被写体の表情には、そのカメラマンに対する思いが表れます。
モデルやタレントなど、被写体としてのプロはともかく、一般的な素人の場合は、それが顕著に表れます。
一つの恋愛が終止符を迎え、その相手との昔のスナップを見返した時、今では考えられないような笑顔でこちらを見ている恋人が写っているはずです。それを見てとても悲しくなった、というような経験は誰にでもあると思います。
その当時のカメラマンは、もちろん恋人であるあなたなので、それは最高の笑顔をこちらに向けていて当然です。
カメラマンに対する、そのままの気持ちが表情となって写るわけです。
友人を撮影する場合でも、それは全く同じです。
まだそんなに関係が築けていない相手がカメラマンならば、やはり遠慮がちな笑顔になるでしょうし、上司や先輩なら営業スマイルになるでしょう。
本当に心を許し合った相手がカメラマンなら、それは最高の笑顔となるはずです。
一般的な素人の、自然でしかも最高の笑顔を撮影したいなら、上司や先輩が撮るのではなく、心を許し合い、人間関係が構築された人がカメラマンとなって撮影するべきです。
写真を見れば、被写体とカメラマンとの関係が、上辺だけの関係なのか、それとも心底心を許しあった仲なのか、だいたいは想像できるものなのです。
2013年5月19日日曜日
2013年5月2日木曜日
人を信じる
他人を信じやすい人もいれば、なかなか信用できない人もいます。
人が人を信じるポイントとは何なのでしょうか。
・話が合う。
・共通の知人がいる。
・自分に対して好意的である。
・身元がハッキリしている。
・その分野での実績がある。
などが基本的な部分ではないでしょうか。
しかし、この信じるポイントが大きくズレている人も存在します。
例えば見なり、学歴、役職だけで信用してしまう人。
その人の中身ではなく、外見や地位だけで信用してしまう事は非常に危険な事です。
そういう人がいるから詐欺被害も減少しないのではないでしょうか。
また学歴や役職など、人の外面だけで信用してしまって、それ以外の人の事は信用しないという人もいます。こういう人は、多くの悪意ある人に騙されるだけでなく、周囲の人からも信用されなくなるという危険性があります。
人の本質を見抜く力がないと、その人自体の信用までなくしてしまうという最悪の結果になるのです。
では人の本質を見抜くにはどうすれば良いのでしょうか。
まず基本的に、その人が発する言葉です。
理想的なのはこちらに言う言動ではなく、第三者に発する言葉、利害関係のない第三者に対する言葉は、ほぼ本音だと判断できます。
その人の周囲の人からの情報を得る事は、とても重要な事といえます。
しかしこれだけを信用してしまうのも非常に危険です。
受け取る側に問題がある場合もあるからです。
相手の限りなく本質の部分を、今度は自分で引き出す事です。
その為には、こちら側が手の内を見せる事が大切になります。
聞く側が本音を話す事によって、多くの人は本音を喋りはじめます。
相手を尊重し、相手を信用し、相手を許し、相手を受け入れる事によって、本質の部分を出してもらえるのです。
疑われたり、尊重されていなかったり、信用されてない人には、決して人は心を許してくれません。
この二つを実行する上で、仕事なり何なりを一緒に経験すると、相手がどんな人なのかがハッキリとわかってきます。
逆にそこまでしないとわからないのが普通なのです。
たった1度の面接で、相手がどんな人なのかなんて判断できるはずがないのです。
もちろん面接官の経験が多いほど、わかりやすくはなりますし、確率も上がるのは確かです。しかしあくまでも確率であって、一緒に何かをやってみるまでは、なかなかわからないのが人なのです。
よく仲のよかったカップルが、結婚式という初めて一緒に取組む大きな行事を経験して、そこで気が合わないという事がわかって、破局したという話を耳にしますが、お互いをよく理解している恋人同士でもそうなのですから、全くの他人、ましてや初対面となれば大変なのもうなずけます。
どんな相手でも、まずは信じる事から始める事です。
そうする事で、人から信じてもらえ、お互いを理解しやすくなるわけです。
そして徐々に理解し、そこで心底信用できるか否かを判断すれば良いのです。
基本的に信じる、それを0地点とすると、後は信じる度合いが10なのか50なのか100なのかという考え方です。
人が人を信じるポイントとは何なのでしょうか。
・話が合う。
・共通の知人がいる。
・自分に対して好意的である。
・身元がハッキリしている。
・その分野での実績がある。
などが基本的な部分ではないでしょうか。
しかし、この信じるポイントが大きくズレている人も存在します。
例えば見なり、学歴、役職だけで信用してしまう人。
その人の中身ではなく、外見や地位だけで信用してしまう事は非常に危険な事です。
そういう人がいるから詐欺被害も減少しないのではないでしょうか。
また学歴や役職など、人の外面だけで信用してしまって、それ以外の人の事は信用しないという人もいます。こういう人は、多くの悪意ある人に騙されるだけでなく、周囲の人からも信用されなくなるという危険性があります。
人の本質を見抜く力がないと、その人自体の信用までなくしてしまうという最悪の結果になるのです。
では人の本質を見抜くにはどうすれば良いのでしょうか。
まず基本的に、その人が発する言葉です。
理想的なのはこちらに言う言動ではなく、第三者に発する言葉、利害関係のない第三者に対する言葉は、ほぼ本音だと判断できます。
その人の周囲の人からの情報を得る事は、とても重要な事といえます。
しかしこれだけを信用してしまうのも非常に危険です。
受け取る側に問題がある場合もあるからです。
相手の限りなく本質の部分を、今度は自分で引き出す事です。
その為には、こちら側が手の内を見せる事が大切になります。
聞く側が本音を話す事によって、多くの人は本音を喋りはじめます。
相手を尊重し、相手を信用し、相手を許し、相手を受け入れる事によって、本質の部分を出してもらえるのです。
疑われたり、尊重されていなかったり、信用されてない人には、決して人は心を許してくれません。
この二つを実行する上で、仕事なり何なりを一緒に経験すると、相手がどんな人なのかがハッキリとわかってきます。
逆にそこまでしないとわからないのが普通なのです。
たった1度の面接で、相手がどんな人なのかなんて判断できるはずがないのです。
もちろん面接官の経験が多いほど、わかりやすくはなりますし、確率も上がるのは確かです。しかしあくまでも確率であって、一緒に何かをやってみるまでは、なかなかわからないのが人なのです。
よく仲のよかったカップルが、結婚式という初めて一緒に取組む大きな行事を経験して、そこで気が合わないという事がわかって、破局したという話を耳にしますが、お互いをよく理解している恋人同士でもそうなのですから、全くの他人、ましてや初対面となれば大変なのもうなずけます。
どんな相手でも、まずは信じる事から始める事です。
そうする事で、人から信じてもらえ、お互いを理解しやすくなるわけです。
そして徐々に理解し、そこで心底信用できるか否かを判断すれば良いのです。
基本的に信じる、それを0地点とすると、後は信じる度合いが10なのか50なのか100なのかという考え方です。
2013年5月1日水曜日
LINE POP
毎日毎日「POPやPOPや」と、時間さえあればPOPPOPPOPPOPゆーてる人がいますが、結局LINE POPの魅力とは、週間ランキングで、友人知人に抜いた抜かれたと競う事にあります。
これは数年前のmixiの時と同じ、ゲームの内容よりも友人知人に勝ちたい一心で皆頑張るのです。
特にLINE POPのように単純な内容のものは、誰でも簡単にできますので参加人口も多く、大いに盛り上がります。
この誰かと勝負して勝つという喜びを感じないでいると、途中で飽きてしまい、アプリを削除してしまうという人も少なくありません。
何人かそんな人に「俺と勝負しよや」と再インストールしてもらいましたが、今では皆200万点後半を叩き出す神の域に達するほど、大いに盛り上がっています。
当初はどんなに頑張っても30万点程度しか到達しなかった人達も、継続するうちに100万点をこえるようになってきます。
もっと継続すると、200万点もこえるようになってくるのです。
当初、200万点以上いってる友人は神にしか見えませんでしたし、心の底から尊敬したものです。
ところが何か特別な事をやったわけでもなく、ただ単にいつも通りやっていると200万点をこえる日がやってくるのです。
私の現在の最高得点は2328150点です。
すると週がかわっても、自分は232万点いけるという自信がありますので、簡単にそれに近い数字が出るわけです。
しかし300万点は無理だと思っています。要するに、自分で限界を決めているわけです。
実際300万点以上いってる人もいるのですから、不可能ではないとは思っているのですが、左手親指1本でやってるから無理なんじゃないかとか、肘をついてやった方がいいんじゃないかとか、指にクリームを塗った方が滑りが良くなっていいんじゃないかとか、まあ結局未知の点数を出すまでは、それが100万点だろうと300万点だろうと、みな同じ事を考えているのです。
しかし一度達成してしまうと、その感覚が脳裏に残っていて、そこまではできるという妙な自信がつくのです。
この現象は、ビジネスの世界とよく似ています。
例えば営業の世界では、月に1000万なんて絶対に売れないと思い込んでいた人でも、一度達成してしまうと、次からは簡単にそれをこえる事ができるのと同じ現象なのです。
ここ最近は、薬局では目薬が飛ぶように売れていると聞きます。
みなPOPしすぎで目が疲れているのでしょう。
目覚めたらまずPOP、トイレでPOP、出勤前にPOP、信号待ちでPOP、電車でPOP、バスでPOP、休憩でPOP、食事前にPOP、食後にPOP、風呂でもPOP、歯磨きでPOP、寝る前にPOP。
電車内で携帯を触る指のスピードから「あらPOPやな」と簡単に判断できる事から「何点いったの?」とPOPナンパというのも多いと聞きます。
腕が腱鞘炎になったという人が続出し、カイロプラクティックまでが繁盛しているというから凄いです。
不思議なもので、毎日ハートをくれる人の事は好きになります。
毎日バトルしている人にも情がわいてきます。
LINEを利用していない人と、なんとなく疎遠になるのと同様に、POPやっている人には親近感がわくのです。
これは単純に、毎日その人の名前を目にする事で、記憶が薄れないからだと思います。
リアルで毎日会うのと同じ効果なのでしょう。
毎日ランキングで名前を目にし、さらにいつもハートを送ってくれる人は愛おしくさえ思えてくるから不思議です。
逆にハートを送ってもリターンのない人は淋しいものです。
これはハートを送ってもらっているのに、それを開かずに溜め込んでいるので、自動ハート返信機能が作動しないからです。
しかも100通以上溜め込んでしまうとそれ以上は受け取れませんので、とりあえず一旦は承認して欲しいものです。
いずれにしてもPOPに居ない人でも、バブルに行けば会えるという人もいます。
バブルでも同じ事です。
ポッパーでもバブラーでも何でも良いので、皆さんも是非チャレンジしてみて下さい。
これは数年前のmixiの時と同じ、ゲームの内容よりも友人知人に勝ちたい一心で皆頑張るのです。
特にLINE POPのように単純な内容のものは、誰でも簡単にできますので参加人口も多く、大いに盛り上がります。
この誰かと勝負して勝つという喜びを感じないでいると、途中で飽きてしまい、アプリを削除してしまうという人も少なくありません。
何人かそんな人に「俺と勝負しよや」と再インストールしてもらいましたが、今では皆200万点後半を叩き出す神の域に達するほど、大いに盛り上がっています。
当初はどんなに頑張っても30万点程度しか到達しなかった人達も、継続するうちに100万点をこえるようになってきます。
もっと継続すると、200万点もこえるようになってくるのです。
当初、200万点以上いってる友人は神にしか見えませんでしたし、心の底から尊敬したものです。
ところが何か特別な事をやったわけでもなく、ただ単にいつも通りやっていると200万点をこえる日がやってくるのです。
私の現在の最高得点は2328150点です。
すると週がかわっても、自分は232万点いけるという自信がありますので、簡単にそれに近い数字が出るわけです。
しかし300万点は無理だと思っています。要するに、自分で限界を決めているわけです。
実際300万点以上いってる人もいるのですから、不可能ではないとは思っているのですが、左手親指1本でやってるから無理なんじゃないかとか、肘をついてやった方がいいんじゃないかとか、指にクリームを塗った方が滑りが良くなっていいんじゃないかとか、まあ結局未知の点数を出すまでは、それが100万点だろうと300万点だろうと、みな同じ事を考えているのです。
しかし一度達成してしまうと、その感覚が脳裏に残っていて、そこまではできるという妙な自信がつくのです。
この現象は、ビジネスの世界とよく似ています。
例えば営業の世界では、月に1000万なんて絶対に売れないと思い込んでいた人でも、一度達成してしまうと、次からは簡単にそれをこえる事ができるのと同じ現象なのです。
ここ最近は、薬局では目薬が飛ぶように売れていると聞きます。
みなPOPしすぎで目が疲れているのでしょう。
目覚めたらまずPOP、トイレでPOP、出勤前にPOP、信号待ちでPOP、電車でPOP、バスでPOP、休憩でPOP、食事前にPOP、食後にPOP、風呂でもPOP、歯磨きでPOP、寝る前にPOP。
電車内で携帯を触る指のスピードから「あらPOPやな」と簡単に判断できる事から「何点いったの?」とPOPナンパというのも多いと聞きます。
腕が腱鞘炎になったという人が続出し、カイロプラクティックまでが繁盛しているというから凄いです。
不思議なもので、毎日ハートをくれる人の事は好きになります。
毎日バトルしている人にも情がわいてきます。
LINEを利用していない人と、なんとなく疎遠になるのと同様に、POPやっている人には親近感がわくのです。
これは単純に、毎日その人の名前を目にする事で、記憶が薄れないからだと思います。
リアルで毎日会うのと同じ効果なのでしょう。
毎日ランキングで名前を目にし、さらにいつもハートを送ってくれる人は愛おしくさえ思えてくるから不思議です。
逆にハートを送ってもリターンのない人は淋しいものです。
これはハートを送ってもらっているのに、それを開かずに溜め込んでいるので、自動ハート返信機能が作動しないからです。
しかも100通以上溜め込んでしまうとそれ以上は受け取れませんので、とりあえず一旦は承認して欲しいものです。
いずれにしてもPOPに居ない人でも、バブルに行けば会えるという人もいます。
バブルでも同じ事です。
ポッパーでもバブラーでも何でも良いので、皆さんも是非チャレンジしてみて下さい。
2013年4月24日水曜日
人間としての成長
人間としての成長、それはずばり経験です。
良い事も悪い事も、幸せな事も不幸な事も、嬉しい事も悲しい事も、すべての経験の量が、その人の成長につながるのです。
経験値が多いと、人に幅ができます。
大きな視野で人や物を見れるようになります。
器が大きくなります。
いくら若くしてビジネスで成功し、大金を得たとしても、経験値が少ないと、幼稚な物の捉え方しかできません。
若いうちからあらゆる事に興味を持ち、チャレンジし、成功し、失敗をし、様々な経験を積む事が大切なのです。
毎日同じ道を通るのではなく、違う道も通ってみるのです。
そうすれば新しい発見や、新しい出会いもあるかもわかりません。
人間関係が上手くいかない、それも経験です。
喧嘩して負けた、それも経験です。
人にいじめられた、それも経験です。
ビジネスで失敗した、それも経験です。
あらゆる経験を忘れるのではなく、次にいかせるのです。
いやその時はわからなくても、必ずその経験をいかせる時が来るのです。
ちょくちょく「人として成長するためのセミナー」たるものがありますが、セミナーを受けたからといって成長するわけがありません。
そもそも有料のセミナーは単に商売、お金儲けです。
セミナーを受講して成長した人なんて見た事がありません。
受講してモチベーションを上げて、それで行動を起こすためのものなのです。
行動すれば経験値が増えます、その繰り返しで人として成長するわけです。
ただしいくら経験値が多くても、学ばない人には成長はありません。
成功して学ぶ、失敗して学ぶ。
必ず経験したらその答えから学ぶ事です。
すべての事柄が、人としての成長につながるのですから、何も恐れる事はありません。
失敗してもまたチャレンジすれば良いのです。
今目の前にある問題や壁は、将来の自分のための投資だと思ってください。
良い事も悪い事も、幸せな事も不幸な事も、嬉しい事も悲しい事も、すべての経験の量が、その人の成長につながるのです。
経験値が多いと、人に幅ができます。
大きな視野で人や物を見れるようになります。
器が大きくなります。
いくら若くしてビジネスで成功し、大金を得たとしても、経験値が少ないと、幼稚な物の捉え方しかできません。
若いうちからあらゆる事に興味を持ち、チャレンジし、成功し、失敗をし、様々な経験を積む事が大切なのです。
毎日同じ道を通るのではなく、違う道も通ってみるのです。
そうすれば新しい発見や、新しい出会いもあるかもわかりません。
人間関係が上手くいかない、それも経験です。
喧嘩して負けた、それも経験です。
人にいじめられた、それも経験です。
ビジネスで失敗した、それも経験です。
あらゆる経験を忘れるのではなく、次にいかせるのです。
いやその時はわからなくても、必ずその経験をいかせる時が来るのです。
ちょくちょく「人として成長するためのセミナー」たるものがありますが、セミナーを受けたからといって成長するわけがありません。
そもそも有料のセミナーは単に商売、お金儲けです。
セミナーを受講して成長した人なんて見た事がありません。
受講してモチベーションを上げて、それで行動を起こすためのものなのです。
行動すれば経験値が増えます、その繰り返しで人として成長するわけです。
ただしいくら経験値が多くても、学ばない人には成長はありません。
成功して学ぶ、失敗して学ぶ。
必ず経験したらその答えから学ぶ事です。
すべての事柄が、人としての成長につながるのですから、何も恐れる事はありません。
失敗してもまたチャレンジすれば良いのです。
今目の前にある問題や壁は、将来の自分のための投資だと思ってください。
顔
人は、いや少なくとも男性は、相手の顔(この場合女性の)でその人の様々な要素を想像します。
いや勿論それは、顔そのものだけではなく、化粧の仕方やヘアスタイルなども含まれます。
品のある顔の相手なら、品のある人だと思います。
下品な顔の相手なら、下品な人なんだと勝手に判断するのです。
美人なら足の裏でさえいい香りがしそうだと思い、不細工ならば臭そうだと思うのです。
美人のオナラは臭いと思わず、不細工なら臭いと思うのです。
しかしこれは大きな間違いです。
いくら美人だとしても、それはたまたま顔の構造が整っているだけで、顔から下はみんな同じ、不細工な顔の人と同じなのです。
言わば表面的な作りが整っているだけで、成分は皆同じだという事なのです。
足の裏もオナラもみんな臭いのです。
美人が清潔で、不細工が不潔という事はないのです。
男性は、女性に対して神秘的な妄想を持ち、最高の美人と恋愛したいと思うものです。
しかしいくら最高の美人と付き合ったとしても、結局は顔以外はみんな同じ、人間なのです。
美人が特別良い香りがするわけでもありませんし、臭いオナラもするのです。
顔の表面には無数の細菌もいます。これは美人でも不細工でも同じなのです。口の中の菌の量も同じ事です。
みんな人間なのです。
みんな同じ成分でできているのです。
いや勿論それは、顔そのものだけではなく、化粧の仕方やヘアスタイルなども含まれます。
品のある顔の相手なら、品のある人だと思います。
下品な顔の相手なら、下品な人なんだと勝手に判断するのです。
美人なら足の裏でさえいい香りがしそうだと思い、不細工ならば臭そうだと思うのです。
美人のオナラは臭いと思わず、不細工なら臭いと思うのです。
しかしこれは大きな間違いです。
いくら美人だとしても、それはたまたま顔の構造が整っているだけで、顔から下はみんな同じ、不細工な顔の人と同じなのです。
言わば表面的な作りが整っているだけで、成分は皆同じだという事なのです。
足の裏もオナラもみんな臭いのです。
美人が清潔で、不細工が不潔という事はないのです。
男性は、女性に対して神秘的な妄想を持ち、最高の美人と恋愛したいと思うものです。
しかしいくら最高の美人と付き合ったとしても、結局は顔以外はみんな同じ、人間なのです。
美人が特別良い香りがするわけでもありませんし、臭いオナラもするのです。
顔の表面には無数の細菌もいます。これは美人でも不細工でも同じなのです。口の中の菌の量も同じ事です。
みんな人間なのです。
みんな同じ成分でできているのです。
子供用トイレ
子供用の男子便器、あれいるのでしょうか?
正直いらんと思います。
要するに小さい子供は、大人とは足の長さが異なりますので、GLからの高さが問題となります。
便器の長さや大きさ、すなわち上は全く関係がないのです。
なんならGLからの高ささえ低めに設定すれば、大人も子供も同じ便器を使用できるのです。
なのにちょくちょく子供用らしき、小さな小便器をみかけます。
友人とトイレ内でたまたま一緒になった場合、あえてあれを使用して笑わせたりはしますが、正直便器メーカーが儲ける為だけに作っているような気がしてならないのです。
確かにあれにむかって小便している子供は可愛らしいのですが、しかしたいがい子供用は1個しか設置されていません。
子供の団体が来た場合、大人はスイスイいけるのに、子供だけが行列となってしまいます。それは可哀想です。
便器メーカーが儲けたいのならば、大人用とは別にもう一軒、子供用のトイレを建設したら良いのではないでしょうか?
子供用のトイレには、保護者用に大人用便器を1個設ければ良いではないですか。
1軒分となるとこれは結構儲かるはずです。
是非施主に提案してみて下さい。
キャラ設定が間違っている
明らかに親子に見えないキャスティングの家族が登場する番組をみた場合、みなさんはどんな心境でそのシーンを見るのでしょうか。
私はムシズを走らせながら見ています。
「んなわけないがな」
思わず口ずさむ事すらあるほどです。
こういうキャスティングのミスは、ディレクター本人の感性で決まるとは思うのですが、しかしながら制作に携わる沢山の人がいるはずですから、ある程度は完成度の高いものにはなってくるはずなのです。
なのに完全に親子に見えないキャスティングであったり、親子に見えない演出で撮り終えてしまうというのは、他に何か意図があるとしか思えないわけです。
しかしながら、その意図を想像してはみるのですが、全くその答えを見つけ出す事はできませんでした。
おそらく、視聴者は誰もそんな事には気付かないだろうという考えなのだと思います。
おそらくこのコラムを読んだとしても
「そこ、どーでもえーやん」
ときっと逆ギレするのでしょう。
しかし私は、リアリティのないものには全く興味がわかないのです。
いや逆に、リアリティのないものはムシズが走るのです。
フィクションでもリアリティさえあれば素晴らしい作品と思うのです。
プロレスファンには申し訳ないのですが、深夜のプロレス番組を見ていると、何度となく「んなわけないやん」と口ずさんでしまいます。
K-1やPRIDEを見ていた時は、リアリティに興奮しましたが、プロレスはリアリティがなさすぎるのです。
いずれにしろ見るのですが。
結局はリアリティのないものでも、文句を言いながら見るのが好きなのですが。
私はムシズを走らせながら見ています。
「んなわけないがな」
思わず口ずさむ事すらあるほどです。
こういうキャスティングのミスは、ディレクター本人の感性で決まるとは思うのですが、しかしながら制作に携わる沢山の人がいるはずですから、ある程度は完成度の高いものにはなってくるはずなのです。
なのに完全に親子に見えないキャスティングであったり、親子に見えない演出で撮り終えてしまうというのは、他に何か意図があるとしか思えないわけです。
しかしながら、その意図を想像してはみるのですが、全くその答えを見つけ出す事はできませんでした。
おそらく、視聴者は誰もそんな事には気付かないだろうという考えなのだと思います。
おそらくこのコラムを読んだとしても
「そこ、どーでもえーやん」
ときっと逆ギレするのでしょう。
しかし私は、リアリティのないものには全く興味がわかないのです。
いや逆に、リアリティのないものはムシズが走るのです。
フィクションでもリアリティさえあれば素晴らしい作品と思うのです。
プロレスファンには申し訳ないのですが、深夜のプロレス番組を見ていると、何度となく「んなわけないやん」と口ずさんでしまいます。
K-1やPRIDEを見ていた時は、リアリティに興奮しましたが、プロレスはリアリティがなさすぎるのです。
いずれにしろ見るのですが。
結局はリアリティのないものでも、文句を言いながら見るのが好きなのですが。
2013年3月19日火曜日
クレーマークレーマー
「◯◯が不味い」
と飲食店にクレームする人がいます。
例えばそれが、多くの人から支持される人気のメニューだったとしても、そんな事はつゆ知らず、本人が不味いと思うから店に文句を言うのだと言います。
味覚なんて人それぞれ異なるものです。好みのもあります。
なので例え多くの人が美味しいと感じるものであっても、不味いと感じる人もいるのです。
それは仕方のない事であって、不味かったのなら次食べなければ良いだけの事です。
なのにそれを店に言う人。
「はあ?だから?」
飲食店側は内心そう思いながら
「申し訳ございません」
と謝罪します。
いや謝罪させられます。
下手をすると代金をいただかないという最悪のケースだってあり得ます。
この人がただの味覚音痴だったとしてもです。
忙しい時に、そのクレームの相手をしているだけで、他のお客様の料理が遅れ、他からもクレームになるぐらいなら、代金をいただかず、サッサと帰ってもらった方がマシだからです。
そもそも味の好みをクレームする事自体が、脳に欠陥のある人としか思えないのです。
仮に多くの人に人気のメニューを、少数派のそれを不味いとクレームする人の言いなりになって、彼らの好みのものに変更したとした場合、間違いなく売上が落ちます。
その落ちた売上を、少数派の人達が補償するのなら話は別です。
例えば1日50食売れる1000円のメニューがあったとして、それを不味いと感じる少数派が1日1人とした場合、本来1日50000円の売上なので1人で食べるなら、そのメニューは50000円もらわないと合わないわけです。
そこまで補償する人が言うならまだ理解できます。
そんな事まで考えずに、不味いとクレームしたところで「どないせーっちゅーねん」という話になるわけです。
ただ、こういうクレームを店に言う人は本当に少ないですが、店にクレームせずに、黙ってネットで不味いと書き込む人は山のようにいます。
これも同じ事なのです。
特に食べログには恐ろしいほどこういう人がいますので、見ていて気持ち悪くなります。
先日、こだわりの手打ち蕎麦店の食べログページに、蕎麦が遅いと散々悪口を書いている主婦がいました。
そのお店は、わざわざ注文後に蕎麦を打つという本格的なお店でした。遅くて当たり前、当然の話なのです。
それが蕎麦屋なわけで、蕎麦が出るまでにアテで一杯やって、締めに蕎麦をすするのが蕎麦業界の常識なのです。
そんな事を知らずに、散々遅い遅いと書き込むという行為は、自分が無知で低脳な人間である事を人に言いふらしているのと同じ行為なのです。
皆さんのまわりで、こういう恥ずかしい知人がいたら、早急に注意してあげて下さい。
誰かから教えてもらわないと、恥をさらしながら生きていく事になってしまうのですから。
以前にもふれましたが、天下一品のラーメンの場合、美味い美味いと言う人、不味い不味いと言う人、両極端存在しますが、お店は繁盛しています。
いくら不味いと思う人がアチコチに不味いと言いふらしても、美味いと思う人がお店を支えているわけです。
天下一品を不味いと言う人達は、天下一品ファンをまるで味覚音痴のように言うのですが、現在全国229店舗という店舗数を見る限り、不味いと言う人達の方が味覚音痴なのかもわからないのです。
「不味い不味い」と声高らかに言う事が、実は「私は味覚音痴です」と言っているのかもわからないわけです。
いずれにしても、簡単に不味い不味いと言わない(ネットに書き込まない)方が良いと思います。
あと「自分はタバコを吸わないので味覚が優れている」と自慢する人もやめたほうがいいと思います。
痛いだけです。
と飲食店にクレームする人がいます。
例えばそれが、多くの人から支持される人気のメニューだったとしても、そんな事はつゆ知らず、本人が不味いと思うから店に文句を言うのだと言います。
味覚なんて人それぞれ異なるものです。好みのもあります。
なので例え多くの人が美味しいと感じるものであっても、不味いと感じる人もいるのです。
それは仕方のない事であって、不味かったのなら次食べなければ良いだけの事です。
なのにそれを店に言う人。
「はあ?だから?」
飲食店側は内心そう思いながら
「申し訳ございません」
と謝罪します。
いや謝罪させられます。
下手をすると代金をいただかないという最悪のケースだってあり得ます。
この人がただの味覚音痴だったとしてもです。
忙しい時に、そのクレームの相手をしているだけで、他のお客様の料理が遅れ、他からもクレームになるぐらいなら、代金をいただかず、サッサと帰ってもらった方がマシだからです。
そもそも味の好みをクレームする事自体が、脳に欠陥のある人としか思えないのです。
仮に多くの人に人気のメニューを、少数派のそれを不味いとクレームする人の言いなりになって、彼らの好みのものに変更したとした場合、間違いなく売上が落ちます。
その落ちた売上を、少数派の人達が補償するのなら話は別です。
例えば1日50食売れる1000円のメニューがあったとして、それを不味いと感じる少数派が1日1人とした場合、本来1日50000円の売上なので1人で食べるなら、そのメニューは50000円もらわないと合わないわけです。
そこまで補償する人が言うならまだ理解できます。
そんな事まで考えずに、不味いとクレームしたところで「どないせーっちゅーねん」という話になるわけです。
ただ、こういうクレームを店に言う人は本当に少ないですが、店にクレームせずに、黙ってネットで不味いと書き込む人は山のようにいます。
これも同じ事なのです。
特に食べログには恐ろしいほどこういう人がいますので、見ていて気持ち悪くなります。
先日、こだわりの手打ち蕎麦店の食べログページに、蕎麦が遅いと散々悪口を書いている主婦がいました。
そのお店は、わざわざ注文後に蕎麦を打つという本格的なお店でした。遅くて当たり前、当然の話なのです。
それが蕎麦屋なわけで、蕎麦が出るまでにアテで一杯やって、締めに蕎麦をすするのが蕎麦業界の常識なのです。
そんな事を知らずに、散々遅い遅いと書き込むという行為は、自分が無知で低脳な人間である事を人に言いふらしているのと同じ行為なのです。
皆さんのまわりで、こういう恥ずかしい知人がいたら、早急に注意してあげて下さい。
誰かから教えてもらわないと、恥をさらしながら生きていく事になってしまうのですから。
以前にもふれましたが、天下一品のラーメンの場合、美味い美味いと言う人、不味い不味いと言う人、両極端存在しますが、お店は繁盛しています。
いくら不味いと思う人がアチコチに不味いと言いふらしても、美味いと思う人がお店を支えているわけです。
天下一品を不味いと言う人達は、天下一品ファンをまるで味覚音痴のように言うのですが、現在全国229店舗という店舗数を見る限り、不味いと言う人達の方が味覚音痴なのかもわからないのです。
「不味い不味い」と声高らかに言う事が、実は「私は味覚音痴です」と言っているのかもわからないわけです。
いずれにしても、簡単に不味い不味いと言わない(ネットに書き込まない)方が良いと思います。
あと「自分はタバコを吸わないので味覚が優れている」と自慢する人もやめたほうがいいと思います。
痛いだけです。
2013年2月26日火曜日
嫌われる権力者
誰かと会話をする場合、その相手が何人であろうと、基本的には聞く側が理解できる話をするのが基本となります。
例えば誰か第三者の話をするとしても、聞く側の人が知っている人の事を喋るのが当たり前で、例外として知らない誰かの話をするとしても、それは聞く側が楽しめる内容でないと、非常に苦痛な時間となるわけです。
先日とあるカフェでパソコンを開いて黙々と仕事をしていた時の事です。
隣のテーブルに、中年のキャリアウーマン4人組が座り、仕事の打合せを始めたのです。
別に聞くつもりはありませんでしたが、隣なので嫌でも聞こえてきます。
30分ほど仕事の話でしたが、その後は1人のリーダーらしき女性の個人的な話となりました。
そのリーダーらしき女性は推定40歳、その他の女性達は50歳前後でしょうか、明らかに一番若いその女性は、体格もすごいのですが、べシャリもすごく、場を仕切るいわゆる「仕切り屋」という印象でした。
その女性の話はまさに冒頭で述べた、誰も理解出来ない話なのです。
ほぼそこに居る誰もが知らない第三者の話を事細かに話すのです。
「うちの友達のA子てのがいんの、そのA子がさ、この前夜中に電話よこしたのよ。夜中だよ、えっと金曜だったかな、いや木曜か、歯医者の日だから木曜だな。お風呂入ってさ、深夜番組を見ならがドライヤーしてたのよ、えっと何の番組だったかな、えーっと・・・」
リーダーのどーでもいい話は延々と続きます。
その他の女性達は、リーダーが怖いのか、誰もツッコミを入れる事なく、皆黙って聞いています。
「どないでもえーわ!!!」
と隣で思わずツッコミそうになる話ばかりなのです。
しかもそこは普通省くやろ!というような事細かな部分までをも説明するので話が長くて仕方ありません。
さらに会話の最後にオチすらないのです。
「その話なんのために今したんや」
私は何度も心の中でツッコミを入れました。
ひょっとすると、この仕切り屋が彼女達の会社の上司なのでしょうか、もしそうだとしたら本当に可哀想です。
明らかにコミュニケーション能力に欠けた人が上司だった場合、しかもコミュニケーション能力に欠けているのに仕切り屋だった場合、その下についた人達は本当に不幸と言えます。
こういう人種は、権力を使って人に従わせる事に対して一切の疚しい気持ちを持ち合わせていません。
普通の常識ある人なら、いくら権力を得たとしても、部下にイヤイヤ従われるのは納得がいかないものです。
権力で従わせるのではなく、心から信頼され、部下から従いたいと思ってもらう事こそが本望ではないでしょうか。
権力を得たのだから、自分が一番偉いとでも思っているのでしょうか。
それは大きな勘違いです。
会社組織で言うと社長が一番権力を持っています。
ではその権力をもっている社長が一番偉いのでしょうか?
自分が一番偉いからと部下の話に耳を傾けないワンマン社長は、部下から「社長に何を言っても無駄なので言わない」と思われています。「失敗しても社長が損するのだから勝手にしたらいい」とも思われているのです。
そんな会社が成長するはずがありません。
こういう上司の愚痴は、飲みの席では必ずといっていいほど聞こえてきます。
飲みの席での上司の話が長い。
上司の話がおもんない。
上司が偉そうにする。
上司の武勇伝を聞くのが辛い。
上司の自慢話が長い。
上司にペコペコしないと風当たりがきつくなる。
どれもほぼ毎日繁華街で聞こえてくる部下達の愚痴です。
だからだんだんと上司との飲みの席は敬遠されるようになったのだと思います。
人は誰でも一緒にいて面白い、一緒にいて楽しい人と居たいものです。
それが上司と部下だろうが、年齢差があろうが関係ないのです。
コミュニケーション能力とは、聞く側の気持ちになって喋る事です。そして聞く側は、喋る人の気持ちになって聞く事です。
この二つを心がけていれば、きっと素晴らしい人間関係が築けるはずです。
何事も相手の気持ちになって考える。これが大事なのです。
例えば誰か第三者の話をするとしても、聞く側の人が知っている人の事を喋るのが当たり前で、例外として知らない誰かの話をするとしても、それは聞く側が楽しめる内容でないと、非常に苦痛な時間となるわけです。
先日とあるカフェでパソコンを開いて黙々と仕事をしていた時の事です。
隣のテーブルに、中年のキャリアウーマン4人組が座り、仕事の打合せを始めたのです。
別に聞くつもりはありませんでしたが、隣なので嫌でも聞こえてきます。
30分ほど仕事の話でしたが、その後は1人のリーダーらしき女性の個人的な話となりました。
そのリーダーらしき女性は推定40歳、その他の女性達は50歳前後でしょうか、明らかに一番若いその女性は、体格もすごいのですが、べシャリもすごく、場を仕切るいわゆる「仕切り屋」という印象でした。
その女性の話はまさに冒頭で述べた、誰も理解出来ない話なのです。
ほぼそこに居る誰もが知らない第三者の話を事細かに話すのです。
「うちの友達のA子てのがいんの、そのA子がさ、この前夜中に電話よこしたのよ。夜中だよ、えっと金曜だったかな、いや木曜か、歯医者の日だから木曜だな。お風呂入ってさ、深夜番組を見ならがドライヤーしてたのよ、えっと何の番組だったかな、えーっと・・・」
リーダーのどーでもいい話は延々と続きます。
その他の女性達は、リーダーが怖いのか、誰もツッコミを入れる事なく、皆黙って聞いています。
「どないでもえーわ!!!」
と隣で思わずツッコミそうになる話ばかりなのです。
しかもそこは普通省くやろ!というような事細かな部分までをも説明するので話が長くて仕方ありません。
さらに会話の最後にオチすらないのです。
「その話なんのために今したんや」
私は何度も心の中でツッコミを入れました。
ひょっとすると、この仕切り屋が彼女達の会社の上司なのでしょうか、もしそうだとしたら本当に可哀想です。
明らかにコミュニケーション能力に欠けた人が上司だった場合、しかもコミュニケーション能力に欠けているのに仕切り屋だった場合、その下についた人達は本当に不幸と言えます。
こういう人種は、権力を使って人に従わせる事に対して一切の疚しい気持ちを持ち合わせていません。
普通の常識ある人なら、いくら権力を得たとしても、部下にイヤイヤ従われるのは納得がいかないものです。
権力で従わせるのではなく、心から信頼され、部下から従いたいと思ってもらう事こそが本望ではないでしょうか。
権力を得たのだから、自分が一番偉いとでも思っているのでしょうか。
それは大きな勘違いです。
会社組織で言うと社長が一番権力を持っています。
ではその権力をもっている社長が一番偉いのでしょうか?
自分が一番偉いからと部下の話に耳を傾けないワンマン社長は、部下から「社長に何を言っても無駄なので言わない」と思われています。「失敗しても社長が損するのだから勝手にしたらいい」とも思われているのです。
そんな会社が成長するはずがありません。
こういう上司の愚痴は、飲みの席では必ずといっていいほど聞こえてきます。
飲みの席での上司の話が長い。
上司の話がおもんない。
上司が偉そうにする。
上司の武勇伝を聞くのが辛い。
上司の自慢話が長い。
上司にペコペコしないと風当たりがきつくなる。
どれもほぼ毎日繁華街で聞こえてくる部下達の愚痴です。
だからだんだんと上司との飲みの席は敬遠されるようになったのだと思います。
人は誰でも一緒にいて面白い、一緒にいて楽しい人と居たいものです。
それが上司と部下だろうが、年齢差があろうが関係ないのです。
コミュニケーション能力とは、聞く側の気持ちになって喋る事です。そして聞く側は、喋る人の気持ちになって聞く事です。
この二つを心がけていれば、きっと素晴らしい人間関係が築けるはずです。
何事も相手の気持ちになって考える。これが大事なのです。
2013年2月9日土曜日
あつかましい人達
世間では、新幹線のグリーン車以外の席につく場合、肘掛はどっちのものかという議論が頻繁に繰り広げられております。
私は先に乗った人のもの、早い者勝ちだという認識でいます。
先に乗った場合は堂々と肘掛を使用しますし、後からの場合は遠慮して使わないようにしています。
先日、姫路から乗った東京行ののぞみでの事、私はいつものように堂々と肘掛を使用していたのですが、新大阪から乗ってきたオッサンが、後から来たにもかかわらず、私がちょっと席を外している間に肘掛を奪ってしまったのです。
例え肘でもオッサンと触れる事は許されないので、肘で押し返す事もできず、このクソあつかましいオッサンにやむなく肘掛を譲るカタチとなってしまいました。
しかし一体どういう教育を受けて来たのでしょうか?
あつかましいにもほどがあります。
B型なのでしょうか?
先ほどまで私が使用していた事はわかっているはずです、それを堂々と奪える感覚が異常です、勝手に人のものを奪うのですから、これはもはや窃盗です。
ひょっとすると、このオッサンは、肘掛は奪ったもの勝ちという考えでいるのでしょうか?
それならクソあつかましい奴が得をするという事になっていまいます。
もちろん私の早い者勝ちという自論も本当に正しいのかとどうかは不明です。
年長者が使用するべきなのかも知れませんし。
高所得者が使用するものなのかも知れません。
JRは直ちに肘掛を各席1個設置するか、もしくはどっちの物なのをハッキリ決めるべきです。
予約段階で窓側なら窓側、通路側なら通路側と決まっていれば、こういう問題にはなりません。
現在、私の住むマンションでは、駐輪場不足の問題で、もう何年もモメ続けています。
これは自転車の所有者が増加し、駐輪場の数が不足、クソあつかましい人だけが駐輪場を使用し、謙虚な人は自転車を置く場所がないという問題です。
基本的に駐輪場以外の共用部に自転車を置く事は禁じられています。
駐輪場に停められない謙虚でいい人達(全体の80%)は、総会にて駐輪場を公平に使用するために、クジ引きなどで分け与えようと決議にかけるのですが、毎回クソあつかましい駐輪場を占拠している20%の人間が、暴言を吐き議論にならぬまま何年も経過しているという状態です。
総会で暴言を吐く時点で頭が悪いチンカスとしか言いようがありません。
もう何年も使用していないホコリをかぶった子供用自転車もあります。それを移動もしくは処分して、他の人にスペースを開けるという事がそんなに嫌なのかと真剣に思います。
あつかましいにもほどがあります。
あつかましいというよりも、脳が腐っているとしか考えられません。
勿論そんな連中は、住民からは大変嫌われています。
ずっと住み続ける住居で、まわりからそんなに嫌われてまで駐輪場を使用したいのですから大したものです。
そして一番の被害者はその連中の子供達です。親が嫌われているのですから、子供達も完全に浮いています。
子供は関係ないのに、親のせいで近所に友達ができないのです。
きっと嫌われる事に、なんの抵抗もないのでしょう。
結局はあつかましい人達だけが、肘掛も駐輪場も使用できて、謙虚で常識のある人達は使用できないというのが世の中なのです。
世の中は嫌われても平気な人が得をするようにできているのです。
私は先に乗った人のもの、早い者勝ちだという認識でいます。
先に乗った場合は堂々と肘掛を使用しますし、後からの場合は遠慮して使わないようにしています。
先日、姫路から乗った東京行ののぞみでの事、私はいつものように堂々と肘掛を使用していたのですが、新大阪から乗ってきたオッサンが、後から来たにもかかわらず、私がちょっと席を外している間に肘掛を奪ってしまったのです。
例え肘でもオッサンと触れる事は許されないので、肘で押し返す事もできず、このクソあつかましいオッサンにやむなく肘掛を譲るカタチとなってしまいました。
しかし一体どういう教育を受けて来たのでしょうか?
あつかましいにもほどがあります。
B型なのでしょうか?
先ほどまで私が使用していた事はわかっているはずです、それを堂々と奪える感覚が異常です、勝手に人のものを奪うのですから、これはもはや窃盗です。
ひょっとすると、このオッサンは、肘掛は奪ったもの勝ちという考えでいるのでしょうか?
それならクソあつかましい奴が得をするという事になっていまいます。
もちろん私の早い者勝ちという自論も本当に正しいのかとどうかは不明です。
年長者が使用するべきなのかも知れませんし。
高所得者が使用するものなのかも知れません。
JRは直ちに肘掛を各席1個設置するか、もしくはどっちの物なのをハッキリ決めるべきです。
予約段階で窓側なら窓側、通路側なら通路側と決まっていれば、こういう問題にはなりません。
現在、私の住むマンションでは、駐輪場不足の問題で、もう何年もモメ続けています。
これは自転車の所有者が増加し、駐輪場の数が不足、クソあつかましい人だけが駐輪場を使用し、謙虚な人は自転車を置く場所がないという問題です。
基本的に駐輪場以外の共用部に自転車を置く事は禁じられています。
駐輪場に停められない謙虚でいい人達(全体の80%)は、総会にて駐輪場を公平に使用するために、クジ引きなどで分け与えようと決議にかけるのですが、毎回クソあつかましい駐輪場を占拠している20%の人間が、暴言を吐き議論にならぬまま何年も経過しているという状態です。
総会で暴言を吐く時点で頭が悪いチンカスとしか言いようがありません。
もう何年も使用していないホコリをかぶった子供用自転車もあります。それを移動もしくは処分して、他の人にスペースを開けるという事がそんなに嫌なのかと真剣に思います。
あつかましいにもほどがあります。
あつかましいというよりも、脳が腐っているとしか考えられません。
勿論そんな連中は、住民からは大変嫌われています。
ずっと住み続ける住居で、まわりからそんなに嫌われてまで駐輪場を使用したいのですから大したものです。
そして一番の被害者はその連中の子供達です。親が嫌われているのですから、子供達も完全に浮いています。
子供は関係ないのに、親のせいで近所に友達ができないのです。
きっと嫌われる事に、なんの抵抗もないのでしょう。
結局はあつかましい人達だけが、肘掛も駐輪場も使用できて、謙虚で常識のある人達は使用できないというのが世の中なのです。
世の中は嫌われても平気な人が得をするようにできているのです。
2012年12月14日金曜日
止まらないトイレット
とある雑居ビルでトイレに入った時の事です。
12月の寒い時期だったという事もあったのですが、そのトイレは何かうす暗く、特に隙間風が入ってくる訳でもないのですが、とても寒い、底冷えのする洋式のトイレでした。
しかし個室に入ってみると、ウォシュレットも付いていましたし、便座ウォーマーだってありました。
私は「ヒューッ」と自然と口笛を吹いていました。
この2つがあれば多少寒いのも我慢できます。
最近は贅沢になったのか、ウォシュレットとウォーマーが完備されていないトイレに入ると腹が立ってきます。
「ウォシュレットじゃないトイレなんてトイレじゃない」とさえ感じてしまうほどに、あれは素晴らしい設備です。なんなら和式トイレにもウォシュレットを付けて欲しいと真剣に思います。
用を足して洗浄ボタンを押します。
温かい温水が噴き出します。
水の太さもちょうど良いサイズです。
この水の太さにも好みというものが存在します。太さはとても大切なポイントであると思うのです。
勢いに関しては、ほとんどのウォシュレットで調整が可能ですので、好みの強さに調整できますか、太さは調整ができません。
以前、とある有名芸能人のお宅へお邪魔した際、ウォシュレットの水のサイズが非常に細く、しかも勢いがマックスに調整されていて、思わず「いたぁっっ」と叫んだ事があります。
「あの人こんなんが好みなんや」と関心しました。
私はあまり細いサイズは好みではありません、太めの方が好きなのです。なので水圧をかなり弱くしてその場を乗り切ったのです。
今回のこの雑居ビルのトイレのウォシュレットは、なかなか満足度の高いものであると思った矢先の出来事です、そろそろ温水を停止しようと停止ボタンを押してみるのですが、温水が止まらないのです。
「ん?あれ?」
何度も停止ボタンを押します。
しかしいっこうに温水が止まらないのです。
「え?え?うそやろ?」
全く止まる気配がありません。
それどころか、温水が徐々に冷水に変わってきたのです。
「え?やばい、マジやばい、冷たい」
この冷水のウォシュレットほど精神的肉体的ダメージの大きいものはありません。
ものすごく嫌な気持ちになってきました。
どうしたらこのピンチを乗り越えられるのでしょうか。
このまま立ち上がったらどーなるのでしょうか。スーツに水がかかってずぶ濡れになるのでしょうか、勇気がなくてそれも出来ません。
とにかく停止ボタンを何度も何度も押す事しか私にはできなかったのです。
長時間冷水の当たり続ける感部は、冷えて完全に凍傷状態です。
このままでは感部が壊死してしまいます。
なんとか腰をずらして的を外してはみるのですが、それでも周辺さえも凍傷の可能性があります。
このまま一生ここで冷水を浴び続けなければならないのでしょうか。
そんな人生なんて嫌です。
誰かを呼ぶわけにもいきませんし、とりあえず冷や汗をと脇汗を大量にかきながら、停止ボタンを連打し続けました。
15.8分程が経過したでしょうか、そろそろ感部(臀部)に限界を感じ始めた頃にやっと水が止まりました。
長い長い私とトイレットとの死闘が幕を閉じたのです。
私は「ヒューッ」と自然と口笛を吹いていました。
そして何食わぬ顔をしてトイレを出たのです。
12月の寒い時期だったという事もあったのですが、そのトイレは何かうす暗く、特に隙間風が入ってくる訳でもないのですが、とても寒い、底冷えのする洋式のトイレでした。
しかし個室に入ってみると、ウォシュレットも付いていましたし、便座ウォーマーだってありました。
私は「ヒューッ」と自然と口笛を吹いていました。
この2つがあれば多少寒いのも我慢できます。
最近は贅沢になったのか、ウォシュレットとウォーマーが完備されていないトイレに入ると腹が立ってきます。
「ウォシュレットじゃないトイレなんてトイレじゃない」とさえ感じてしまうほどに、あれは素晴らしい設備です。なんなら和式トイレにもウォシュレットを付けて欲しいと真剣に思います。
用を足して洗浄ボタンを押します。
温かい温水が噴き出します。
水の太さもちょうど良いサイズです。
この水の太さにも好みというものが存在します。太さはとても大切なポイントであると思うのです。
勢いに関しては、ほとんどのウォシュレットで調整が可能ですので、好みの強さに調整できますか、太さは調整ができません。
以前、とある有名芸能人のお宅へお邪魔した際、ウォシュレットの水のサイズが非常に細く、しかも勢いがマックスに調整されていて、思わず「いたぁっっ」と叫んだ事があります。
「あの人こんなんが好みなんや」と関心しました。
私はあまり細いサイズは好みではありません、太めの方が好きなのです。なので水圧をかなり弱くしてその場を乗り切ったのです。
今回のこの雑居ビルのトイレのウォシュレットは、なかなか満足度の高いものであると思った矢先の出来事です、そろそろ温水を停止しようと停止ボタンを押してみるのですが、温水が止まらないのです。
「ん?あれ?」
何度も停止ボタンを押します。
しかしいっこうに温水が止まらないのです。
「え?え?うそやろ?」
全く止まる気配がありません。
それどころか、温水が徐々に冷水に変わってきたのです。
「え?やばい、マジやばい、冷たい」
この冷水のウォシュレットほど精神的肉体的ダメージの大きいものはありません。
ものすごく嫌な気持ちになってきました。
どうしたらこのピンチを乗り越えられるのでしょうか。
このまま立ち上がったらどーなるのでしょうか。スーツに水がかかってずぶ濡れになるのでしょうか、勇気がなくてそれも出来ません。
とにかく停止ボタンを何度も何度も押す事しか私にはできなかったのです。
長時間冷水の当たり続ける感部は、冷えて完全に凍傷状態です。
このままでは感部が壊死してしまいます。
なんとか腰をずらして的を外してはみるのですが、それでも周辺さえも凍傷の可能性があります。
このまま一生ここで冷水を浴び続けなければならないのでしょうか。
そんな人生なんて嫌です。
誰かを呼ぶわけにもいきませんし、とりあえず冷や汗をと脇汗を大量にかきながら、停止ボタンを連打し続けました。
15.8分程が経過したでしょうか、そろそろ感部(臀部)に限界を感じ始めた頃にやっと水が止まりました。
長い長い私とトイレットとの死闘が幕を閉じたのです。
私は「ヒューッ」と自然と口笛を吹いていました。
そして何食わぬ顔をしてトイレを出たのです。
2012年12月7日金曜日
ノックは無用
トイレに入っていると、コンコンとノックをしてくる人がいます。
わざわざノックをしなくても、ドアの表示で入っている事はわかるはずです。なのにコンコンとノックをしてくるのです。
あれは入っているのかどうかの確認ではなく、あきらかに「はよ出ろや」という催促なのだと思います。
しかし催促されても途中で中断するわけにもいきません。
仕方ないので「わかっとる」という意味をこめてコンコンとノック返しをするのです。
これまでの私は、前述の通りノックとは入っているかどうかの確認のためのものだと理解して生きてまいりました。
なので赤く表示されていれば、どこか違うトイレを探します。
そのまま待っていて、空いてすぐ入ったとしても、前の利用者の残臭はとてもつらいものです。
だから一度も催促した事はないのです。
そもそも、便器に座った状態で、ドアにすぐ手が届く構造なら、ノック返しも簡単でしょうが、和式のしかもドアが後方になるような構造だった場合に気の毒です。
催促ノックをした事で、焦らせて途中で出てこられても申し訳ないです。
どーせなら立ち去ってあげて、スッキリ出させてあげたいと思うのです。
だから催促ノックはやめてください。
わざわざノックをしなくても、ドアの表示で入っている事はわかるはずです。なのにコンコンとノックをしてくるのです。
あれは入っているのかどうかの確認ではなく、あきらかに「はよ出ろや」という催促なのだと思います。
しかし催促されても途中で中断するわけにもいきません。
仕方ないので「わかっとる」という意味をこめてコンコンとノック返しをするのです。
これまでの私は、前述の通りノックとは入っているかどうかの確認のためのものだと理解して生きてまいりました。
なので赤く表示されていれば、どこか違うトイレを探します。
そのまま待っていて、空いてすぐ入ったとしても、前の利用者の残臭はとてもつらいものです。
だから一度も催促した事はないのです。
そもそも、便器に座った状態で、ドアにすぐ手が届く構造なら、ノック返しも簡単でしょうが、和式のしかもドアが後方になるような構造だった場合に気の毒です。
催促ノックをした事で、焦らせて途中で出てこられても申し訳ないです。
どーせなら立ち去ってあげて、スッキリ出させてあげたいと思うのです。
だから催促ノックはやめてください。
2012年12月5日水曜日
貸切り
先日とある飲食店から相談がありました。
大阪市内にある10卓40席ほどの小さなお店です。
そのお店に、平日の夜、20人の予約が入ったそうです。
飲食店にとって平日夜というのはなかなか苦戦しているところが多く、20人なら常連客様用の席も確保できるので、迷惑がかからないだろうと快く予約を受けたそうです。
ところが予約の時間になると、当初の予定の20人が30人となり、その後もどんどん人が加わり、最終的に40人にまで膨れ上がり、満席となってしまいました。
確かに平日に満席となるのは大変有難い話なのですが、いつも来られる常連客様を通す席がありません。
予約受付時と、ご来店後に何度か席を1つでも開けておいて欲しいとお願いしたそうですが、「俺はそんなん聞いてへん」とキレられ、受け入れてもらえなかったそうです。
案の定、その後ご来店になられた数組のお客様は満席のためにお断りしたそうです。
しかし、その40人のお客様のうち半数の20人程度のお客様が、水でいいとご注文をされなかったらしいのです。
そのお店の平日夜の平均的な売上は5~7万程度、客単価は平均1800円です。
ところがその日の売上は2万だったそうです。
40人のうち20人がお酒なしの食事のみ、客単価1000円弱だったという事になります。
しかも貸切状態であったために、他のお客様は一切お通しできていません。
飲食店は、昨年の実績やここ数ヶ月の動向などを元に平均的な売上を基準にしてスタッフの人数を決定します。食材の仕入れも同じです。
この日は人件費、仕入れ原価ともに完全に赤字となってしまいました。
これは飲食店にとって致命的な現象です。
この団体は、その後も定期的に月1回ご来店になるそうで、どーやって相手を不快にさせず断ればいいのかという相談でした。
話を聞いていると、どーもその団体の関係者が、私の古くからの友人かもしれないと思ったので、早速電話してみる事にしました。
するとやはり関係者だったらしく、事情を説明し、せめて1人1品以上のオーダーをして欲しいと伝言してもらう事にしたのです。
友人は快く引き受けてくれました。
その後すぐに当の本人から私に電話がかかってきました。
少しキレた口調で彼が言います。
「あっこいっつも暇そうにしてるから行ったってんのにどーゆー事なんすか?」
どーやら依頼した友人から怒られ、気を悪くしているようです。
私はもう一度最初から説明致しました。すると
「それはもう俺らにきて欲しくないという事を言いたいわけ?」
「いえいえ、もう一度言いますが、せめて1人1品はオーダーしていただきたいのです」
彼は理解したのかしてないのか、「わかりました」と電話を切りました。
その後はご来店になられてないという事です。
きっと気を悪くされたのでしょう、しかし赤字にまでして受け入れる事はできません。
我々は貸切という事について簡単に考えがちですが、飲食店側のこういった事情についても、ある程度の理解が必要なのです。
大阪市内にある10卓40席ほどの小さなお店です。
そのお店に、平日の夜、20人の予約が入ったそうです。
飲食店にとって平日夜というのはなかなか苦戦しているところが多く、20人なら常連客様用の席も確保できるので、迷惑がかからないだろうと快く予約を受けたそうです。
ところが予約の時間になると、当初の予定の20人が30人となり、その後もどんどん人が加わり、最終的に40人にまで膨れ上がり、満席となってしまいました。
確かに平日に満席となるのは大変有難い話なのですが、いつも来られる常連客様を通す席がありません。
予約受付時と、ご来店後に何度か席を1つでも開けておいて欲しいとお願いしたそうですが、「俺はそんなん聞いてへん」とキレられ、受け入れてもらえなかったそうです。
案の定、その後ご来店になられた数組のお客様は満席のためにお断りしたそうです。
しかし、その40人のお客様のうち半数の20人程度のお客様が、水でいいとご注文をされなかったらしいのです。
そのお店の平日夜の平均的な売上は5~7万程度、客単価は平均1800円です。
ところがその日の売上は2万だったそうです。
40人のうち20人がお酒なしの食事のみ、客単価1000円弱だったという事になります。
しかも貸切状態であったために、他のお客様は一切お通しできていません。
飲食店は、昨年の実績やここ数ヶ月の動向などを元に平均的な売上を基準にしてスタッフの人数を決定します。食材の仕入れも同じです。
この日は人件費、仕入れ原価ともに完全に赤字となってしまいました。
これは飲食店にとって致命的な現象です。
この団体は、その後も定期的に月1回ご来店になるそうで、どーやって相手を不快にさせず断ればいいのかという相談でした。
話を聞いていると、どーもその団体の関係者が、私の古くからの友人かもしれないと思ったので、早速電話してみる事にしました。
するとやはり関係者だったらしく、事情を説明し、せめて1人1品以上のオーダーをして欲しいと伝言してもらう事にしたのです。
友人は快く引き受けてくれました。
その後すぐに当の本人から私に電話がかかってきました。
少しキレた口調で彼が言います。
「あっこいっつも暇そうにしてるから行ったってんのにどーゆー事なんすか?」
どーやら依頼した友人から怒られ、気を悪くしているようです。
私はもう一度最初から説明致しました。すると
「それはもう俺らにきて欲しくないという事を言いたいわけ?」
「いえいえ、もう一度言いますが、せめて1人1品はオーダーしていただきたいのです」
彼は理解したのかしてないのか、「わかりました」と電話を切りました。
その後はご来店になられてないという事です。
きっと気を悪くされたのでしょう、しかし赤字にまでして受け入れる事はできません。
我々は貸切という事について簡単に考えがちですが、飲食店側のこういった事情についても、ある程度の理解が必要なのです。
2012年10月20日土曜日
B型
B型の人のイメージ 「マイペース」「無神経」「自己中」「脳天気」
B型の人には申し訳ありませんが、殆どの人はこう思っています。
決して悪く言っているのではないのです。
B型以外のほぼ全員がこう理解しているのですから仕方ありません。
先日、とある友人Aが、私の目の前でその友人Bと喧嘩を始めました。
(ちなみに友人AはA型、BはB型です)
Aが一方的にBに泣きながら文句を言っています。
Bは困った表情でAに謝っています。しかしAはやめません。泣きながら延々とBに文句を言っています。
事の発端は、Aの友人Cの事でした。(Cの血液型は不明)
Cは自己中心的で、身勝手でいい加減な人です。その身勝手なCがAを攻撃、AはCと縁を切ったのです。
本来この図式を理解していれば、私なら今後のAとの付き合いが大事な場合はCとは付き合いませんし、仮にCと付き合いがあったとしても、Aを尊重してAには内緒にします。
ところがBは、Cとの付き合いを止めず、またその事を無神経にもAに事細かに伝えたのです。
Aからすれば、いい気分がするはずがありません。
何故そんな無神経なのか、もうこちら(A)とは付き合いをやめるつもりなのかと延々とBに文句を言うA。
しかしBはB型です。
B型の人を悪く言うつもりはありませんが、こういった繊細な部分を理解できないのがB型です。
良い部分も沢山あるのですが、こういった人間関係の細かな感情は、B型には理解できる能力は備わっていません。これは仕方ないのです。いくら説明しても、B型には絶対に理解できない部分なのです。
結局Bは逃げるように帰っていきました。
Aが散々言い放った事は、まず間違いなくBには理解できていないでしょう。
「なんでこんなに怒られてるのか。みんな仲良くしたらいいやんか」
ぐらいしか思っていないはずです。
B型の人は、たびたびこういった事で人を傷つけます。
しかしまったく悪気はありません。
最初はまるで悪意や何か意図する事があってそういう対応をするのかと思い、周囲の人は、傷ついたりショックを受けたりるすのですが、相手がB型であるとわかった瞬間に、すべてが諦めに変化し、許されてしまうのです。
それはまるで子供のようにです。
子供は複雑な大人の感情や人間関係の構図など理解できません。
理解できませんから相手を傷つけるような事は平気で言います。
しかし言われた側も、相手が子供なので傷ついたとしても諦めます。
B型はこれと同じなのです。
ある意味、得な血液型と言えます。
本来なら人を傷つけたりショックを与えたなら、キチンと謝罪した上で、今後同じ過ちを起こさぬようにしなければならないのですが、B型だけは絶対に理解できないので許されて(諦められて)しまうのですから。
今回の喧嘩も、結局最後は 「まぁB型やからしゃーないけどな」
で終わりました。
私の周りには不思議とB型の人が多いのですが、ほぼ全員こういう感じの人です。
血液型など関係ないとも言いますが、こればっかりは大いに関係があると思います。
B型を理解して、上手に付き合ってあげてください。
B型の人には申し訳ありませんが、殆どの人はこう思っています。
決して悪く言っているのではないのです。
B型以外のほぼ全員がこう理解しているのですから仕方ありません。
先日、とある友人Aが、私の目の前でその友人Bと喧嘩を始めました。
(ちなみに友人AはA型、BはB型です)
Aが一方的にBに泣きながら文句を言っています。
Bは困った表情でAに謝っています。しかしAはやめません。泣きながら延々とBに文句を言っています。
事の発端は、Aの友人Cの事でした。(Cの血液型は不明)
Cは自己中心的で、身勝手でいい加減な人です。その身勝手なCがAを攻撃、AはCと縁を切ったのです。
本来この図式を理解していれば、私なら今後のAとの付き合いが大事な場合はCとは付き合いませんし、仮にCと付き合いがあったとしても、Aを尊重してAには内緒にします。
ところがBは、Cとの付き合いを止めず、またその事を無神経にもAに事細かに伝えたのです。
Aからすれば、いい気分がするはずがありません。
何故そんな無神経なのか、もうこちら(A)とは付き合いをやめるつもりなのかと延々とBに文句を言うA。
しかしBはB型です。
B型の人を悪く言うつもりはありませんが、こういった繊細な部分を理解できないのがB型です。
良い部分も沢山あるのですが、こういった人間関係の細かな感情は、B型には理解できる能力は備わっていません。これは仕方ないのです。いくら説明しても、B型には絶対に理解できない部分なのです。
結局Bは逃げるように帰っていきました。
Aが散々言い放った事は、まず間違いなくBには理解できていないでしょう。
「なんでこんなに怒られてるのか。みんな仲良くしたらいいやんか」
ぐらいしか思っていないはずです。
B型の人は、たびたびこういった事で人を傷つけます。
しかしまったく悪気はありません。
最初はまるで悪意や何か意図する事があってそういう対応をするのかと思い、周囲の人は、傷ついたりショックを受けたりるすのですが、相手がB型であるとわかった瞬間に、すべてが諦めに変化し、許されてしまうのです。
それはまるで子供のようにです。
子供は複雑な大人の感情や人間関係の構図など理解できません。
理解できませんから相手を傷つけるような事は平気で言います。
しかし言われた側も、相手が子供なので傷ついたとしても諦めます。
B型はこれと同じなのです。
ある意味、得な血液型と言えます。
本来なら人を傷つけたりショックを与えたなら、キチンと謝罪した上で、今後同じ過ちを起こさぬようにしなければならないのですが、B型だけは絶対に理解できないので許されて(諦められて)しまうのですから。
今回の喧嘩も、結局最後は 「まぁB型やからしゃーないけどな」
で終わりました。
私の周りには不思議とB型の人が多いのですが、ほぼ全員こういう感じの人です。
血液型など関係ないとも言いますが、こればっかりは大いに関係があると思います。
B型を理解して、上手に付き合ってあげてください。
2012年9月3日月曜日
接客業
先日、とある田舎のラーメン店での出来事。
実はそのお店には既に何度も訪れていたのですが、ここ1~2ヶ月は何度行っても入店を断られ続けていました。
勿論、閉店間際に行くからなのですが、過去に訪問した時の記憶から、22:30閉店だったように記憶しておりましたので、22時に行けば大丈夫であろうという事から、ここのところ何度も22時に行っては、「もう終わりました」「スープが売り切れました」と言われ続けていたのです。
もっと早く行けばいいのですが、仕事でどうしても22時前にはなってしまいます。
さすがにこう何度も断られると行く気さえ失せてくるのですが、この地域にはこの時間、他に開いているお店が無いという事もあって、今回は予め予約をする事としました。
21時に訪問し、22時前には伺う事を伝えます。
店 「いやぁもう売り切れたんすよ」
私 「ちょ、まだお客さんいますやん」
店 「いやもう無いんです」
私 「はぁ?」
あきらかに迷惑そうな対応でした。
単純に来てほしくない、そう受け取れたのです。
確かにここのところ連続して続いている入店拒否も、来てほしくないのなら納得がいきます。
さっさと閉店して、早く家に帰りたいのでしょう。
さすがに腹が立ちました。
実はこのお店のオーナーは、古くからの友人です。早速電話してみる事にしたのです。
私 「こんなんゆーねん、どーおもう?」
オ 「は?マジすか!あの店長今月いっぱいで辞めるんすよ」
私 「そーなん、ほんでテキトーにやってんやろな」
オ 「ちょっとガツンと言いますわ」
10分程して、店長が店を飛び出してきました。
店 「すみませんでした!本日22時前に大丈夫です!」
私 「は?いけるんかいな、最初からいいーな」
それからというもの、いつ行っても普通に入店できます。
閉店時間を過ぎていて、アルバイトが私たちを追い返そうとしても、奥から店長が走って出てきて、どーぞどーぞと招き入れてくれるのです。
まさか私がオーナーと繋がっているとは思わなかったのでしょう、しかしここまで対応が変わると逆に可哀想になってきます。
なのでいつも「サーセンサーセン」と言いながら、ペコペコでラーメンをいただいております。
世の中が不景気になり、どこの飲食店でもお客様獲得の為に必死になっている昨今、必死なのは経営者ばかりで、働いている従業員なんてこんなものなのです。勿論、経営者感覚で一生懸命に頑張っているスタッフも居ます。居ますが、あきらかに少数だと思います。
みんなしんどいのです、しんどいから閉店間際に来る客は迷惑なのです。
早く家に帰りたいのです。帰って風呂入ってビールでも飲みたいのです。
しかし、そんなお店は徐々に客足が離れていって、いつか閉店します。閉店して働く場を失うのは自分なのに、きっと会社が次のお店を用意してくれると勝手に思い込み、みんなテキトーにやるのです。
この店長のように、もう辞めるからと、テキトーにやるのもどうかと思います。
辞めるのなら逆に一生懸命やって、おしまれて辞めるべきです。
会社から引き止められるぐらいの辞め方をしないと、ただの負け犬ではないでしょうか。
月が変わり、新しい店長が来ているのだろうと、そのお店に行ってみましたが、彼は辞めずに居ました。
そしてこれまで以上に、最高の笑顔で迎え入れてくれたのです。
ひょっとしてやる気になったのか、たまたま次の店長が決まらずに、いるだけなのか、聞いてないのでわかりませんが、私はこの店長に、ここで頑張ってほしいと心から思いました。
ここで花を咲かせて、自信を持って次のステップに上がってほしいと願うばかりです。
実はそのお店には既に何度も訪れていたのですが、ここ1~2ヶ月は何度行っても入店を断られ続けていました。
勿論、閉店間際に行くからなのですが、過去に訪問した時の記憶から、22:30閉店だったように記憶しておりましたので、22時に行けば大丈夫であろうという事から、ここのところ何度も22時に行っては、「もう終わりました」「スープが売り切れました」と言われ続けていたのです。
もっと早く行けばいいのですが、仕事でどうしても22時前にはなってしまいます。
さすがにこう何度も断られると行く気さえ失せてくるのですが、この地域にはこの時間、他に開いているお店が無いという事もあって、今回は予め予約をする事としました。
21時に訪問し、22時前には伺う事を伝えます。
店 「いやぁもう売り切れたんすよ」
私 「ちょ、まだお客さんいますやん」
店 「いやもう無いんです」
私 「はぁ?」
あきらかに迷惑そうな対応でした。
単純に来てほしくない、そう受け取れたのです。
確かにここのところ連続して続いている入店拒否も、来てほしくないのなら納得がいきます。
さっさと閉店して、早く家に帰りたいのでしょう。
さすがに腹が立ちました。
実はこのお店のオーナーは、古くからの友人です。早速電話してみる事にしたのです。
私 「こんなんゆーねん、どーおもう?」
オ 「は?マジすか!あの店長今月いっぱいで辞めるんすよ」
私 「そーなん、ほんでテキトーにやってんやろな」
オ 「ちょっとガツンと言いますわ」
10分程して、店長が店を飛び出してきました。
店 「すみませんでした!本日22時前に大丈夫です!」
私 「は?いけるんかいな、最初からいいーな」
それからというもの、いつ行っても普通に入店できます。
閉店時間を過ぎていて、アルバイトが私たちを追い返そうとしても、奥から店長が走って出てきて、どーぞどーぞと招き入れてくれるのです。
まさか私がオーナーと繋がっているとは思わなかったのでしょう、しかしここまで対応が変わると逆に可哀想になってきます。
なのでいつも「サーセンサーセン」と言いながら、ペコペコでラーメンをいただいております。
世の中が不景気になり、どこの飲食店でもお客様獲得の為に必死になっている昨今、必死なのは経営者ばかりで、働いている従業員なんてこんなものなのです。勿論、経営者感覚で一生懸命に頑張っているスタッフも居ます。居ますが、あきらかに少数だと思います。
みんなしんどいのです、しんどいから閉店間際に来る客は迷惑なのです。
早く家に帰りたいのです。帰って風呂入ってビールでも飲みたいのです。
しかし、そんなお店は徐々に客足が離れていって、いつか閉店します。閉店して働く場を失うのは自分なのに、きっと会社が次のお店を用意してくれると勝手に思い込み、みんなテキトーにやるのです。
この店長のように、もう辞めるからと、テキトーにやるのもどうかと思います。
辞めるのなら逆に一生懸命やって、おしまれて辞めるべきです。
会社から引き止められるぐらいの辞め方をしないと、ただの負け犬ではないでしょうか。
月が変わり、新しい店長が来ているのだろうと、そのお店に行ってみましたが、彼は辞めずに居ました。
そしてこれまで以上に、最高の笑顔で迎え入れてくれたのです。
ひょっとしてやる気になったのか、たまたま次の店長が決まらずに、いるだけなのか、聞いてないのでわかりませんが、私はこの店長に、ここで頑張ってほしいと心から思いました。
ここで花を咲かせて、自信を持って次のステップに上がってほしいと願うばかりです。
登録:
投稿 (Atom)