2011年10月17日月曜日

もう1人の誰か

もう何年も前の事ですが、仕事の打合せのために、とある喫茶店へ同僚と入った時の事です。
街の小さな喫茶店、しかも15時過ぎだったせいもあって、客は我々2人だけでした。
席につくと店員の女性が水を持ってオーダーを聞きにきました。
しかし我々のテーブルに運ばれてきた水は3つだったのです。
「えっ?2人やで?」
「えっ?トイレ行かれてるんじゃないんですか?」
「誰が?」
「もう1人の方・・・」
「いや、だから2人やて」
「うそでしょ?絶対うそでしょ?」
どうやら我々と一緒にもう1人誰かが入ってきたらしいのです。
彼女はそれをハッキリと見たと言いうのです。
我々のやり取りを、奥の厨房で聞いていたマスターもやってきました。
マスターももう1人の人をハッキリ見たと言います。
スーツにネクタイ姿の40歳ぐらいの男性だったと、2人が口を揃えて言うのです。
なんだかとても恐ろしくなったと同時に、ちょっぴり嬉しかったというのが事実です。
過去に、人からこれに似たような体験談を聞いた事がありましたが、まさか自分自身にもこういう事が起きるなんて思っていませんでしたので、正直嬉しかったのです。

それから約1週間ほど経過したある日、また別のレストランに、また別の男性と入りました。
そしてそこでも全く同じ事が起きました。
先日と同じように、店員の男性が3つ水を持ってやってきたのです。
「ひょ、ひょっとしてネクタイ姿の40歳ぐらいの男性が一緒に入ってきました?」
「え?あ、はい、その方はトイレですか?」
背筋がゾーーーーーっとしました。
コラ完全に私についているようです。
さすがに怖くなって、知人の霊媒師にお祓いをしていただきました。
それ以来、こういう事は起きていませんが、ある意味ネタのためにもたまには起きてほしいというのが本音です。

2011年10月13日木曜日

世界地図

普段から見慣れた世界地図。












死んだオカンがチズ子という名前だったからでしょうか、昔から地図を見るのが好きでした。
先日、何気にボーっと世界地図を眺めながらふと思った事があります。
普段から見慣れた世界地図は上図のように日本が中心に描かれたものです。
がしかし、これはあくまでも日本人が日本人のために描いた世界地図であって、きっと他国ではそれぞれ自国を中心に描かれた世界地図が使われているのではないかという疑問です。
アメリカならアメリカが中心の世界地図、イギリスならイギリスが中心の世界地図なのではないでしょうか?
ではグリーンランドの世界地図は一体どういう風に描かれているのでしょう。
ニュージーランドを中心に描かれた世界地図を見てみたい。
そんな事を思ったので調べてみました。

・日本で日常的に用いられる世界地図は日本の国土が北半球に位置することから地図の上辺方向を北にしたものが多く、日本の位置は地図のほぼ中央に記されていることが多い。
・英国のグリニッジ天文台を経度0としていることからヨーロッパでは経度0を地図の中央に配置している。
・米大陸でも大西洋を中心とする地図が多く用いられる。












・南半球の国(オーストラリアなど)では地図の上辺を南(つまり上下が逆転した世界地図)にしているものがある。
・イスラーム世界の地図では、四方のうち南を正面と考えることに起因して南を上にしているものが多かった。















・仏教世界では西方浄土の考えから西が上になっているものが多い、また、日本の古地図行基図等では上辺方向は、まちまちである。

世界地図 - Wikipediaより抜粋

しかしさすがに西が上の世界地図は出てきませんでしたが(そもそも西が上て、地球は丸いのですから西へどんどん行けば東を通り越してしまいます)オーストラリアなど南半球の世界地図には驚きました。















日本なんてこんな状態です。
これでは酔ってしまいます。

2011年9月29日木曜日

ケツをかく

【ケツをかく】
別にケツが痒いわけではありません。
車で前の車を「あおる」事を「ケツをかく」と言います。
これは播磨地方特有の方言のようです。

急いでいる時に、前方に意味もなくトロトロトロトロ走っている車がいたら腹が立ちます。
特に高速道路で、追い越し車線をトロトロ走っている車には心底腹が立ちます。トロトロ走るなら何故左側車線を走らないのかと文句を言いたくなります。
一般道でも、意味もなく急にスピードを上げたり急にゆっくり走ったりする車の後ろを走っていると、無性に腹が立ちます。
何かを探しているのか、道路上で停止寸前のスピードまで落としてキョロキョロしている人にも無性に腹が立ちます。何故コンビニにでも入って車を停めてから探さないのでしょうか。全く後続車が気にならない人です。
そして曲がるのかと思って待っていたらまた走りはじめたり。
完全に衝突するタイミングで割り込んで来て、こちらに急ブレーキを踏ませておいて、しかもトロトロ走る人もそうです。
自分の事しか考えられない人が物凄く多いのです。
だからケツをかくのです。
ケツをかく行為には、「はよ行けやボケ」 という意味がこもっているのです。

しかしケツをかかれると腹が立ちます。
普通に走っていて、ケツをガンガンかいてくる(ガンガンあおってくる)車には無性に腹が立ちます。
「勝手に追い越せやボケ」 と思います。
私は、前述のような、意味もなく追い越し車線をトロトロ走ったりしませんし、急に割り込んでおいてトロトロ走る事もしません。
フツーに流れに乗って走っていても、ケツをかいてくる人が存在するのです。
前述のように、明らかに走行上問題のある運転の場合は、ケツをかかれても仕方がありませんが、フツーに走っている車に対してケンカを売るような行為はどうかと思います。
しかも急いでいるのなら道を譲りますが、どうもそういうわけではなく、イキッているだけのような人。
私はこれまで、ベンツや国産でもクラウンなどのクラスの車に乗っている時は、一度もケツをかかれた事がありません。逆に小型車に乗っていると1日に何回もケツをかかれます。
ということは、フツーに走っている車に意味もなくケツをかく人は、車を見て(相手を選んで)かいているとしか思えないのです。
だから腹が立つのです。

結局ケツをかく側も、かかれる側も、腹が立つのです。
ネットを見ていても 「あおる車はたとえ急いでいようが絶対に許せない」 という人がいましたが、果たしてその人の運転はどーだったのでしょうか。ドンドン話がエスカレートして、車内からあおる車に対してペンキの入った瓶を投げるべきだと恐ろしいアドバイスなども出ていましたが、自身の運転に対する反省点は無かったのでしょうか。
逆にあおる側も 「絶対に許せない」 とエアガンで前の車を撃って事件になっていたりもします。
これを見ていると、全面戦争になりかねない勢いですが、かく側もかかれる側になりえますし、かかれる側もかく側になりえるのです。
我々にできる事は、最低限のマナーを守って、そして制限速度ではなく流れに乗って、そして協調性、譲り合いの気持ちを持って運転する事だと思います。
どうしてもケツをかかれたくない人は、ベンツやセルシオを購入し、真っ黒のスモークを貼る事をオススメします。
まずかかれる事は無くなります。

2011年9月20日火曜日

外堀川(続編)

前回、外堀川のゴミ被害について少し触れましたが、その原因をつきとめることに成功しました。
















「ゴミ持ち帰り公園」
公園内にゴミ箱がありません。
ゴミは持ち帰りましょう。


これです。
これが原因です。
確かにゴミ箱がないので、素直に持ち帰る人も多いでしょう。
が、しかし、ゴミ箱が無いので捨てて帰る人も多いのです。
だから川がゴミだらけなのです。
川だけではありません。
川沿いのベンチというベンチにゴミが散乱しています。
マクドナルドの紙袋や、コンビニ弁当、ペットボトルなどがベンチごとに散乱しているのです。
皆楽しそうにピクニック気分でファーストフードを食べ、そしてゴミ箱が無いので川や周辺に捨てる。
ゴミ箱を置かない理由は、回収するコストの節約でしょうか。
しかし、後になってこれだけのゴミを拾う事のほうがコストがかかります。
いや、ゴミはずっと放置してありますので、コストはかかってないのでしょうが。
このままで良いとは正直思えません。
近いうちに、スポーツゴミ拾い大会でも企画して、外堀川をキレイな川にしたい。
そんな事を妄想しながら今日も走っています。
走りながらの乱筆をお許し下さい。

2011年9月15日木曜日

理解できない行動

人それぞれ考え方が異なりますし、育ってきた環境や文化によって、取る行動も大きく異なります。
しかし殆どの人は、そういった事とは別に、自身に不利になる行為や、手間や面倒になる行動は取らないのが普通ではないでしょうか。

先日、とあるホームセンターの駐車場での出来事。
私が車を止めてボーっと佇んでいますと、1台の車が私の車に近づいてきました。
その駐車場は100台以上の車が駐車可能な、わりと大きな駐車場です。
駐車率は30%といったところでしょうか。
正直スカスカな印象でした。
その車は何を思ったのか、私の車の助手席側真横に停めようとしています。
わざわざ横に停めなくても、そこらじゅう空いたスペースだらけなのにです。
さらに、キッチリ枠内に停めた為に、非常に降りにくそうに車を降りています。
もちろんドアだって完全には開きません。
私の車に当たらないように気遣って、おそるおそるドアを開け降りて行きました。
私にはその一連の行動が全く理解できませんでした。
何もそんな苦労して車を降りなくても、駐車場はスカスカなのだから、もっと広い位置に停めれば良かったんじゃないでしょうか。
「なんでそこに停めたんや」
思わず口ずさんでしまいました。

2011年9月11日日曜日

カッターライフ

カッターナイフで紙を裁断する作業。
一般的にはあまりカッターで紙を切る機会は少ないのかも知れませんが、私は仕事柄よく切ります。
1日平均すると158枚ぐらいは切っているのではないかと思います。
158枚と書いた時点で嘘くさいのですが、正直100枚は毎日切っていると思うのです。
今日は8200枚切りました。
複数枚の紙を裁断する場合、紙が多くなればなるほど、全部の紙を同じサイズにカットする事が難しくなります。
何も考えずに100枚同時にカットした場合、1枚目の紙と100枚目の紙のサイズが大きく異なっているという経験をした方も多いのではないでしょうか。
いくら定規を当ててカットしていても、カッターナイフの刃先がまっすぐ垂直におりていないという事が大きな原因と考えられます。

以下に、複数枚の紙を上手にカットする条件をあげてみました。
1から順に優先順位とお考え下さい。

1、一気に複数の紙を切ろうとせず、軽い力で何回も切る。
 例えば100枚同時に切る場合、1回のスライドで2~3枚を切る程度の力で切ります。
 どうしても1度に10枚以上を切ろうとしてしまう人が多いようですが、
 無駄な力が入り、刃先がまっすぐにおりなくなるのです。
 軽く軽く、そして何回も何回もカッターをすべらせる気持ちが大切です。
 また切り始めと切り終わりの部分を同じ力加減にする事です。
2、カッターナイフの刃が新しい事。
 刃先が消耗すればするほど正しいカットは難しくなります。
 また余計な力が加わりますので、刃は新しい方が良いでしょう。
3、定規側はしっかりと力を入れて押さえる。
 カッター側は力を入れず、定規側は力を入れます。
 定規の全体(カットする部分全体)にまんべんなく力が加わるようにする事が大切です。
4、カッターの切り始めを紙よりも上にする事。
 紙の切り始めをカッターの切り始めにするのではなく、紙よりも数センチ上(早く)する事です。
 紙をスタート地点にすると、どうしても紙を切ろうとする気持ちから無駄な力が加わってしまいます。
 紙のない部分からカッターを入れ、途中から紙が始まるように切る事が大切です。
5、カットは立って行う事。
 立つというか真上から見る事が大切です。
 座った位置ではどうしても斜めに見る事になります、紙に対して垂直に
 真上から見て作業を行う事です。

上記の項目を守って紙を切ると、嘘のようにキレイにカットする事が可能となります。
これを是非マスターし、快適なカッターライフをお過ごし下さい。

2011年9月10日土曜日

外堀川

姫路城の外堀であった川、「外堀川」
姫路城北東の野里上野町で北条川から分流し、姫路城や姫路駅の東側を通って南下、飾磨区上野田で野田川と名前を変える部分までの全長約6kmが外堀川と呼ばれています。
姫路駅から北側の部分は地図でも確認できないほどの河川ですが、南側は川幅は勿論、周辺も整備されていて、桜並木やウォーキングコースなども存在します。
この外堀川のJRより南側の部分から野田川と名前を変える部分までには15本の橋がかかっています。

JR線路から南側最初の橋、北豊沢橋















姫路駅につながる線路沿いの道路です。

そのすぐ南10mのところにかかる豊沢橋















昔この2つの橋の間には、喫茶リリーがありました。
(のちに飾磨のチェスティーノへ、現在はモッチモパスタ)

カノミ歯科のあるところ、三國橋















一ノ切橋、おしまれて閉店した洋食店「かさがた」のところにかかる橋。















城陽大橋、マックスバリュと姫路キャッスルホテルの間にかかる橋。















二ノ切橋、扶桑ビル付近















この付近の水面には大量の水草(ホテイアオイでしょうか)が繁殖しており、水面が見えない状態となっています。

揚羽橋、おばけ寿司の筋















誰かが意図的に放したと見られるブラックバスや、体長1m近くもある黒い鯉が大量にいますが、水草の間で動けなくなっている姿をよく見かけます。
また水草の上に大量に浮かぶ、ペットボトルなどのゴミを見るたびに、心が痛くなります。
水面までの距離が長すぎますし、また川へ降りる部分もありませんので我々ではどうしようも出来ません。
なぜわざわざこんなところにゴミを捨てるのでしょうか。
また姫路市はこのゴミに関して何も思わないのでしょうか。
よくここで市の職員を見かけますが、何ら変化が見られません。

庄田橋、三左衛門堀の川まつりのメイン会場となる橋。















三左衛門堀橋、市役所の筋















このあたりから一気に川の雰囲気が変わります。
川だけでなく歩道も土で、人もあまり見かけません。
情緒ある景色が楽しめます。

三左衛門橋、下の三条じ橋と並んでかかる歩行者専用の橋。















三条橋、スズケンのところにかかる橋。
先ほどの三左衛門橋のすぐ横に並んでいます。















姫路バイパス北側道橋、橋の名前は無い。















姫路バイパス、これも橋と言えば橋です。















姫路バイパス南側道橋、橋の名前はありません。















三ノ切橋、ここで外堀川は野田川に名前を変えます。















最初の北豊沢橋からこの三ノ切橋までは、途中土の部分もありますが、川沿いに整備されていて、朝は散歩やウォーキングをする人達をよく見かけます。
一周で約5km、走るにも歩くにもちょうど良い距離です。

2011年9月9日金曜日

雲の数え方

雲ひとつない空
















いや、ちゃうわ、2つあるわ。
2つ、いや2個か、いや2.5個か。

そもそも雲の数え方は 「つ」 で合っているのでしょうか。
固体ではないので 「個」 ではないでしょう、だから 「雲ひとつない」 と 「つ」 と言うのでしょうか。
気になって気になって仕方がないので調べてみました。

■雲の数え方
一片(ひら)、一点、一叢(むら)、一流(ながれ)、一朶(だ)
空にぽっかりと浮かぶ雲は「1つ、2つ」、ちぎれ雲などは「1片(いっぺん)、2片(にへん)」、雲のまとまりは「1塊(ひとかたまり)、2塊(ふたかたまり)」と数えます。飛行機雲や筋雲のように細長い形をしていれば「1本」「1筋」「1条」などと数えます。「条」は、中国語から入ってきた、細長いものを数える数え方です。また、空一面に広がるウロコ雲は「一面」、快晴の空にわずかに浮かぶ雲を詩的に「一抹」「一点」と表現することもあります。入道雲は山のように盛り上がった形をしているので、高い山を数える「1座」で数えます。また、花の重みなどで木の枝が垂れ下がる様子を表す「朶(だ)」を用いて雲のまとまりを「1朶(いちだ)、2朶(にだ)」と言うこともできます。
                   中央大学商学部教授 飯田朝子著「数え方の辞典」より

色々あるんですね、勉強になりました。
しかしこれまでの人生で、雲を1片なんて呼んだ事イッペンもありません。そもそもちぎれ雲てなんなんでしょうか。
飛行機雲を1本と呼んで、それがちぎれたら1片になるのでしょうか。
1塊も、1条も1座も1朶もありません。
「と言うこともできます。」という文章の締めくくり方から察するに、どんな呼び方をしても自由なのかもしれません。
なので今後は 「1雲(いちうん)、2雲(にうん)」 と呼ぶ事にします。

2011年9月5日月曜日

Cポジ論

Cポジ=チンポジ=男性器の下着内でのポジション

M-1決勝にて笑い飯がネタに使用し、一気に一般人にも使用されるようになった言葉「チンポジ」。
なかなか男性同士でも、このCポジについて論じられる機会はありません。
がしかし、Cポジは我々男性にとって、メンタル面やフィジカル面において大きな影響を及ぼします。
男性は、日常生活において常にCポジを意識しているのが現状ではないでしょうか?

一般的にCポジは下着によって大きく左右されます。
自身が好む下着によってCポジが決まるわけです。
逆に言うと、Cポジの好みによって下着を選ぶ傾向にあるという事です。
私は現在ボクサーブリーフを着用しています。
長年の経験上、私の理想のCポジは上向き、いわゆるアッパータイプですので、なるべくフィット感の強いボクサーブリーフを選んでいます。
ボクサータイプのブリーフが登場するまでは、ビキニタイプのブリーフでした。
私自身がアッパータイプを好むきっかけとなったのは、20歳くらいまで着用していたトランクスタイプの下着のせいでもあります。
それまでの私は、正直Cポジの事なんて一切気にせずに下着を選んでいました。
ただなんとなくトランクスだったのです。
トランクスはビキニのようにピタッとしていません。
なのでCは自由に動きます。いわゆるフリータイプポジションです。
これは通気性も良く多くの男性に好まれているようです。
しかし、いくら下着がフリータイプであったとしても、パンツ(ズボン)が細ければ全く意味を成さないのです。
私の場合、このトランクス時代に経験した苦い出来事がきっかけで、脱トランクス派となりました。

男性自身(C)の状態(膨張と収縮)は、とても繊細な心理状態によって大きく左右される事は知られていますが、睡眠とも大きく連動しています。
睡眠中は本人の意思に関係なく、数時間サイクルで膨張と収縮を繰り返します。
当時、トランクス派だった私は、パンツ(ズボン)の圧迫によって、外出時は基本的にフリータイプとも呼べない状態にありました。いわゆる左太もも側に偏ってしまうレフトポジションタイプだったのです。
その状態で、授業中の居眠りによる膨張は、Cにとっても私にとっても大変不快な事といえます。
ハッキリ言ってしまえば不完全勃起です。
スクスクと上向きに育ってくれませんので、どうしても手によるCポジの変更が必要となります。
しかしなかなか授業中に簡単にはCポジ変更もできません。
不快なCの状態のまま、それが気になって気になって、まともに授業も頭に入りませんし、かといって今の状態のまま授業が終わってしまうと、休憩時間に周囲の女子に見られてしまうという危機感もあります。それはそれはとても辛い時間帯でした。
私はその時に初めてCポジの重要性を感じました。
それ以来、いついかなる時でも、Cが私の手をわずらわす事なく、C自身でスクスクと上向きに膨張できるように、アッパータイプを好むようになったのです。
その為にフィット感の強いビキニタイプの下着を選択するようになりました。
フィット感が強いという事は、Cは基本的に動きませんから、必然的にCポジの訂正も全く必要がないというわけです。
逆に言うと、長期間愛用した下着は、フィット感が徐々に落ちてきて、アッパータイプを維持できなくなり、Cポジの訂正が必要となってきます。
そうなると下着の買い替え時期であると判断できるのです。

人それぞれ好みのポジションがあると思いますが、もしもまだCポジについて迷っている、もしくは悩んでいるという方がおられましたら、是非このCポジ論を参考にしていただきたいと思います。


殿にチップ→ 19A7a15L8ZHdfeBjwW8TM82cHiBKxu7YPB

2011年8月23日火曜日

天ぷら

先日、とある天ぷら屋さんに入った時の事。
カウンターに座って、ボーっとしながら、オーダーした天ぷらを手際よく揚げるオバチャンを眺めていました。
すると明らかに天ぷらとオバチャンの手が一緒に油の中へ入っているように見えたのです。
「えっ?えっ??」
思わず声が出そうになりました。
いや見間違えかもわかりません、一般的に天ぷら用の油の温度は180度前後です。そんな中へ手を突っ込んだら158%火傷します。最近目の疲れを感じるようになりましたし、きっと見間違いでしょう。
私は、そのまま又気を取り直して、オバチャンの作業を見守る事にしました。
オバチャンは同僚と雑談しながら、何気ない顔をして、手際よく具材に衣を付け揚げていきます。
今度は、じっくりと手元を確認いたしましたが、やはり具材と一緒に3cmほど油に手先が入っています。
「お、おばちゃん!アツないんかいな!」
思わず声が出てしまいました。
「あはは、アツないねんアツないねん、ありがとな」
なんという事でしょう。
毎回あんなに高温の油に手をつっこんでおいて、なんとも無いなんて、どんなけ皮分厚いねんオバチャン。
確かに以前、プロの職人は油に素手で手を突っ込むという話は聞いた事がありましたが、でもそれはこの道何十年という頑固そうなオッチャンだとずっと思ってましたし。どう見てもこの目の前のオバチャンはパートのオバチャンやと思うので、ちょっとショックを受けたのです。
すると私の元へオバチャンが近寄ってきてこう言うのです。
「あのなニーチャン、自分で突っ込んだ時はアツ無いねんけどな、飛んできた油はアツいねん」
「えー、」
なんと自分の意思で触る油では火傷をしないけれど、自分の意思でない油では火傷をすると言うのです。
そんな事があるのでしょうか。
「ほんまかいな」
「ほんまやで、びっくりするやろ」
どうやら本当の話らしいです。
人間て不思議な能力がまだまだあるんですね。

2011年8月18日木曜日

停止させる

日本酒は、1つの醪の中で、デンプンが麹の酵素によって糖に変わる糖化と、糖が酒母で培養された酵母によってアルコールと二酸化炭素に変わるという分解が、同時並行的に進むという並行複醗酵によって醸造されます。
この後者である分解が最後まで進むか否かによって、醗酵の様態は完全醗酵と不完全醗酵に大別されます。
完全醗酵されたお酒は、それだけ発生するアルコール分が多いので、製成酒は必然的に辛口になりやすく、日本酒度も高くなります。
一般的によく用いられる製法は、醗酵が進み日本酒度が-5程度になったところでアルコール添加をし、これによって一気にアルコール濃度を強めて酵母を衰滅させ、醗酵を止めます。
アルコール量は相対的に増えたので日本酒度は高くなります。
しかし不完全醗酵により、醪のなかには、まだ醗酵性糖分がそのまま残っているので、製成酒は日本酒度のわりには甘く感じられるのです。
甘さの度合いは、醗酵を途中で止めるタイミングを変化させる事で、その酒の個性を出すわけです。

以前、もう何年も前の事ですが、一時期サラサラヘアーに憧れた時期がありました。
元々クセ毛があって天然パーマである私にとって、サラサラのロングヘアーは憧れだったのです。
今現在は逆に天然パーマを最大限にアピールしておりますが。
まだ当時は男性のログヘアーなんて考えられない時代でしたので(江口やキムタクより前の時代)、いち早くロングを採用したかったのでしょう。
私は知人の美容室に行き、ストレートパーマの技法を学びました。
私のヘアーは、1度ストレートパーマをかけたぐらいでは直毛にはなりません。そこでスーパーストレートという技法を身につけたのです。
パーマ液には1液と2液があって、1液は髪の分子を分解しバラバラにし、2液がその進行を止め分子を固めます。
スーパーストレートとは、1液を何度も繰り返し(約5時間)、完全にバラバラになった状態で2液を添加し固めるというものです。もちろん髪は痛みますが、完全な直毛、サラサラヘアーが手に入るのです。
これによって私は、いち早くサラサラロングヘアーを手に入れることに成功したのです。

まだここ数週間ですが、毎朝走っています。
なかなか朝は時間がありませんので、毎日30分だけ走ることを決めて、毎日それを実施しています。
30分走った後は、滝のように汗が流れます。
汗は30分ほど経過すると流れなくなりますが、いつも疑問に思うことがあるのです。
いつも時間がありませんから、走った後はすぐに水シャワーを浴びます。これによって、通常30分間放置していた場合に出るであろう汗を完全に止めているわけです。
いわゆる酒で言う完全醗酵させずに、意図的に醗酵を停止させている状態です。
いわゆるストレートパーマで言う1液の髪分子の分解を2液で止めたようなものなのです。
果たしてこれは、本来の目的であるダイエットに対して効果的なものなのでしょうか?
ダイエットするなら発汗を抑えるような事はせず、汗を出し切った方が良いのではないでしょうか。
いわゆる酒で言う完全醗酵、ストレートパーマで言うスーパーストレート。
しかし汗をかくと皮膚や汗腺から余分な脂肪や汚れが排出されて、毛穴がすっきりする効果がある上に、体温が上がることで血管が拡大して血液の循環がよくなり、さらにその後に水を浴びることで血管は収縮。この繰り返しで血行が促進されるという効果もありますので、一概に良くないとも決め付けられないのです。
また運動の後は、乳酸という疲労物質が体内に溜まるので、肉体的な疲労がどうしても生じてしまいます。
そのため運動後はサウナや風呂に入り、その後水を浴びるという行為を数回繰り返すことでリラックスでき、乳酸が減少し疲労回復しやすくなるというデータもあります。
発汗を止める行為が正しいか正しくないか、ダイエットに良いか悪いか、その部分は一切わかりませんが、この行為を日々繰り返しながら、日本酒の醸造とストレートパーマの事をいつも考えているのです。

2011年8月9日火曜日

オーバークロス

車で移動中、いつも不思議に思うことがあります。
それは新幹線と私との不思議な関係です。

高速道路や一般道を走っていて、新幹線の高架にさしかかると必ず新幹線が横切るのです。
そして私のカーとオーバークロスするのです。
















それを感じ始めるようになったのは15年ほど前、当初は物凄い偶然に驚いていました。
でももう毎日の事なので驚きもなくなりました。
今朝もオーバークロスしましたもん。
多い日は1日に何度もオーバークロスします。
しかし何でこんな現象が起こるのでしょう。
毎日同じ時間に同じ道を通るわけではありませんし、実際それを意識もしていません。
正直忘れています。そして毎回たまたま「あ、またや」という感じでクロスしているのです。
勿論ごくまれにですが、完璧にクロスせずに、ちょっとずれてる日もあります。
新幹線が少し早くてスピードをあげないとクロスできない日が存在するのです。
でも必ずスピードをあげればクロスさせて通過できるのです。
自分の中でなんとなくクロスさせないと縁起が悪いという風に、願掛け的な現象になってしまっているのかも知れません。
ある人はそれが私の超能力ではないかと言います。
しかしそんな超能力があっても何の役にも立たないのではないでしょうか?

私が新幹線を呼んでいるのでしょうか、はたまた私が呼ばれているのでしょうか。
世の中には本当に不思議な事が多いもんです。

2011年7月28日木曜日

記者魂

記者魂とは。
どんな職業でも真髄とでも申しましょうか、「魂」というものが存在するはずです。
記者には記者の魂、デザイナーにはデザイナーの「魂」というものがあるのです。

先日、とある地方紙の取材を受けることとなり、ある記者と会う事となりました。
彼とは初対面でしたが、彼の新聞社には知人もいたので、なんの違和感も無く、すんなりと取材を受ける事としたのです。
彼は私という個人を特定するために、半年間もの時間を要したと言います。
私と会うために並々ならぬ努力をしたそうです。
ブログは毎日目を通し、コラムも必ず読む。
飲食店の足跡を辿り、様々なお店での聞き込み調査までしたというから驚きます。
「ブログにメールフォームありますやん、メールしてくれたら良かったのに」
「いえいえ、地道に探してたどり着く事に意義があるのです」
彼は、決して近道はしたくないのだと言います。
話の中で、彼の新聞社にいる私の知人が同じフロアにいる事も判明しました。
「そんな遠回りせんかてその人に聞いたら一発ですやん」
「いえいえ、まさか彼が知り合いだとは思いませんもん。しかもそんな近道したくありません」
私は彼の「新聞記者魂」を見たような気がしました。
あくまでも自分で見つけたヤマには、自分の足を使って、自分の力で、そして取材までもって行きたい。
そんな彼の姿勢に心打たれたのです。
ネットや雑誌の情報に頼らず、自分の足でたまたま見つけて飛び込んだお店をレビューしたいという私の飲食店探しと共通する部分があったからです。
しかし彼は、そこまでしても半分以上は取材を断られるというのですから、なかなか大変な仕事だと思いました。
30分ぐらいの取材を受け、100枚以上の写真を撮影し、取材は終了しました。
後日、800文字にまとめられた彼の書いた記事を見て、その執筆力に再度記者魂を感じたのでした。
これまでに数多くののライターの記事を見てきましたが、彼ほどにこちらの意図を細かな部分まで歪めずに完璧に捉えた人はいなかったからです。
彼の姿勢と能力には本当に「魂」を感じたのでした。


2011年7月23日土曜日

本質の部分の伝達

前方100mのところで、小学生の男子2人と老婆が道路を横断しようとしているのが見えます。
横断歩道の無い交差点です。
前で小学生2人が天高く手を上げ立っています。
老婆はその後方で2人を見守っています。
きっと老婆に、「道路を横断する時は手を上げて渡りなさい」 と躾けられているのでしょう。
私は、前後に車の姿が見えないので、そのまますぐに横断するのだと思いました。
ところがなかなか道路を横断しないのです。
私の車両がどんどん3人に近づきます。
まだ渡りません。
私の後方に車両は確認できません。
きっと3人は私の車が過ぎ去った後、道路を横断するのでしょう。
しかしそれにしては慎重です。
100mも向こうにいる私の車を待っているのですから。
すると、私の車が3人の手前10mぐらいに差し掛かった時、いきなり道路を横断し始めたのです。
「えっ?」
私は急ブレーキをかけました。
信じられませんでした。
老婆は笑っています。
そのまま3人は当然のように道路を渡っていきます。
「どないやねん」
思わず口ずさんでしまいました。
きっと老婆は2人の孫達に、道路を渡る時に手を高く上げることしか教えていないのでしょう。
そんなことよりも、車が来ていない時に渡るという最も重要な事を教えないといけないのではないでしょうか。
カタチばっかりにとらわれて、肝心な事を教えていないのです。
「ありがとう」と言う(喋る)事を教えるのではなく、感謝の気持ちを教えないといけないのと同じ、「ごちそうさまでした」と言う(喋る)事ではなく、食事をいただいた事への感謝の気持ちを教えないといけないのです。
そこを理解すると「ありがとう」という言葉は自然と出るのではないでしょうか。
道路を横断する時の最も重要な部分を教えると、手を上げようが上げまいが、安全に横断できるのです。
これは物凄く重要なことであると思います。

2011年7月20日水曜日

略語家

略語=省略語の略語。
省略語をやたらと使用する人がいます。
私はそういう人を略語家と呼んでいます。
私は基本的に、あまり省略語は使いたくありません。
多少ややこしくても、仮に舌を噛みそうになったとしても、略さずにキッチリとフルネームで呼びたいのです。

一般的に認知されている省略語、例えば、マクドナルドをマクド(マック)。ファミリーマートはファミマ。セブンイレブンはセブイレ(セブン)。ヴィレッジヴァンガードはビレバン。吉野家の牛丼はよしぎゅう。ホームページはホムペ。イラストレーターはイラレ。コピー&ペーストはコピペ。関西電力はかんでん。東京電力はとうでん。中部電力はちゅうでん。等、これらは世間一般に普通に使われ、ほぼ誰に言っても伝わる省略語です。確かに短く短縮した方が言い易いものばかりです。
もっと言えば、パソコンも原付も携帯も省略語です。
世の中には省略語が溢れているのです。
人が省略語を使用する目的は、言葉を発する事による体力の消耗を極力軽減させるための本能なのでしょうか。
一部の人にしか通じない省略語も存在します。
はずい (恥ずかしい)、マクバ (マックスバリュ)、たいべん (たいこ弁当)、しける (しらける)、等等。
正直言って「はずい」と言う方がはずいです。いや恥ずかしいです。
知的で品位ある人が使うとは思えません。
知的でカッコイイ品位ある大人の人がこのような省略語を使用していたらどうでしょうか。
私はちょっとガッカリします。
勿論、企業側が親しみやすさの為に戦略的に使用する場合もあります。
しかしそれも含めて省略語を多用する人を見ると、どちらかと言うと品の無い印象を持ってしまいます。(あくまでもイメージです)
なので私は、なるべく省略語は使用したくないのです。
自分自身の名前でさえ、フルネームで言う事の方がかっこ良いと思います。
有名人やタレントは、名前をフルネームで呼ぶことの方が多いのに、一般人で自身を紹介する時にフルネームで言う人は非常に少ないのではないでしょうか?
○○商事の○○です。と苗字だけで言う人がほとんどだと思います。
苗字だけが自分の名前ではありません、ちゃんと下の名前も合わせて初めて自分自身の正式な名前になるわけですから、どんな時でもフルネームで言う事が大切だと思うのです。
それと同様に、お店の名前や言葉は、略さずに正式名称で極力呼んであげたい、そう思います。
(勿論、親しみを込めて略す場合もあるのですが)