ええかげんな人=いいかげんな人。適当な人。曖昧な人。
世間では、この「ええかげんな人」は信用されなかったり、相手にしてもらえなかったりと、あまり良い印象はもたれていません。
しかし何事に対してもええかげんな人って、果たして存在するのでしょうか。
何でもキッチリしておかないと気がすまないという人でも、どこかええかげんな部分があるのではないでしょうか。
逆に、どこかええかげんな部分がないと疲れてしまいますし、人間らしさがないような気がします。
人はそれぞれ「ええかげんな部分」や「キッチリしている部分」「可愛い部分」「厳しい部分」など、沢山の表情を持ち合わせている生き物です。
その部分の比率によって、その人の全体的な印象が決まるのではないでしょうか。
例えば、キッチリ度90%、ええかげん度10%を持ち合わせている人が居たとして、たまたま10%しかないええかげんさが露出したシーンを目撃した人は、その人をええかげんな人と捉えるでしょう。しかし実際は、キッチリ度が90%もあるので、多くの人はキッチリした人と受け取っているはずです。
深い付き合いのない人間関係に於いて、人によって受ける印象が大きく異なるというのは、こういった事が原因と考えられます。
どんな人でも深い付き合いをしてみないと、実際はどんな人物なのか判断できないという事です。
では、深い付き合いとは一体どんな付き合いなのでしょうか。
「毎月1回、飲みの席で会う人。もう5年以上の付き合いになる。」
これは深い付き合いとは言えません。
いくら5年以上の付き合いがあったとしても、同じシチュエーションで何回も会うだけでは、他の側面は見えてきません。
よく、いくら仲の良い友人だったとしても、一緒に働いたり同居すると嫌な部分が見えてくると言いますが、まさにこれです。
5年以上酒の席で意気投合した仲間だったとしても、一緒に仕事をしたり、一緒に何かプロジェクトを実行したりしてみないと、本当の姿は見えてこないわけです。
仲の良い恋人同士が、結婚という2人でのプロジェクトを実行する際に、今まで見えてなかった側面が露出して、破局してしまうなんてよくある事です。これも同様のことが言えます。
逆に、普段一緒に仕事をしていたり、一緒に何かに取り組んで、お互いに様々な側面を理解した上での人間関係というものは、かなり強固なものとなります。
このように、友人でも、恋人同士でも、上司と部下でも、様々なシチュエーションを経験した上で、相手がどんな人物なのかを判断すべきだという事です。
側面だけ見て「あの人はええかげんな人」と決め付けてしまうのは危険な事なのです。