2012年3月7日水曜日

かさぶたを剥がす女

かさぶた(瘡蓋)は動物の生体保護現象の1つ。
主に傷口の出血を止める目的の過程で発現する。
医学領域では痂皮といわれる。

先日、左足を負傷した事をつぶたいた時の事。

R 「かさぶたになったら教えてね~」
私 「えー、どないするん、」
R 「もちろん!!剥がすの━━★(〃ω〃)エヘ♪」
M 「ワタシも寄せてくださーい!」
私 「((((;゚Д゚)))))))ちょっ、」
R 「一緒に剥がしましょ━━♪(^-^)人(^-^)ね━━♪」
私 「((((;゚Д゚)))))))イヤーーー」

人のかさぶたを剥がしたいなんて一体どういう心境なのでしょうか。

R 「剥がした時に皮膚が再生されててピンク色のうっすいツルツルの皮膚にゾクゾクする~♪再生されて無くて血が滴るのも棄てがたいけど(笑)」
M 「すばらしく同意が出来るのは何故でしょう・・・笑」
私 「(((((((( ;゚Д゚)))))))ガクガクブルブルガタガタブルガタガクガク」
R 「自分のではなく人のカサブタに萌ますよね━━♪」
M 「人のってのが魅力的☆」
私 「((((;゚Д゚)))))))狂っとる、」

私は、自分のかさぶたでさえ絶対に剥がしません。
完全に皮膚が再生されてポロッと勝手に落ちるまで、絶対に剥がさないのです。
完治しかけているのに、剥がした事で再度出血したらもう一度ふり出しに戻ってしまいます。
まして人のかさぶたに触れる事なんてできません。
痛かったら可哀想です。

こんな女子2名とのやり取りを、とある文系女子に相談してみました。

私 「こんなんゆーねや、かなんやろ」
K 「えー、アタシも剥がしたい」
私 「はぁ?はぁ?はぁ?」
K 「剥がそ剥がそ、みんなで剥がそ」
私 「((((;゚Д゚)))))))イヤーーー」

一体全体世の女子はどうなってしまったのでしょうか。
みんなドSなのでしょうか。

私 「ドエスか実際問題!」
K 「えー、楽しいヤン」
私 「剥がすという行為ちゃうがな、剥がされる人の感情を考えてみーな」
K 「気持ちいいんちゃん」
私 「いやあぁぁぁゆーて嫌がってる姿を見て萌えるんか」
K 「それがええんヤン」
私 「畜生やな実際問題」

恐ろしい世の中になったものです。
クワバラクワバラ
ナンマイダーナンマイダー

2012年2月22日水曜日

恋愛相談 50代男性編 【実践編】

すっかりファッションリーダーと化した50代男性の恋愛相談ですが、外見ばかり磨いても結局は何の進歩もありませんでした。
いや外見を変化させる事で、自分に自信がつき、少しは良い方向へ進むのではないかという私の考えが甘かったのかもわかりません。
もっと本質の部分を強化しなければならない、そんな思いから、今回は実践トレーニングを交えての体験型恋愛相談というスタイルをとってみました。

私 「最近どないですの」
彼 「なーんもええことないわ、だーれも声かけてくれへんし」
私 「まだ逆ナン待ちしてますん」
彼 「せやけど僕が声かけたかて「なんやこのオッサン」ゆわれるだけやで」
私 「どんな事言おうおもてますん、まずは挨拶だけでもええやんか」
彼 「挨拶しても次が続かんがな次が」
私 「とりあえずは相手を褒めたらええんやんか、髪型でも服でも」
彼 「僕人を褒めたりようせんわ」
私 「なんやて?見たまま言うだけやん」
彼 「人を褒めるようなキャラちゃうもん」
私 「なんのキャラですの、そーゆーたら俺の事も褒めたことないよな実際問題」
彼 「僕それだけは苦手やねん」

50年以上生きてきて、まともに人を褒めた事がないというから驚きです。
そもそも彼は企業のオーナーですから、沢山の社員をかかえています。
社員をさえ褒めた事がないなんて、社長として失格ではないでしょうか。
とりあえず人を褒める練習が必要であると判断し、2人の行きつけのカフェーにて、20代女子スタッフに練習台になってもらう事にしました。
5人いる女子スタッフを順番に我々のテーブル席に呼びつけ、私の見守る中、彼女たちを褒めてもらうという方法です。
彼女たちには、理由は告げていません。

1人目の24歳の女子がやってきました。
彼女はモデルのようにスラッと背が高く、誰もが振り返るほどの美人です。
ここでは名前をEちゃんとしましょう。

E 「どーしたんですか?」
私 (彼のほうを注目)
彼 「、、、、(彼女と俺をチラチラ)」
E 「????」
私 「はよ言いーな」
彼 「せやかて何をゆーたらええんよ」
私 「何ていっぱいあるがな」
彼 「、、、、(彼女と俺をチラチラ)」
私 「何をしとんねや」
E 「なんですかぁ?」
私 「ええわええわ、ごめ。ごめ。ありがとうな」

彼女は不思議そうに帰っていきました。

私 「何をやってるんすか」
彼 「せやかてそなもん急に褒められるわけないやんか」
私 「ほならいつやったら褒めれんねん」

2人目の21歳の女子がやってきました。
彼女はボーイッシュな感じのショートヘアの似合う美人です。
ここでは名前をYちゃんとしましょう。

Y 「こんにちわお久しぶりです」
私 (彼のほうをガン見)
彼 「、、、、(彼女と俺をチラチラ)」
E 「何かありました?」
彼 「、、、、(彼女と俺をチラチラ)」
私 「はよ言いーな」
彼 「せやかて何をゆーたらええんよ」
私 「何ていっぱいあるがな」
彼 「、、、、(彼女と俺をチラチラ)」
私 「何をしとんねや」
E 「なんですか?」
私 「ええわええわ、ごめ。ごめ。ありがとうな」

結局その後の3人にも、彼は全く同じ対応をし、このトレーニングは終了しました。
彼女たちには後で事情を説明し謝罪いたしました。
事情を理解した彼女たちはその後、いかに褒めてもらう事が嬉しいか、またどんな些細な事でも気付いて、さりげなく褒めてくれる人の事は、やはり印象に残るものであるという話を直接してくれました。
しかし彼は「なかなか簡単にはできないと」言うばかりでした。
最後レジでも同様の課題を与え、後方から見守っていましたが、結果は同じ。
結局この日彼は、誰一人褒める事ができなかったのです。

それから一週間後、彼と会った時の事です。

彼 「そのネクタイええやんか」
私 「おっ!!褒めとるし」
彼 「えへへへ」
私 「ええがなええがな、それでええがな」
彼 「せやけどちょっと色がアカンわ」
私 「ほっといてくれ!」
彼 「そのスーツにその色のネクタイは合わへん」
私 「ただのファッションにうるさいオッサンやん」

しかし、あれから彼は「常に人を褒める」という意識を持って過ごしているようです。
まだまだ恥ずかしそうではありますが、女子に対しても褒め言葉が言えるようになったと言います。
一歩ずつですが、確実に彼は進化しつつあります。
今後も彼の変化に目が離せません。

■前回までの恋愛相談
恋愛相談 50代男性編 【続編】
恋愛相談 50代男性編
恋愛相談 20代女子編


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2012年2月19日日曜日

お客様はカミサマ

お客様は神様です。
その思いが日本の商売の基本になっていて、世界的に見ても日本のお店の接客は素晴らしいと言われる所以となっているのだと思います。
客はお金を払うのだからお店にとっては神様、お金を払う客がいないとお店はやっていけません。
しかしお店はお金を受け取るかわりに商品やサービスを提供します。
客はその商品やサービスを欲しいからお金を払います。
ということはこの関係は50/50(フィフティフィフティ)ではないでしょうか?
お店側が客を神様と思う事は大切です。感謝の気持ちを忘れてはいけません。
しかし客の自分が神様だと思ってはいけないのです。
客も商品やサービスを提供してくれるお店に感謝しないといけないのです。
お互いが感謝しなければならない関係なのです。
(この場合、商品やサービスに他にはない魅力があるという根拠が必要ですが)
(根拠に関してはまた次回触れます)

意味も無くお店や業者などにえらそうに言う人がいます。
自分がお金を払う立場の場合は、自身を神様だと思っている人です。
コンビにでもガソリンスタンドでも飲食店でも、店員には完全に上から目線で言葉を発します。
相手がペコペコしてきたら余計に調子に乗ってえらそーな口をきくのです。
そんな人に限って自分よりも目上の人(上司など)にはペコペコなのです。
俗に言うクソです。クソのような人間です。チンカスとも言います。
私の周囲で何人か、そういう部類の客(以後クソと呼ぶ)を「二度と来るな」と追い返す気持ちのいい飲食店の店主がいます。
クソは追い返されて当然だと思います。
しかし最近は、そんなクソがネットを使って自分を正当化し、飲食店を誹謗中傷するという事案が増えてきました。
多くの人の目に触れるネットで誹謗中傷した場合、お店は多くの損害を蒙ります。
お店側は完全に被害者となります。
そうなった場合、被害をこれ以上受けないために、クソに対しても我慢してペコペコしなければならなくなるわけです。
飲食店以外の商売の場合は、ここまでの被害はないでしょうが、いずれにしてもクソが絶滅しない限り、なかなか50/50(フィフティフィフティ)の関係と言える時代は来ないように思うのです。

2012年2月16日木曜日

分割食べ

誰もが1度は経験してるという分割食べ。
ただ単に食べるだけの食事ではなく、食べるという動作にも楽しみを見出すことのできる画期的な食し方として分割食べは存在します。

なんといっても基本の分割食べはアポロです。

口の中にほりこんで、イチゴチョコとチョコをキレイに歯で割っていただきます。
なぜ分割するのか、それはわかりません。
幼少期、誰から教えられたわけでもなく、誰もが本能的にアポロはこう食していたはずです。
これはきっと私たち人間の本能なのかも知れません。
ただ、ほとんどの人が分割後そのまま食べてしまいますので、こういう風に一旦外へ取り出すことがありません。
取り出すことで、どれくらいキレイに分割されたかがわかりますので、みなさんも一度取り出して切り口などを目視してみてください。

※アポロも種類によって分割できないものもあります。ご注意下さい。




ミルクレープ分割食べ。

比較的誰もが経験しているといえばこのミルクレープの分割食べ。
1枚1枚丁寧にはぎとり食します。
ある意味、はがしたい真理を抑え、一気に縦に切断し食べるのがミルクレープの醍醐味なのですが、やはり人の本能であるこの分割食べは、チロルに続く分割食べの横道なのではないでしょうか。












ポッキーの分割食べ。(正式には分割舐め)

ポッキーはチョコレートの部分だけをキレイに舐めてプリッツ化します。
全てプリッツ化したものを丁寧に箱に戻し、それに気付かぬ誰かがプリッツだと思い食べたら上級者といえます。
丁寧に時間をかけて舐めないと、傷がついたり折れたりと、非常に繊細な作業となります。
また、時間をかけすぎたり強く舐めすぎると、本体が溶けてキレイなプリッツが完成しません。
作業中は、口の周辺に非常に多くのチョコが付着する事が想定されます。
なるべく誰も見ていない場所で分割舐めする方が、良いと思います。







チロルチョコレート分割食べ。(正式には分割舐め)

チロルの分割食べも定番中の定番ですね。
噛みたいという心理を極限まで抑え、最後まで舐めきる忍耐力が必要です。
チロルの場合、写真ようなゼリー状の物の他に、クッキータイプも存在します。
クッキータイプは上記のポッキーと同様に、舐めすぎると溶けるという性質がありますので、より繊細で丁寧な作業となります。
クッキータイプの方が上級者といえるでしょう。











カプリコ分割食べ。

カプリコは周囲の部分をキレイに食べきる事で分割食べが完了します。
写真の通り、最後失敗し折れてしまいました。
舐めるのではなく前歯で少しずつ削り取るという方法ですので、これはこれで非常に高度なレベルを要求される分割食べといえます。
カプリコに関しては、再度リベンジしたいと思います。












小枝分割食べ。(正式には分割舐め)

小枝の抹茶タイプを分割食べしました。
正直満足のいく分割食べとはなりませんでしたが、何事もチャレンジ精神が必要です。
小枝のように初めから難航することが予測されるものほど、後の達成感を夢見て燃え上がるのではないでしょうか。














LOOK分割食べ。(正式には分割舐め)

これはかなりの上級者向けの分割食べです。
LOOKの中身はクリーム状です。
かなり慎重に作業をすすめないとすぐに溶けてしまいます。
しかし完成したときには最高の達成感が味わえます。
そして自身が分割食べの上級者であることの満足感が得られるのです。
この写真を見ていただいてもお解かりのように、決して完璧な分割とはいえない形状となってしまっています。
私自身、このLOOKでまだまだ未熟者である事を自覚いたしました。







キットカット分割食べ。

これまでの前歯で削る作業と舌で舐めきる作業の両方のテクニックを使用して完成するキットカットの分割食べ。
単純に舐めているだけでは中のウエハースがすぐに溶けてしまいます。
さらに手で持った部分のチョコがすぐ溶け始めますので、非常に慎重に作業をすすめないと完成しません。
写真のように、これも私自身が非常に多く事を学べる分割食べとなりました。










シュークリーム分割食べ。

シュークリームが好きすぎて、しかもカスタードクリームが好きすぎて、幼少期はいつもシューだけを先に食べ切り、最後にクリームを一気に食べるという方法をとっていました。
当時はまさかこれが分割食べだとは思ってもいませんでしたが、今考えれば立派な分割食べです。
やはり人は本能的に分割食べを行っているのでしょうね。
しかし底の部分のシューに関しては、手で持って食べるという性質上、どうしても残さないといけません。
それだけがどうしても満足できない部分でもあるのです。







バウムクーヘン分割食べ。

簡単なようで非常に難しいのがバウムクーヘンです。
これまでに何度と無く様々なバウムにチャレンジしてまいりましたが、どれひとつ成功せず、半ば諦めかけていた時に、原宿のバウムマニア仲間から教えていただいたこのカーべカイザーのバウムでなんとか5割は達成したという写真です。
少しずつ少しずつ、前歯で外側から食べて行きます。
ここまでに何分の時間を要したでしょうか。
人並みはずれた精神力や忍耐力が必要となります。








天津飯分割食べ。(正式には半分食べ)

これは番外編ともいえるのですが、天津飯やオムライス、チャーハン、カレーなどは何故かキレーに半分を食べてから全てを完食してしまうのです。
これはカップタイプのアイスクリームでも同じ。
私自身、一体なぜそうしてしまうのか、正直わかりません。
これもきっと人間の本能なのでしょう。
半分食べというカテゴリーで考えていましたが、これも分割食べの一種ではないかという声を元に、分割食べの番外編として位置づけています。










このように様々な分割食べを紹介してまいりましたが、あくまでもこれは私個人の特別な心理ではなく、ほとんどの人の心の奥底に眠る深層心理であるという事です。
実際に2006年に作成したmixi内の分割食べのコミュニティでは、非常に多くの方々から賛同をいただいています。
これからも様々な分割食べにチャレンジしてまいりたいと思います。
では失礼します。

※一部お見苦しい写真、また写真データが古い等の見ずらい画像お許し下さい。

2012年2月6日月曜日

初夢

普段から眠りが深いせいか、夢を見る事なんてもう何年も無かったのですが
(いや現実には見ているのかもしれませんが覚えていません)
今年明けて2度も見てしまいました。
しかも1月1日と2日連夜で。いわゆる今年の初夢です。
1日は今年入ってから連絡が取れなくなった女性の夢。
2日は今年入ってから連絡が取れなくなった男性の夢。
その後ピターッと夢は見ておりません。
ちゅーか見た時点では音信不通になったと自覚しておりませんでしたので、今思えば何かのお告げだったのでしょうか。
毎日胸が痛いです。

2012年1月19日木曜日

恋愛相談 50代男性編 【続編】

以前、恋愛相談を受けた50歳代男性から、その後も何度となく同じ相談を受けてまいりましたが、あれから8ヶ月が経過しました。
あれから彼は、すっかりファッションリーダーとなってしまったのです。
彼は毎月毎月メンズファッション雑誌を4冊購入しています。
そして隅から隅まで読破し続けています。
今では私の方がファッションについて教えてもらっている状態です。
そして毎日1時間のトレーニングを怠らず、15kgのダイエットに成功。
アランミクリの眼鏡をTPOに合わせてかけ(4個を使い分けています)
全身ポールスミスでコーディネイト。
裏地が花柄のスーツに身を包み、これまで地味めなタイしか自分には合わないと主張していた8ヶ月前が嘘のように、派手なネクタイをつけています。
ランコムのクリームを毎日塗りたくって美白も怠りません。
エステにだって通っています。
外へ出るときは日焼け止めクリームを怠りません。

私 「しゃーけどすっかりファッションリーダーですやんか」
彼 「そんなことあるかいな」
私 「去年のセンセとは別人ですやん」
彼 「明日はバーニーズ・ニューヨークに買いもん行くねん」
私 「ファッションリーダーやなあ、しゃーけど実際かっこええですわセンセ」
彼 「自分ぐらいやでそんなんゆーてくれるのん」
私 「んなことないでしょ」
彼 「ほんまやがな、痩せてもなんもええことないわ」
私 「みんな痩せたなゆーて言うでしょ」
彼 「だーれもゆーてくれるかいな、オバハンぐらいやがな」
私 「オバハンでも言われたら嬉しいやんか」
彼 「イランわ、なんも嬉しないわ」
私 「誰にゆーてほしいん」
彼 「そら20代の女子やがな」
私 「まだそれゆーてますのん」
彼 「そなことゆーたかて言われたいんやもん、しゃないがな」
私 「ゆわんでもみんな思ってるて」
彼 「あーあ、痩せても服変えてもだーれも声かけてくれんわ」

すっかり外見は別人になりましたが、どうやら中身は何も変わってないようです。
しかも20代の女子からの逆ナン待ちというから凄い人です。

私 「そなもん自分から声かけんと20代女子が来るわけないですやん」
彼 「それができたら苦労せーへんちゅーねん」

いくら痩せてオシャレになっても、自分自身に自信がない為に、自分の好みである20代女性からのアプローチを待ち続けていると言います。
そもそも若いイケメンでもそう女性から声をかけられるものでもありません。

彼 「あーあ、お祓いでもいこかな」
私 「なんですのお祓いて、そなもん神社の金儲けでしょ」
彼 「こないだボクの知り合いが2人もお祓いしてもーて幸せになっとんねや」
私 「なんやて?」
彼 「あれごっつ効くらしで」
私 「ほんまですの、センセ行って良かったら俺かていくわお祓い」

結局どっちが相談しているのかわからなくなってきたので、この辺で恋愛層相談は終了しました。
今後の彼の変化に注目です。


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2012年1月18日水曜日

味覚

人によって味覚は大きく異なります。
同じものを食べても美味しいと感じる人もいれば、不味いと感じる人もいます。
天下一品のこってりラーメンに対する反応は、その分かりやすい例です。
あれほど好き嫌いのハッキリわかれるモノは無いと思うのです。
それはまるで喫煙者と非喫煙者とのバトルにも似ています。
意見がわかれる事は理解しているものの、やはり不味いと言われるとガッカリしますので、初テンイチの人と一緒に、こってりを食べる時は緊張します。
そして「美味しい」と言われると歓喜し、同じ感性(味覚)であった事に感謝するのです。

先日、とある友人とたまたま通りかかって入った中華料理店。
780円のランチメニューをいただきました。
しかしあまり私達の口には合わず、完食せずに店を出たのです。
完食せずに店を出るという事は滅多にないのですが、この時はさすがに全部食べる事ができなかったのです。
店を出た後、友人が言いました。
「ひどかったな、もう二度とイカン」
「まぁまぁええがな、そんな時もある。せやけど中国人の店主は一生懸命やったがな」
「あの味はアカンやろ、つぶれたらええのに」
「かめへんがな、オッチャン頑張っとったがな」
別に接客が悪かったわけでもなく、料理が遅かったわけでもなく、ぼったくられたわけでもなく、店が汚かったわけでもありません。
ただ単に味が口に合わなかっただけなのです。
むしろ店主の接客は、カタコトの日本語で一生懸命頑張ってる姿に好感さえ持てました。
単純に口に合わなかっただけで店がつぶれたらいいと願う心理が私には理解できません。
いやお店側からこちらに対して悪意でもない限り、つぶれて欲しいなんて思わないのが普通ではないでしょうか。
嫌ならもう行かなければいいだけの話なのです。
逆に、もしも機会があれば(迷惑でなければ)私なりに色々とアドバイスしてあげたいとさえ思います。
 飲食店の繁盛するしないの理由は、味だけではありません。
居心地の良さであったり、立地、価格、接客サービスなど様々な要因によって決まります。
お店は、繁盛とまでいかなくても、維持継続するだけでも家賃や仕入れ、人件費、光熱費など、莫大な費用がかかります。
このお店は少なくともこの場所で数年は営業しています。
という事は、よほど蓄えがある場合を除いて、維持継続できるだけのお客様が入っているという事になります。
であれば、味だけではない(味も好みなので一概には言えませんが)他の何か理由があると考えられるのです。
なのに一個人が口に合わなかっただけで、簡単にそんな事を言うべきではないという事です。

2011年12月30日金曜日

低脳な人物

思いつきだけで行動する人を「低脳な人物」と呼んでいます。
確かにパッと思いついた事をすぐに行動に移せるという事は良いことだと思います。
いつまでも悩んでばかりでなかなか行動に移さない人を見ると、非常にもったいないと感じます。
ピッと思いついた事をすぐにパッと行動にうつせる、これを「ピッパの法則」と呼びます。
世の成功者と呼ばれる人達の殆どが、こういうスタンスで生きています。
しかし冒頭で述べた「低脳な人物」とこの「ピッパの法則」とは全く異なります。
低脳な人物は、パッと思いついた事の真意のわからぬままに、人にそれを求めます。
その事で人に迷惑がかかったり、不平不満が出たり、困る人がいないかという事までイメージせずに思いつきだけで人に求めます。
低脳な人物は、自己都合だけでそれを実行しようとします。
そしてそれに対して反論しても決して納得しないのです。強行突破です。
自分のパッと思いついた自分にとって都合の良い自分勝手な事柄が、何人何百人に迷惑がかかろうとも、その通りにならないと腹を立てるのです。
だから低脳なのです。
「ピッパの法則」は自己のアクションです。
「低脳な人物」は自分ではなく周囲の人にアクションを求めます。
だから低脳なのです。
きっと脳の一部が欠けているか腐っているのでしょう。
更年期でしょうか、中年女性に多いようです。

2011年12月28日水曜日

一歩前へ

男子トイレに必ず貼ってある注意書き
「一歩前へ」
様々な表現方法はありますが、これは便器手前にこぼれる尿を防ぐために、もう一歩前へ進んで排尿しましょうという意味の注意書きです。
















では何故便器内に全部排出せず、手前にこぼしてしまう人がいるのでしょうか。
理由はいくつか考えられます。

1、明らかにコントロールミス。入ると思っていたけれど完全なミスによる垂れこぼし。
 まさにもう一歩前へ進んでいれば防げた初歩的なミスといえます。
2、真性包茎による尿コントロール不能状態の人。
 いくら手で向きを定めても、尿道口に覆いかぶさる皮が邪魔をしてコントロール不能
 となります。
 垂れこぼしだけでなく、自身の足にも被害が及ぶ場合も考えられます。
 防止方法は包茎手術、または自身の手による一時的な仮性包茎状態にする事です。
3、ビキニやボクサーなどの締め付けの大きい下着による圧迫で尿道口の
 一時的な変形によるコントロールミス。
 出口が一時的に変形している事によるコントロール不能状態ですので、排尿の初期の
 段階のみコントロールを失います。
 予防策として排尿前にマッサージするなどが考えられますが、あくまでも机上論です。
4、老化によるキレの悪さから生じる垂れ流し。
 キレが悪くなると、排尿の終了時にこぼしてしまう事があります。
 これももう一歩前へ前進する事で防止できます。
5、上記1~4の理由で、既に誰かがこぼしている為に、一歩前へ進めない状態での排尿。
 ほとんどの人はこの理由により、垂れこぼしの上書きを行っているはずです。
 これを防止するには、便器の手前、両足の部分をグレーチングにするなどして、
 前の人のこぼした尿を踏まない(踏みにくい)ようにするしかありません。
 ただグレーチングにしても踏みつける部分を軽減する程度の予防策
 としかなりませんので、完璧を求めるのであれば、便器の水洗と同時に、足元にも
 水が流れるようにするしかないと思います。

このように、5つの理由をあげましたが、基本的にもう一歩前へ進んでいれば防げるものばかりです。
最近は、便器内に的を設置し、男性の心理にうったえる予防策も多く見られます。
















的に尿を当てると色が変化するなど、工夫が見られます。
















古典的ですが、便器内に氷が配置されている場合もあります。
これは1回の排尿で、何個の氷を溶かす事ができるのかと、チャレンジ心を煽ります。
氷以外でも、ゴミや汚れが付着している場合、排尿によりその汚れを取りたいという心理が働きます。
そうすると必然的に一歩前へ進んでいますので、結果的に垂れこぼしの防止にもなっている事があります。

最近の男性は、自宅では洋式便器に座って排尿する人が増えています。
これは上記のような理由による垂れこぼし防止策といえるでしょう。
公衆トイレは自分の手を汚す事はありませんから、垂れこぼししても気にしませんが、自宅の場合ですと掃除するのは自分です。
それが嫌なので絶対に失敗のない座式排尿を行うのです。

2011年11月22日火曜日

立ちション禁止

朝いつものコースを走っていると、前方で立小便、すなわち立ちションをしているオッサンが見えました。

最近は、高速道路脇に車を止めて、その車の陰でこっそりする人をたまに見かける程度で、めっきり見る事も減った感のあるあの立ちションです。
コンビニのトイレが開放されてからというもの、路地裏でも見かける事はなくなりました。
子供の頃 「立ちションしたら罰金や」 とよく脅されたものです。
実際に、立ちションという行為は軽犯罪法違反となります。
場所によっては刑法142条の「浄水汚染」(付近に飲料水として使用されている井戸などがあった場合)、同第261条「器物損壊等」(他人の所有物などに放尿した場合)、同第174条「公然わいせつ」(人々が集合したり往来のある場所などで陰部を露出して放尿した場合)によって処断される可能性もあり、更に公衆衛生上も好ましくないため、男女性別を問わず認められる行為ではないとされています。
 私の周辺に、立ちションで逮捕された人は存在しませんし、それが犯罪という確固たる意識はありませんでした。
何となく 「してはいけないもの」 程度の認識で、犯罪というよりも 「他人に見られたら恥ずかしい行為」 という感覚の方が大きいような気がします。

冒頭のオッサンも、同様に違反という事よりも、私に見られる事が恥ずかしいと思ったのでしょう。
私が走ってくる事に気付いたのか、少し焦りが見えます。
チラチラとこちらに目をやりながら、でも朝からこんな場所でしなければならなかった程に溜まっていた尿は、そんな簡単には終わってくれないのでしょう、私が近づくにつれ、完全に焦っているのが伝わってきます。
私は、なぜ朝からあのオッサンに気をつかわなければいけないのかと思いながらも、少しスピードを緩めます。
「はよ終わってくれ」
これは私と見知らぬオッサン、2人の脳に同時に過ったセリフです。
このいつもの川沿いのコースは、何本かかかる橋の横に抜け道があるだけで、オッサンの位置はその抜け道からも少し離れています。仮にオッサンの排尿が終了したとしても、私の方向に5mほど来ないと抜け道へ出られません。
ということは、こちらとしても、排尿を終了し、5m手前の抜け道へオッサンが駆け抜けるまでの時間を予測し、そのペース配分で走らなければならないわけです。
それより早くその地点に到達してしまうと、オッサンとすれ違う、又はもっと早い場合には、オッサンの排尿している真横を見知らぬ顔をして通過しなければならなくなってしまいます。
これは避けたい、いや私自身は何ともないのですが、物凄く恥ずかしい思いをするオッサンが可哀想です。
朝からそんなオッサンを見たくありません。ちゅーかなんでそんなとこで立ちションしとんねん!
そんな事を考えながら、ゆっくりと時間調整し、何とか彼の希望通り(推測ですが)、オッサンが抜け道へ駆け上がって行く姿を見た後に問題の現場を通過いたしました。
5mほど行くと、彼の残した排尿跡が見えました。
私の走行するコースを完全に遮断する形で、流れています。
見たくはありませんが、ちゃんと見ないと踏んでしまいます。
私は大きくジャンプし、彼の残した形跡を飛び越えたのです。

2011年11月9日水曜日

年賀状

ここ最近、めっきり年賀ハガキを書く事がなくなりました。
もう何年書いていないでしょうか。
 奈良時代に始まったとされる新年の挨拶回りという行事が、その起源とされる日本の風習、年賀状。
平安時代に入り、貴族や公家にもその風習が広まり、挨拶ができない遠方の人への年始回りに代わるものとして文書による年始あいさつが行われるようになったのだといいます。
私自身は、小学生の頃の 「子供郵便※」 (※子供郵便参照) がその始まりです。
それから徐々に年齢を重ねるごとにその枚数は増加し、ピーク時は1000枚以上もの年賀状を出していた頃もありました。
そしてそのピークを境に、徐々に枚数を減らしていったのです。
毎年正月になると、郵便ポストに大量に届いた年賀状を、こたつに入って雑煮を食べながら読むのが習慣となっていました。そしてまたそれが嬉しかったのです。
年賀状の枚数が、自身の人気のバロメーターのように感じていたのかも知れません。
自分が出してない相手から届いた年賀状には、翌日に返送するというのが礼儀です。
こちらが、出すほどではないと判断した相手から年賀状が届くと、それはそれで申し訳ないと思う反面、相手は自分以上にこちらの事を思っていてくれたという感情がこみ上げて、なんとなく嬉しかったように記憶しています。
 1000枚も出していると、年賀状だけのお付き合いという人が結構な数存在します。
毎年毎年、年賀状には 「今年こそ一緒に食事でもしましょう」 と、お互いが書くのですが、それが現実化する事は、ほぼありませんでした。
過去に1度だけ、年賀状だけの付き合いを継続していて本当に良かったと思う出来事がありました。
当時、とある事業で全国展開をもくろんでいた時の事です。
博多に営業所を出す計画で、全くツテもコネも無い九州に、何度となく足を運んでいました。
そんな時、もう何年も年賀状だけの付き合いである友人が博多にいた事を思い出し、連絡を取ってそれが見事縁となり博多営業所を立ち上げたという事がありました。
その時は本当に年賀状って大切であると実感したのです。
しかし、1000枚出す年賀状のうち、何枚かは全くリターンの無い人も存在するという事に気付いた時、ハッと我に返ったのです。
その後、あえてこちらからは出さず、来たハガキにのみ返信するという方式を取ったのです。
すると翌年は800枚ぐらいに一気に減りました。
200人は、こちらが出すから来ていただけの人達だったのです。
その翌年は500枚ぐらいに減りました。
これは、私と同じように来た人にだけ返そうと思った人が300人ほどいたのだと思います。
そして200枚、100枚と減り、今では30枚ぐらいが届く程度になりました。
逆に、メールやSNSでの新年の挨拶というのは年々増えていっているように思います。
年賀状を書くという作業は、確かに大変といえば大変ですが、そんなに苦痛ではありませんし楽しいものです。
しかし、住所を知らない友人が徐々に増え、年賀状を出すにも送り先がわからないというのが大きな原因のように思います。
実際、親交の濃い人ほど住所を知らず、年賀状だけを毎年送り合う人達ほど親交がないというのが実情だったりします。
わざわざ住所をメールで送ってもらうぐらいなら、そのままメールで新年の挨拶をすれば良いわけです。
mixi年賀状という、住所の知らないマイミクに対して、mixiが仲介して年賀ハガキをだしてくれるというサービスも、何年か前からありますし、毎年何通か届きますが、メールで返す方が早いと思ってしまい、利用した事はありません。(毎年くださる方には申し訳ないのですが)
更に、昨今のように、正月らしさなんて全くない正月 (※正月らしさとは、家に親戚が集まって、コタツに入って雑煮やおせち料理を食べながら、かくし芸大会を見てゴロゴロと過ごす事) に、わざわざ新年の挨拶なんているのかとさえ思えてしまうのです。
昔は12月31日と1月1日とでは大きく変化があったように感じていましたが、今では昨日と今日と同じ、なんら普段とかわらないようにしか思えないのです。
ここ数年は、正月も普通に仕事をしていますので当然といえば当然なのでしょうが。
日本の文化が失われるという考えもあるかもわかりませんが、果たして本当に文化なのか、郵便局が儲かるように仕向けられた戦略や洗脳だっただけではないかと思っていまうのです。

2011年10月28日金曜日

趣向(嗜好)の変化

なぜ大多数の日本の老人は、灰色や暗めの茶色、ピンクにしてもどす黒い感じ、淡いというより汚れたような色の服を選んで着るのでしょうか。
最近は海外の影響か、少しは減ったのかもしれませんが、それでも圧倒的に多いと思います。
夕暮れや明け方などはハッキリ言って景色と同化して見えません。
コンクリートの道路とは完全に一体化してしまって、どこに居るのかさえ全くわかりません。
若い頃は派手な服を着ていた人も、歳をとるとああいう色の服を着たくなるのでしょうか。
それとも老人向けの服は、圧倒的にああいう色が多いのでしょうか。
いや、そもそも老人向けという服なんて無いような気がしますので、明らかにああいう色を選んでいるように思うのです。
確かに、70歳以上のご老人が20代のファッションをしていれば変です。
しかし色は別です。原色でもいいと思うのです。
あの人達は一体何歳からああいう灰色の服を好んで着るようになったのでしょうか。
50歳でしょうか、60歳でしょうか、70歳でしょうか。
それとも今の老人世代は、若い頃から作業服のような色の服を着ていたのでしょうか。
今度どっかの散歩してるお爺さんをつかまえて聞いてみたいと思います。

ファッション以外にも、子供の頃にいつも疑問に思っていた事の一つに、テレビ番組などの好みが年齢によって変化するのかどうかという事があります。
子供の頃、なぜ老人は時代劇を見るのか理解できませんでした。
うちの祖父や祖母はずっと時代劇を見ていたからです。何度か我慢して見てみましたが、まったく面白さが理解できず、でもきっと自分も歳をとると時代劇が見たくなるんだろうと思ってました。
相撲も同じです。
いつかは面白くなる年齢が来るんだろうと思っていたのです。
しかしこの歳になっても時代劇や相撲を見たいと思いません。
(新選組や壬生義士伝、龍馬伝などの作品は別として)

食べ物に関しても、やはり年齢とともに大きく嗜好が変化するように想像しておりましたが、実際問題ずっと昔からあまり好みに変化無く過ごしてきました。
ラーメン等も、歳とともにあっさり醤油を選ぶようになったという人もいますが、私は若い頃からあっさり醤油が好きでしたし。食べる量もさほど変化はありません。

結局年齢によって嗜好が変化するという事が、自分では理解できないのです。
年齢に関係なく、好きなものは好き、嫌なものは嫌なのです。

2011年10月19日水曜日

霊媒師

霊媒師、霊と人間とを直接に媒介することが可能な人。
兵庫県たつの市に物凄く当たる事で有名な霊媒師がいると言います。
私は、霊が見える人や、人に触れただけでその人の人となりが全て解るという人は何人か知ってますが、霊を呼び出して、しかも会話までできるという人とはこれまでに一度も会ったことがありません。
なので正直胡散臭い印象があったのです。

古くからの友人(女性)が最愛の人を亡くし、悲しみにくれる日々の中で、どーしても故人と会話したいという願望から、この有名な霊媒師に接触しようと、アチコチで情報を収集し、半年かけてやっと会う事ができたという話を聞きました。
有名な霊媒師がいるという噂は知っていても、実際に連絡先まで知っている人は少なく、しかも仮に連絡先がわかっても、予約後数ヶ月も待たされるというので、なかなか接触するにも時間がかかったようです。
予約を取り付けたある平日の夜、霊媒師を訪ねると、そこはごく普通の民家だったそうです。
霊媒師は、イメージしていた人とは大きくかけ離れた、30代ぐらいの男性でした。
彼女は、勝手に老婆だとイメージしていたので面食らったと言います。
彼女が中に入ると、ベッドのある部屋へ通されました。
目の前に何か液体が入ったコップを2つ置かれ、まずはこれを一気に飲み干すようにと言われたそうです。
躊躇していると、一気じゃなくても、少しずつでもいいので飲むようにと言われ、仕方なく少しだけ飲んだそうです。
若い男性だったという事と、ベットの部屋、そして霊媒に無関係っぽい液体、これらの事で、何か疑いをもったのでしょう。素直に飲むと何か危険な気がして、全部は飲まなかったといいます。
しかし彼女自身は悲しみに打ちひしがれています。
疑いながらも、言われるままにベッドに寝転んで、何か呪文のようなものを唱えられ、その後、故人との会話をかわしたそうです。いや、実際には会話を交わした感じではなく、霊媒師が代弁したという感じでしょうか。
しかも言っている内容が完全に的外れで、がっかりして帰ったというのです。

そんな話を聞いた数週間後、別の人から偶然同じたつの市の霊媒師の話を聞きました。
同様に物凄く当たるという話、なかなか予約が取れないという話、一緒に行った友人が霊媒師に「将来が見えない」と言われ、実際に事故で亡くなったという話。
恐ろしい話を沢山聞きました。
しかし聞いていくうちに、なんとなく以前聞いた話との相違がいくつかある事に気付いたのです。
「えっ?その霊媒師て30代ぐらいの男性やんな」
「えー、ちゃいますよ、オバチャンです」
「なんやてえ?」
なんと以前聞いた話とは別の霊媒師の話だったのです。
私は以前聞いた初めに何か飲まされる事や、ベッドのある部屋に通される事等を伝えました。
すると 「あー、それ詐欺ですわ、この前捕まってましたよ強姦罪で」
「えーーーー!なんやてええ?」
どうやら同市に本当に存在する霊媒師のフリをした詐欺まがいの霊媒師がいて、相談に来る女性に睡眠薬を飲ませて乱暴していたというのです。
しかも私の古い友人はそっちの霊媒師に相談に行っていたわけです。
睡眠薬を全部飲まなかったから良かったのか、それとも実際は眠ってしまって何も覚えていないだけなのか。
なんとも恐ろしい話です。
クワバラクワバラ、ナンマイダナンマイダ

2011年10月17日月曜日

もう1人の誰か

もう何年も前の事ですが、仕事の打合せのために、とある喫茶店へ同僚と入った時の事です。
街の小さな喫茶店、しかも15時過ぎだったせいもあって、客は我々2人だけでした。
席につくと店員の女性が水を持ってオーダーを聞きにきました。
しかし我々のテーブルに運ばれてきた水は3つだったのです。
「えっ?2人やで?」
「えっ?トイレ行かれてるんじゃないんですか?」
「誰が?」
「もう1人の方・・・」
「いや、だから2人やて」
「うそでしょ?絶対うそでしょ?」
どうやら我々と一緒にもう1人誰かが入ってきたらしいのです。
彼女はそれをハッキリと見たと言いうのです。
我々のやり取りを、奥の厨房で聞いていたマスターもやってきました。
マスターももう1人の人をハッキリ見たと言います。
スーツにネクタイ姿の40歳ぐらいの男性だったと、2人が口を揃えて言うのです。
なんだかとても恐ろしくなったと同時に、ちょっぴり嬉しかったというのが事実です。
過去に、人からこれに似たような体験談を聞いた事がありましたが、まさか自分自身にもこういう事が起きるなんて思っていませんでしたので、正直嬉しかったのです。

それから約1週間ほど経過したある日、また別のレストランに、また別の男性と入りました。
そしてそこでも全く同じ事が起きました。
先日と同じように、店員の男性が3つ水を持ってやってきたのです。
「ひょ、ひょっとしてネクタイ姿の40歳ぐらいの男性が一緒に入ってきました?」
「え?あ、はい、その方はトイレですか?」
背筋がゾーーーーーっとしました。
コラ完全に私についているようです。
さすがに怖くなって、知人の霊媒師にお祓いをしていただきました。
それ以来、こういう事は起きていませんが、ある意味ネタのためにもたまには起きてほしいというのが本音です。

2011年10月13日木曜日

世界地図

普段から見慣れた世界地図。












死んだオカンがチズ子という名前だったからでしょうか、昔から地図を見るのが好きでした。
先日、何気にボーっと世界地図を眺めながらふと思った事があります。
普段から見慣れた世界地図は上図のように日本が中心に描かれたものです。
がしかし、これはあくまでも日本人が日本人のために描いた世界地図であって、きっと他国ではそれぞれ自国を中心に描かれた世界地図が使われているのではないかという疑問です。
アメリカならアメリカが中心の世界地図、イギリスならイギリスが中心の世界地図なのではないでしょうか?
ではグリーンランドの世界地図は一体どういう風に描かれているのでしょう。
ニュージーランドを中心に描かれた世界地図を見てみたい。
そんな事を思ったので調べてみました。

・日本で日常的に用いられる世界地図は日本の国土が北半球に位置することから地図の上辺方向を北にしたものが多く、日本の位置は地図のほぼ中央に記されていることが多い。
・英国のグリニッジ天文台を経度0としていることからヨーロッパでは経度0を地図の中央に配置している。
・米大陸でも大西洋を中心とする地図が多く用いられる。












・南半球の国(オーストラリアなど)では地図の上辺を南(つまり上下が逆転した世界地図)にしているものがある。
・イスラーム世界の地図では、四方のうち南を正面と考えることに起因して南を上にしているものが多かった。















・仏教世界では西方浄土の考えから西が上になっているものが多い、また、日本の古地図行基図等では上辺方向は、まちまちである。

世界地図 - Wikipediaより抜粋

しかしさすがに西が上の世界地図は出てきませんでしたが(そもそも西が上て、地球は丸いのですから西へどんどん行けば東を通り越してしまいます)オーストラリアなど南半球の世界地図には驚きました。















日本なんてこんな状態です。
これでは酔ってしまいます。