2014年10月1日水曜日

シルバー料金

とあるお店のカウンターで、たまたま隣に座った見知らぬオッチャンと飲んでいました。
年齢は65歳、彼はとても気さくな人で、自分がお爺さんであるということを受け入れているようです。
逆に私は、まだ自分は35歳ぐらいであると信じ、自身の年齢を受け入れられずに生きています。
彼は数ヶ月前から、行きつけの理容室で、シルバー割引を申請し、シルバー料金にてカットしてもらっているらしいです。
自分がシルバー割引を適用されるなんて想像もつきませんので、どういった心境なのかを聞いてみました。

私 シルバー料金てどないなん
彼 安いで、2割安い
私 ほぅ
彼 せやけどなワシ損したわ
私 なんでですの
彼 シルバー適用してからな、散髪してくれるのんがオッサンなったんや
私 オッサン?
彼 せや、前までオネーチャンやったのに
私 オネーチャンて何才よ
彼 52~3ちゃうか
私 それオバチャンやん
彼 せやけど女性やで
私 その歳なったらオッサンやろ
彼 歳くうとっても女の人の方がええがな
私 そーなん、キレーオバチャンけ
彼 きちゃない
私 どないやねん

シルバーはシルバーで大変そうです。

変顔

変顔を武器にして生きている女子がいます。
女性にとって変顔は、とても有効な武器と言えるのです。
男性は、変顔の集合写真を見た時、恥じらいを捨て去り、本気で変顔している女性に惹かれるものです。
逆に恥ずかしそうに中途半端な変顔をしている人や、殆ど変顔していないような女子には、あまり興味がわかないものなのです。
また、変顔は面白ければ面白いほどに、ポイントはアップします。
面白いトークができない人でも、変顔が面白ければ、それだけで人生乗り切れると言っても過言ではありません。
彼と喧嘩した時、pmsの時、困った時、そんな時に使うのです。
その顔が面白ければ面白いほどに、一気にその場の空気が和むでしょう。
一発で仲直り間違いなしです。
変顔なんて恥ずかしくてできないという消極的な人、プライドが高く自分が笑われる事に抵抗がある人、そんな人はまず自宅で練習してみて下さい。
1人ならできるはずです。
そして最高の変顔を身につけるのです。
何度も何度も練習して下さい。
何度も何度も練習し、自分のものにして下さい。
自分のものにできれば、自然と誰かに見て欲しくなるものです。
さぁ今夜から練習です。

メンドーサ

面倒な人をメンドーサと呼んでいます。
メンドーサは、自分が何故メンドーサと呼ばれているのかわかっていません。
つい先日、とある人から一通のメールが届きました。
真面目で人に優しく、とても印象の良い人からのメールです。
メールの内容は、友人でこんな物を作っている人がいるので是非紹介したいというものでした。
当然、私は快く引き受け、信用できる人からの紹介という事もあるので、買ってもいいとさえ思っていました。
少し日を開けて、その紹介された人から直接メールが届きました。
こんなこだわりの物を作っているという自己紹介的な内容でした。
私は、可能であれば◯月◯日の17時以降に◯◯にいるので、物を届けて欲しいという内容の返信をしました。
それが無理ならどこへ取りに行けば良いかという質問も添えて。
数日後、とても長文の返信が届きました。
長文の90%は、どことどことどこに納品があって、自分は忙しい的な内容でした。
では届けるのは無理なのだと思いながら読み進めると、私が指定した時間の30分後、17時30分にしか行けないという事が書いてありました。
私は17時以降に届けて欲しいと送っています、しかしぐだぐたとそれが無理なような事を書き連ねた後に、17時30分にしか届けられないという返事が来たのです。
17時30分は17時以降です。
それなら最初から、
「わかりました、お届けします。17時30分ぐらいにらなりますが。」
で良いのではないでしょうか。
何故そんなにまわりくどい書き方をするのでしょうか。
全く理解できず、そのままメールアプリを閉じました。
返事もしていません。
彼は正真正銘のメンドーサです。
正真正銘のホセメンドーサなのです。

指定席

自分で選んだ好きな席に座るのではなく、誰かに指定された席へ座らなければならない場合、その誰かの心ない意思によって、苦痛を味あう事になる場合があります。
先日、近鉄電車の窓口で、特急券を購入し、指定された席へ行ってみると、他の席が空いているのに、何故か隣に人がいる席でした。
近鉄特急は、2人がけの座席がAB、そしてCDと並んでいます。
私の席はCでした。その人はDに座り、Cにバッグを置いて爆睡しておられます。
当然この人も、これだけ席が空いているのに、まさか隣に人が来るとは思ってないのでしょう。
私は静かに違う席に座りました。
通りかかった車掌に、事情を話すと、いまお座りの席は空いていますので、どうぞお座り下さいとの事でした。
しかしあの近鉄の窓口の人は、何故あの席を指定したのでしょうか。
こんなにも空席があるにも関わらず、私にこの席を指定するという事は、間違いなく悪意があるはずです。
切符を購入する際、乗換案内のアプリ画面を見せたからでしょうか。
そのアプリで表示されたルートを見て、その人は少しイラっとしたように感じました。
「こっちはプロだから、任せればいいのに、わざわざそんな画面を見せて買うような客は、痛い目に合えばいい」
と思ったように感じました。
結局アプリ画面とは異なる、その人の言うがままの特急券を購入しました。
それで乗ってみると、この羽目です。
これまで近鉄電車には好意を持っていましたが、さすがに腹が立ってきます。
きっと今頃、イラつく客をギャフンと言わせて、すう~っとしているのでしょう。
もしくは、人の気持ちが考えられないアホな人、何も考えてないただのアホな人なのかどっちかだと思います。

つい先日も、とある飲食店へたまたま通りかかって1人で入った時もそうでした。
店員に連れられて通された席は、隣に学生らしき若者6人が座っており、ギャーギャー楽しそうに宴会をしている横の席でした。
何もわざわざそこへ通さなくても、他に席はいっぱい空いています。
店員は何故そこへ私を案内したのでしょうか。
隣を見ると、宴会は非常に盛り上がっており、大きな声でギャーギャー騒いでおります。
何かをつまみながらビール、ワイン、日本酒ぐらいは飲んで帰ろうと思っていましたが、さすがにそんな席の隣では、ゆっくりと飲んではいられません。
私はビール1杯だけ飲んで店を出ました。
この店員に関しては、殆ど会話もしていません。
もしも私に悪意を持つとしたら、外見だけで腹が立ったとしか思えないのです。
ということは、全く何も考えずに、単にそこへ通しただけだと思います。
1人客がそこへ座って、どう思うのかなど、一切考えられないアホな人なのでしょう。
それとも、そんな経験がないので、客の気持ちが理解できないのかも知れません。
この店員も、先ほどの駅員も、客に親切にまでしなくても、普通に相手の立場になって考えていたら、そんなアホな事はしないはずです。
ましてお金を取っているのだから、お客に親切にしてあげてもいいと思うのですが、これではただの意地悪です。
店員ならまだ、それを見かけた店長が注意したり、また客から文句を言われて気付く可能性もありますが、駅員の場合は、文句を言うにも名前や顔さえも覚えていません。
誰からも注意される事はないのです。
今後も、イラっとすれば、そんな小さな意地悪をしてストレスを発散し続けるのでしょう。
今後は近鉄で切符を買う際には、駅員の名前を見ておくようにしようと思います。
全ての人が、相手の立場になって物事を考えられるようになれば、きっと平和な生活が送れるはずなのですが、こういった人間的に欠陥のある人がこの世に存在する限り、揉め事が無くなる事はないでしょう。
通り魔的に、無作為に人を殺す事件がありますが、どうせ殺すならこういう人だけを殺して欲しいものです。
そうすればきっと世の中が平和になるはずです。

懐かしい街づくり

住めば都という言葉があるように、ある一定期間住んだ事のある街は、まるで故郷のように愛着がわくものです。
引越し経験が多いほどに、懐かしい故郷が増えるわけです。
同じ場所に、住み続けたいという人もいれば、まるで移住民族のようにあちらこちらに移り住みたいという人もいるでしょう。
私は後者です。
生きているうちに、少しでも多くの故郷を作りたいと考えています。
久しぶりに訪れた懐かしい故郷を歩いている時、脳裏に様々な記憶が蘇ります。
その懐かしさに触れている時間は、とても心地よいものです。
そんな街が少しでも多い方が幸せだと思うのです。
つい先日、とある懐かしい街に降り立ちました。
それは本当に、たまたまいつもの主要駅付近のホテルが取れず、主要駅から地下鉄に乗り換えて2駅目にある街でホテルを取った事から、その懐かしさに触れる事ができたのです。
主要駅までは、毎月のように来ているのに、この街にはなぜか来ていなかったのです。
地下鉄の駅を出て、ホテルまで歩いていると、見たことのある懐かしい景色が広がります。
よく行ったお店やコンビニエンス、歩道橋、高架、無くなった建物や、新たに作られた建物もあります。
ここは間違いなく懐かしい故郷でした。
ホテルに着くまでの10分間、走馬灯のように記憶が蘇ります。
しかしなぜ毎月近くまで来ているのに、この懐かしい街には来ていなかったのか、自分でも不思議になります。
これからはこの街でホテルを取ろうと決めました。
翌朝、地下鉄には乗らず、主要駅まで2駅分を歩くことにしました。
当時この辺りの飲食店には、殆ど行き尽くした感がありましたが、当時通っていた懐かしい店を見つけると、ついついシャッターを切ってしまったりと、大変有意義な時間を過ごす事ができました。
私にはこういった、懐かしい街が無数にあります。
それは単に引越し回数が半端ないという事に加えて、仕事であちこち行き、何日もその街に滞在する機会が多いからです。
いま数えただけでも20ちかくの街がありました。
そして今現在、また新たな20近くの街へ出かけています。
何年か経過した時に、新たな20の街は懐かしい故郷となります。
こういった懐かしい故郷が、日本全国あちらこちらに存在すると、街だけでなく、それだけ多くの人達との交流が生まれるわけで、日本中どこへ行っても友人が居るという幸せな人生が過ごせるのではないでしょうか。

方言ウンチク

飲食店で食事をしていますと、様々な会話が聞こえてきます。
別に聞きたいわけではないのです、勝手に聞こえて来るのだから仕方ないのです。
今夜のカップルは、彼が彼女に対して、方言についてのウンチクを自慢気に語っております。

男 好きっていう言葉にもさ、全国各地で様々な言い方があるんだよ
女 そーなの?
男 そうだよ、例えば関西では「すっきゃねん」でしょ
女 あっそっか
男 九州だとさ「好きだっちゃ」なんだよ
女 へぇぇ
男 北へ行くとさ、北って東北とかね
女 うん
男 「すいとーよ」っていうんだよ
女 へぇぇ、知らなかった

彼は彼女に対して、ウンチクを語り、知的な部分をアピール出来た事で、とても満足そうな表情を浮かべております。
しかし「好きだっちゃ」は宮城です。
「すいとーよ」は博多なんです。
彼は間違った真逆のウンチクを言ってるのです。
別に良いのですが、間違っているのにあの自慢気な顔がどうしても納得ができません。
彼がトイレに立った隙に、彼女に全国の方言早見表を手渡そうかと、真剣に考えました。

とまへ

「あうぃうぃうぃうぃうぃ」
「やいやいや、やいやいや」
「あうぇうぇあうぇうぇ」
と、かれこれ3時間、後ろの人がずっと喋っています。
病気なのだから仕方がないでしょうが、さすがに結構なボリュームですし、耳元で喋られるので、かなり苦痛です。
そして3分に1回は大声でこう言うのです。
「とまへ!とまへ!」
かなりの音量なのでビクッとします。
するとその人のツレの人が小さく続けて言います。
「とまへとまへ」

そもそもとまへとは何なんでしょうか。
全く理解ができないまま、4時間の電車の旅を終えたのです。

とまへが何なのか、気になって気になって仕方ありません。

鞄デザイン

鞄のデザインにも様々な物があります。
鞄を購入しようとする時、やはりオシャレでカッコイイデザインの鞄を選びます。
しかし単にカッコイイだけでなく、機能性もやはり重要なポイントではないでしょうか。
私の場合は、必要なものが瞬時に取り出せるという鞄を求めています。
いちいちファスナーを開ける必要があったり、留め金をわざわざ外さなければ開けられなかったり、また、いちいちゴソゴソと必要なものを探さなければならい鞄なんて、時間と労力の無駄遣いだと思ってしまうからです。
スーパーの買い物かごのように、パッと出し入れが可能な鞄。
そして上から見て、何がどこにあるのかが瞬時にわかるような構造のものが理想です。
スーツケースのように、いちいち倒して開閉する鞄なんて、ストレスが凄すぎます。
ファスナーで開閉するタイプでも、片手で開閉できるならまだしも、両手を使わなければならない物は絶対に嫌です。
そうなると必然的に、トートバッグのような物になってきます。
しかも中は、タイプ別にキッチリ分けられるような仕切りがあるもの。
仕切りのどの部分に何が入っているのかを記憶してしまえば、暗闇の中でも手探りで、必要なものが瞬時に取り出せるのですから、これほど便利な事はありません。
よく、キー等が見つからなくて、鞄をひっくり返して探している人がいますが、あれはナンセンスすぎます。
勿論、中が丸見えで、盗難の確率も上がるリスクはあるでしょうが、何かを取り出す場合のストレスは無くなりますし、また急いで入れたい場合などは、とりあえず掘りこめば済むわけですから、これほど簡単な事はありません。
そういえば昔、スーパーの買い物かごを鞄にしていた事がありました。
懐かしいおもいでです。

くちびるを噛む

ここ最近、食事中にやたらとクチビルを噛みます。
1日に1回、多い日は2回、3回と噛むのです。
「あうぅぅっっっ」
声が出そうになります。
いや出します、声が出てしまうほどに痛いのです。
まさかクチビルを噛むとは思っていませんので、手加減など一切なく、思いっきりガブッと噛むのですから、それは痛いに決まっています。
しかし1人で食事している場合は、声すら出せません。
平静を装いながら、内心では泣き叫んでいるのです。
先日はついに寝ている時にクチビルを噛んで、痛みで目が覚めました。
しかしなぜ急にクチビルを噛むようになったのでしょうか。
これまで年に1回噛むか噛まないかのペースだったのに、この数ヶ月で急に噛むようになってしまいました。
疲れているから。
歯並びが悪いから。
食事に集中していないから。
様々な事を言われます。
しかし別に特別疲れてはいませんし、歯並びなんてずっと同じです。
食事に集中していないかもわかりませんが、それはもうずっと以前から同じです。
ここ数ヶ月で特別集中しなくなったわけでもないのです。
そこで、なぜ噛むのか、原因を調べてみる事にしました。
すると以下のような原因が考えられるそうです。
・ストレスや疲れで脳の伝達が良くない。
・歯並びが悪い、または治療後。
・生理前後のホルモンバランスの崩れによるむくみ。
・太ったから。
・加齢による口の連携動作の衰退。
・何度も噛んだ部分が腫れている。
これを見てみると、いくつかが当てはまるような気がします。
さらに興味深かったのは、好きな物、美味しい物を食べている時に噛みやすいというデータです。
美味しいので無我夢中で食べてしまい、噛む動作が疎かになっているというのです。
確かに、私も同じ部分を噛みます。
しかもここ最近は、何度も何度も同じ部分を噛んでいるのに、そんな事などすっかり忘れて、夢中で食べています。
「噛むかもしれない」
などと考えながら食事をした事がないのです。
言われてみれば、食べる事には集中していましたが、噛む事には集中していませんでした。
これからは、噛むことにも集中したいと思います。
なんせ痛いのはもう嫌です。

2014年9月30日火曜日

ポイ捨て

ポイ捨て=ポイッとゴミを捨てる事。
駅のホームでも道路でも公園でも電車内でも、どこでもゴミをポイっと捨てる人たち。
そのゴミを誰かが拾っています。
自分の家でも、ゴミ箱ではなく、そのへんの床にポイっと捨てているのでしょうか。
家ではちゃんとゴミ箱に捨てているのに、外では何故平気でその辺に捨てられるのでしょうか。
誰かが掃除しているのに、平気で捨てるその神経を疑います。
疑問に思ったので、聞いてみました。

「みんな捨ててますよ」
みんなて誰と誰と誰なのでしょうか。
人がやっているから自分もやって良いというのなら、人が殺人をやっているから自分も人を殺しても良いと言っているのと同じです。

「ゴミ箱がないんすもん」
ではゴミ箱がある場所まで持っていけばいいじゃないですか。
その場にゴミ箱が無いというのなら、日本中のあちらこちらに10m感覚でゴミ箱を設置しなければならなくなります。

「雇用をうんだっとんねん」
あなたが清掃員を雇用しているのならまだしも、無駄な清掃員を雇用しなければならない状況を作っているだけです、しかも清掃員の給与は税金として市民が負担するのです。
なぜあなたのために、市民が無駄な税金を負担しなければならないのでしょうか。

なにしろポイ捨てが平気な人は、他人の事を思いやる気持ちなど一切持ち合わせていません。
他人が苦労しようが、死のうが、自分さえ良ければそれで良い、人の事なんて一切関係ないという考えの人なのです。

2014年8月13日水曜日

おばあ

池袋駅の改札を出て、電話しながら歩いている時の事です。
私の左手にかけたカバンに、後方から歩いてきた腰の90度に曲がったお婆さんの頭部が激突しました。
勿論こちらは前を見て普通に歩いていただけで、何ら動かしたわけではありません。
勝手にお婆さんが後方からぶつかってきたのです。
しかも腰が90度に曲がっているので、下しか見ていないのでしょう。
ぶつかっても当然といえば当然です。
「なにやってんだ、バカヤロー」
90度に腰の曲がったお婆さんが、私を見上げて言いました。
こちらはお客さんと電話中でしたので、お婆さんには何も言えず、話しながら聞くだけです。
「バカじゃねーのか、バカ」
「どこを見て歩いてんだよバカが」
お婆さんは何度もふりかえって文句を言い続けます。
「はあ?シネやクソババア!」
とケツを思いっきり蹴り上げたい心境でしたが、結構重要な仕事の電話をしてましたので、さすがに言えず、せめてケツだけでも蹴り上げようとも思いましたが、さすがにそれで死なれてもややこしいのでグッとガマン致しました。
世の中には、今すぐにでも死んで欲しい人がいるものですね。
アーメン

さよなら

田舎道を歩いていると、小学生や中学生から、すれ違いざまに「さよならー」と挨拶をされる事があります。
私はすかさず「さよなら」と合わせて答えます。
しかしこの「さよなら」には違和感を感じています。
まずその小学生や中学生は初対面なわけです、初対面でいきなり「さよなら」は変です。
まずは「こんにちわ」です。
そして「さようなら」のはずです。
初めて出会って、ろくに挨拶もせず、最初に交わす言葉が「さようなら」はどう考えてもおかしな会話です。
ある程度の大人ならこんな挨拶はしないはずです。
子供だからこうなるのでしょう。
しかし全く知らない人に挨拶をするという行為は素晴らしいと思います。
なのでいちいち「そら日本語変やで」と指摘した事はありません。
いきなり「さよなら」でもいいじゃないですか、いいのですが、子供だと感じざるを得ないのです。
子供だからいきなり「さよなら」で良いのです。

ガーリック爺さん

京成線に乗っていますと、とある駅で白髪のお爺さんが走って乗ってきました。
白髪ヘアーは両サイドを刈り上げてあり、ブルーのシャツにブルーの半パン姿です。
私の左側には、少しボリューミーな女性が座っています。
ボリューミーなせいで、通常の1.3倍ほどのスペースを使っておられます。
私は彼女から少しだけ隙間をあけて座っておりました。
先ほどのお爺さんは、駆け足でやってきて、私の右側に無理矢理に腰を下ろしたのです。
私は慌てて左側へ詰めます。
お爺さんは容赦無くこちらへグイグイと詰めてきます。
仕方なく私は左側のボリューミーな女性に体がピタッとくっつくほどに近寄るのです。
近寄るしかないのです。
ボリューミーな女性の左側はドアがあり、ポールがありますので、彼女は身動きが取れません。
私がグイグイくっついて行く事に対して、なすがままになっています。
お爺さんの向こう側には誰も座っていません。
ならばそんなに詰めなくても良いと思うのですが、キッチリと3人目のスペースに座りたいのでしょう。
曲がった事が嫌いな方のようです。
ボリューミーな女性が1.3人分座り、お爺さんは1人分のスペースですから、間に挟まれた私は0.7のスペースに座っている事になります。
お爺さんの右側には誰も座ってないスペースがあるにも関わらず、なぜ私がこんなにも窮屈な思いをしなければならないのでしょうか。
腰を据えると、お爺さんはおもむろにバッグからおむすびを取り出し、ムシャムシャと食べ始めました。
私の右耳のすぐ近くでムシャムシャと食べるのです。
しかもやたらとニンニク臭が漂ってきます。
「このジジイ、相当ニンニク食うてきとるな」
機嫌よく座っていたのに、このお爺さんの登場で、狭いわ臭いわで地獄のような時間帯を過ごす羽目になったのです。
おむすびを完食したお爺さんは、ウトウトと眠りはじめました。
イビキがニンニク臭くて死にそうです。
次の駅に到着した時、お爺さんは飛び起き、電車を走って降りて行きました。
私はホッとして、少し右側へ、ボリューミーな女性と少し距離を開けて座り直します。
出発の時間となり、電車のドアが閉まりかけた瞬間、またお爺さんが走って戻ってきました。
どうやら降りる駅を間違えたようです。
焦った私は、とっさに少し右へ座り直します。
スペースが0.7しかあいていない事を察知したお爺さんは、向かい側の空いている席に座りました。
「勝った」
私は心の中でガッツポーズをしました。

キャラクター変更

誰しも複数のキャラクターを演じて生きています。
親に対する子としてのキャラクター、友人とのキャラクター、会社でのキャラクター、恋人とのキャラクター、また子に対する親としてのキャラクター、ネット上のキャラクター、バイト先のキャラクターなどなど。
こういった、生活の中でのキャラクターの変更には、あまりエネルギーを使わないかもしれません。

複数の仕事を掛け持ちしてる場合、その職場によって役職が異なったりすると必然的にキャラクターが変わってきます。そうなると職場によってもキャラクターを使い分けざるを得なくなります。
例えば、A社で社長をやっている人が、訳あってB社でアルバイトとして働く場合などは、社長っぽい態度でアルバイトはできないからです。
やはりアルバイトらしいキャラクターを演じないと、そこはうまく立ち回れないはずなのです。
こういう仕事上でのキャラクター変更には、エネルギーを消費するものです。
人によっては、パッとその場で切り替えられないという人もいるのではないでしょうか。
勿論、いつでもどこでもキャラクターの変更などしないという人もいます。
しかしそれはごく稀なケースで、協調性のない人なのか、それともB型なのかも知れません。
もしもあなたが、キャラクターの変更にストレスを感じている。
またそれによって環境の変化を望まないような状態になっているのであれば、なるべく区切りの良い24時間、1日単位でのキャラクター設定とした方が良いと思います。
そして早め早めに準備しておくと良いでしょう。
前日のうちに、翌日のキャラクターになっておくのです。
そして当日は最初から最後まで、そのキャラクターで通すのです。
通せるようなスケジュールを組むのです。
1日に何度もキャラクターを変えなければならないような状況はなるべく作らず、スケジュールを組む段階で、自身にストレスのかからないような予定を立てておけば、こういった問題は克服できます。

暑い眼鏡

眼鏡が暑い。
眼鏡をかけるようになって、初めての夏がやって来ました。
暑い日を過ごすうちに、眼鏡が暑いと思うようになったのです。
鼻の上の部分と耳にかかる部分。
そこが暑いのです。
そこに汗をかくのです。
ハンケチで顔の汗を拭う時は、眼鏡のその部分に付着した汗も拭うのです。
眼鏡歴が何十年という眼鏡の先輩に聞いてみました。
「眼鏡暑ないか?」
「え?いいえ」
「は?うそやな」
「ほんまですって」
やはり眼鏡歴がまだ1年にも満たない私だからそう感じるのでしょうか。
次に小学校の頃から牛乳瓶の底眼鏡をかけているという女子にも聞いてみました。
「眼鏡暑ないか?」
「暑いよ眼鏡」
「暑いよな眼鏡」
「うん暑い」
少しホッとしました。
私と同様に暑いと感じている人がいたのです。
「暑いからコンタクトにしてん」
なるほど、そういう理由でコンタクトにする人もいるのですね。
その後も複数の眼鏡歴が長い男性に聞いてみましたが、皆「暑くない」と言います。
結局「暑い暑い」と愚痴りながら眼鏡をかけているのは私だけのようです。