄派出所のイケメン警察官が到着しました。
私の他に合計4人の警察官がいる部屋で、取調べが開始します。取調べは2時間ほどかかると言われました。
開始してすぐにイケメン警察官が言います。
イ 「わざとじゃないでしょ?」
私 「当たり前です」
イ 「ですよね、見たら分かります」
私 「あっこタチ悪いんちゃいますん」
イ 「そーなんすよ」
私 「こなもんしょっちゅうあったら警察も他の仕事でけへんのちゃん」
イ 「そーなんです、一日中毎日こんなんやってるんですわ」
私 「文句言いーな」
イ 「いや何回も言うてるんですけどね、機械の入れ替えにお金かかるゆーて・・」
私 「ちゅーか被害届を受けんかったらええやんか」
イ 「今までは派出所に来たら受けずに確認しとったんですわ」
私 「ほぉ」
イ 「せやけど今回は直接こっちの警察署にいかれとるからね」
私 「かなんな、ちゅーかマイクでもつけたらええのにな」
イ 「それも何回も言いました」
私 「しかもこんなんされたら俺もうあっこ二度と行かんで」
イ 「かわっとるでしょ」
私 「ほんで今から何するん」
イ 「いや、もう今回はいいですわ」
私 「え、ほま?」
イ 「支払いだけ行ってもろて後はこっちで処理しときますわ」
私 「わーい」
イ 「すみませんわざわざ」
というわけで、取調べ後5分で開放されたのです。
その後ガソリンスタンドに支払いに行き、イケメンの待つ派出所に領収書を届け、全てが終わったのです。
しかしこうしている間にも同様の被害者(まぁ加害者にもなるわけですが)が続々と誕生しているのかと思うと、いてもたってもおられずペンを取ったわけです。
後払いのセルフ給油所は、本当に恐ろしいところです。
わざわざ犯人を作るような、まるでオトリ捜査のような、そんな印象を受けました。
ひょとしたら被害届けの提出数で、ボーナスの査定が上がるというシステムなんじゃないかと思うほどです。いやきっとそうです。
皆さんも充分に注意してください。
後払いの給油所だったら、迷わず立ち去る事をオススメします。
もう絶対イカンッ
2012年8月20日月曜日
2012年7月27日金曜日
言葉の力
成功を目指す人が、自身で自分をマインドコントロールする最も簡単な方法として、言葉で自分を洗脳するという方法が一般的に知られています。
心で思うのではなく、「私は絶対に成功する」と言葉を発することで、その言葉が自分の耳や皮膚から体内に浸透し、成功する自分になっていくというものです。
また、特定の人を「好き」と言い続けると、本当に好きになるというのも、これと同じ作用なのかもしれません。
演技でラブシーンを何度も演じると、本当に相手を好きになってしまうというのも納得できます。
言葉とは不思議なものです。
逆に「嫌い」と言い続けると本当に嫌いになっていきます。
私の知人に、会うたびに特定の人の陰口を言っている人がいます。
彼は私にだけではなく、周囲のほとんどの人に同じ陰口を言います。もう何年も言い続けています。
陰口を言う真理としては
(1)直接言う勇気がないので影で文句を言う。
(2)文句を言う事で、その内容について自分はできているというアピール。
(3)自分がいかに被害者であるかという事を訴えて、同情をかう。
などが挙げられますが、彼はまさにこれすべてに当てはまると思います。
周囲の人は皆うんざりしています。こういう話は聞くだけで体力が奪われるのです。
当初は解決策などをアドバイスしていましたが、人の話なんて全く聞く耳をもっていませんので、みんな途中で諦め、「また始まったか」と、右耳から入れて左耳から出すという風になっていくのです。
私は基本的にスルーしていますが、彼はどんどん新規開拓(言う相手を増やしている)しているので、被害者はどんどん増え続けています。
そしてその話を聞いた人も同じ事を言っていたと違う人に話します。
勝手にどんどん仲間を増やしていっています。
名前を使われた本人はそんなこと一言も言っていなくても、親身に陰口を聞いただけで勝手に仲間にされてしまうのです。
彼は日々人の悪口を言い続ける事で、完全に「言葉による自身の洗脳」を行い、その相手のことを物凄く嫌いになっていったのでしょう。
最初は「気に入らん」程度だったはずです、ところが何年も言い続けたことで大嫌いになったのです。
本当に言葉とは恐ろしいものです。
疲れてもいないのに「しんどいわー、しんどいわー」と言う知人がいます。
それを言う事で、不思議と周囲の人も疲れてきます。
何度もそれを指摘していますが、無意識のうちに口から発してしまっているようです。
その人も同様に、「しんどい、疲れた」と言う事で、自分をその言葉で洗脳し、本当に疲れてしまうのでしょう。ひょっとすると病気になってしまうのかもしれません。
言葉とは本当に恐ろしいものです。
このように言葉とは本当に恐ろしくもあり、また便利なものでもあるのです。
言葉の持つ力をよく理解して、自分を良い方向に洗脳することが、大切なのではないでしょうか。
心で思うのではなく、「私は絶対に成功する」と言葉を発することで、その言葉が自分の耳や皮膚から体内に浸透し、成功する自分になっていくというものです。
また、特定の人を「好き」と言い続けると、本当に好きになるというのも、これと同じ作用なのかもしれません。
演技でラブシーンを何度も演じると、本当に相手を好きになってしまうというのも納得できます。
言葉とは不思議なものです。
逆に「嫌い」と言い続けると本当に嫌いになっていきます。
私の知人に、会うたびに特定の人の陰口を言っている人がいます。
彼は私にだけではなく、周囲のほとんどの人に同じ陰口を言います。もう何年も言い続けています。
陰口を言う真理としては
(1)直接言う勇気がないので影で文句を言う。
(2)文句を言う事で、その内容について自分はできているというアピール。
(3)自分がいかに被害者であるかという事を訴えて、同情をかう。
などが挙げられますが、彼はまさにこれすべてに当てはまると思います。
周囲の人は皆うんざりしています。こういう話は聞くだけで体力が奪われるのです。
当初は解決策などをアドバイスしていましたが、人の話なんて全く聞く耳をもっていませんので、みんな途中で諦め、「また始まったか」と、右耳から入れて左耳から出すという風になっていくのです。
私は基本的にスルーしていますが、彼はどんどん新規開拓(言う相手を増やしている)しているので、被害者はどんどん増え続けています。
そしてその話を聞いた人も同じ事を言っていたと違う人に話します。
勝手にどんどん仲間を増やしていっています。
名前を使われた本人はそんなこと一言も言っていなくても、親身に陰口を聞いただけで勝手に仲間にされてしまうのです。
彼は日々人の悪口を言い続ける事で、完全に「言葉による自身の洗脳」を行い、その相手のことを物凄く嫌いになっていったのでしょう。
最初は「気に入らん」程度だったはずです、ところが何年も言い続けたことで大嫌いになったのです。
本当に言葉とは恐ろしいものです。
疲れてもいないのに「しんどいわー、しんどいわー」と言う知人がいます。
それを言う事で、不思議と周囲の人も疲れてきます。
何度もそれを指摘していますが、無意識のうちに口から発してしまっているようです。
その人も同様に、「しんどい、疲れた」と言う事で、自分をその言葉で洗脳し、本当に疲れてしまうのでしょう。ひょっとすると病気になってしまうのかもしれません。
言葉とは本当に恐ろしいものです。
このように言葉とは本当に恐ろしくもあり、また便利なものでもあるのです。
言葉の持つ力をよく理解して、自分を良い方向に洗脳することが、大切なのではないでしょうか。
2012年7月13日金曜日
立場
一般社会、特に仕事上に於いて、人にはそれぞれ立場というものがあります。
上司と部下、先輩と後輩、客と店員などなど。
この立場という存在は、非常に不思議なものです。
仕事ができない上司と、できる部下の場合。
できない上司ができる部下に立場を利用して偉そうにものを言います。
なぜ能力の低い人に偉そうに言われなくてはならないのでしょう。
やがてこのできる部下は会社を辞めます。
立場を利用して偉そうにするクズのような人間のせいで、会社は優秀な人材を失う事となります。
ただ単に早く会社に入ったというだけの上司はもう会社には必要ないのです。
先日ある友人から聞いた話。
その彼は、普段店舗にて販売に携わる仕事をしているからこそ、プライベートはクレーマーになるのだと言います。
彼は様々なお店に行っては、アラを見つけて散々文句を言い放つのだそうです。
しかし何のためにそうするのでしょうか。
ただ単にストレス発散に利用しているようにしか思えません。
客という立場を利用して、弱い物いじめをする卑劣な人間にしか見えません。
以前、取引先のメーカーで働いていた人がいました。
彼は私からすれば仕入先の人、彼からすれば私は重要なお客様です。
ところがその後、彼はそのメーカーを退社し、不動産会社に入社したのです。
その不動産会社が、とあるゼネコンに発注した仕事を、私の会社で担当することになりました。
工程会議に出席した私は、いつもの通りゼネコンの担当者に理由もなくえらそうに言われるわけですが、その場に施主として登場したのか彼だったのです。
ゼネコンは業者には意味もなくえらそうにしますが、施主にはペコペコです。
その施主である彼が私にペコペコなのですから、ゼネコンも急に態度を変えペコペコになったという事がありました。
立場が変わっただけでこうも周囲が変化するのかという事を痛烈に感じた瞬間でした。
会社や組織というものは、その人個人の人格や人柄に全く関係なく立場というものを作ります。
立場を手に入れた人は、どんなにいい人でもよほど注意をしておかないと、周囲からチヤホヤされることでだんだんと舞い上がり、つけあがっていくものです。
立場があればあるほどに、下の人には腰を低く丁寧に、そして親切にしなければならないのです。
立場で人を動かすのではなく、人柄で人を動かさなければならないのです。
立場で無理やり人を動かしても、心までは動かせません。
その事に気づかない人は、その企業や団体から外れたときに、はじめて自分が無力である事に気づかされるのです。
どんな立場の人も、その立場でモノを言わず、個人の人柄を磨き、個人としてモノを言う事が重要だと思うのです。
上司と部下、先輩と後輩、客と店員などなど。
この立場という存在は、非常に不思議なものです。
仕事ができない上司と、できる部下の場合。
できない上司ができる部下に立場を利用して偉そうにものを言います。
なぜ能力の低い人に偉そうに言われなくてはならないのでしょう。
やがてこのできる部下は会社を辞めます。
立場を利用して偉そうにするクズのような人間のせいで、会社は優秀な人材を失う事となります。
ただ単に早く会社に入ったというだけの上司はもう会社には必要ないのです。
先日ある友人から聞いた話。
その彼は、普段店舗にて販売に携わる仕事をしているからこそ、プライベートはクレーマーになるのだと言います。
彼は様々なお店に行っては、アラを見つけて散々文句を言い放つのだそうです。
しかし何のためにそうするのでしょうか。
ただ単にストレス発散に利用しているようにしか思えません。
客という立場を利用して、弱い物いじめをする卑劣な人間にしか見えません。
以前、取引先のメーカーで働いていた人がいました。
彼は私からすれば仕入先の人、彼からすれば私は重要なお客様です。
ところがその後、彼はそのメーカーを退社し、不動産会社に入社したのです。
その不動産会社が、とあるゼネコンに発注した仕事を、私の会社で担当することになりました。
工程会議に出席した私は、いつもの通りゼネコンの担当者に理由もなくえらそうに言われるわけですが、その場に施主として登場したのか彼だったのです。
ゼネコンは業者には意味もなくえらそうにしますが、施主にはペコペコです。
その施主である彼が私にペコペコなのですから、ゼネコンも急に態度を変えペコペコになったという事がありました。
立場が変わっただけでこうも周囲が変化するのかという事を痛烈に感じた瞬間でした。
会社や組織というものは、その人個人の人格や人柄に全く関係なく立場というものを作ります。
立場を手に入れた人は、どんなにいい人でもよほど注意をしておかないと、周囲からチヤホヤされることでだんだんと舞い上がり、つけあがっていくものです。
立場があればあるほどに、下の人には腰を低く丁寧に、そして親切にしなければならないのです。
立場で人を動かすのではなく、人柄で人を動かさなければならないのです。
立場で無理やり人を動かしても、心までは動かせません。
その事に気づかない人は、その企業や団体から外れたときに、はじめて自分が無力である事に気づかされるのです。
どんな立場の人も、その立場でモノを言わず、個人の人柄を磨き、個人としてモノを言う事が重要だと思うのです。
2012年6月27日水曜日
ホームレスのオッチャン
毎朝の5kmのコース上に3人のホームレスなオッチャンが居ます。
去年の夏は4人いましたが、冬に2人に減って、今現在は3人となっています。
1人は橋の下のブロックと橋の隙間から足だけが見えているオッチャン。
ここは寝室で、毎朝8時にすぐ近くの屋根付きベンチへ移動します。
ベンチ横には飲み水用の蛇口があって、彼は毎朝ここで1時間以上かけて洗濯や洗顔を行います。
見た事はありませんが、きっと毎日全身を洗っているのだと思います。
きっとこのオッチャンは綺麗好きなのでしょう。
8時以降ともなると結構な人通りがあるはずですが、皆このオッチャンから目をそらして通り過ぎて行きます。
もう1人は夏場だけ出現するオッチャン。
ホームレスなのかホームレスではないのかハッキリわかりません。
川沿いより一段上の屋根付きベンチに居ます。
このオッチャンの特徴は、常に何人かの友人らしき人物と居る事です。常時3人は居ます。
オッチャンが3人も4人も集まって何をしているのかサッパリわかりませんが、たまに皆で掃除をしていたりと、不思議な団体です。生活用品的なビニール袋がいくつも置いてあり、見る限りホームレスであると理解しています。ここの屋根付きベンチは20人ほどが座れる大きさがありますが、このオッチャンらが占領しているために、一般人は利用できません。
一度近くまで行ってみましたが、明らかに生活臭がしますので、まるで他人の家に立ち入るような錯覚に陥り、誰も中へは入れないのだと思います。
もう1人のオッチャンは、橋の下に家財道具一式と、布団のスペース等を一列に並べているオッチャンです。
昨年秋ごろから、毎朝挨拶をかわしています。
私はいつも音楽をガンガンに聞きながら通り過ぎますので、オッチャンが何を言っているのかはわかりませんが、毎朝ここに立っていて、私が通り過ぎる時に何かを言いながらペコッと会釈してくるのです。
私もペコッと会釈します。
立ち止まって会話してもいいのですが、もしもここで人間関係ができてしまったら、きっと私の性格上、毎朝何か食料を届けるようになってしまうのではないかという不安から、挨拶だけの関係を続けているのです。
彼だけは季節に関係なくいつもここにいます。
ところがここ1ヶ月間、毎日寝ているのです。もちろん寝たままなので、挨拶することもありません。
ひょっとしたら病気なのでしょうか、いやそれとも既に死んでいる?
様々な憶測が脳裏を過ぎります。
私は毎朝そんな不安にかられながらも、オッチャンの横を通り過ぎて行ったのです。
そんなある日、いつもの橋の下へさしかかった際、とても元気そうなオッチャンを見かけたのです。
しかも誰か来ています。
オッチャンは体育座りのまま笑顔でその友人らしきオッチャンと会話していました。
私はホッと胸を撫で下ろし、笑顔で通り過ぎて行ったのです。
ここのところ、なぜか早起きしていたせいで、オッチャンが目を覚ます前に通り過ぎていたのでしょう。
なんとなく安心しました。
去年の夏は4人いましたが、冬に2人に減って、今現在は3人となっています。
1人は橋の下のブロックと橋の隙間から足だけが見えているオッチャン。
ここは寝室で、毎朝8時にすぐ近くの屋根付きベンチへ移動します。
ベンチ横には飲み水用の蛇口があって、彼は毎朝ここで1時間以上かけて洗濯や洗顔を行います。
見た事はありませんが、きっと毎日全身を洗っているのだと思います。
きっとこのオッチャンは綺麗好きなのでしょう。
8時以降ともなると結構な人通りがあるはずですが、皆このオッチャンから目をそらして通り過ぎて行きます。
もう1人は夏場だけ出現するオッチャン。
ホームレスなのかホームレスではないのかハッキリわかりません。
川沿いより一段上の屋根付きベンチに居ます。
このオッチャンの特徴は、常に何人かの友人らしき人物と居る事です。常時3人は居ます。
オッチャンが3人も4人も集まって何をしているのかサッパリわかりませんが、たまに皆で掃除をしていたりと、不思議な団体です。生活用品的なビニール袋がいくつも置いてあり、見る限りホームレスであると理解しています。ここの屋根付きベンチは20人ほどが座れる大きさがありますが、このオッチャンらが占領しているために、一般人は利用できません。
一度近くまで行ってみましたが、明らかに生活臭がしますので、まるで他人の家に立ち入るような錯覚に陥り、誰も中へは入れないのだと思います。
もう1人のオッチャンは、橋の下に家財道具一式と、布団のスペース等を一列に並べているオッチャンです。
昨年秋ごろから、毎朝挨拶をかわしています。
私はいつも音楽をガンガンに聞きながら通り過ぎますので、オッチャンが何を言っているのかはわかりませんが、毎朝ここに立っていて、私が通り過ぎる時に何かを言いながらペコッと会釈してくるのです。
私もペコッと会釈します。
立ち止まって会話してもいいのですが、もしもここで人間関係ができてしまったら、きっと私の性格上、毎朝何か食料を届けるようになってしまうのではないかという不安から、挨拶だけの関係を続けているのです。
彼だけは季節に関係なくいつもここにいます。
ところがここ1ヶ月間、毎日寝ているのです。もちろん寝たままなので、挨拶することもありません。
ひょっとしたら病気なのでしょうか、いやそれとも既に死んでいる?
様々な憶測が脳裏を過ぎります。
私は毎朝そんな不安にかられながらも、オッチャンの横を通り過ぎて行ったのです。
そんなある日、いつもの橋の下へさしかかった際、とても元気そうなオッチャンを見かけたのです。
しかも誰か来ています。
オッチャンは体育座りのまま笑顔でその友人らしきオッチャンと会話していました。
私はホッと胸を撫で下ろし、笑顔で通り過ぎて行ったのです。
ここのところ、なぜか早起きしていたせいで、オッチャンが目を覚ます前に通り過ぎていたのでしょう。
なんとなく安心しました。
2012年6月22日金曜日
姫路モダン
粉もの文化は地方により異なります。
お好み焼が地域によって大きく異なるように、モダン焼も地域によって様々なスタイルが存在するのです。

一般的な大阪のモダン焼は
・キャベツと卵を混ぜた生地を鉄板に流し(お好み焼のベース)焼きます。
・その上に焼そば用の麺を乗せます。
・具材(豚肉やすじ肉)
・片面が焼けたら裏返し、両面をしっかりと焼きます。

先にお好み焼を焼いてからそばを乗せますので、下半分はお好み焼となっています。

姫路モダン
・キャベツや豚肉を入れた焼そばを最初に焼きます。
・鉄板に薄く生地をひき、その上に完成した焼そばを置きます。
・上から薄く生地をかけ裏返し、両面を焼きます。
・最後に片面に卵を貼りつけ完成です。

卵を貼り付けないパターンの姫路モダン(十十)
ベースがお好み焼ではなく焼そばなので、大阪風のようにお好み焼は出てきません。

こちらは卵を貼り付けたパターンの姫路モダン(喃風)
卵を貼るか貼らないかや、キャベツのサイズの違いだけで、
基本はほぼどこのお店でも同じような姫路モダンが出てきます。
実は、この大阪風モダンも、姫路モダンも、使用している具材は
ほぼ同じなのです。
ただ、入れる順番が異なるだけなのです。
入れる順番が異なるだけで、ここまで違う商品ができるというのも
面白い話ですね。
大阪から観光で姫路へ来られた方が、お好み焼店でモダン焼を注文し
「こんなもんモダン焼ちゃう!」
と怒られたという話はしょっちゅう耳にします。
美味しいんですけどね。
姫路モダンは、姫路及び姫路周辺の地域のお好み焼店でいただけます。
お好み焼が地域によって大きく異なるように、モダン焼も地域によって様々なスタイルが存在するのです。

一般的な大阪のモダン焼は
・キャベツと卵を混ぜた生地を鉄板に流し(お好み焼のベース)焼きます。
・その上に焼そば用の麺を乗せます。
・具材(豚肉やすじ肉)
・片面が焼けたら裏返し、両面をしっかりと焼きます。

先にお好み焼を焼いてからそばを乗せますので、下半分はお好み焼となっています。
姫路モダン
・キャベツや豚肉を入れた焼そばを最初に焼きます。
・鉄板に薄く生地をひき、その上に完成した焼そばを置きます。
・上から薄く生地をかけ裏返し、両面を焼きます。
・最後に片面に卵を貼りつけ完成です。
卵を貼り付けないパターンの姫路モダン(十十)
ベースがお好み焼ではなく焼そばなので、大阪風のようにお好み焼は出てきません。

こちらは卵を貼り付けたパターンの姫路モダン(喃風)
卵を貼るか貼らないかや、キャベツのサイズの違いだけで、
基本はほぼどこのお店でも同じような姫路モダンが出てきます。
実は、この大阪風モダンも、姫路モダンも、使用している具材は
ほぼ同じなのです。
ただ、入れる順番が異なるだけなのです。
入れる順番が異なるだけで、ここまで違う商品ができるというのも
面白い話ですね。
大阪から観光で姫路へ来られた方が、お好み焼店でモダン焼を注文し
「こんなもんモダン焼ちゃう!」
と怒られたという話はしょっちゅう耳にします。
美味しいんですけどね。
姫路モダンは、姫路及び姫路周辺の地域のお好み焼店でいただけます。
2012年6月15日金曜日
嘘
人は嘘をつきます。
何故人は嘘をつくのでしょうか。
嘘をつく理由を考えてみました。
・保身のため
・見栄を張るため
・人を陥れるため
・笑いを取るため
・人を傷つけないため
「嘘をつかない正直な人が理想です」
と言う人がいますが、果たしてそうでしょうか。
人との人間関係を構築するためには、嘘も時には必要な場合が存在します。
先ほどの嘘をつく理由の最後2つに関しては、まさにそれに当たります。
笑いのための嘘
少し大げさに話を盛る事で、その場を明るくしたり、人をリラックスさせたり、笑顔が生まれたりするのであれば、そんな嘘も素敵だと思います。
人を傷つけないための嘘
何でもかんでも正直に言うことで、相手を苦しめたり傷つけたりするのであれば、相手を気遣った嘘も必要となります。
こういう嘘がつけない人は、「正直な人」というよりも、「人を気遣えない自分勝手な人」という印象の方が強くなります。
いずれも自分のためではなく、相手のためにつく嘘です。
これを否定してしまっては、良い人間関係を構築できるわけがありません。
良い嘘と悪い嘘、これらを全てひっくるめて「嘘はアカン」なんて言ってはいけないのです。
何故人は嘘をつくのでしょうか。
嘘をつく理由を考えてみました。
・保身のため
・見栄を張るため
・人を陥れるため
・笑いを取るため
・人を傷つけないため
「嘘をつかない正直な人が理想です」
と言う人がいますが、果たしてそうでしょうか。
人との人間関係を構築するためには、嘘も時には必要な場合が存在します。
先ほどの嘘をつく理由の最後2つに関しては、まさにそれに当たります。
笑いのための嘘
少し大げさに話を盛る事で、その場を明るくしたり、人をリラックスさせたり、笑顔が生まれたりするのであれば、そんな嘘も素敵だと思います。
人を傷つけないための嘘
何でもかんでも正直に言うことで、相手を苦しめたり傷つけたりするのであれば、相手を気遣った嘘も必要となります。
こういう嘘がつけない人は、「正直な人」というよりも、「人を気遣えない自分勝手な人」という印象の方が強くなります。
いずれも自分のためではなく、相手のためにつく嘘です。
これを否定してしまっては、良い人間関係を構築できるわけがありません。
良い嘘と悪い嘘、これらを全てひっくるめて「嘘はアカン」なんて言ってはいけないのです。
2012年6月5日火曜日
人間関係の始まり
人間関係の始まりは、自己紹介からといえます。
お互いが自分の名を名乗り、どこの誰であるか、簡単なプロフィールを添えて紹介するのです。
プロフィールを省略する意味も含めて、名刺を渡すという行為も、自己紹介の場に於いて非常に有効な手段です。
簡単なプロフィールの書かれたカードは、相手の手元にも残り、後日連絡を取る場合などに非常に便利なツールとなります。
仕事が絡む場合は、逆に名刺がないと失礼にあたります。
名刺も渡さずに、名前を名乗られたとしても、ハッキリ言って覚えられません。
なのに名刺もなく名前さえも名乗らない相手となんて絶対に仕事なんてしたくありません。
それくらい、初対面の相手との常識、礼儀として、自己紹介は重要なプロセスなのです。
勿論例外もあります。先に意気投合してしまって、後から自己紹介をする。
同じ境遇に置かれた人達が、名を明かさぬままに過ごす事も珍しくはありません。が、その場合も必ず後から自己紹介という行為に至り、その後親交が深まる、人間関係が構築されるわけです。
いずれにしろ、順番が前後する場合もありますが、他人と付き合いをしていくのであれば、必ず通らなければならない行為である事は間違いありません。
私は友人・知人と複数名で同席する場合、この紹介というプロセスを非常に重要視しています。
他人と他人の間に入って仲を取り持つわけですから、最初が肝心です。
これまでにも何百人という人達を紹介してきました。
友人を人に紹介する場合、少しティーアップしたメッセージを添えて紹介するようにしています。
その方が、紹介される側が気持ちいい(心地よい)からです。
また紹介された側も、この出会いの期待度が上がりますし、会話も弾みやすくなるからです。
ところが、この紹介という事をしない人がいます。
なぜ紹介しないのか私には全く理解できません。
紹介をしないという事は、基本的にこちらに紹介したくないのかと思ってしまいます。(本当にそうかもしれません)もしくは紹介できない何か複雑な理由があるのかもしれません。
もしくはただの気のきかない無能な人なのでしょう。
カップルで歩いている時に、彼(彼女)の知人に道端でばったり遭遇した場合、そこで自分を紹介されなかったら、会話中に一体どんな対応をすればいいのか物凄く困ります。逆に何故自分を彼(彼女)だと紹介できないのかと相手に不信感を抱く原因にもなります。
カップルでなくても、友人の関係でもこういう事は結構起こり得ます。
紹介したくないのであれば、わざわざこちらから会話する必要もありませんし、会話したいとも思いません。
紹介されないまま、お互いに距離を縮められないままの関係。
実は、そんな人が今、私の周囲に何人か居ます。
やはりある知人を通じて紹介されないまま知り合った人達です。
1度も紹介されぬままに、何度も顔を合わせているうちに、見慣れてしまった不思議な関係です。
勿論名前も何も知りません。
往々にして相手は私の名前を知っている事は多いのですが、こちらは紹介もされていないので、わかるはずもありません。
何回も顔を合わせているので、自然と会話もします(こちらからは絶対にしませんが)が、毎回「誰やねん」と思いながら会話するのです。
そもそも誰かわからないままに会話するのは非常に苦痛です。非常に疲れるのです。
なので極力会話はしたくはありません。会いたくもありません。
今更自己紹介なんてしたくもありませんから、今後一生その人と人間関係が深まる事はないでしょう。
こういった問題を引き起こした一番の要因は、最初の出会いなのです。
最初に紹介者が、一言お互いを紹介し、自己紹介の場面を作ってくれていれば、こんな事にはならなかったはずです。
そのたった一言が足りないばっかりに、2人の人間関係が成立しない事を決定付けてしまったわけです。
この事の重要性が解らない大人が存在することに腹立たしさを覚えます。
きっと社会経験が無い、または無いに等しい、もしくは複数での人付き合いの経験が無い人なのでしょう。
紹介というプロセスを踏まない事で、相手がどんな気持ちになるか理解できない人。
すなわち人の気持ちがわからない人。
私はそういう人達をこういう風にカテゴリわけをしています。
お互いが自分の名を名乗り、どこの誰であるか、簡単なプロフィールを添えて紹介するのです。
プロフィールを省略する意味も含めて、名刺を渡すという行為も、自己紹介の場に於いて非常に有効な手段です。
簡単なプロフィールの書かれたカードは、相手の手元にも残り、後日連絡を取る場合などに非常に便利なツールとなります。
仕事が絡む場合は、逆に名刺がないと失礼にあたります。
名刺も渡さずに、名前を名乗られたとしても、ハッキリ言って覚えられません。
なのに名刺もなく名前さえも名乗らない相手となんて絶対に仕事なんてしたくありません。
それくらい、初対面の相手との常識、礼儀として、自己紹介は重要なプロセスなのです。
勿論例外もあります。先に意気投合してしまって、後から自己紹介をする。
同じ境遇に置かれた人達が、名を明かさぬままに過ごす事も珍しくはありません。が、その場合も必ず後から自己紹介という行為に至り、その後親交が深まる、人間関係が構築されるわけです。
いずれにしろ、順番が前後する場合もありますが、他人と付き合いをしていくのであれば、必ず通らなければならない行為である事は間違いありません。
私は友人・知人と複数名で同席する場合、この紹介というプロセスを非常に重要視しています。
他人と他人の間に入って仲を取り持つわけですから、最初が肝心です。
これまでにも何百人という人達を紹介してきました。
友人を人に紹介する場合、少しティーアップしたメッセージを添えて紹介するようにしています。
その方が、紹介される側が気持ちいい(心地よい)からです。
また紹介された側も、この出会いの期待度が上がりますし、会話も弾みやすくなるからです。
ところが、この紹介という事をしない人がいます。
なぜ紹介しないのか私には全く理解できません。
紹介をしないという事は、基本的にこちらに紹介したくないのかと思ってしまいます。(本当にそうかもしれません)もしくは紹介できない何か複雑な理由があるのかもしれません。
もしくはただの気のきかない無能な人なのでしょう。
カップルで歩いている時に、彼(彼女)の知人に道端でばったり遭遇した場合、そこで自分を紹介されなかったら、会話中に一体どんな対応をすればいいのか物凄く困ります。逆に何故自分を彼(彼女)だと紹介できないのかと相手に不信感を抱く原因にもなります。
カップルでなくても、友人の関係でもこういう事は結構起こり得ます。
紹介したくないのであれば、わざわざこちらから会話する必要もありませんし、会話したいとも思いません。
紹介されないまま、お互いに距離を縮められないままの関係。
実は、そんな人が今、私の周囲に何人か居ます。
やはりある知人を通じて紹介されないまま知り合った人達です。
1度も紹介されぬままに、何度も顔を合わせているうちに、見慣れてしまった不思議な関係です。
勿論名前も何も知りません。
往々にして相手は私の名前を知っている事は多いのですが、こちらは紹介もされていないので、わかるはずもありません。
何回も顔を合わせているので、自然と会話もします(こちらからは絶対にしませんが)が、毎回「誰やねん」と思いながら会話するのです。
そもそも誰かわからないままに会話するのは非常に苦痛です。非常に疲れるのです。
なので極力会話はしたくはありません。会いたくもありません。
今更自己紹介なんてしたくもありませんから、今後一生その人と人間関係が深まる事はないでしょう。
こういった問題を引き起こした一番の要因は、最初の出会いなのです。
最初に紹介者が、一言お互いを紹介し、自己紹介の場面を作ってくれていれば、こんな事にはならなかったはずです。
そのたった一言が足りないばっかりに、2人の人間関係が成立しない事を決定付けてしまったわけです。
この事の重要性が解らない大人が存在することに腹立たしさを覚えます。
きっと社会経験が無い、または無いに等しい、もしくは複数での人付き合いの経験が無い人なのでしょう。
紹介というプロセスを踏まない事で、相手がどんな気持ちになるか理解できない人。
すなわち人の気持ちがわからない人。
私はそういう人達をこういう風にカテゴリわけをしています。
2012年5月28日月曜日
立ちション禁止 推進編
以前、立ちション禁止というコラムを書きました。
立ちションは軽犯罪法違反となる行為であるという内容でした。
参考→ 殿のコラム:立ちション禁止
ところが、今回は、私が立ちションを推進してしまったというお話です。
先日、いつものコースを走っていると、前方に、半笑顔でこちらを見て口をパクパクさせている60歳前後のオッチャンが見えました。
私はいつも、音楽をガンガンに聴きながら走っていますので、何を言っているのかはわかりませんでしたが、明らかに私に向かって何かを言っているようです。
私は誰か他の人に話しかけているのではないかと後方を確認し、私である事を確信した後に、イヤホンを外し、オッチャンの話を聞くことにしました。
お 「すみませんすみません」
私 「あはい」
お 「どっかこのへんにトイレはないですか」
私 「トイレ?」
お 「もう限界なんです」
私 「あー、あの向こうに見えてる2本目の橋のへんにあったかも」
お 「遠いですね」
私 「せやね」
お 「もう限界なんです」
私 「ほならあっこらへんでしい、な、な、」
お 「え?いいんですか?」
私 「そなもんしゃないがな、限界やろ?」
お 「限界です」
私 「だーれもけーへんか見といたるわ、な、な、」
お 「すみませんすみません」
私は、その場でだれも来ないかを監視しながら、用を足すオッチャンの背中を見守り続けました。
私 「ながっっ」
お 「すみませんすみません」
立ちションは軽犯罪法違反となる行為であるという内容でした。
参考→ 殿のコラム:立ちション禁止
ところが、今回は、私が立ちションを推進してしまったというお話です。
先日、いつものコースを走っていると、前方に、半笑顔でこちらを見て口をパクパクさせている60歳前後のオッチャンが見えました。
私はいつも、音楽をガンガンに聴きながら走っていますので、何を言っているのかはわかりませんでしたが、明らかに私に向かって何かを言っているようです。
私は誰か他の人に話しかけているのではないかと後方を確認し、私である事を確信した後に、イヤホンを外し、オッチャンの話を聞くことにしました。
お 「すみませんすみません」
私 「あはい」
お 「どっかこのへんにトイレはないですか」
私 「トイレ?」
お 「もう限界なんです」
私 「あー、あの向こうに見えてる2本目の橋のへんにあったかも」
お 「遠いですね」
私 「せやね」
お 「もう限界なんです」
私 「ほならあっこらへんでしい、な、な、」
お 「え?いいんですか?」
私 「そなもんしゃないがな、限界やろ?」
お 「限界です」
私 「だーれもけーへんか見といたるわ、な、な、」
お 「すみませんすみません」
私は、その場でだれも来ないかを監視しながら、用を足すオッチャンの背中を見守り続けました。
私 「ながっっ」
お 「すみませんすみません」
2012年5月23日水曜日
ええかげんな人
ええかげんな人=いいかげんな人。適当な人。曖昧な人。
世間では、この「ええかげんな人」は信用されなかったり、相手にしてもらえなかったりと、あまり良い印象はもたれていません。
しかし何事に対してもええかげんな人って、果たして存在するのでしょうか。
何でもキッチリしておかないと気がすまないという人でも、どこかええかげんな部分があるのではないでしょうか。
逆に、どこかええかげんな部分がないと疲れてしまいますし、人間らしさがないような気がします。
人はそれぞれ「ええかげんな部分」や「キッチリしている部分」「可愛い部分」「厳しい部分」など、沢山の表情を持ち合わせている生き物です。
その部分の比率によって、その人の全体的な印象が決まるのではないでしょうか。
例えば、キッチリ度90%、ええかげん度10%を持ち合わせている人が居たとして、たまたま10%しかないええかげんさが露出したシーンを目撃した人は、その人をええかげんな人と捉えるでしょう。しかし実際は、キッチリ度が90%もあるので、多くの人はキッチリした人と受け取っているはずです。
深い付き合いのない人間関係に於いて、人によって受ける印象が大きく異なるというのは、こういった事が原因と考えられます。
どんな人でも深い付き合いをしてみないと、実際はどんな人物なのか判断できないという事です。
では、深い付き合いとは一体どんな付き合いなのでしょうか。
「毎月1回、飲みの席で会う人。もう5年以上の付き合いになる。」
これは深い付き合いとは言えません。
いくら5年以上の付き合いがあったとしても、同じシチュエーションで何回も会うだけでは、他の側面は見えてきません。
よく、いくら仲の良い友人だったとしても、一緒に働いたり同居すると嫌な部分が見えてくると言いますが、まさにこれです。
5年以上酒の席で意気投合した仲間だったとしても、一緒に仕事をしたり、一緒に何かプロジェクトを実行したりしてみないと、本当の姿は見えてこないわけです。
仲の良い恋人同士が、結婚という2人でのプロジェクトを実行する際に、今まで見えてなかった側面が露出して、破局してしまうなんてよくある事です。これも同様のことが言えます。
逆に、普段一緒に仕事をしていたり、一緒に何かに取り組んで、お互いに様々な側面を理解した上での人間関係というものは、かなり強固なものとなります。
このように、友人でも、恋人同士でも、上司と部下でも、様々なシチュエーションを経験した上で、相手がどんな人物なのかを判断すべきだという事です。
側面だけ見て「あの人はええかげんな人」と決め付けてしまうのは危険な事なのです。
世間では、この「ええかげんな人」は信用されなかったり、相手にしてもらえなかったりと、あまり良い印象はもたれていません。
しかし何事に対してもええかげんな人って、果たして存在するのでしょうか。
何でもキッチリしておかないと気がすまないという人でも、どこかええかげんな部分があるのではないでしょうか。
逆に、どこかええかげんな部分がないと疲れてしまいますし、人間らしさがないような気がします。
人はそれぞれ「ええかげんな部分」や「キッチリしている部分」「可愛い部分」「厳しい部分」など、沢山の表情を持ち合わせている生き物です。
その部分の比率によって、その人の全体的な印象が決まるのではないでしょうか。
例えば、キッチリ度90%、ええかげん度10%を持ち合わせている人が居たとして、たまたま10%しかないええかげんさが露出したシーンを目撃した人は、その人をええかげんな人と捉えるでしょう。しかし実際は、キッチリ度が90%もあるので、多くの人はキッチリした人と受け取っているはずです。
深い付き合いのない人間関係に於いて、人によって受ける印象が大きく異なるというのは、こういった事が原因と考えられます。
どんな人でも深い付き合いをしてみないと、実際はどんな人物なのか判断できないという事です。
では、深い付き合いとは一体どんな付き合いなのでしょうか。
「毎月1回、飲みの席で会う人。もう5年以上の付き合いになる。」
これは深い付き合いとは言えません。
いくら5年以上の付き合いがあったとしても、同じシチュエーションで何回も会うだけでは、他の側面は見えてきません。
よく、いくら仲の良い友人だったとしても、一緒に働いたり同居すると嫌な部分が見えてくると言いますが、まさにこれです。
5年以上酒の席で意気投合した仲間だったとしても、一緒に仕事をしたり、一緒に何かプロジェクトを実行したりしてみないと、本当の姿は見えてこないわけです。
仲の良い恋人同士が、結婚という2人でのプロジェクトを実行する際に、今まで見えてなかった側面が露出して、破局してしまうなんてよくある事です。これも同様のことが言えます。
逆に、普段一緒に仕事をしていたり、一緒に何かに取り組んで、お互いに様々な側面を理解した上での人間関係というものは、かなり強固なものとなります。
このように、友人でも、恋人同士でも、上司と部下でも、様々なシチュエーションを経験した上で、相手がどんな人物なのかを判断すべきだという事です。
側面だけ見て「あの人はええかげんな人」と決め付けてしまうのは危険な事なのです。
2012年5月16日水曜日
ハシガー
飲食店に於いて、1軒にとどまらず何軒もハシゴしたがる人種、ハシガー。
軽く1品だけ食べてサッと席を立つ。
軽く1杯だけ飲んでサッと席を立つ。
そしてそれを何軒も繰り返すのです。
彼らは決してグルメブロガーではありません。時間がないので一晩で何軒も訪れて、一晩で1週間分のネタを収集するグルメブロガーとはまた異なる人種なのです。
サッと食ってサッと帰る事にロマンを感じている人達なのです。
ハシガーは熟年層に多いのも大きな特徴です。
もしくはそんなハシガーに連れまわされた、ハシガーに憧れる30代後半以上の人達です。
そんなハシガーの1人、Mさんの同行取材に成功しました。
Mさんは現在51歳、ハシガー歴10年というベテランハシガーです。
彼との待ち合わせは20時、繁華街のコンビニ前で集合し、すぐ近くの居酒屋へ入りました。
アテ3品付きのビールセットなるものをオーダー、Mさんの「いつものやつしてや」の一言でこれが席へ運ばれてきます。
「ワシはな、この店はこれしか注文した事ないんや」
得意げに話すMさん。
するとビールを飲み干し、アテにほとんど手をつけてない状態で、早くも席を立とうとするのです。
「いこっ、次いこっ」
「しゃーけどまだ食うてませんやん」
「ええからええから、次で食うたらええから」
私たちはビールを飲んだだけで席を立ちました。
これならビールセットではなく、ビールだけを注文したら良かったのではないでしょうか。
Mさんが言います。
「ビールだけやったら悪いヤン」
なるほど、さすがに1000円ぐらいは使わないとお店に申し訳ないという考えのようです。
次に訪れたのは焼肉店、生ビール、キムチ、塩タン、ホルモンを注文。
私が肉を焼こうとすると「ええからええから」とMさんが焼いてくれます。
彼はハシガーであり焼肉ブギョーでもあったのです。
しかも食べる分だけ焼くのではなく、全部ドバッと網の上に置いてしまう方のタイプの焼肉ブギョーだったのです。
このタイプのブギョーは非常に迷惑なのですが、文句を言うと今後連れてってもらえないので、焦げないように黙ってサッサと食べなけれはなりません。
私がトイレに立った間に会計が済まされていました。この辺りのスマートさがハシガーの大きな特徴でもあるのです。
次に入ったのは、女の子が常時10人ほど居るというそこそこ大きめのラウンジ。
ここでも水割りを1杯だけ飲んで次の店に向かいます。
本当はこのお店で歌を歌いたかったというMさん。
しかし先客が盛り上がっていたためにサッと店を出たというのです。
ハシガーは自分が主人公にならなければ面白くない人種のようです。
次のスナックはママと20代アルバイト女子の計2人の小さなお店。先客は居ませんでした。
ここでMさんは3曲を熱唱、水割りを4杯いただきました。
このお店がもっとも滞在時間の長いお店となりました。
やはり他に客が居なかった事で、自身が主人公となれた事が大きな要因だったと思います。
その後、私たちは水割り半分程度で店を出るスタイルで、スナックを2軒ハシゴし、最終ラーメン店でビールとラーメンで締めたのです。
この日実に4時間で7軒のお店をハシゴした事になります。
しかし何故こんなにも次々と店を変えるのでしょうか。
Mさんにそのあたりを聞いてみました。
私 「しゃーけどころころ店変えていそがしですね」
M 「これが俺のスタイルや」
私 「なんでころころ変えますん」
M 「そなもんたまには顔出したらな悪いヤン」
私 「悪い?」
M 「せや、ちょっとでもええから顔を出して安心さしたらなアカンがな」
どーやら定期的に少しでもいいのでお店に顔を出す事で、お店への貢献をしているというのがMさんの答えでした。
確かに短時間に数多くのお店に顔を出すためには、こういう方法しかありません。
私 「普段からずっとこんな感じなんすか?」
M 「せや」
私 「誰とでも?」
M 「誰とでもちゃう、特定の人とだけや」
どーやら後輩や部下との会食時のみ、ハシガーになるようです。
結局のところ、後輩や部下にエエカッコしたい為に取る行動というのが真理のようです。
ハシガーしている自分に酔いしれているのでしょう。
横から見ていて、そんなにカッコエエとは思わないのですが、しかし自分がハシガーとなって、後輩を連れまわすイメージをした時、何となくその気持ちもわかるような気がしました。
私も立派なハシガーになれるのでしょうか。
軽く1品だけ食べてサッと席を立つ。
軽く1杯だけ飲んでサッと席を立つ。
そしてそれを何軒も繰り返すのです。
彼らは決してグルメブロガーではありません。時間がないので一晩で何軒も訪れて、一晩で1週間分のネタを収集するグルメブロガーとはまた異なる人種なのです。
サッと食ってサッと帰る事にロマンを感じている人達なのです。
ハシガーは熟年層に多いのも大きな特徴です。
もしくはそんなハシガーに連れまわされた、ハシガーに憧れる30代後半以上の人達です。
そんなハシガーの1人、Mさんの同行取材に成功しました。
Mさんは現在51歳、ハシガー歴10年というベテランハシガーです。
彼との待ち合わせは20時、繁華街のコンビニ前で集合し、すぐ近くの居酒屋へ入りました。
アテ3品付きのビールセットなるものをオーダー、Mさんの「いつものやつしてや」の一言でこれが席へ運ばれてきます。
「ワシはな、この店はこれしか注文した事ないんや」
得意げに話すMさん。
するとビールを飲み干し、アテにほとんど手をつけてない状態で、早くも席を立とうとするのです。
「いこっ、次いこっ」
「しゃーけどまだ食うてませんやん」
「ええからええから、次で食うたらええから」
私たちはビールを飲んだだけで席を立ちました。
これならビールセットではなく、ビールだけを注文したら良かったのではないでしょうか。
Mさんが言います。
「ビールだけやったら悪いヤン」
なるほど、さすがに1000円ぐらいは使わないとお店に申し訳ないという考えのようです。
次に訪れたのは焼肉店、生ビール、キムチ、塩タン、ホルモンを注文。
私が肉を焼こうとすると「ええからええから」とMさんが焼いてくれます。
彼はハシガーであり焼肉ブギョーでもあったのです。
しかも食べる分だけ焼くのではなく、全部ドバッと網の上に置いてしまう方のタイプの焼肉ブギョーだったのです。
このタイプのブギョーは非常に迷惑なのですが、文句を言うと今後連れてってもらえないので、焦げないように黙ってサッサと食べなけれはなりません。
私がトイレに立った間に会計が済まされていました。この辺りのスマートさがハシガーの大きな特徴でもあるのです。
次に入ったのは、女の子が常時10人ほど居るというそこそこ大きめのラウンジ。
ここでも水割りを1杯だけ飲んで次の店に向かいます。
本当はこのお店で歌を歌いたかったというMさん。
しかし先客が盛り上がっていたためにサッと店を出たというのです。
ハシガーは自分が主人公にならなければ面白くない人種のようです。
次のスナックはママと20代アルバイト女子の計2人の小さなお店。先客は居ませんでした。
ここでMさんは3曲を熱唱、水割りを4杯いただきました。
このお店がもっとも滞在時間の長いお店となりました。
やはり他に客が居なかった事で、自身が主人公となれた事が大きな要因だったと思います。
その後、私たちは水割り半分程度で店を出るスタイルで、スナックを2軒ハシゴし、最終ラーメン店でビールとラーメンで締めたのです。
この日実に4時間で7軒のお店をハシゴした事になります。
しかし何故こんなにも次々と店を変えるのでしょうか。
Mさんにそのあたりを聞いてみました。
私 「しゃーけどころころ店変えていそがしですね」
M 「これが俺のスタイルや」
私 「なんでころころ変えますん」
M 「そなもんたまには顔出したらな悪いヤン」
私 「悪い?」
M 「せや、ちょっとでもええから顔を出して安心さしたらなアカンがな」
どーやら定期的に少しでもいいのでお店に顔を出す事で、お店への貢献をしているというのがMさんの答えでした。
確かに短時間に数多くのお店に顔を出すためには、こういう方法しかありません。
私 「普段からずっとこんな感じなんすか?」
M 「せや」
私 「誰とでも?」
M 「誰とでもちゃう、特定の人とだけや」
どーやら後輩や部下との会食時のみ、ハシガーになるようです。
結局のところ、後輩や部下にエエカッコしたい為に取る行動というのが真理のようです。
ハシガーしている自分に酔いしれているのでしょう。
横から見ていて、そんなにカッコエエとは思わないのですが、しかし自分がハシガーとなって、後輩を連れまわすイメージをした時、何となくその気持ちもわかるような気がしました。
私も立派なハシガーになれるのでしょうか。
2012年5月13日日曜日
クレーム営業
知人から、とある新ブランド立ち上げに際して、営業面で力を貸してしてほしいとの依頼があり、快く引き受けました。
そのブランドは、地域密着型で商品も素晴らしく、将来性も非常に高いものでした。
私のできることなんて限られていますが、それでも前向きに協力したいと強く思えるものだったのです。
お披露目会に出席して1ヶ月ほど経過したある日、ある友人から「クレーム営業されて困ってる」と相談を受けたのです。
私 「クレーム営業?なんじゃそら」
彼 「うちの○○は最低やゆーてクレーム電話があったんです」
私 「ほうほう」
彼 「だから謝罪したんです」
私 「うん」
彼 「ほんならその人「だからうちの○○を買え」ゆーんですわ」
私 「なんやて?」
彼 「サイテーでしょ」
私 「そらクソやな」
彼 「クソ以下でしょ」
私 「どんなやっちゃんねん」
彼 「○○っちゅー人ですわ」
私 「えー、」
なんと前述の新ブランドの代表者だったのです。
私はその相談してきた彼にも、以前から新ブランドの話はしていたので、物凄く恥ずかしくなりました。
そして何故か私が彼に謝罪するはめになったのです。
一体何故そんな営業をするのでしょうか。
私は新ブランドの営業マンでもなんでもありません、完全なボランティアです。
信用だけで人に紹介しているのです。
その協力者の信用を、完全に喪失させるような事をしてしまっては、協力なんて出来るはずがありません。
その後は当然ですが、全く人にはススメていません。
モノはいいのでしょうが、後で信用をなくすのが怖いのです。
営業は信用が一番です。(価格競争は別として)
信頼できる人がススメるから購買意欲が沸くのです。
信用や信頼は、時間をかけて築き上げていくものですが、崩れるときは一瞬です。
そして一度崩れた信用を取り戻すには、また膨大な時間を費やさなければならないのです。
今回の人は、そんな事は一切理解できないのでしょう。
協力を依頼してきた知人や、沢山の協力者が存在する事が、逆に彼にとってマイナスに働いているのでしょうか。(苦労なく売れるので)
いずれにしても、悲しい話です。
そのブランドは、地域密着型で商品も素晴らしく、将来性も非常に高いものでした。
私のできることなんて限られていますが、それでも前向きに協力したいと強く思えるものだったのです。
お披露目会に出席して1ヶ月ほど経過したある日、ある友人から「クレーム営業されて困ってる」と相談を受けたのです。
私 「クレーム営業?なんじゃそら」
彼 「うちの○○は最低やゆーてクレーム電話があったんです」
私 「ほうほう」
彼 「だから謝罪したんです」
私 「うん」
彼 「ほんならその人「だからうちの○○を買え」ゆーんですわ」
私 「なんやて?」
彼 「サイテーでしょ」
私 「そらクソやな」
彼 「クソ以下でしょ」
私 「どんなやっちゃんねん」
彼 「○○っちゅー人ですわ」
私 「えー、」
なんと前述の新ブランドの代表者だったのです。
私はその相談してきた彼にも、以前から新ブランドの話はしていたので、物凄く恥ずかしくなりました。
そして何故か私が彼に謝罪するはめになったのです。
一体何故そんな営業をするのでしょうか。
私は新ブランドの営業マンでもなんでもありません、完全なボランティアです。
信用だけで人に紹介しているのです。
その協力者の信用を、完全に喪失させるような事をしてしまっては、協力なんて出来るはずがありません。
その後は当然ですが、全く人にはススメていません。
モノはいいのでしょうが、後で信用をなくすのが怖いのです。
営業は信用が一番です。(価格競争は別として)
信頼できる人がススメるから購買意欲が沸くのです。
信用や信頼は、時間をかけて築き上げていくものですが、崩れるときは一瞬です。
そして一度崩れた信用を取り戻すには、また膨大な時間を費やさなければならないのです。
今回の人は、そんな事は一切理解できないのでしょう。
協力を依頼してきた知人や、沢山の協力者が存在する事が、逆に彼にとってマイナスに働いているのでしょうか。(苦労なく売れるので)
いずれにしても、悲しい話です。
2012年5月1日火曜日
会議マニア
会議が好きで好きでたまりません。
会議は毎日でもやりたいです。
会議なら何時間でもできます。
会議資料作成の為に業務の殆どを費やします。
会議の為に日々仕事をしているようなものです。
そんな会議マニア、結構います。
会議病とも呼ばれているこの人種は、殆どが中小企業の社長またはそれに近い役職の人です。
会議マニアの周囲には、大勢の会議嫌いの人達がいます。
会議マニアのせいで、会議が大嫌いになってしまった可哀想な人達です。
そもそも会議は必要なのでしょうか。
業務内容により多少異なりますが、商品企画会議や営業戦略会議等のように多くの意見を集め決定するための会議は必要です。何事も1人の意見よりも、より多くの人の意見を取り入れた方が良いに決まっています。
また士気を上げるために定期的な会議を行う事も重要だと思います。
いずれも会議の目的があって、会議終了時にはその目的が達成されている事が条件となります。
前述の場合なら、商品や戦略が決定している事がゴール。
後述の場合なら、社員の士気が上がっている事がゴールとなります。
しかし以下のような目的の会議も数多く存在します。
・社長自身が安心(業績)したいために行う不安材料消去会議。
わざわざ会議にしなくても個別の報告で事足ります。
・部下に自身の知識や経験などを語りたいために行う自己満足会議。
ここ最近飲みの場にも付き合ってくれるような社員がいないので、自分の武勇伝を
聞かせる場所が無く、会議をそれに利用するパターン。物凄く迷惑です。
・部下にヤル気を起こさせるために一方的に喋る洗脳会議。
上司が一方的に喋っただけでヤル気になるような部下は、すぐにヤル気をなくします。
部下にヤル気を起こさせるには喋りではなく仕組みが必要なのです。
これも上記と同様に無駄な時間となる場合が殆どです。
私自身が、これまでの社会経験の中で、出席してきた数多くの会議の殆どが、上記のような会議でした。
部下は、一方的に喋る上司のつまらない話を延々と黙って聞くだけの会議です。
またこんな会議を行う人に限って、6時間とか8時間とか信じられないほどに長い会議を行うのです。
長い会議のほとんどは、無駄話がダラダラと続くだけの会議です。
当然つまらないので物凄く眠くなります。
眠くなってウトウトしていると、上司の目にとまり、給料の査定に影響が出ます。
しかし本来なら、そんなつまらない我慢大会のような会議を主催している側が悪いわけで、
部下がウトウトし始めたら、自分の話がつまらないという事を察しなければいけません。
うたた寝する部下が悪いと決め付ける人は何の成長もないのです。
何でも人のせいにして責任逃れするだけのつまらない人なのです。
そんな人に部下がついていくわけがないのです。
会議なんて短時間でサッと終わらせて、さっさと業務に戻った方が、よほど業績アップにつながるのに。
会議を行う事で安心するのは物凄くナンセンスな事だと思います。
しかもこんなダラダラした会議を週に何度も行うようでは、仕事をする暇さえありません。
会議マニア、本当に恐ろしい病気です。
感染しないように注意しておいてください。
見かけたらすぐに通報した方が良いでしょう。
会議は毎日でもやりたいです。
会議なら何時間でもできます。
会議資料作成の為に業務の殆どを費やします。
会議の為に日々仕事をしているようなものです。
そんな会議マニア、結構います。
会議病とも呼ばれているこの人種は、殆どが中小企業の社長またはそれに近い役職の人です。
会議マニアの周囲には、大勢の会議嫌いの人達がいます。
会議マニアのせいで、会議が大嫌いになってしまった可哀想な人達です。
そもそも会議は必要なのでしょうか。
業務内容により多少異なりますが、商品企画会議や営業戦略会議等のように多くの意見を集め決定するための会議は必要です。何事も1人の意見よりも、より多くの人の意見を取り入れた方が良いに決まっています。
また士気を上げるために定期的な会議を行う事も重要だと思います。
いずれも会議の目的があって、会議終了時にはその目的が達成されている事が条件となります。
前述の場合なら、商品や戦略が決定している事がゴール。
後述の場合なら、社員の士気が上がっている事がゴールとなります。
しかし以下のような目的の会議も数多く存在します。
・社長自身が安心(業績)したいために行う不安材料消去会議。
わざわざ会議にしなくても個別の報告で事足ります。
・部下に自身の知識や経験などを語りたいために行う自己満足会議。
ここ最近飲みの場にも付き合ってくれるような社員がいないので、自分の武勇伝を
聞かせる場所が無く、会議をそれに利用するパターン。物凄く迷惑です。
・部下にヤル気を起こさせるために一方的に喋る洗脳会議。
上司が一方的に喋っただけでヤル気になるような部下は、すぐにヤル気をなくします。
部下にヤル気を起こさせるには喋りではなく仕組みが必要なのです。
これも上記と同様に無駄な時間となる場合が殆どです。
私自身が、これまでの社会経験の中で、出席してきた数多くの会議の殆どが、上記のような会議でした。
部下は、一方的に喋る上司のつまらない話を延々と黙って聞くだけの会議です。
またこんな会議を行う人に限って、6時間とか8時間とか信じられないほどに長い会議を行うのです。
長い会議のほとんどは、無駄話がダラダラと続くだけの会議です。
当然つまらないので物凄く眠くなります。
眠くなってウトウトしていると、上司の目にとまり、給料の査定に影響が出ます。
しかし本来なら、そんなつまらない我慢大会のような会議を主催している側が悪いわけで、
部下がウトウトし始めたら、自分の話がつまらないという事を察しなければいけません。
うたた寝する部下が悪いと決め付ける人は何の成長もないのです。
何でも人のせいにして責任逃れするだけのつまらない人なのです。
そんな人に部下がついていくわけがないのです。
会議なんて短時間でサッと終わらせて、さっさと業務に戻った方が、よほど業績アップにつながるのに。
会議を行う事で安心するのは物凄くナンセンスな事だと思います。
しかもこんなダラダラした会議を週に何度も行うようでは、仕事をする暇さえありません。
会議マニア、本当に恐ろしい病気です。
感染しないように注意しておいてください。
見かけたらすぐに通報した方が良いでしょう。
2012年4月30日月曜日
流血のコンビニエンス
三宮で散々飲んだ帰り道、とぼとぼと歩道を歩いていた時のことです。
いや、かなり酔っていましたので「とぼとぼ」ではなく「ふらふら」です。
目は半分以上ふさがり(元々私の目は人の半分ほどの開口部ですので、この時は一般的な人の1/4以下の開口部に相当すると思います)真っ直ぐに歩いているつもりでも、勝手に右へ左へと足が進み、まさに千鳥足状態だったと思います。
何故か両手は「前へならえ」状態で、人から見ればキョンシー的なスタイルだったと思います。
「ミ、ミズ、ミズクレ」とぼそぼそとつぶやいていたかも知れません。
なぜそう思うのかというと、そのセリフがその時のポージングにまさにピッタリだと思うからです。
10分ほど歩いた時、事件が起こりました。
三宮の歩道には、数多く街灯が立っています。
私はその街灯に全く気付かず、真正面から激突したのです。
額を街灯に強打した私は、その場に真後ろにぶっ倒れ、後頭部を歩道に強打しました。
手は前へならえのままの状態です。
しかしあまりにも酔っていたせいか、たいした痛みも感じず、1~2分そのまま歩道に仰向けの状態で、足を交互に動かしながら倒れていました。
通行人はみんな気付かぬフリをして、チラ見しつつ通り過ぎて行きます。
数分後、私は両手をパタリと地面に落とし、足の動きを止め、大の字となりました。
そして何事も無かったようにムクリと起き上がり、コンビニエンスストアえと向かったのです。
さすがに額が割れるように痛いので、バンドエイドを買おうと思ったのです。
5分ほど歩き、コンビニエンスストアに到着しました。
深夜とはいえ、週末のコンビニエンスは人で溢れていました。
私が入店すると、全員がこちらを凝視しました。
正確に言うと、数人が私を見てギョッとした顔をしたので、それに気付いた周囲の人が皆こちらを凝視したという感じです。全員がピタッと動きを止めていました。
まるで時間が止まったかのように感じるコンビニエンスストア。そんな印象でした。
私は日用品コーナーへ進みながら、ふと窓ガラスにうつった自身の姿に仰天したのです。
額から大量に流血し、顔は真っ赤。ワイシャツも上部は血で赤く染まっています。
その姿を見て初めて、皆がこちらを凝視している意味を理解できたのです。
理解できたと同時に、物凄く恥ずかしくなりました。
「これだけ流血しているのに、バンドエイド1個をレジへ持っていって変に思われないだろうか」
そんな思いが脳裏をよぎります。
しかし今ココで動きをやめるわけにもいきません。
逆にバンドエイドではなく、缶コーヒーやヤンジャンを買うのも変です。
私は何事もなかったかのように、バンドエイド1箱を手に取り、レジへ並びました。
そして精算を済ませると、皆の見守る中、そそくさと店を出たのです。
店を出ても、物凄い人の数の視線を、背中に感じました。
私は迷いましたが、そのまま出口すぐのゴミ箱前へ移動し、バンドエイドを1枚、箱から取り出し、額へ貼ったのです。
血ですぐに剥がれ落ちる事はわかっていましたが、貼るしかなかったのです。
いや、かなり酔っていましたので「とぼとぼ」ではなく「ふらふら」です。
目は半分以上ふさがり(元々私の目は人の半分ほどの開口部ですので、この時は一般的な人の1/4以下の開口部に相当すると思います)真っ直ぐに歩いているつもりでも、勝手に右へ左へと足が進み、まさに千鳥足状態だったと思います。
何故か両手は「前へならえ」状態で、人から見ればキョンシー的なスタイルだったと思います。
「ミ、ミズ、ミズクレ」とぼそぼそとつぶやいていたかも知れません。
なぜそう思うのかというと、そのセリフがその時のポージングにまさにピッタリだと思うからです。
10分ほど歩いた時、事件が起こりました。
三宮の歩道には、数多く街灯が立っています。
私はその街灯に全く気付かず、真正面から激突したのです。
額を街灯に強打した私は、その場に真後ろにぶっ倒れ、後頭部を歩道に強打しました。
手は前へならえのままの状態です。
しかしあまりにも酔っていたせいか、たいした痛みも感じず、1~2分そのまま歩道に仰向けの状態で、足を交互に動かしながら倒れていました。
通行人はみんな気付かぬフリをして、チラ見しつつ通り過ぎて行きます。
数分後、私は両手をパタリと地面に落とし、足の動きを止め、大の字となりました。
そして何事も無かったようにムクリと起き上がり、コンビニエンスストアえと向かったのです。
さすがに額が割れるように痛いので、バンドエイドを買おうと思ったのです。
5分ほど歩き、コンビニエンスストアに到着しました。
深夜とはいえ、週末のコンビニエンスは人で溢れていました。
私が入店すると、全員がこちらを凝視しました。
正確に言うと、数人が私を見てギョッとした顔をしたので、それに気付いた周囲の人が皆こちらを凝視したという感じです。全員がピタッと動きを止めていました。
まるで時間が止まったかのように感じるコンビニエンスストア。そんな印象でした。
私は日用品コーナーへ進みながら、ふと窓ガラスにうつった自身の姿に仰天したのです。
額から大量に流血し、顔は真っ赤。ワイシャツも上部は血で赤く染まっています。
その姿を見て初めて、皆がこちらを凝視している意味を理解できたのです。
理解できたと同時に、物凄く恥ずかしくなりました。
「これだけ流血しているのに、バンドエイド1個をレジへ持っていって変に思われないだろうか」
そんな思いが脳裏をよぎります。
しかし今ココで動きをやめるわけにもいきません。
逆にバンドエイドではなく、缶コーヒーやヤンジャンを買うのも変です。
私は何事もなかったかのように、バンドエイド1箱を手に取り、レジへ並びました。
そして精算を済ませると、皆の見守る中、そそくさと店を出たのです。
店を出ても、物凄い人の数の視線を、背中に感じました。
私は迷いましたが、そのまま出口すぐのゴミ箱前へ移動し、バンドエイドを1枚、箱から取り出し、額へ貼ったのです。
血ですぐに剥がれ落ちる事はわかっていましたが、貼るしかなかったのです。
2012年4月8日日曜日
手すりを持つ女
何故35歳を過ぎた女性は、助手席上部の手すりにつかまるのでしょうか。
昔、オカンを助手席に乗せると、必ずといっていいほどに助手席上部の手すりをシッカリと握っていました。
聞くと「あんたの運転が怖いからや」と不機嫌そうに言いましたが、他の人の運転の時でもいつも握っていたのです。
その後20年間、独自の調査を行い、35歳以上の女性は助手席の手すりにつかまることが判明したのです。
また、すれ違う車の目視による調査でも、ほぼ前述に当てはまる女性が手すりを持っていました。
老化によりホルモンのバランスが崩れ、安定感が悪くなり、車の揺れに対応できないので手すりを持つのでしょう。あくまでも仮説ですが。
どんなに綺麗でオシャレでクールな女性でも、助手席で手すりを持っていたら、それだけで笑えてきます。
決して悪い意味ではありません。何となく間抜けな感じがして笑えるのです。
以前、顔やファッションだけでは老化は隠せないというコラムを書きましたが、まさにコレも同様に、手すりを持つことで年齢がバレてしまうという事を言いたかったのです。
昔、オカンを助手席に乗せると、必ずといっていいほどに助手席上部の手すりをシッカリと握っていました。
聞くと「あんたの運転が怖いからや」と不機嫌そうに言いましたが、他の人の運転の時でもいつも握っていたのです。
その後20年間、独自の調査を行い、35歳以上の女性は助手席の手すりにつかまることが判明したのです。
また、すれ違う車の目視による調査でも、ほぼ前述に当てはまる女性が手すりを持っていました。
老化によりホルモンのバランスが崩れ、安定感が悪くなり、車の揺れに対応できないので手すりを持つのでしょう。あくまでも仮説ですが。
どんなに綺麗でオシャレでクールな女性でも、助手席で手すりを持っていたら、それだけで笑えてきます。
決して悪い意味ではありません。何となく間抜けな感じがして笑えるのです。
以前、顔やファッションだけでは老化は隠せないというコラムを書きましたが、まさにコレも同様に、手すりを持つことで年齢がバレてしまうという事を言いたかったのです。
2012年4月5日木曜日
イラチさん
いつもイライラしてせっかちな人をイラチさんと呼んでいます。
イライラはいけません、イライラする事で人に八つ当たりしてしまったり、揉め事の原因になる事が多いからです。
イラチさんがいるだけで、周囲の人まで気分が悪くなったりします。
先日、帰る方向が同じある友人と一緒に帰る事になりました。
一緒にといっても車はそれぞれ別、2台あります。
私は、いつもなら自分のいつものお気に入りルートを走行するのですが、その日は何となく友人のルートで(後方を走行して)帰ってみることにしたのです。
基本的にただ帰るだけで、別に急いでるわけではありません。
しかも時間は深夜1時、渋滞も勿論ありません。
なのにその友人は、クネクネと裏道ばかりを走行するのです。
どうやら赤信号につかまるのが物凄く嫌なようで、信号のたびに手前の路地に入るという運転を何度と無く繰り返すのです。
いつもの私のお気に入りルートなら、確かに信号は8回通過しますが、曲がるのは3回、一旦停止は0回、この時間だと5~6分で到着します。
しかし赤信号を避けてクネクネと走行する今回のルートでは、信号は4回と少ないものの、トータル9回も曲がり、一旦停止も7回と大変忙しい走行となったのです。
走行時間もひょっとしたら長かったのではないかとさえ感じたのです。
そんなに赤信号につかまるのが嫌なのでしょうか。
気になったのでメールしてみました。
「ややこしい帰り方やなキミ」
「あはは(´▽`)ノ」
「曲がりすぎや」
「たぶんそー思ってるやろとおもた」
「まっすぐかえりーな」
「寄り道はしてへんもん」
「そらそやけれども」
「やろ?(^-^)/」
「信号ぐらい多少ひっかかってもええがな」
「あは、わかってるやん」
「イラチかいな」
赤信号にひっかかる数が少ないだけで、走行距離や、停車発進数の多さから燃料の消費・タイヤの磨耗、そして走行時間まで、全てにおいて無駄なルートでした。
しかも路地裏を走行する事で、交通事故の可能性も高くなります。
やはりイラチはいけません。
基本的にイライラ予防にはホルモンバランスを整えるビタミンBやカルシウム、またカルシウムの吸収を助けるビタミンDの摂取をオススメしています。
イライラはいけません、イライラする事で人に八つ当たりしてしまったり、揉め事の原因になる事が多いからです。
イラチさんがいるだけで、周囲の人まで気分が悪くなったりします。
先日、帰る方向が同じある友人と一緒に帰る事になりました。
一緒にといっても車はそれぞれ別、2台あります。
私は、いつもなら自分のいつものお気に入りルートを走行するのですが、その日は何となく友人のルートで(後方を走行して)帰ってみることにしたのです。
基本的にただ帰るだけで、別に急いでるわけではありません。
しかも時間は深夜1時、渋滞も勿論ありません。
なのにその友人は、クネクネと裏道ばかりを走行するのです。
どうやら赤信号につかまるのが物凄く嫌なようで、信号のたびに手前の路地に入るという運転を何度と無く繰り返すのです。
いつもの私のお気に入りルートなら、確かに信号は8回通過しますが、曲がるのは3回、一旦停止は0回、この時間だと5~6分で到着します。
しかし赤信号を避けてクネクネと走行する今回のルートでは、信号は4回と少ないものの、トータル9回も曲がり、一旦停止も7回と大変忙しい走行となったのです。
走行時間もひょっとしたら長かったのではないかとさえ感じたのです。
そんなに赤信号につかまるのが嫌なのでしょうか。
気になったのでメールしてみました。
「ややこしい帰り方やなキミ」
「あはは(´▽`)ノ」
「曲がりすぎや」
「たぶんそー思ってるやろとおもた」
「まっすぐかえりーな」
「寄り道はしてへんもん」
「そらそやけれども」
「やろ?(^-^)/」
「信号ぐらい多少ひっかかってもええがな」
「あは、わかってるやん」
「イラチかいな」
赤信号にひっかかる数が少ないだけで、走行距離や、停車発進数の多さから燃料の消費・タイヤの磨耗、そして走行時間まで、全てにおいて無駄なルートでした。
しかも路地裏を走行する事で、交通事故の可能性も高くなります。
やはりイラチはいけません。
基本的にイライラ予防にはホルモンバランスを整えるビタミンBやカルシウム、またカルシウムの吸収を助けるビタミンDの摂取をオススメしています。
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