2014年6月25日水曜日

PMS

女性には生理というものがあります。
出産するための、重要なものです。
これがないと、人間は子孫繁栄ができないわけですから。
ところが、それはそれはとても厄介なものだというのです。
小学生の頃、クラスの男子だけが教室を追い出されました。
男子は皆、それに対して疑問視せず、無邪気に校庭でドッヂボールを楽しんだのです。
休み時間、女子の中でも、少しマセたリーダー的な子が寄ってきて、こちらから聞いてもないのに、詳しく生理について教えてくれた事を思いだします。
この生理というものに対して、男性はあまり詳しい事を知りません。
・血が出る。
・それが1週間続く。
・2日目は多い。
・お腹が痛くなる人がいる。
・臭う。
・身体がだるくなる人もいる。
・28日周期で起きる。
ぐらいなものでしょうか。
会社でも生理休暇というものがあるぐらいですから、なかなかしんどいものだという認識ぐらいはあると思います。
ところが、実はもっと重要な、我々男性が知っておかなければならない事があるのです。
それがホルモンバランスが崩れるという事です。
ホルモンバランスが崩れると、様々な弊害が起きてきます。
更年期障害が最もわかりやすいと思いますが、温厚な人でもイライラして人に当たったり、被害妄想となったり、些細な事でキレたり、泣いたりしてしまいます。
これは本人の意思ではなく、ホルモンバランスが崩れた事で、起きてしまう症状なのです。
更年期障害でなくても、女性は毎月、必ず生理前になると、1週間程度はホルモンバランスが崩れ、正常な判断が出来なくなったり、イライラして八当たりしたり、普段なら考えもしない発言をして人を傷つけてしまったりしてしまうものなのです。
これをPMS(月径前症候群)といいます。
PMSの症状には個人差があり、その症例は200~300とも言われています。
代表的な症状としては以下のようなものがあります。

精神的症状の一例
・イライラしてすぐに怒る
・憂鬱になる
・眠れない
・理由もなく泣きたくなる
・仕事や勉強への根気がなくなる
・物忘れがひどい
・考えがまとまらない
・眠くなる、横になりたくなる
・孤独感、空虚感を感じる
・外出するのが億劫だ
・興奮状態になる
・人との付き合いを避けるようになる
・理由もなく不安感に苛まれる
・判断力が低下する
・疲労感
・集中力の低下、落ち着かない
・気持ちが散乱する
・怒りっぽくなる
・気が動揺する
・仕事や勉強の能力が低下する
・緊張しやすくなる

身体的症状の一例
・頭痛がする
・肩や首がこる
・吐き気がする
・下腹部が痛くなる
・肌が荒れる
・息苦しい
・めまいがする
・胸がしめつけられるような気がする
・腰が痛い
・冷や汗が出る
・顔が火照る
・胸が張る、乳房が痛む
・耳鳴りがする
・むくみ
・動悸がする
・手足がしびれる
・食べ物の好みが一時的に変わる
・動作がぎこちなくなる
・体重の増加
・過食になる
・皮膚のかゆみ

考えてみて下さい。
夫婦喧嘩や彼女と些細な事で喧嘩してしまったという人は、ほぼ女性側が、この状態の時なのではないでしょうか。
普段ならあり得ない優しい彼女も、この時ばかりは別人です。
それを理解しておかないと、こんなはずじゃなかったと、別れる原因にもなりかねません。
この事を胸に刻んで、この1週間をガマンして乗り切る事こそが、男性側ができる最大のフォローなのです。
生理の周期がキッチリしている女性の場合は、一度聞けばいつなのか計算できるはずです。
1年先ぐらいまで手帳へつけておきましょう。
予めわかっておいて、備えておいた方が良いのです。
備えておけば、喧嘩する事はないはずです。
また生理不順な人などは、毎回パートナーから早めに聞くしかありません。
但し、備えがないので、一度は喧嘩してしまう可能性があります。
喧嘩してはじめて、生理前である事に気付くというリスクが伴います。
なるべくならビタミンEのサプリメントなどを彼女に飲んでもらい、生理不順を治してあげる事が理想と言えます。
それで喧嘩せずに済むのであれば、サプリメントは毎月買ってあげても良いのではないでしょうか。
生理不順、生理痛、冷え性など、ビタミンEで簡単に克服できます。
また始めのうちは、ビタミンBも一緒に飲んでもらい、イライラ防止の策を打つのも一つの方法です。


殿にチップ→ 19A7a15L8ZHdfeBjwW8TM82cHiBKxu7YPB

団体旅と一人旅

一人旅は良いものです。
自分のペースで、自分の好きなところへ出かけ、自分の好きな物を見て、自分の好きな物を食べる。
そこで出会った人とは、自分の気の合う人とだけ会話し、会話の時間も自分の好きな時間で良いのですから。
誰かと出かけると、同行者のペースも考え、同行者と相談し、合意の元で、物を見て、物を食べてしなければなりません。
そこで出会った人とも、例え自分が気にいっていたとしても、同行者が気に入らないのなら、会話しずらくなります。
また会話の時間も、同行者から長いと指摘を受けるようであれば、もっと喋りたくてもやめなければなりません。
いずれにしても、誰かとの旅は、なかなか気を使わなければならず大変なものなのです。
これが複数となるともっと大変となります。
更にその複数のメンバーが、人間関係の出来ていない初対面などの関係だった場合だと、もうほぼ旅ではなく修業です。
そうなると、疲れるために旅をするようなものです。

しかし、最高に気の合う誰かとなら別です。
気が合うのですから、ストレスは一人旅とほぼかわりません。
更に悩んだ時の相談相手となったり、自分の知らない知識を知り得たり、一人旅ではあり得なかった会話による楽しさも生まれてきます。
更に、複数の場合でも、最高に気の合うメンバーばかりなら、それはそれはとても楽しい旅となるでしょう。
ひょっとすると、一人旅よりも数倍の楽しさがあるかも知れません。

しかし団体の場合は、いくら自分ととても気の合うメンバーだったとしても、誰かと誰かは合わないとか、誰かがいるなら行かない、誰かかいるから楽しくない等という個々の問題が起きる場合があります。
こちらとしては全員と仲が良いので、それぞれに仲良くしてもらう事が一番の喜びであり、それが幸せを感じるポイントとなるのですが、個々の問題が発生すると、もう全てを投げ捨てて、一人旅をした方がよっぽどマシだと思うようになってしまいます。
合わないのだから仕方ないと言われてしまえばそれまでなのですが、しかし本当に合わないのでしょうか。
本当に合わないと確信するほどに会話したのでしょうか。
パッと見で、誰かを嫌うのは簡単ですが、嫌う事で他の人にまで嫌な思いをさせてしまうのであれば、相手をもっと知ってみようと思わないのでしょうか。
友人なら、嫌な人を紹介などしません。
良い人だから紹介するのです。
その友人に紹介された人を、簡単に嫌うという行為は、紹介してくれた友人に対しても侮辱行為となることを理解しておかなければならないのです。
侮辱された友人は、もうあなたに誰も紹介はしなくなるでしょう。
せっかく紹介しても、相手をよく知ろうともせず嫌うのですから、紹介した自分が傷つくだけです。
やがて友人でもなくなってしまうでしょう。
他人となるわけです。
そしていつしか団体旅に疲れ果て、人を信じられなくなり、結局一人旅をするようになるのです。
一人旅は良いものです。
自分が楽しめればそれで良いのですから。
人を楽しませようと頑張る必要がないのですから。

メールが短い

eメールの文章が短いと文句を言ってくる人がいます。
しかし、ちょっとした内容なのに、長々と書いてくる人、指が疲れないのかと心配になります。
スマートだとは思えません。
クールではないのです。
長々と書く人はだいたい以下の種類に分類されます。
・ポエム的に独り言が多い人
・直球を使わず変化球ばかりを使用してくどくどと回りくどい書き方をする人
・何項目も一度に書いてくる人
・質問しておいて相手の意見を想像し、自分で回答までしてしまう人
・結論ではなく途中経過や心境を長々と書く人
いわゆるどれもスマートではありません。
クールではないのです。
食べログなどを見ていると、そのお店の事に無関係な、朝から何処へ行って何をしてみたいな、聞きたくもない自身のスケジュールを書いている人をよく見かけますが、それと似ています。
いわゆるスマートではないのです。
クールではないのです。
そして長々と長文を書く人達の殆どは、文章力がありません。
なのであまり長文のメールというものに、良い印象がない事もあって、極力メールは短文で返すようにしています。
勿論、必要な事項は書き込みますし、不要なものは省くというやり方ですので、相手にはこちらの言いたい事は伝わるはずなのです。
例えば、以下のようなビジネス用の返信をする場合、

「いつもお世話になっております。○○社の○○です。先日の件、了解致しました。
大変良い意見をいただきまして、有り難うございました。
早速実行してみますので、今後とも宜しくお願い致します。」

そして先方と徐々に人間関係が出来上がってくると、

「○○社の○○です。ありがとうございます。早速やってみます。」

もっと関係が深まると、

「りょーかい!」

最終的には、

「りょ」

となるわけです。
昔簡略化しすぎて「yes!」の「y」だけを返信していた頃がありましたが、さすがに短すぎるとのクレームを多く受け、せめて3文字「あい~」で統一しました。
「あい~」なら、何か陽気で楽しそうな印象なので、みんな機嫌よくなったのだと思います。
最近では「あはい、」「うほっ、」「えー」ぐらいでほとんどの会話が事足りています。
ところが、長文派の人達からは、全く支持されず、怒られてばかりいます。
怒られる理由は以下のようなものです。
・興味がなさそう。
・無関心、無感情。
・やる気がない。
以前、仕事の事でメールのやりとりをしている人から、私の文章が短すぎるので、やる気が全く感じられず、仕事を降りるという内容のメールが届きました。
しかし、返信する時点で、こちらは興味津々なのです。
興味がなければ、わざわざ返信なんてしません。
短文だから興味がないと決めつけるのはどうかと思います。
また逆に、長文だから興味津々でヤル気満々だというのもおかしな話です。
更に、「あはい、」「うほっ、」などと返すと、いちいち「そのうほっはどういう心境のうほっなん?」と聞いてくる人がいます。
まずこの質問がスマートではありません。
またその質問にいちいち答える事もスマートではないのです。
クールではないのです。
そんな質問が来た場合は、なるべくならスルーするようにしています。
重要視して欲しいのは、書き方ではなく、ちゃんと返事をしている事だという事なのです。

母の気持ち

殿のコラム「人は死ぬからね」
http://tono158.blogspot.jp/2010/07/blog-post_28.html
を読んだ読者様からお便りをいただきました。以下

息子はな、お腹に入ったと判った瞬間から存在そのものが親孝行やねん。
優しい言葉なんかいらんねん。
可愛くて可愛くて 生まれてから毎日生きて笑ってくれてたらそれだけでいいねん。
だから後悔なんかしたらあかん。今が元気なんが親孝行やで。
笑顔が、何よりの供養や。

涙が出ました。
そしてずっと後悔して生きてきた事から解放されたような、そんな気持ちになったのです。
母は偉大です。
無償の愛をくれるわけですから。
笑顔で生きていきます。
母上さま。一休

エスカレーター

以前にも書きましたが、日本では、関西だけがエスカレーターが世界基準で、右側立ちの左追越しとなっています。
これは元々日本流の左側立ちだったものを、大阪万博の際に、多くの外国からのお客様のために、エスカレーターを世界の国々と合わせようと矯正された事は広く知られています。
ところが、無知な関東人(関西人以外)は堂々と左側に突っ立っているから大変です。
左側から追い越そうと進んでも、無知な連中が左側に突っ立って、進路を塞いでいるのです。
そのせいで電車を乗り過ごし、商談に遅れたり、親の死に目に会えなかったという話はよく耳にします。
そもそも他の地域に来て、堂々と突っ立っているとは何事でしょうか。
外国へ行っても同じように突っ立っているのでしょうか。
まだ関西なので「どけやボケナス!ダボか!」と言われただけで済みますが、治安の悪い国ならとっくに射殺されています。
某国なら包丁で骨ごと切り刻まれてトイレに流されて終わりです。
それぐらいの事なのです。

2014年6月7日土曜日

飲料と数字の不可解な関係

なぜドリンクを飲むとき「ゴクッゴクッゴクッ」という音と同時に「1、2、3、」と数を数えてしまうのでしょうか。
私の場合、特に水分はチビチビ飲む事は少なく、殆どを一気にゴクゴクと飲み干してしまいます。
だからこそ余計にこの数字がつきまとうわけですが、皆さんは一体どうしているのでしょうか。
ゴクッゴクッゴクッゴクッ
1、2、3、4、5、6、
このゴクゴクを数えたところで、後でその数値を記録しているわけでもありませんし、牛乳なら10とか、ウーロン茶なら8などというように、飲料別に数値を記憶しているわけでもありません。
なので数える意味すら自分でわからないのです。
おそらくもう何年も何十年もこれはやり続けています。
おそらく物心ついて数字をおぼえた頃からやっているはずです。
そしてこの歳になってはじめて、その事に疑問を持ち、こうして発表しているわけです。
数を数えながら飲むのは私だけなのでしょうか。
皆様の意見をお待ちしております。

眼鏡

眼鏡をかけてみました。
もう何年も前に阿倍野近鉄で買った眼鏡です。
当時、自分に合う眼鏡を探し続けていた事もあって、様々な眼鏡を購入していました。
10年ぐらい前、ビビッとくる眼鏡と出会え、半年ぐらいは気に入ってかけてはいたのですが、どこかで無くしてしまったのです。
私はすぐに物をなくします。
これまでにも時計は何度となく、お気に入りのライターや指輪など、いくら気に入っていても、すぐになくしてしまうのです。
それから同じような眼鏡を探すのですが、なかなか同じものとは巡り会えず、結局は眼鏡をかけずに生きてきたのです。
そもそもメーカーから検索し、ショップを探せばすぐに見つかるものなのでしょうが、私の探し方はアナログです。
たまたま通りかかって見つけないと嫌なのです。
だから縁がないと巡り会えないわけです。
そんな時に、阿倍野近鉄でなんとなく気に入って買った眼鏡を、たまたま引き出しから見つけたのです。
そして何も考えずにかけてみました。
「えーやん」
当時はそこまで良いとは思わずに、引き出しに入れてしまった眼鏡だったのですが、なぜか今更ですが物凄く良いのです。
物凄くフィットしているのです。
「コラえーわ」
私はそうつぶやくと、この眼鏡をかけて街へ出る事にしました。
街へ出ると様々な友人知人と出くわします。
皆なんて言うでしょうか。
皆がなんて言うのかを想像しながら歩きます。

「いーやんメガネ!似合ってるやん」
「わぁ!メガネ!買ったん?」
「メガネかけることにしたの?」

だいたいこんなもんでしょう。
ほとんどの人がこう言うはずです。
そうこうしていると、1人目の友人にで出くわしました。
ところが彼は一切メガネの話題に触れる事なく、立ち去りました。
1時間以上喋ったのにです。
彼は何も思わないのでしょうか。
「まぁええわ、次や次!」
気にせず歩きはじめます。
すると2人目の友人と出くわしました。
彼もまたメガネの話題は一切しませんでした。
3人目、4人目、5人目、、
誰もメガネ事を言ってくれません。
日が暮れてきましたので、メガネを見せる旅は明日に持ち越しです。
結局この日は述べ14人の人と遭遇しましたが、メガネについて指摘した人はゼロでした。
「どないなっとんねん」

翌日、早朝からまた街を練り歩きます。
2日目は22人の人と出会いました。
この日もメガネについて指摘した人はゼロでした。

翌日は28人と出会い、指摘した人はゼロでした。

結局、一週間が経過し、述べ158人の人と出会いましたが、メガネの事を言った人はいませんでした。

皆なにも思わないのでしょうか。
それともそれだけ顔にフィットしてるから?
しかし私なら一番に指摘します。
そもそもヘアースタイルをかえても何も言わない人達なのです。
メガネをかけたぐらいでは、みんな何も言わないのでしょう。

そしてついにこの日がやってきたのです。メガネをかけてから10日目の出来事でした。

「あれ?メガネ変えた?」
「あはい、」

変えたのではなく、かけたのですが、私はそう答えました。
メガネを変えたように思うのなら、そう思っていただいていいんです。
いちいち、変えたのではなくかけたのですと、言い返す事すらナンセンスに感じます。
それよりも、これまで何も言わない人達にしか出会ってなかったので、この瞬間、長い長いトンネルから抜け出した時のように、パッと目の前が明るくなったように感じました。
そして、その友人と熱い握手をかわしたのです。

調査開始から1ヶ月が経過しました。
述べ786人の人と出会いました。
出会った人達の反応を以下にまとめてみました。

・メガネをかけた事を指摘した人 0人
・メガネを変えたと言った人 7人
・完全スルー 779人

結局はヘアスタイルと同様に、気付かない人が殆どという事です。
それが実情なのです。
いちいち人の顔なんて見てない人ばかりだという事なのです。
そしてメガネをかけていたとしても、それがいつからなのかもわからないし、ひょっとするとメガネをかける状態が、この人にとってデフォルトだったとしたらと考えると、いちい指摘していられないというのが本音でしょう。
しかし、もう何年も付き合いのある人で、頻繁に会っている人でさえも、殆どの人が指摘しなかった事が、今回の調査結果の一番の驚きでした。

フラッシュバック

シャワーを浴びている時、ふと鼻で息を吸ってしまい、鼻にお湯が入ってきました。
その時にフラッシュのように、あるシーンが浮かんだのです。
それは小学生の頃の水泳の時間でした。
プールに潜って遊んでいる時、鼻から水を吸ってしまった時の、あの水の匂いと、全く同じ匂いだったのです。
こういうフラッシュバックは、ちょくちょく起こります。
匂い、味、音楽、触感など、様々なきっかけで人はフラッシュバックを起こすのです。
特に懐かしい音楽を耳にした時は、完全に当時の様子が瞼に浮かんできます。
それは映像のみならず、その当時自身が感じていた感覚を思い出すわけです。
このフラッシュを利用すれば、どうしても思い出せない過去の出来事を、思い出す事ができるのではないでしょうか?
例えば、記憶しなければならない事案がある場合、何かを食べていたり、音楽を聴いていれば、いざ思い出す必要がある場合は、同じ味の物を食べたり、同じ音楽を聴けば簡単に思い出せるような気がします。
苦手な歴史の暗記も、このフラッシュバックを利用すれば、誰でも簡単にできるようになるのでははいでしょうか。
是非ウィドモア社で研究して欲しいものです。

2014年5月27日火曜日

ハナクソ

鼻くそをほじっていると、何故か鼻くそが奥の方にドンドン逃げて行きます。
人は皆、それを追いかけ、必死で指を突っ込み、手を変え指を変え、なんとか爪の先に引っ掛けて取り出そうとするのです。
死闘の結果、見事鼻くそを取り出せた時は、何とも言いようのない達成感が得られます。
その時の鼻くそが大きければ大きいほど、より大きな達成感が得られるわけです。
逆に逃した場合の失望感はハンパないものがあります。
もう少し爪を伸ばしてさえいれば、取り逃がす事はなかったのにというお便りも多くいただきます。
勿論、逃した場合の最終手段としては、ティッシュで勢いよく鼻をかみ、鼻息で鼻くそを外に飛ばし出すという方法を取るのですが、しかしその場合の達成感は、死闘の結果、見事指でほじくり出した場合とは、比較になりません。
しかし一体何故鼻くそは逃げるのでしょうか。
そもそも何処へ逃げるのでしょうか。
鼻の奥に鼻くその巣があって、そこへ逃げ隠れさえすれば、捕らえられずに済むというゼブラゾーンがあるのかもしれません。
実際に、取り逃がした上に、鼻をかんでも出てこなかったという体験談は、数多く寄せられています。
ゼブラゾーンまで必死で逃げ切った鼻くその達成感も、きっとハンパないものがあるのでしょう。
21世紀、今後も人間と鼻くそとの死闘は、繰り広げられていくのだと感じています。

ラーメンの汁

ラーメンのスープを飲み干す人。
ラーメンのスープを残す人。
世の中には2種類の人がいます。
ほとんどの人はスープを残します。
正確なデータは持っていませんが、体感では9割以上の人がスープを残している印象があります。
勿論、残す量は人それぞれですが、キレイに飲み干す人は、あまり見た事がありません。
では味噌汁はどうでしょうか。
味噌汁はほとんどの人が飲み干します。逆に汁を残す人は見た事がありません。
玉子スープも、玉子だけ食べてスープを残す人は見た事がありません。
では何故ラーメンなら汁を残すのでしょうか。
ラーメンスープという名前ならみんな飲み干すのでしょうか。
「身体に良くないので」
ほとんどの人はこう言います。
身体に良くないというのは、何か有害物質でも含まれているのでしょうか。
スープが身体に悪いのであれば、スープ無しと注文したらどうでしょうか。
「太るので」
これもよく聞きます。
太るという人は、週に何回ラーメンを食べるのでしょう。
毎日なら間違いなく太ります。
しかし週に1回も食べないはずです。
なのにそれだけで太るというのなら、普段一体どんな食生活をしているのでしょうか。
「スープを残すのがマナー」
そんなマナーいつからあるのでしょうか。
ちっともカッコイイとは思いません。

そもそもラーメンというものは、麺と具材とスープで構成されています。
全部が合わさってラーメンなわけです。
どれか一つでも欠けたら、それはラーメンではないのです。
世の中に、こんなにもスープを残す人が多いのであれば、いっそのことラーメン店は、スープを少なくすればいかがでしょうか。
通常の半分か1/3ぐらいの量でいいじゃないですか。
それだけ原価率も下がります。
毎回毎回大量に残されたスープを捨てるのは、心苦しいはずです。
以前、とても美味いラーメン屋があると友人が連れて行ってくれたのですが、彼は美味い美味いとラーメンをすすっていたのに、最後に大量にスープを残したのです。
私はその時、彼は美味い美味いと言いながら本当は美味くはなかったのだと受取りました。
美味しかったらスープは残さないはずです。
それともここのラーメンの麺だけが美味いのだと言いたかったのでしょうか。
私はよほど不味くない限り、スープは残しません。
だって美味しいんですもん。
そんなにスープを残すのなら、油そばか焼そばを食べればいいのです。
それとも、つけ麺を注文して、割りスープをオーダーしなければいいのです。
本来のラーメンが食べたいのなら、スープもキチンと飲み干してほしいものです。

食べ方

料理にはそれぞれ正しい食べ方なるウンチクがあります。
それは誰かが決めたもので、それをキチンと守って食べるというのがツウとなるわけです。

ラーメンはまずスープをすすってから麺を食べる事になっています。
私は絶対に麺から食べます。
スープより先に麺を食べたいのです。
そして最後までレンゲは使わずに食べたい派です。
たまに麺から食べていると、食べる順番が違うと指摘する人がたまにいますが、そんな人とは二度と食事はしたくはありません。

蕎麦の正しい食べ方は、つゆに半分だけつけてズズッと勢いよくすすります。
薬味は蕎麦に乗せたりつゆに混ぜたりせず、箸でつまんで蕎麦と交互に食べるというものです。
しかし私は蕎麦はつゆに全部つけます。
つゆの着いてない半分の部分が先に口に入るのが嫌なのです。
関西風のつゆなら少し甘いので、関東人のように半分しかつけないなんてイキがる必要ないのです。

ポタージュはすすらずに、スプーンですくって食べます。
パスタはスプーンは使わずにフォークで丸めて食べます。
寿司は手で持ってネタに醤油をつけて食べます。
カレーは混ぜずにライス側からカレー側へと食べます。
お好み焼は箸を使わずにコテだけで食べます。
焼肉はドバッと乗せないで1枚ずつ焼いて食べます。

世の中には食べ方に関する決まり事が蔓延しています。
そんなものはいちいちキチンと守る必要なんてないのです。
食べたいように、好きなように食べれば良いのです。
但し、本来の正しい食べ方を理解した上でという条件です。
うっとおしい誰かに食べ方を指摘されたとしても、そこで動揺するような事のないように。
「わかっとる!ほっといてくれ!」
とキチンと言い返せるようにお願いします。

2014年5月18日日曜日

遠慮しぃ

遠慮しぃ=よく遠慮する人
基本的にO型の女子は遠慮しぃですが、この遠慮というものが、果たして相手にどういった印象を与えているのかを、キチンと理解した上で遠慮しないと、逆効果になる場合があるのです。
基本的に遠慮しぃの人は、相手に申し訳ないのでと、気を遣って遠慮しています。
これは相手の人に対しての気遣いですので、悪意がある訳ではありません。
がしかし、相手から気を遣われると、こちら側も気を遣ってしまうというのが人間の本能です。
人間関係が構築されたという事実を測る一つの目安が、相手に対する遠慮というものが無くなった状態とするならば、遠慮をしている限りは、本当の意味で相手を信頼していないとか、甘えられないという風に捉えられてしまいます。
相手を気遣って遠慮しているのに、相手にそんな風に捉えられてしまっては、もともこもありません。
かといって、図々しすぎるのもどうかと思いますので、信頼している相手には、適度に甘えてみるべきなのです。
昔、営業の仕事をしている時、これを痛烈に感じた出来事がありました。
ある客先の担当者(50代男性)が嬉しそうにこう言うのです。
「○○社の○○ちゃん(20代女子)に、ぶどう狩りのチケットを取ってくれと頼まれたんや」
この担当者は明らかに、頼られた事を喜んでいたのです。
私はその時にハッとしました。
仕事に無関係であるプライベートの相談をお客様にする事で、他の営業マンよりも一歩リードしたわけです。
自分の孫のような歳の女の子に、プライベートな相談をされる。
これはオジサン心をくすぐられる高度なテクニックといえます。
ある意味甘えているわけです。
勿論、人を見てやらないといけませんが、この場合は大成功だったはずです。
その後、彼女はその会社と何千万もの商談を決めました。
当時その彼女が、そのテクニックを理解した上で、戦略的にやっていたのならば凄い事ですが、実際はどうかわかりません。
それから私は、たびたびこういった「甘え」を戦略として使用しています。
たまに度を越して、厚かましいと思われているかもわかりませんが、遠慮ばかりしていたのでは絶対に成し遂げる事ができなかった多くの人間関係を築き上げる事ができました。
人にもよりますが、ほとんどの人は、仲の良い人から頼られたいと思っているはずです。
これからはO型女子も、遠慮ばかりしていないで、どんどん甘えてみてはいかがでしょうか。

追伸、ちなみにO型女子は内弁慶です。外で遠慮ばかりしているので、身内には逆に甘えすぎな傾向にあります。

ゆとり少女

とある満員電車での出来事です。
目の前に立っている20歳ぐらいの品のなさそうな女子2人組が会話しています。

「晴れた時に家にいたくないんだよね」
「あー、わかる」
「だってさ、なんでこんな晴れてるのに家にいなくちゃいけないの?ってなっちゃうじゃん」
「あー、わかる」

どないやねん!!!
晴れた日に家にいたくない理由になってへんがな!!!
あーわかるしか言わない相手も何故そこをつっこまないのでしょうか。
しかもわかるて、わかったんかいっっ!!

「あたしさ、カードもってないの」
「あー、わかる」
「持ちたくないんだよねカード、だって重いしさ」
「あーわかる」

どないやねん!!!
重いてどんなカードやねん!!!
あーわかるしか言わない相手も何故そこをつっこまないのでしょうか。
しかもわかるて、わかったんかいっっ!!
ゆとり女子かB型女子かアスペルガー女子か知りませんが、ちょっとおもろかったです。
ありがとうございました。

敗北感

ホテルをチェックアウトし、とぼとぼと駅に向かって歩いていると、駅前の居酒屋に行列ができていました。
見ると1日限定20食のお得なランチがあるらしく、そのランチ目的の行列ができているようです。
普段から、わざわざ並んでまで食べたいという欲求はないのですが、ただ駅に近いし、なんとなく並んでみたのです。
15分程すると、中から店員が出てきて、ランチの説明をはじめました。
そして限定20食のランチ用の整理券を順番に配りはじめました。
「あらま!私が最後?申し訳ないわぁw、後ろの人可哀想ww」
目の前に1人で並んでいる婦人が、こちらをチラチラ見ながらそう言いました。
どうやら丁度私が21人目だったようです。
後方に並んでいたうちの何人かは、20食が完売となった時点で、帰っていきました。
私は、別に限定ランチじゃなくても、何でも良かったのです。
なので単に席予約だけをし、営業開始まで待つ事になりました。
待っている間、先ほどの婦人の言葉が脳裏を旋回します。
「後ろの人が可哀想www」
可哀想なん?俺
何でも良かったのに、可哀想と言われてしまうと、何か損したような気分になってきます。
私はこの時、何故か敗北感を感じていました。
営業時間となり、整理券を持った人がぞろぞろと入口へ集まりはじめました。
私のように整理券を持っていない人は少数でしたが、持っている人、持っていない人が混合で、受付に集まり、順番に席へ案内されて行きます。
整理券を持っている人は、予め既に料理がセッティングされた席へ案内されます。
その様子は、まるでVIP客を通すような雰囲気です。
整理券を持っていない私達は、普通に席に案内されます。
私は1人だったので、カウンター席に通されました。
カウンターは7人がけでしたが、3人までしか通さないようです。両端は限定ランチの人が座っています。
3席分ぐらいの料理が並んでいます。
私は真ん中です。
先ほどの婦人が、私の左手で既に限定ランチを食べていました。
それは確かに並んででも価値のありそうな物凄い豪華なお膳でした。
これで1000円なら価値があります。
私は同じ1000円の日替り膳をオーダーしました。
少し待って出てきた日替り膳は、限定ランチと比べると、悲しくなるほどに1000円っぽい定食です。
あくまでも比較してなのですが、20人目に並んでいて整理券を勝ち取り、21人目の私を可哀想と言った婦人が食べている限定ランチと、私の目の前にある日替り膳とでは、格差がありすぎて、悲しくなったのです。
隣の婦人と私との差は、単に数秒差で並んだかどうかだけです。
並んでいた時間なんてほぼ差がありません。
なのに私はこのしょぼいランチ、婦人は豪華なランチなのです。
しかも店員もなんとなく彼らにはVIP扱い、我々は庶民扱い、そんな気がしてならないのです。
いや接客はとても良いのですか、そう感じてしまう雰囲気なのです。
婦人は、私の目の前に提供された日替り膳を見て、少し笑いました。
なんなんでしょうかこの敗北感。
売切れた時点で帰っていった人達は、この敗北感を味わった事のある人達なのでしょう。
店側からすると、限定ランチはそれだけ原価も高く、儲けも少ないので、通常メニューをオーダーしてくれる客の方が嬉しいはずです。
ところが客側は、限定ランチはVIPで勝者、それ以外は庶民で敗者、という雰囲気を出しています。
同じ時間並んで、同じ1000円を支払う客なのに、勝者気分で食べる豪華なランチと、敗者気分で食べるごく普通のランチでは、あまりにも格差が大きすぎるのです。
もしもあの豪華な限定ランチが存在せず、日替り膳だけだったとしたら、満足感もあったはずです。
接客も非常に良かったですし、また行きたいと思ったはずなのです。
しかし同価格で、あんな豪華なランチが存在するばっかりに、こんなにも敗北感を味わってしまうと、もう2度と行きたいとは思いません。
今度こそ限定ランチの整理券をゲットして、勝者になってやる!
なんて微塵も思いません。
もうこりごりなのです。

不親切者

「このホームに喫煙所ありますか?」
品川駅のホームで駅員に聞きました。
「ありません!」
駅員は一言で返してきました。
無いのなら仕方がありません。
新幹線が来るまで、ジッと我慢する事にしたのです。
少しすると、目の前に警備員らしき人が通りかかりました。
私は彼にも同じ質問をしてみたのです。
「このホームに喫煙所ありますか?」
彼は言いました。
「このホームにはありませんが、そこの階段を上がったところにあります」
なんとすぐそこの階段を上がったところに喫煙所があると言うのです。
「すみませんすみませんすみませんすみませんナンマンダブナンマンダブ」
私は彼が見えなくなるまでお辞儀を繰り返したのです。
まぁ当たり前の事ですが、喫煙所を探している人に対して、知っている情報を教えてあげる事だけでも、探している側からすると、非常に親切になるわけです。
ましてや仕事でそこに居るわけですから、親切にする事が当然とも言えます。
逆に、考えれば考えるほど、先ほどの駅員に腹が立ってきます。
確かにホームには喫煙所がないので、簡単に「ありません!」で済ませたのかも知れません。
彼の言った事は、間違いではないのです。
ホームに喫煙所は無いのですから。
しかし不親切です。
ホームになくても何処にならあると何故言えないのでしょうか。
アホなのでしょうか、性格が歪んでいるのでしょうか、意地悪なのでしょうか。
こういう小さな不親切をする人、たまに居ます。
こういう人を順番に抹殺してくれる組織、どこかにないのでしょうか。
こういう連中がこの世から消えるだけで、かなり住みやすい平和な環境が手に入ると思います。