2010年8月31日火曜日

コンビニ店員

その日停めたパーキングが1,000円札しか使えない事は以前から理解していたので、コンビニへ寄って両替する事に。
黒烏龍茶と雑誌、煙草を買って1,328円だった。
財布を見ると小銭がちょうど328円あったので、1万円札と小銭328円を店員に渡す。
すると「まずは大きい方から」と8000円を手渡したのだ。
「ん?」と思いながら見ていると、小銭をジャラジャラ672円渡そうとしている。
「ちょ、ちょい、今10,328円渡したやん」
「は、はい」と浮かない返事の店員。
後ろを見ると3人ほどお客さんが並んでいる。
「だから後1,000円くれたらえーねんて」
「は、はぁ」
まだ店員は計算が出来てないようだ。俺の言ってる事を理解してない。
ここで足し算・引き算を教えてる暇もないし、ここでそんな野暮な事をして、並んでる客に恥ずかしいところを見られるのも彼のプライドが許せないだろうと思い
「あと1,000円くれたらえーねん」
と言い放ち、1,000円をふんだくって店を後にした。

 10,328円-1,328円=9,000円

なんでこんな単純な計算が出来ない彼が雇われているのか。
それとも出来るけれど焦ってて勘違いしたのか。
そんなことよりも、ちょうど財布に328円あった事にもっと感動したかったのに。
感動するチャンスを逃してしまった。

2010年8月30日月曜日

友人

オランダのある学者が1000人以上を対象にデータを取り研究した結果
友人は7年で7割以上が入れ替わるんやてね

確かに環境の変化とともに周囲の人間関係も変化し、会う頻度によって友人関係は変化していると思う。
いくら気が合う人でも疎遠にもなるし、そんなに気が合わなくても毎日顔を合わせることで情もわく。
そして7年以上経過しても残る3割の友人関係、ここに本物の友好な人間関係が存在するのだ。
しゃーけど長い人生生きてきたけど、なかなかストレスなく気の許し合える人って少ないですよね。

2010年8月29日日曜日

半ズボン

最近の小学生は半ズボンって少ないんですってね。
ドラえもんののび太のような小学生はめっきり減ったのだとか。
だいたい半ズボンという言葉さえ衰退してしまった。













俺は小学生の卒業式の日、特別な賞をもらった。
それは『 6年間、半袖半ズボンですごした賞 』
1年生の入学式から6年の卒業までずーーーっと半袖半ズボンだったんです。
真冬のむっさ寒い日も半袖半ズボン。
ずーっとずーっとそれで通しました。
別に意味もなく。
でもそれを意識し始めたのは小学4年生の頃。
先生に褒められて卒業まで通すと決めた。
達成して表彰される時ホンマにすう~~っとした。

写真は小学生時代の俺(手前)。運動会のショット。
この後、初めて敗北し泣いた。

2010年8月28日土曜日

セックス

世界で最もセックスの回数が少ないのは日本人なんですってね。
シドニーで開かれた「世界性の健康会議」で、日本を筆頭にアジア各国の国民は他の大陸の国民よりセックスへの関心が薄いとの世論調査結果が公表されたのだとか。
コンドーム大手デュレックスが26カ国・地域の2万6000人以上を対象に実施した調査によると、セックスの年平均回数は106回。最高はギリシャの164回、日本は48回で最低だったという。
48回といえば月4回。週1回の計算になる。多っ!
ギリシャ・・・月13.6回すか!週3.5回・・・。2日に1回してるんかいっ!
やりすぎやん!痛いやろ!
「セックスは刺激的だと思うか」との質問で「思う」と回答したのが平均49%なのに対し、日本は10%で最低だとか。
日本人はセックスに興味がないのでしょうか。
確かに週1回は多いと思うけれど、刺激的ですよセックスは。
セックスにかける時間の平均は18.3分。
これも日本は平均を大きく下回ったらしい。
短くないですか?これ。
また「常に絶頂に達するか」との質問に対し「達する」と回答した日本人は27%。
「セックスは自分にとってとても大切」と考えている人は、平均で59%、日本は下から2番目の39%だったのだとか。
確かに週1回も勿論してないけれど、でも大切だと思ってます。
1番幸せな時間でしょ普通。

2010年8月27日金曜日

大衆食堂

昔から大衆食堂が好きだった。
オッサンになったから好きなのではなく、若いころから好んで大衆食堂に通った。

子供のころから和食中心で育ったせいか、10年ほど前までは、基本的に洋食は好んで食べなかったのだ。
実際こんなに好きなラーメンだって、お店で食べるようになったのは25才をこえてから。

大衆食堂には愛がある。
ぜったいにオッチャンかオバチャンがおる。
ほんでたいがい感じいい。
そして30年以上続いている食堂なら完璧。
椅子やテーブルは、昔から変わらず同じものを使っているお店。
そんな食堂が一番癒される。

ソーセージエッグスに筍とちくわと若布の炊いたん、おから、汁と中メシ。

「おばちゃん、ここ何年やってるん」
「昭和41年からやから43年やわ」
「へえ!俺が生まれた年やん」
「ほーかほーか、ニイチャンもっとわか見えるで」
「わはは!ありがとオバチャン!オバチャンも俺と同い年ぐらいちゃん」
「ははははははあああ!あたしはまだ25歳やで!」
「わはははははははははは!」
「ごはんお替りゆうてや」

こんなたあいもない会話こそが大衆食堂ならではの副産物といえる。
そしてたいがいホンマに美味いと感じる。

2010年8月26日木曜日

くじ運

毎日2回は行くローソンにて。
いつものホット珈琲とタバコ3箱買ってレジを済ますと
店員がくじを引けという。
「ハワイ旅行当たるん?」
「いえハワイはありませんが・・・」
箱に手をつっこんで1枚を引いて店員に渡す。
「あ!当たりですやん!」
「え?ハワイ?」
「ちゃいますけど当たりです!」

そしてゴソゴソとグリコマイルドカフェオーレを出してきて俺に手渡す。
こんなんわざわざ買うことなんてありえへんけれど、当たったとなるとそれはそれで嬉しいもの。
カフェオーレが嬉しいんじゃなくって、自分のくじ運に嬉しくなる。

そーいえば俺はくじ運が良い。
よく当たる。そしてくじ運に自信もある。
俺はくじ運が良いと自分で思っている、だからよく当たるのだと思ふ。
思い込むことは時として良い結果を生むことになるのだと思ふ。

2010年8月25日水曜日

対面時間

電車に乗るときは、基本的に立つようにしている。
車内がガラガラの場合は別として、基本的に立っている。座らない。
隣の見ず知らずの人の体温を感じながら、お行儀よくジッと座っているほど苦痛なものはない。
それなら多少足は疲れるけれど、立っている方がマシと思うからだ。

先日、御堂筋線に乗ったときの事。
普段は四ツ橋線のチープ感が好きなので、あまり好んで御堂筋線には乗らないのだけれど、新大阪へ行くためにやむなく乗車したのだ。

ドア付近のドアのすぐ前ではなく、それより1歩後ろ(内側)に外向き(ドア向き)に立っていると、心斎橋で推定20歳~23歳ぐらいの女性が乗ってきた。
その女性は俺とドアの間、ちょうど1人立てる位置に場所を確保。ところが予想外に、こちら向きに立っているではないか。
普通は、俺もその後ろの人もみんな外向きに立っているのだから、同じように外向きに立つだろう。ところが何故か彼女は内向きに立っている。
俺との距離は約20cm、か、顔が、ち、ちかい・・。
さっきから何度と無く目が合う。
ちょ、ちょー、恥ずかしいやないかい!
これはひょっとして俺を誘惑しているのだろうか?
様々な憶測が脳裏をよぎる。
様々な妄想も脳裏をよぎる。
実際問題、俺が恥ずかしいからと、彼女と同様に内側を向くと、今度はすぐ後ろの彼女と恥ずかしい事になってしまう。
俺には彼女のその行動の意味が全く理解できなかった。

それから何日かして、また御堂筋線に乗ったときの事、同じようにドアより1歩内側の位置に立っていると、今度は20歳前後の男子が、前回同様、俺とドアの間に内向きに乗ってきた。
その男子との距離約25cm、何回も目が合った。
また物凄く居心地の悪い時間を過ごした。
彼は目が合うたびに居心地悪そうに目をそらす。
居心地悪いなら外向きに立てばええがな、なんでこっちむいとんねん!
全く理解不能であった。
痴漢防止説が囁かれているが、ではこの男子が痴漢を警戒しているとは思えない。
窓の外を見ていると乗り物酔いでもするのか。
人に背後に立たれる事が許せないゴルゴ13のような人物なのか。
それとも何かの罰ゲームなのか。
はたまた社会実験の一環なのか。
もしくは自身の恥ずかしがり症を克服するために強化トレーニングでもやっているのか。
例えば、乗車するのが彼らの方が先の場合ならまだ理解できる。
しかし、いずれも後から乗ってきて、その方向に立つのは明らかにおかしい。

世の中には、我々の常識では理解できない様々な種類の人類が存在している事をあらためて知った。
勉強になります御堂筋線。

2010年8月24日火曜日

方言

とある宿に泊まった時の話。
お風呂に入ろうとすると壁に張り紙が貼ってあった。

「お風呂は22時まぜ」

22時に混ぜないといけないのだろうか??
地元の人に聞いてみるとこの地方では「で」を「ぜ」と言うのだとか。
しかもご丁寧に「22時まで」と書いたのをわざわざ消して「22時まぜ」と記してある。
普通喋る時は方言でも書くときは標準語で書くはず。
さらに聞くと「ぜ」と「で」がごっちゃになって「ぜ」と「で」どっちがどっちかわからない人が多いのだという。

例えば「でんでんむし」は「ぜんぜんむし」
「混ぜる」は「までる」となる。
それなら「おでこ」は「おぜこ」なのだろうか。
「税務署」は「でいむしょ」なのだろうか。
「感電」は「かんぜん」
「完全」は「かんでん」
「ゼロ」は「でろ」
「出ろ」は「ゼロ」
「ゼブラ」は「デブラ」
「デブら」は「ゼブラ」

方言って不思議でおもろいなあ
なんか癒された。

2010年8月23日月曜日

ガソリンシール

高速道路のサービスエリアにガソリンを入れようと立ち寄った時のこと

車を停め「レギュラー満タン」と告げてボーっとしていると別の店員が近寄ってきてこういう
「すみません、給油口にガソリンなのか軽油なのかの表示がないんですが」
「はあ?だから?」
「いやここは高速道路なのでガソリンなのか軽油なのかをハッキリしてもらわないと困るんです」
「はあ?最初にレギュラー満タンゆーとるやん」
「一応車検証見せていただいてもよろしいでしょうか」
「はああああ?レギュラーやゆーとんねん!レギュラーガソリンや!レギュラー知らんのか?」
「いえ、わかりますが。本当にガソリンで間違いないですね?」
「なんで嘘つくねん」
「では今後のために給油口にガソリンというシール貼っといてもよろしいでしょうか?」
「今後て意味わからんし、まあえーわ、勝手に貼りーや」

こんなやりとりがありました。
正直疲れました。
おそらくガソリンやと言われて素直にガソリン入れて、実は軽油仕様の車だっという過去があったのでしょう。
それで車が壊れたとイチャモンつけられ損害賠償させられたか。
もしくは法律で決まったのか。
車の所有者がガソリン仕様か軽油仕様かわからないというなら理解できますが、明らかにわかってるのにイチイチこんなんしつこく何回も聞かれてたらたまりません。
なるほどこんな事を毎回繰り返すのがじゃーくさいから今後のためのシールなのか。
今思えばシールを貼ってくれて助かったような気がします。
ありがとう感謝します。

2010年8月22日日曜日

子供郵便

寅さんの夕焼け小焼け観て田舎を思い出した。

俺の田舎はホンマに田舎。
その田舎の小学校では「子供郵便」なるものが存在した。
その学校だけなのか他の地域にも存在したのかはわからない。
そして今でもそれは存在してるのかさえも知らない。
でも当時は確実にあったんです子供郵便。
システムは、各地域で当番になった6年生が、学校に設置された子供郵便専用のポストに入れられた葉書を配達する仕組み。
要するに同じ学校内の生徒に出す手紙や葉書は、通常の郵便を使わずに子供郵便でタダで送れるシステムなのだ。
これ、配達すんのも結構楽しい。
年賀状を31日の夜に数人で配達すんのがめさ好きでした。
夜に友達と配達する楽しさの他に、なんか人の役に立ってるような気がして嬉しかった。
今もあったらええのにな子供郵便。

2010年8月21日土曜日

強い店

以前とあるブログで見て、いつか近くまで行ったら食べてみようとチェックしていたラーメン店。
たまたま近くを通ったので入った時のこと。

カウンター8席のこじんまりとした店内は満席。ウェイティングこそかかってなかったものの11:30で満席なのだから、その人気がうかがえる。
食券を買って席につくと
「撮影禁止!」
とあっちこっちに貼ってある。
まわりを見渡すと確かに誰も撮影していない。
でも俺がみたブログは写真がいっぱい貼ってあった。もう1年近く前に見たブログだったので事情がかわったのか、それとも許可を得て撮影したか、はたまた勝手に載せてるのか。
いずれにせよ、いつものようにパシャパシャ撮るのはやめた方がよさそうである。
すると隣のサラリーマンが食べ終えて席を立った。
ご丁寧にどんぶりやコップをカウンターの上に上げて更に布巾でカウンターを拭いている。
見ると『すみませんが食後のどんぶりはカウンターの上に上げていただくと助かります』
という張り紙があった。
他に席を立つ客みーんなそうしている。
みんなとても礼儀正しい。
「ごちそうさま」
食べ終えた客は全員が大きな声でそう言って店を出る。
でも店員は毎回無視、ごちそうさまには何の反応も示さなかった。

そうこうしているうちに俺のオーダーしたラーメンが来た。
「うわっ!ごっつ!」
真っ黒なスープに極太麺、大量の野菜が乗っている。
「うっわ!絵になりそう」
「パシャ」
毎回食べる前に撮影するクセがついてしまっているので、ついうっかり撮影してしまった。
まぁ文句言われたら言い返したらええわ。
結局文句は言われなかったのでそのまま食すことに。
「う!うわっ!うまっ!結構うまっ」
こら美味い!真っ黒なスープはとてもアッサリしててコクも深みもあって美味い!
もの凄い量が多いので食べても食べても減らなかったけれど、でも美味しいのであっという間に完食してしまった。

3人で入ってきたサラリーマンのおっちゃんが、3人一緒に食べたいからと途中席をかわりたいと言った。
「すみません、あっち移動していいですか」
「え、はい」
「そうですか、すみません。ほんとすみません」
本来、3人で入ってきて空席の都合でバラバラに座ってもらった客に対して、席が空いたのなら店員から客に言ってあげるべきだと思う。
でもここは逆、店員より客の方がみんな気を使っているように見える。
撮影禁止も含めてなんとなくココはお店の方が強いのかもしれない。
客には媚びない、そんな印象を受けた。
逆に客が媚びとる。なんかおかしい
「ごっそーさん!」
やはり店員は無視している、何の返事も無い。
腹立つのでカウンターを拭かずに、どんぶりも上げずに店を出た。
外には行列ができていた。

しゃーけど俺はこんな店はイラン
お金はろて気い使う店なんかイラン
しんどいし
しかもそこまで美味いわけでもない。
2度とイカン!
ブログにも書かん!

その後、風の便りでそのお店が閉店した事を聞いた。
なんとなくすう~っとした。

2010年8月20日金曜日

佐野先生

佐野先生は毎日朝礼の時に俺に西城秀樹の曲を歌わせた。
佐野先生は西城秀樹の大ファンだったのだ。
たまたま俺が同じ名前だからという理由で歌わせた。
俺はそれがすごく嫌でオカンに「学校行くんいやや」とよく愚痴った記憶がある。

佐野先生は俺の小学1年と2年の時の担任で、50歳ぐらいのオバチャン。
喋ってる時に口の右脇に白く唾がたまってくるのが特徴で、よく物真似をした。
俺は佐野先生から完全に依怙贔屓されてたように思う。
なんやいうと俺にやらせた。
子供なりに自分が気に入られている事が理解できていたのだ。
6年生が卒業する時、1年生の代表で俺に作文を読ませたのも佐野先生だった。
作文は1年生全員が書いたものを集約して一つにまとめたもの。それを俺が卒業生の前で朗読するのだ。
予行演習のとき、俺は初めてその作文を渡され、そして卒業生を前にして読み上げる事に。
前半は俺が書いた作文そのままだった。
ところが途中からはみんなが書いた作文で「あの時はこんな事をしてくれたね、お兄ちゃんありがとう」的な内容がほとんど。
「俺こんなんされてへん、俺ちゃうやん」
そう思いながら読み上げる事が物凄く苦痛になってきて、途中で放棄してしまった。
「こんなん嘘やもん、俺が書いたんちゃうもん」
説得する佐野先生。
泣く俺。
今思えば何故そこまで拒否したのか不思議だけれど、自分が経験してないことをあたかも経験したように朗読することに罪悪感を抱いていたように思う。
嘘がつけない真っ直ぐな子だったのだ。
結局俺はかたくなに拒否し続け、誰かが代わりに朗読することとなった。

その後、朝礼の西城秀樹もオカンが学校へかけ合ってくれて歌わされる事はなくなった。

3年生になった時、佐野先生は退職した。
それから32年、先生とは合ってない。
もしまだ元気でおられるなら会って謝りたい。
歌と朗読を拒否した事を。

2010年8月19日木曜日

小指の爪

小指の爪だけ異常に伸ばしてる男がいる。

あれ何なんでしょうね。
「何で小指だけ伸ばしてんねん」
聞くと皆決まってこう答える。
「シール剥がす時便利やから」
おまえ1日に何枚シール剥がすねん!!
これまでにアンケートを取った女性158人中158人が「キモい」と答えたこの
『小指の爪だけ伸ばしてる男』
誰に何と思われようが、年に数枚剥がすかどうかのシールの為に爪を切らないという1本筋の通った芯のある男なのかも知れません。

○こんな記事もあります↓
なぜ小指の爪を伸ばしているの?
○さらにこんな説もある↓
小指の爪は切りましょう。
○アンケート↓
コトノハ(小指の爪だけ長い)

調べてみると、アジアでは土俗的に高齢男性が手の小指の爪を伸ばす事があるという。
また、ギター奏者もギターの弦に合わせて爪を伸ばす。
シールをキレイに剥がしたいこだわりの男、はたまたギター奏者、みんなどちらかに属するのかもしれません。

2010年8月18日水曜日

歯医者

今日、いつもの高麗橋にある歯医者行って椅子に座ったら前歯が半分折れた。
いや正確に言うとセンセが前歯を折った。

「んん?これグラグラしてるねぇ~」
ポキッ
「ちょ、ちょー、ちょー、センセちょー待ってーや」

実際最近の治療は無理矢理治療する場所を探してやってる感がある。
前回は「歯並びを揃えましょう」言うて削ったりもったりして15分で終わったし。
治療よりも衛生士の方に重点を置かれている事は確か。
「今日は上の奥歯をブリッジしましょか」言うてる間に起きた出来事。
もう1年ほど通って卒業間近の歯医者なのだ。

「センセ、ブリッジはええからコレ治してくださいよ」
「そーしましょう!」

この前歯は2年前に博多のホテルで目覚めたら折れてた箇所。
どこでどーやって折れたのかは、酔っ払ってたので記憶に無いけれど、詰めてよく2年ももったと思ふ。

最近、新人の歯科助手も入って、新人への研修も兼ねてモルモットのように利用されている感のある歯医者。
さらにセンセは俺が口を開けて動けない状態なのをいいことに

先生 「ここはこうするとちゃんと出来るんだよ」
助手 「私もそれやらしてくださいよ」
先生 「ああ?ダメダメ、まだダメだよ」

会話が顔の上を飛び交う。

先生 「そんなにしたら田中さんが可哀想だよ」
助手 「田中さんちゃいますやん(笑)」
先生 「山川さんが可哀想だよ」
助手 「それもちゃうし(笑)」

勝手に名前変わってるしな。

もっすご会話に入りたーて入りたーて、ストレスたまるわ~

2010年8月17日火曜日

イエス・バット話法

相手に嫌な印象を与えずに上手に断る方法。
営業の世界や水商売などで、お客様から食事や飲みに誘われることは物凄くありがたい事で、大きなビジネスチャンスでもある。
けれど体調が悪かったり、先約があったり、はたまた気分が乗らなかったりと、断らなければならない又は断りたい時、相手に好印象を与えて且つ上手く断る方法。
それがこの「イエス・バット話法」
実は最近になってこういう名前があることを知った。
でもこの話法は20代の前半に、水商売の女性が客からの誘いを上手く断っているのを見て、学んだ方法である。
誘われたらまず第一段階は「いいですねえ!」と良い返事をする。
で第二段階で「あ!しまった!今日は親の誕生日で俺が料理を作ってあげる日だった!」と思い出したかのように言う。
この時のキーワードは親がベスト。親思いのいい人に見える上に、親と言われればごり押しもしにくい。
第三段階は、「すみません、せっかく誘っていただいたのに。すごく嬉しかったです。また絶対に誘ってください」とお誘いが嬉しかったことをアピールする。
この一旦相手の誘いに乗ってから断る方法を使用すると、まず間違いなく相手は嫌な気はしない。
逆に断られたのに気持ちよくなるから不思議だ。
これを20歳そこそこの時に、水商売やってた友人から聞いたとき、こいつは凄いやっちゃなと思った。

2010年8月16日月曜日

憎い、肉屋、いい肉

夕方、名神高速の関ヶ原インター付近を走っていると、目の前を走ってるトラックのナンバーが291(ニクイ)だった。
「291…憎いんかいっ!」

俺はよく車のナンバーを見てこういう事を考える。
というかこういうのが好きなのだ。
すると横から298(ニクヤ)というナンバーのライトバンが通過、さらにその後ろから1129(イイニク)というナンバーの乗用車が…。
「憎い、肉屋、いい肉ってどないやねん」
とツッコミを入れた瞬間、2929(ニクニク)というナンバーのトレーラーが…。
「肉肉で締めかいっ!」
こんなに肉肉肉肉肉肉と続いたのは初めてだったし、なんか嬉しかったのでここに書いてみた。
今夜は肉を食べろという暗示なのでしょうか。

そしてその後来たトラック・・・
「2919(肉イクッ)」
やて。

俺は迷わず焼肉店に向かった。

2010年8月15日日曜日

散髪屋

先日、田舎の近所の散髪屋が死んだという
57歳、ワイルドなオッチャンだった。
俺はものすごくショックを受けた。

オヤジが真っ白な白髪で坊主頭になっていて小朝みたいになっていたこともいい意味でショックだったけれど、散髪屋が死んだことは大きなショックだった。

この散髪屋はもっすごワイルドで気の荒いオッチャンだった。
18歳までずっと通っていた。
でもその後とあることで大喧嘩し、一切行ってなかった。
俺はあの喧嘩のことがいつも気がかりだったのだ。
仲直りしないままにオッチャンは死んでしまった。
オヤジに言うとそんな喧嘩のことなんて一切知らなかったという
オッチャンは気にしてなかったのか
ひょっとしたら全く気にも留めていなかったのかもしれない
でも俺の中ではずうーっと引っかかったまま、この24年間を生きてきたのだ。
いつか仲直りする日が来るだろう
そう思っていた。
いつか「ひさしぶりやん」と散髪しに行ったらええやんと思っていた。
オヤジが先日坊主頭にしてもらいに行ってから数日後に亡くなったという。
その時はオヤジが入院するかもしれないという理由で坊主にしに行って、オッチャンに励まされたという。
結果的にオヤジは入院せず、オッチャンが逆に死んでしまったらしい。
オヤジもショックを受けていた。

24年前のあの件、を謝りたかった。
オッチャンゴメン

2010年8月14日土曜日

イライラ

だんだんと歳を重ねるにつれて、あまり日常生活の中でイライラする事はなくなってきたように思う。
20代の頃までは、自分では自覚してはなかったけれど、よく人から指摘された。
イライラが態度にも出ていたのだと思う。

でも歳をとった事が原因なのかどうかは定かではないけれど、確実にイライラする事は減ったように思う。
そんな事考えもしなかったけれど、今朝何年ぶりかでイライラきたので考えてみたのだ。
ここ最近こんな気分になることなんて滅多になかったのに、何故今日はこんな気分なのか、少しそれを分析することでイライラを解消してみよう、そう思ったのだ。

今朝オフィスへ行き、すぐに一つの小さな出来事でイラッときた。
その後、また別の案件で少しだけイラッときた。
そのすぐ後、また別の案件でイラッときた。
そして最後、イライラきてるあるスタッフにやつあたりされ、イライラッときた。
そして俺のイライラは最高潮に達したのだ。
どーやら人は、ちょっとしたイラッが度重なることでイライラッとくるのだと思った。
なかなか早々は度重なることなんでないので、本当に久しぶりのように思ったのだろう。
でも考えながら、イライラきてる自分が情けなくも思う、そして小さいとも思う。
少し考えたらイライラもましになった。
その後、面白い蜂の話を聞いたらイライラは消えた。
人は笑うことでイライラ解消になるということを知った。

2010年8月13日金曜日

サンシャイン給湯室

自分が入れたコーヒーが、出来上がった頃に給湯室に行ってみると
既に誰かに先に飲まれていて量が減っているのを見たとき

サンシャイン牧場で収穫時に、既に誰かに盗まれていて収穫量が30ぐらいに減っていた時の
あの感覚に似た気分になる。

2010年8月12日木曜日

親父

親戚のオッチャンから電話があって親父が倒れて救急車で運ばれたという
聞くとたいしたことなくて入院もせずに既に家に帰ったのだとか。
でもオッチャン曰く、近所の人から聞いた話、「最近家から一歩も出てないらしい」とか「俺はガンやからもう死ぬんや言いまくってる」とか、なんか俺の知ってる親父とは別人のような話を延々聞かされた。
気になるので時間をおいて親父の携帯に電話してみた。

電話で話すと、オッチャンから聞いてたような感じもなく、いつものようにベラベラとよく喋る親父。
相変わらず近所の誰が死んだという話は多いけれど、元気そうに感じた。
「運動せなアカンで運動」
「いや半年ほど前は俺かてそう思て歩いとったんや」
「なんでやめんねん」
「足がいたなってやめたんや、それに人と会うのんがイヤでイヤでな」
「なんてえ?」
「会うたら喋らなアカンやろ、それがじゃーくさーてじゃーくさーて、腹も立つしな」
「腹も立つてなんで腹立つねんな」
「知らんけど腹立つねん、〇〇さんとも言い合いしてもう話もせん仲になっとるし」
「はああ?めっさ仲良かったやん〇〇さんと」
「なんでかわからんけどな、歳のせいかなあ」
俺にはこんなに普通に喋ってるのに、人と会うことがイヤで極力人と会わないような時間帯に歩いてたという親父の話を聞いて、こら病気ちゃうかと思った。
でもその気持ちなんとなくわかる。
俺もそんな気持ちなったことある。
でもそれはあえて言わなかった。
俺もそれわかるて今度言うてみたろかな、ほな少しは楽になるんかな

「どーせ後5~10年以内には死ぬしな俺も。運動せんでもええやろ」
「あほ!運動して体力つけとかなあかんがな!余命を元気に生きるか病気で生きるかの違いやで」
「そん時は自殺するわ」
「あほなこといいなや!自殺なんかされたら後片付けが大変やがな」
「心配せんでもどっか山行って睡眠薬のんで死ぬやん」
「睡眠薬は体がアツーアツーなってめっさ苦しいらしいで、楽な自殺なんかあるかい!」
「まあこんなこと言うててもこわなってでけへんやろけどな」
「当たり前じゃ!ポックリ楽に死ぬためにも運動して体力つけて元気に生きとかなアカンねや!」
おそらく誰とも口を聞かずにひきこもっているせいか、いろいろイランことを考えてしまうようになったのだと思う。
数ヶ月前、心臓のところに小さな影が映ってて、ひょっとしたらそれが癌かもわからんと病院で言われてからというもの、色々自分で考えて考えて、妄想して妄想して、精神的に相当しんどなってるんやと思う。
かといって温泉でもつれていったるわ等言っても絶対に行くとは言わないのもわかってる。
なので今度、一人で温泉行っておいでと言ってみようと思う。
一人で源泉入ってみたら気が晴れるかもしれん。
電話を切って、何故か「疾走」を思い出した。
なんでか全くわからんけど疾走のあの彼の精神的にしんどい部分が頭に浮かんだ。

2010年8月11日水曜日

返事

誰かにお願いや提案をされた時、その事案に対して自身が乗り気ならば、その場でいい返事をすれば良い。
逆にイマイチ乗り気でないなら、その場で断れば良い。
ところが相手が本気でお願いしてる場合や、その場で断りにくいような話し方をしてきた場合は、その場では悩んでるような対応をし、後日回答すると伝えれば良いと思う。そしてゆっくり考えてから返事をすれば良い。
ただそれだけ。
これが誠意ある対応であり、相手にも誤解を与える事もないのだ。
その場ではノリノリな対応をしておいて、後になってから悩んだり断ったりする事はマナー違反である。
相手に変に誤解を与えてしまうばかりか、判断を誤らせてしまう。
判断を誤らせて、大きな損失を与えてしまう可能性も否めない。
一旦良い返事をしたのなら、その自分が発した言葉に責任を持たなければならない。
たとえあとからヨクヨク考えてやっぱり無理やと思っても、一旦良い返事をしてしまってる以上、簡単に無理とは言えないと考えるのが普通である。
ところが最近、こういう事など全く考えてない人々が意外と多い事に気づいた。
物凄くノリノリで盛り上がっておいて、後日まったく違う、まるで別人からの返事のような回答が来たりする。
おれ自身の常識では考えられないので耳を疑ってしまう。
あの時のあれは何やったんや??
そう思ってしまう
本人もそう思わないのでしょうか?
それとも完全に忘れているのか
とりあえず悩んでいるけれど雰囲気で盛り上がってみせたのでしょうか
はたまたその時は盛り上がったけれど、後でもっといい話が迷い込んできて、天秤にかけているのでしょうか
わからないです。
さっぱりわからないです。

2010年8月10日火曜日

じんべえ

長い長い打合せが終わって、ター坊がメシいこゆーて
2人で純喫茶へ出かけた時のこと。
ター坊の携帯が鳴って、話してるター坊の横顔をふと見ると
泣いとった。
どないしたんやゆーて聞いたら、じんべえが死んだゆーねん。

じんべえはター坊の家におった黒い犬。
この前からじんべえがチョーシ悪いゆーて聞いとったけど、まさか死ぬとは思わんかったから、正直ショックやった。
じんべえとはそれなりに思い出もある。
ター坊の家に行ったら、いっつも玄関前におって、いっつも周りにウンコしとって、くっさいくっさい犬やった。
じんべえは身体もでっかいし、当然ウンコもでっかいんや。
だからくっさいくっさいんや。
ター坊と釣った魚食わしたり、海老みたいな形の奇妙な生物を食わした事もあった。
一回ゴンズイいうナマズみたいな魚食わしたことあって、後でわかった事やけどゴンズイには猛毒があってむっさ危険な魚やったゆーのがわかって、でもじんべえは死なんかった。
じんべえは不死身やでゆーとった。

そんな不死身のじんべえが死んだ。
原因は蚊からウイルス感染したのだという。
純喫茶でボロボロ涙流してター坊が泣いた。
そんなん見とったら俺かて涙でてきた。
ター坊がゆーた
「天国でじんべえがウチに飼われて良かったとおもてくれたらええねんけどな」
そんなん言いながらボロボロ泣いとった。
そーいえば、以前じんべえの写真を撮った記憶があったので探してみたけれど、見つからんかった。

2010年8月9日月曜日

ウサギ

小学校の頃、飼育部部長だった俺は、夏休みも毎日学校へ通っては、ウサギたちの世話をした。
当時うさぎ小屋に、ニワトリも1羽一緒に飼っていた事もあって、まだピンク色のウサギの赤ちゃんをニワトリが食べてしまって、大泣きしたことが記憶に新しい。
そんな甘酸っぱい記憶、ウサギが可愛くて仕方なかった記憶を思い出し、オヤジに懐かしそうに話した。

すると
「そらおまえらが通った学校は”うさぎ学校”呼ばれとってんもん」
と言う。
終戦後、食糧難だったので小学校で大量のウサギを飼育し、食っていたのだという。
「ええええーーー!」
せっかく甘酸っぱい記憶に浸ってんのに、また食ってたいう話かいっ!
確かにウサギはペニスが腫れるまで生殖行為を行うなど、多産だから食うには良かったのかもしれん。
昔、カナダでは子供のころからウサギを捕まえ捌き方を教えられるというテレビも見たことがある。
しゃーけど、俺が大事に育ててたウサギ達がその当時の名残だとは知らんかった。
さすがにあのつぶらな瞳で罪のない顔したウサギを捌いて食うなんていうことは想像もできん。

2010年8月8日日曜日

バス

バスなんてずいぶん乗る機会がなかった。
昨日、かれこれ15年ぶりにバスに乗る機会があった。

バスってなんか緊張すんねん。
何が緊張するって、お金払うときに財布に小銭が無くって、両替せなあかんかったらむっさ時間かかってしもて、他の乗客に迷惑かけるやん。
そんなん嫌やねんもん。
なので乗った時からすぐに支払いできるように財布から小銭(ピッタシの金額)を手のひらに握り締めます。
ほんで「ありがとう!」言いながら速攻支払いして降りたい。
それがカッコエエと思ふ。
それこそが大人流やと思ふ。
昔、右手に小銭を握り締めてる時に偶然友人が乗ってきて
「子供かいっ!」
とむさむさ笑われた事がある。
しゃーけど迷惑かけたないねん、そんな性格やねん。

昨日のバスは先払いだった。
先払いの場合は、バスを待っているバス停で小銭を握り締めとかなアカン。
しかも一体いくら握り締めれば良いかわからないので、それらしい小銭を予め予測して、多めに握り締めなアカン。
それはそれで大変と思う。

2010年8月7日土曜日

スイカ

夏といえば・・・
蝉の声、風鈴、網戸、虫
そして忘れてはならないのがスイカだ。

水分がたっぷりの西瓜。
西瓜・スイカ・Suika
昔、近所の畑からよくスイカをパクって、夜中に友人宅に行く手土産に持って行った。
それがオカンにバレてえらい怒られた。

半分に切ってスプーンでくりぬいて食べる。
塩かけて食ったら158倍甘い。
タネを出すもどかしさが更に美味しさを増す。
カニを食べるあのもどかしさと同じ効果があると思ふ。
スイカを食べる時のドリンクはカルピスが良い。
カルピスを水で割らずに牛乳で割って飲むのも好き。
スイカとよく合う。

スイカをどこまで皮に近く食べれるかという競争もよくやった。
そして俺はいつも勝利した。
白いとこも食って皮2mm程度まで食う。
カブトムシと変わらんぐらい食う。

スイカ割りは1回してやめた。あんなんしたらバチ当たる。
スイカの中に砂入って食えんし。
オカンが黄色いスイカや種無しスイカを買ってきては、皆を驚かせていた事が懐かしい。

顔をスイカの汁でベチャベチャにして食うのが正しいスイカの食べ方。
お上品に食べる必要なんてない。
なるべく大きく切って一気にかぶりつく。
タネは2~3個バキッって噛んでも良い。
なんならタネも食っても良い。
ワイルドに食いたい。
それがスイカ。

2010年8月6日金曜日

かけっこ

小学5年生といえば成長真っ盛りの年頃である。
俺は相変わらず小さくて身長130cmそこそこ。
でも成長著しいヤツは165cm以上あるヤツもいて生徒によって差が激しかった。
俺は小さい頃からすばしっこくて走るのもいつも学年で一番だった。
運動会などは毎回余裕で、走ってる途中に客席にポケットから紙テープを投げてみたり、変な顔して笑わせたりパフォーマンスするほど。それでも毎回1番だったのだ。
ところが、小学5年生の運動会の予選、成長著しいヤツ2人にアッサリと負ける事になる。
去年まで相手にもしてなかったのに、全く歯が立たなかったのだ。
結局2回走って2回とも惨敗、3位に終わった。
涙が溢れて止まらなかった。
6年生の先輩に「泣いてんか?」と聞かれ「いや目にゴミが入ったから」と答えた。
悔しかった。

2010年8月5日木曜日

コロ

子供のころ、コロという柴犬を拾ってきた。
でも急に居なくなった。
この歳になるまでずうっとコロは病気でコロッと死んだと思っていた。

ところが、実際は違っていた。
ショックや・・。ホンマにショックや・・・。こんなん書くと正直誰でもヒクと思ふ。
ホンマにショックでショックで・・・。
今日、田舎で親父にものすごくショックな話を聞かされた。

当時、うちの実家は製麺業を営んでいて、仕事柄毎日21時に消灯、朝3時起床というのが当たり前になっていた。(もちろん俺や弟は通常通り24時頃寝て朝 7時起床でしたが)
なので近所に居た飼い犬が夜中にワンワン吠える事に対して物凄くナーバスになっていた時期があったのだとか。
23時や24時に犬の鳴き声で起こされた日には
「殺したろかゴラアァァァ!」
とオカンが窓開けて叫ぶ事もシバシバだったという。
(初耳でした。おそろしやおそろしや。ナンマイダブナンマイダブ)
そんな近所の犬たちが次々と原因不明の死を遂げた事で、近隣ではうちのオカンとオトンの怨念やと噂が流れたという。(ナンマイダーナンマイダー)
そんな恐ろしい話を聞いている時にふと昔飼っていたコロの事を思い出した。
親父にコロの事を聞くと、信じられないような出来事を聞かされたのだ。

実はコロも近所のうるさい犬と同様に夜中にずっと吠えていたという。
オカンやオトンは毎日その泣き声で夜中に起こされ、半分ノイローゼ状態だったのだとか。
あんましうるさいので、同じ町内に存在した朝鮮部落の人に電話してコロを引き取ってもらったらしい。
当時、朝鮮の人は(今もか知らんけど)普通に犬を食っていたのだとか。
コロはそんな人達に食われたという。
「エエエエーーーーーーーーッ!!!!」
耳を疑った。
「しゃーけどそんなもんオマエ保健所に引き取ってもろても動物園で餌になんねんで」
親父が言う。
「動物に食われるより人に食われた方がええがな」
どんな理屈やねーん!
ショックだった。もっすごショックだった。
「はあああ?むちゃくちゃしょんな!最低やな!人として最低やな!」
散々非難していると、その後に俺が拾ってきた犬のイヌ(という名前)や猫のネコ(という名前)の末路まで告白された。
どーやら俺はしょっちゅう犬や猫を拾ってきていた小学生だったらしい。
イヌは近所の老人ホームへ捨てに行ったけれど、家に帰ると先に戻ってきてたという出来事。なのでもっと遠くへ捨てに行ったこと。
ネコも10km先の神社に捨てに行ったけれど、1週間後に戻ってきたので20km先に再度捨てにいったこと。
イヌはワンワンうるさいし、ネコは乾燥してる素麺を食い散らかして商売の妨害を度々繰り返していたらしい。
それを聞くと確かにしゃーないといえばしゃーないのかも知れないけれど、今日までその事実を知らなかった事にショックを受けた。
でもコロの時に自身がショックだったので、その後のイヌやネコは朝鮮部落や保険所じゃなく捨てに行ったという事を聞いて少しホッとした。
しゃーけどそら殺生やで、子供の俺にも相談して欲しかったわ。
俺が悲しまないようにとの親の配慮だったのかも知れませんが。

2010年8月4日水曜日

釣り

ター坊が釣りにはまっていて、よく色んなものを釣ってきては自慢する。
アジ、鯛、アナゴ、太刀魚、ガシラなどこれまで色んな魚を釣ってきた。

「組長!この前ナマズが釣れたんすよ」
「なんて?ナマズ?そらないやろ!」
「ほんまやもん!ほんまに釣れたんやもん」
「なんで海にナマズがおんねん!」
「ほんまやって!嘘や思うんやったら今夜行って確かめたらええやん」
「ほないこか」

釣りは実際そんな経験があるわけでもないけれど、興味あったので行ってみることにした。
海に着く前に釣具屋でエサを買う。
エサはミミズみたいなんに足が100本ほどある気持ち悪い生き物ゴカイ

「うわあああああああ!きもちわるううううう!!!」
「こわいん!?組長こわいん?!」
「こんなんようつけへん!」
「つけたげるやん、な、な、つけたげるから」

ター坊は優しいのでエサも全部つけてくれる。
港について、前回アナゴやナマズが釣れたというスポットへ。
防波堤を何度も乗り越えてやっと到着するような穴場的スポットだ。
周囲は真っ暗、静かに波の音だけが聞こえてくる。

釣りを開始して5分、俺の竿に何か引っかかった。
あまり引いた感触はなかったけれど、確かに何か釣れていた。

「うわあ!なんやこれ!ター坊なんやこれ!」
懐中電灯で魚を照らす。
「組長!ナマズです!これナマズです!」

「うわあ!ホンマにナマズちゃーん!」
「せやろ?ホンマにナマズおるゆーたやろ?」
「これ食えるんか?前どないしたん?」
「前は煮込んで犬に食わせた」

その後何度となくこのナマズが釣れた。
だけど本能的に釣っては捨てていた。こんなん食べたくないし。
アナゴが1匹釣れたのでそれだけはクーラーボックスに入れた。

何ヶ所か場所を変え、最終灯台の近くの防波堤へ。
ここにも誰もいなかったけれど、オッチャンが1人近寄ってきて話しかけてきた。

「なんか釣れまっか?」
「アナゴとナマズしか釣れてません」
「ナマズ?ナマズがおりまんの?海に」
「はい、今日はナマズばっかり釣ってます」
「それナマズちゃいまっせ!ゴンズイちゃいますん」
「ゴンズイ?」
「そーですわそれゴンズイですわ、触ったら死にまっせ」
「え?なんで?」
「毒ありまんねん毒、刺されたら死ぬんですわ」
「!?」

顔を見合す俺ら二人
さっきから何度もゴンズイを触っている。(ター坊が)
二人とも顔が青くなってきた。
前回は、釣って持って帰ったゴンズイを、ター坊のおばあちゃんが煮込んで犬のジンベイに食わせたのだとか。
ゴンズイの毒は死んでも残っているのでホンマに怖いらしい

「おばあも俺もいジンベイも偶然今生きてるんやな」
ター坊が悲しそうにつぶやく

オッチャンが帰ってからは無言の二人。
その後も何回かそのゴンズイがかかったがそのたびに捨てた。
結局アナゴも捨てて帰った。
「俺もうここで釣りすんのやめる。ちゃう場所いくわ」
ター坊がつぶやいた。

2010年8月3日火曜日

デザイン

デザインの良し悪しは誰が決めるのか。
A:発注者、B:デザイナー、C:Aの顧客
というABCで分類すると、やはり良し悪しを決定するのは最終的にCの顧客と考えるのが自然である。
ところが、顧客の目に触れるのは最終段階であって、やはりAの発注者が決定するという現実が存在する。
Bのデザイナーは基本的にビジネスなので、Aには滅法弱い。
Aに採用されなければビジネスチャンスもない。
なのでAの意見が最終的に最も影響したデザインが採用されるという仕組みになっている。

デザイナーは、発注者であるAよりも市場調査や顧客分析力がないといけない。
そして決して自分がやりたいというだけの自己満足的なデザインをしてはいけない。
あくまでもCの消費者の立場に立って、第3者的な目で客観的にそのデザインを見る目がないといけない。
そこさえしっかりと持っていれば、例え発注者であるAにでもキチンと説明し、理解させることが可能であろう。
逆にそれがない場合には、やはり自信が持てない分、Aの意見に流されたデザインとなってしまう。
デザイナーは、根拠のあるデザインをしないと納得してもらえないのだ。
そしてそのデザインで結果を出さないといけないのである。
ところが結果が出たとしても、その理由がデザインであると考える発注者は非常に少ない。
デザインよりも他の部分が作用した結果だと判断されてしまう。
それぐらい軽視されているのが現状なのだ。

先日、とある飲食チェーンでとったアンケートの項目
「来店理由」の1位は、「通りすがり」で20%であった。
味でもなく接客でもなく口コミでもなく、1位は見た目、通りすがりに入ってみようと思った人が最も多かったという結果がでている。
ということは、飲食店は外観や看板や雰囲気が結構重要だという事が言えるのではないだろうか。
(再来店動機ではなくこの場合は新規来店の場合)
なのにそのデザインは軽視されていて、味や接客、立地ばかりが注目される。
それぐらいジレンマを感じる仕事、それがデザイナーなのだ。
ストレスがむたくた溜まる仕事なのかもしれない。
だから便秘になるのかもしれない。

今回のデザインは10人に見せて1人だけが理解してくれた。
残り9人はウンチクをあーだこーだ説明して洗脳した。
しんどかった。
あーだこーだ説明しないと理解してもらえない状況となった時に、ものすごくガックリとくる。
この人も感度が鈍い人か、この人もか。この人もやん。
デザイナーには説得力も必要なのだ。

2010年8月2日月曜日

仕事できる人、できない人

仕事ができる人とできない人との違い
それはズバリ、視野の違いだと思ふ。

視野の違い、視界の広さの違い。
仕事ができる人は、視界が広い。
大きな全体像を把握した上で、自分の立場を理解している。
仕事ができる人は、どんな時でも全体像を把握しようとしている。
全体像を把握しないと、本当の自分の立ち位置がわからないからである。
逆にできない人は目先しか見えない。
大きな全体像を把握しようとしない。
なので目の前のことしか見えない。
すなわち自分の事しか見えない上に、今自分が何をすべきかがわからないのだ。
これは経験値の少ない子供と、ある程度経験豊富な大人ほどの違いがある。
子供は世間というものを知らないので、自分が経験してきた数少ない視点でしか物事を見ることができない。
なので必然的に大人と比べると小さな視野でしか判断ができない。
シャベリバを見てたらよくそう思った。
仕事ができない人はそれによく似ている。
これは相当大きなショックや失敗や衝撃的な出来事でも降りかからないと、変わることはないと思う。
降りかかっても逃げてたら絶対に変わらない。
フツーに生きてたらまずそんな経験もしないはずなので、なかなか変化は望めない。

2010年8月1日日曜日

世の中捨てたもんじゃない

これまでマラソンを見に行くなんて考えた事もなかったし、テレビでもあんまし見たことなかった。
ところが仕事の絡みで大阪長居公園の世界陸上に応援に行く事となった時の事。

あさ6時起床。
長居公園に7時到着。
これだけでも自分で凄いと思ふ。
しゃーけどこんな朝早くからみんな起きてるんやね、御堂筋線も長居駅も人で溢れてるやん。
1つ凄いなと思ったのは、マラソン選手が通過する時に、どこの国の選手とか関係なく、オバチャンらが熱狂的に声援を送っていたこと。
「がんばりやー!もうちょっとやで!がんばってー!」
汗だくだくでどう見ても本気で応援しているように見える。
心からみんな応援しているのだ。
選手も嬉しいはず。感動した、オバチャンら凄い!
選手たちが7時にスタートして大阪市内を走り、会場のゴールまで戻ってくるまでの間、近くの和洋定食屋さん『喜久屋』で朝食をとることにした。

このお店は普段は11時からの営業だけど、サッカーや今日のような大きなイベントの日は早朝から開けているのだとか。
オッチャンが料理作って腰の曲がったオバチャンがお店を切り盛りしている。
マラソンを見送った人が我々と同様に次々とお店にイン。
「今日は焼きそばとオニギリとカラアゲしかないねんけどええか?」
「うん!それ全部ちょうだい!」
あっという間にお店は満席となった。
「オバチャンビールちょうだい」
「オバチャンつまみないの?」
みんな思うがままにオバチャンに注文する。
オバチャンが1人でバタバタと忙しそうに対応に追われている。
すると、後ろの席に座っていた20歳ぐらいの2人組の女の子たちが
「オバチャン、何か手伝いましょうか?」
なんと、忙しそうなオバチャンを見て応援をかってでたのだ。
す、すごいなキミら。
俺たちよりも先にオーダーしていた焼きそばを俺たちのもとへ運んできた。
そればかりかオニギリを握ったり、後から入ってきた何も知らないお客さんの注文を聞いたり。
「ネイチャンビールちょうだいや」
「キリンとアサヒどっちしましょ?」
す、すごいなキミら・・・。
しかも手馴れたもんでサッサと注文を聞き運ぶ、知らないお客さんは100%お店の子だと思ったであろう。
感動した。
世の中捨てたもんじゃないと真剣に思った。

その子たちが焼きそばを食べ店を出る時に、オバチャンが一言
「オネイチャン今日はありがとうね、また手伝ってな」
やて。
このオバチャンもすごいわ。